あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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若干の医療知識が出てきますが、フィーリングでお願いします。
 
 
 
 


誰かのため

「兄さん、良かったの?」

「ん?おネーサンのこと?」

 

 ポリゴンたちのご飯を用意するためにキッチンに立っていたリベのもとに妹のイリがやってきた。

 質問を質問で返した兄に妹はこくんと頷く。

 

 いつになく心配気な妹の姿にリベは、ふむ、と考える素振りを見せる。本当に考えているのかどうかの真偽は不明だが。

 

「さて、どうなんだろ。」

「兄さん!!」

 

 咎める声をまぁまぁ、と去なしてポリゴンたちにご飯だよ〜と呑気な声でフードが入った皿を差し出した。

 

「イリの不安はわかるよ」

 

 リベは机に置かれたタブレットを見た。

 

「でも俺の願いのためには、おネーサンは必要なんだ」

 

 その液晶画面にはいつも見なれた、変わることないポリゴンZの姿が映し出されていた。

 

 ただひとつ、その身体が、青色であったことを除いては。

 

 

…………

 

 

 

 

 ヒーロー。英雄、または物語の主人公と呼ばれる存在。その多くが常人には無い才能によって悪を倒し、その華々しく活躍やから人々から敬われ、慕われ、称えられる。まるで夢に見たあのレックウザのように。…そんなヒーローに彼はなりたいと言った。

 

(まぁ、初対面の時に正義のヒーローって言ってたもんなぁ…)

 

 ヒーローになりたいなんて真っ当な少年のような事を言うようには思えないと感じるほどに、今までの彼の言動は酷かった。人に閃光弾なんて使うし、ポリゴン盗み出すし、閃光弾使うし。人は見かけによらない、なんて言葉で収まりきらないぞアレは。

 

(ポリゴンたちにとってはポリゴンくんは、正しくヒーロー、なのかな)

 

 自身を生み出したと思えば実験に悪用し、虐待まで行う者たち。そんな所から救い出し、十分な【食】と【住】を与えてくれた彼。これが自分なら確かに彼をヒーローだと思うだろう。()()()()がどうであれ。

 

 ずっと抱えていた違和感。

 その答えを求めに彼に会いに行った。結果的に戻ってきたものは少女をより困惑させる結果になったが。

 

 問題は二つ。

 リベの話が本当ならば、エゴムはポリゴンに非人道的なことをしていたということになる。そうならば、少女は彼を看過できない。だがしかし、リベの話が虚言ならば?リベは誘拐犯であり、ポリゴンを傷つけた暴行犯だ。だって彼の話には証拠がなかったから。

 そうならなんて簡単な話なのだろう。少女はエゴムを疑うことなく、リベを追い、ポリゴンたちを奪還するだけ。しかしポリゴンたちの様子からリベがポリゴンたちのヒーローであることは嘘では無い。そう感じてしまった。

 

 そして問題はもうひとつ。

 もし、エゴムが敵だった場合。きっとイム・エネゼータへ支援しているデボンコーポレーションも世間からのバッシングは免れない可能性があるということ。イム・エネゼータとデボンコーポレーションは昔から交流があり、エゴムは自社の研究成果の殆どをデボンコーポレーションへ提供している。

 世界的に有名なデボンコーポレーションだ。もし、エゴム側が不祥事を働いたのなら、「デボンコーポレーションも不祥事を容認していなのではないか」なんてことになるだろう。今のご時世、少しの火種で大炎上するのだから。

 

(だからってポリゴンのことを隠せばポリゴンたちの不幸は続く)

 

 証拠も根拠も何も無い状態で誰かを巻き込むことなんてできない。特にダイゴは。

 

「これからどうしたらいいのかな。ね、ダンバル」

 

 リビングに敷いたマットレスに寝転がりダンバルをお腹の上で抱える。ダンバルはお腹の上で頭をカタカタ鳴らして傾げる素振りを見せた。

 

「はは、わかんないよね」

 

 ギュッと抱きしめる。

 今日はもう寝てしまおう。来客もいないし、用事もない。そんな日があってもいいじゃない。そうやって現実から逃げるように目をつぶった。

 

 

…………

 

 

 あれから数日後、いつもと変わらない日常をすごしていた少女にムクゲから連絡が入った。どうやら最近の進捗を聞かせて欲しいとの事だ。

 進捗といってもリベから逃げられ、ハンターからも逃げられ、そして自分の意思でリベを見逃した。進捗も何も無い。進展なんてひとつもしていない。ないないづくしだ。

 

(こんなに気が重いの初めてだぁ…)

 

 とはいえ無視することはもっとできない。ムクゲには「わかりました。」と返答するしかなかった。

 

 それが一昨日のこと。少女は数ヶ月前と同じように、ダンバルを抱えながらデボンコーポレーションの廊下を歩いていた。

 

「やぁやぁお嬢さん!元気そうだね!」

 

 社長室に着いた少女を出迎えたのはムクゲではなく、エゴムだった。

 

「え、エゴムさん…お久しぶりです。」

 

 溌剌とした笑顔を見せるエゴムに合わせるように少女はやや引き攣り気味に笑みを返す。

 

 あぁやっぱり、この人が悪人なんて、私は思えないのに。

 

 エゴムの、彼の研究に対する思いを聞いた少女には、彼がポリゴンを傷つける様な人に思えないのは本当で。でも、それと同じようにリベのポリゴンに対する愛おしいものを見つめる目も、本物にしか思えなかった。

 

「ハンターの話、ムクゲ殿から聞いたよ。危険な目に合わせてしまって済まなかったね…」

「い、いえ、特に怪我もしていないですし。ハンターにやられてしまったのは私のミスですので…エゴムさんが気にする事はなにも」

「そういう訳にもいきませんわ。」

「! ネリアさん…」

 

 エゴムの後ろに隠れて見えなかったネリアの存在に驚く。

 紅茶を飲む彼女は優雅で、今日も可愛らしい。やはりあのピンクの花の髪飾りが彼女の儚さを上手く引き立てている。

 ネリアはティーカップを机に置くと立ち上がって、少女の前に立つ。

 

「貴女はお父様からの依頼を受けた請負人である前に、ムクゲ様からお預かりしている大切なご令嬢です。そのような方を危険に合わせたのですから、謝罪をするのは当然のことですわ。」

「わ、私は令嬢なんかじゃ…」

「そういうことではありません!ね、お父様?」

「ふふ、そうだね。…ネリアは君を心配しているのだよ、お嬢さん。」

 

 そう告げるエゴムの横でそっぽを向くネリア。本当に?と聴きたくなるが、ほんのりと色付いた彼女を頬を見ると何も言えなくなってしまった。初めて会った時とつっけんどんな態度は変わらないが、少女を心配している、という部分は事実らしい。

 そんなネリアにつられるように少女の頬も桃色に染まった。単純に嬉しかったのだ。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 まごつきながらそう言った少女をちらりと見る。

 

「…お礼を言われることでは無いですわ」

 

 モジモジしだす少女らふたりを見たおじさんふたりもつられて頬を染めた。謎である。

 

 

「お嬢さん、件の少年は見つかったかい?」

 

 それぞれソファに着き、紅茶を飲んで落ち着いた頃、エゴムは少女に問いかけた。少女はムクゲの膝に乗って眠っているダンバルを見た。

 リベの事を言うべきか、どうか。誰が悪か分からない状態で、敵に塩を送ることだけは避けたい。

 

「…それらしき、少年は。でも、正直、わかりません。」

 

 リベのことがわからないのは本当のことだ。嘘は言っていない。

 俯いたままそう言った少女をエゴムはじいっと見た。

 

「そうかい。まぁ、犯人も用心深くなっているだろうし、仕方ないよ。」

 

 そう言ったエゴムに他のふたりも同意だと頷いた。少女は安堵しながらも申し訳なさを感じたのだった。

 

「今日君を呼んだのは調査の進行を聞く他に、ある所に来て欲しくてね。」

「ある所?」

「お父様の会社の研究施設ですわ。」

「研究施設…?」

 

 少女は首を傾げて、ネリアの言葉を復唱した。

 

 

………

 

 

「よしよし、いい子。身体は楽になった?」

「ユニっ!」「ゴチチ〜」

「あはは。そっか、良かった。こっちと、こっちだったらどっちが好き?…こっち?分かった」

 

 少女の膝の上にいるのはユニランとゴチュム。モグモグと彼女が作ったポフィンとポロックを頬張っている。周りには彼らの親であるランクルスとゴチルゼルも居て、子どもたちが回復したのを見届けると嬉しそうに少女に擦り寄った。

 

「すまないね、お嬢さん。」

「いえ、ポケモンたちの力になれるならいくらでもお手伝いしたいです。」

 

 ユニランたちを撫でながら微笑む少女。

 

 エゴムが少女を研究施設に来て欲しかった理由は、こうだった。

 最近研究施設で働くポケモンの活気がなく、ポケモンセンターに行き回復はしたものの、また直ぐに体調が悪くなりまたポケモンセンターに駆け込む、という事態が多発していると。エネルギーに関しては博識な人たちだが、ポケモンに関しての知識は明るくない。なので少女の力を借りたいということだった。

 医師たちによればポケモンたちの体内に電気が溜まっているらしい。どうにかポケモンたちの電気の溜まりを改善したい、というのがエゴムたちからの依頼だった。

 

 電気タイプでなくても身体の中に電気を作る器官を持つことで、電気技を使える子たちはいる。もちろん、この子たちもその一匹だが、やはり電気ポケモンたちもそうであるように限界があり、他タイプの子たちはその比ではない。

 

「なので、電気技を抑える効果があるソクノの実がいいと思ったんです。」

「ほお、クラボの実やラムの実、ではなく?」

「はい」

 

 ソクノの実の効果は【効果抜群の電気技を受けた時に一度だけ威力を半減する】というもの。対してクラボの実とラムの実は状態異常の麻痺を治す効果をもつ。

 確かに、電気の溜まりを【麻痺】と考えるならクラボの実やラムの実がいいだろう。しかし、通常の状態異常とは違って、今回の場合は電気の出処が別なのだ。

 

「本来、状態異常は外因によって引き起こされるものですが、今回のは原因は内因的なものなんです。」

「内因的…」

「この子たちは施設の発電やエネルギー供給のために毎日電気を使っていますよね。それが原因なんです。いくら電気器官が備わっていようと、元のタイプが違えばすぐにキャパシティを超えてしまいますから。」

「つまり、彼らは日々の労働によって自らの電気器官がオーバーフローを起こし、体調が悪くなっている。ということだね?」

 

 エゴムの問いに頷いた。

 

「おっしゃる通りです。ポケモンセンターでは彼らの電気器官が肥大化していると伝えられたと、聞きました。ポケモンセンターでは放電を促す薬を処方されたんですよね?」

「あぁ、しかし薬を飲んだとしても一時的なものでね。直接的な治療は難しいから、肥大の悪化を抑制し続けるしかないと。可能な限り、彼らから電気を遠ざけてはいるのだが、日に日に溜まっていくばかりなんだ。これでは…」

「この子たちがオーバーフローを起こした理由のひとつはまだ幼いからなんです。親であるランクルスやゴチルゼルたちがオーバーフローを起こしていないところを見ると、いくら電気をこの子たちから遠ざけても意味は無いでしょう。治療するにもこの大きさでは治療による効果より、身体に掛かる侵襲性の方が大きくなってしまいます。だからジョーイさんたちも対症療法しかないと、そう判断されたんだと思います。」

 

 人体でも臓器の肥大化は疾患として珍しいものではない。有名なところだと心肥大や甲状腺肥大などだろうか。今回の症状に近いのは甲状腺の機能が強くなることで臓器が肥大する、バセドウ病などの症例だろう。

 

 淡々と答える姿にエゴムは純粋に関心した。ムクゲに彼女はポケモンの知識が豊富だと聞かされていたが、まさか医療の知識まであるとは。彼女ほどポケモンへの献身な人がこの世界に一体何人いるのだろう。

 

「医療的知識に明るい訳では無いので、自然治癒できるものなのかどうかはわかりません。このまま症状が増悪して、最悪の結果になる可能性もあるのかも。

 でも、できることはきっとあります。」

「そこでソクノの実が出てくるんだね?」

「はい。ご存知の通り、ソクノの実は麻痺などの状態異常を治す効果はありませんが、今回は威力を抑える、という効果に着眼してみました。

 ソクノの実を食べることで、溜まっている電気を放出する他に器官そのものへの負担を減らせるのではないかと。」

 

 内服薬での電気の放電はもう試みられている。ならば、いまは電気器官の負担を少しでも減らすことを考えた方がいいのではないか。ソクノの実を電気技の威力を抑える効果を応用し、自己でつくっている電気による負荷を肩代わりする。

 これに効果があるのかは少女は分からない。もしかすると既に行われた後かもしれない。しかし、今まで積み上げてきたものがポケモンたちの利益となるなら自分の考えつく限り、可能な範囲で尽力を尽くしたい。

 

(だからポリゴンたちも助けたい。)

 

 何が悪かわからなくても、それだけはずっと変わることの無い少女の想いだ。

 

「ポケモンたちが食べやすいように、ポロックとポフィンで加工してみました。一番木の実の効果を発揮しやすいですから。 この子たちも気に入ってくれましたし、一応レシピはこちらです。どの木の実でも作れると思います。」

「あ、あぁ、ありがとう。すまないね。…もしや、これを応用すれば状態異常を回復することも?」

「はい、その作り方なら、恐らく。

 素人の考えですので、活用するにしても前もって医師に相談はしてください。

 …すみませんが、私ができることはこれくらいです。」

「いや、十分だ。ありがとう。」

 

 頭を下げる少女に慌てて頭を上げるように伝える。

 幼いポケモンたちはすっきりした身体に余程ご機嫌なのだろう、キャッキャっと少女の足の間で追いかけっこを楽しんでいた。二匹の様子が気になった少女のポケモンたちもモンスターボールから現れると、施設のポケモンたちとはしゃぎ出した。あまり遠くに行っちゃダメだよと言う少女の声が届いたのかは不明だが、ポケモンたちは施設の中に造られた小川の方へ走っていってしまった。

 仕方ないな、なんて微笑む少女は、歳に似合わないほどの慈愛に満ちていると、エゴムは思った。

 

 だからだろうか、少し意地悪をしたくなったのは。

 

「もし、大切な存在が、何かの犠牲の上に成り立っていたら、君はどうする?」

 

 そう徐に問いかけてきたエゴムに、少女は彼を見上げながら質問の意味が分からないと首を傾げた。

 きっとポケモンのことだろうということはわかる。でも、犠牲というのは、何だろうか。

 

「ははは、少し難しかったかな。そうだなぁ、君は、ポケモントレーナーだったろう?勝つために、時間やお金などのリソースを多く使ってきたはずだ。」

 

 確かに、トレーナー時代はポケモンたちの勝利のために多くの時間もお金も、自身をも削った。でもそれは、少女の願いであり、ポケモンたちに掛ける何かを苦痛だと思ったことない。ポケモンが望めば、それが少女の望みで。

 

「彼らの、勝ちたいという、想いに応えたいと願ったのは私で、それを【犠牲】と称するのは、少し違います。でも…」

 

 ()()()()()は、きっと、ポケモンたちの苦しみや、多くの人の想いや、力の上に成り立っていた。レックウザを助けるために。ポケモンたちの願いに応えるためではなく、自分だけの望みで動いたのは、片手で数える程だろう。そのうちひとつは、自分もポケモンも酷く追い込んでしまったが。しかし、それは犠牲という言葉にはきっと当てはまらない。きっとその言葉に当てはまるのはダイゴたちやレックウザ、シュオウたちなのだろう。

 ホウエン地方を守るために少女も自分たちも犠牲にしようとした。世界を守るために自身を犠牲にした。憎しみのためにレックウザも、世界も、己すら犠牲にしようとした。そんな彼らを、少女は見たのだ。

 

「そうか、それでは…君は、何かをなすために、誰かを犠牲にすることができるかな。」

「!!」

 

 ばっと上げた顔に冷や汗が伝う。エゴムの言葉の真意も、問いかけの理由も、分からない。でも、目の前の男は、自身の半分も生きていない女の子に向けるべきでない目をしていた。

 

(まるで、あの時に見た、真っ黒な目)

 

 目が合っているのに、合っていない目。暗闇を煮詰めたような。

 怖い、と純粋に思った。

 

「わ、わかり、ません」

 

 でも、それでも、

 

 ポケモンたちのためなら、恩人であるダイゴやミクリのためなら、

 

 

「私は、私の大切なものを、守ります」

 

 

 

 

 そう答えた時のことを、私はこの先ずっと後悔することになるなんて、この時の私は知る由もなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




朝起きると子猫が足の間にいます。もふもふ気持ちいいです。
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