あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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レックウザ編も修正掛けてるんですけど、変に長いからめっちゃ時間かかるんですよね。


ネリアという少女

 

 ざくざくと落ち葉を踏み分け、木々の間から差し込む木漏れ日が彼女の純白のワンピースの上を描く。手を後ろ手に組んで、今にもスキップしだしそうな彼女はまるで森の妖精だ。

 そんな彼女に惹かれたのか、不思議そうに野生のポケモンたちが木の後ろから彼女を眺めていた。

 

「ふふ、わたくし、こんな楽しいお散歩初めて」

 

 くるりと振り向いて屈託のない笑みで笑う彼女は幼子だった。

 髪を彩るピンクの花のように頬を染めて、ワンピースを靡かせながらくるくると回る。

 嬉しい嬉しいと、全身で表現する彼女を少女は静かに後ろから見守った。

 

(可愛らしいなぁ)

 

 口には出さない。きっと怒られてしまうだろうから。

 

 

 それは遡ること一時間前。

 

 研究施設のポケモンたちの観察と回復も終わったころ、少女とエゴムのもとにネリアがやってきた。

 新しい人物の登場にポケモンたちはなんだなんだと集まってきたが、ネリアはポケモンたちを見るもののワンピースの裾を握りしめたまま彼らに近寄ろうとしなかった。

 

「ネリアはポケモンと触れ合ったことがないんだ。」

 

 そういえばエゴムはポケモンを持っていないと言っていたなと、少女は思い出す。父である彼がそうなら娘である彼女もポケモンを持っていないのだろう。ポケモンに興味が無いわけでないし、少女と同じ歳であることからもポケモンをゲットすることはできるはず。まぁ、なにか事情でもあるのだろう。気になるが、そこまで自分が聞いていい事なのだろうか。

 

 トレーナー時代もポケモンとの交流が中心で、人との関わりはおざなりになりがちだった。そのせいで人との距離感が掴めないことがしばしばある。どうにかしなければと思うが、如何せん周りが大人ばかりなので少女の練習にならない。

 

 静かにおろおろする少女にエゴムは微苦笑を漏らした。

 もう少し子供らしくしてもいいのにとエゴムは思う。しかし、それこそお節介だ。だがしかし、大人いうもの若人にお節介を焼きたくなるもの。

 

「お嬢さん、まだ時間はあるかい?」

「はい。特に予定はありませんので。」

「良かった。では、ネリアにポケモンのことを教えてやってはくれないか?」

「「……………え!!!???」」

 

 ふたりの声が初めて重なった瞬間だった。

 

 そして今に至る。

 

 ネリアはやはりポケモンに興味があったようだ。好きでは無いのかと聞けば、好きかどうかはわからない、と答えていたが、碌に関わったことがないならばそういう認識なんだろう。エゴムや本人の話曰く、施設のポケモンはスタッフが世話をしているし、エゴムも研究一筋だったことからポケモンの知識は殆ど無いと。

 だからなのだろう、ネリアは目に付いたポケモン全てを少女に、あのポケモンの名前は、タイプは、特性は、特徴は…etc、ひっきりなしに質問を続ける彼女に少女も少し圧倒された。近づいてきたポケモンにそわそわして、少女が触る手本を見せるとおずおずと手を伸ばして触れる。ふわふわした体毛や人間より高い体温を感じて、感動だ、と言うように目を輝かせた。

 

「わたくし、ポケモンとこんなに触れ合えたのは初めてよ!」

「ありがとう…」

 

 彼女は少女の手を握って、そう言った。

 少女は彼女の手を握り返して、頷いた。

 

「私も、嬉しい、です」

 

 少女がそう言うと、彼女は花が咲くように顔を綻ばせた。

 

「ねぇ、わたくし、ポケモンバトルがしてみたいわ。得意なのでしょう?あなたも、…ダイゴ様も」

 

 少女は彼女の言葉に首を傾げると、すぐにはたと気づいた。

 まるで、恋する乙女の様だと。

 少女は今まで色恋をしたこともなく、自身よりもっと年下の子の方がよっぽど詳しい程には疎い。しかしまぁ、こんなに咋なら彼女があの人に好意を持っていることは否が応でも気づく。何より、自分自身もかつてシンオウ地方に御座す彼の女帝に憧れたほどだ。これが恋なのかどうかはさて置き、彼女のダイゴへの好意から来る行為には理解ができた。

 

「はい、しましょう。ネリアさんはポケモンを持っていないので、私の子としてみましょうか。」

「ええ、そうしていただけると嬉しいわ。」

 

 彼女の了承を得てから、彼女にも扱うことができるポケモンを探す。

 ポケモンたちは「いいよ」と言うようにポケモンボールをカタカタと揺らしている。有難いと思う。

 だが、初心者であるネリアが使うとなれば、流石にボーマンダとドダイトス、ウルガモス、モスノウはダメだ。レベルが高すぎる。ボーマンダとドダイトスはネリアの歩調に合わせてくれるだろうが。

 ならば、この子たちしかいない。

 

「出ておいで、サンド、ダンバル」

 

 ポーン、と軽快な音を立てながらアローラサンドとダンバルが出てくる。

 

「シャド〜」

「ダババン!」

「ングフッ…」

 

 サンドは少女とネリアを交互に見上げ、ダンバルはボールから出た勢いのまま少女の腹目掛けて突っ込んで行った。小さい子は力加減が分からないと理解しているが、そろそろ教えないといつか骨が折れそうだ。

 

「ダンバル…ダイゴ様と同じ…」

「ええ、ダイゴさんから貰ったタマゴから孵ったんです。産まれたての赤ちゃんですよ。」

「この子は?サンド、なのよね?姿がいつもと違う気がするわ」

「この子はアローラサンド。リージョンフォームと言って、住む地方の自然環境に適応するために変化した姿なんです。」

 

 ネリアは「そんな子が世界にはいるのね」と青天の霹靂のように口元を両手で抑えた。

 私もリージョンフォームの存在を知った時は同じように驚いたなぁ、と少女は当時の自分と今のネリアを重ねた。どれだけ多くの場所を旅しようと、どれだけ多くのポケモンと出会っても、ポケモンという存在には驚かされる。彼らの全てを知ることなど、私たちにはできないのだろうと思い知る。そして、もっともっと、彼らのことが好きになる。知りたいという好奇心が、いつしか好き、という感情になる。きっとネリアはその過程の真っ最中にいる。ネリアにもポケモンのことを知って欲しい。そして好きになって欲しい。これは自分の願望にしか過ぎない。でも、そうなってくれたなら、その感情の尊さを彼女と共有できたなら、なんと喜ばしいことだろう。

 

「サンド、ネリアさんと戦ってくれる…?」

「シャン」

「ふふ、よろしくね?」

 

 任せろと言わんばかりに胸を張るサンドが可愛らしくて、思わずに笑ってしまう。

 

「サンド…さん、よろしくお願い致しますね?」

「シャンド!」

「はわわ…お返事してくれたわ…」

「あはは。えっと、サンドの技は、“霰・転がる・アイアンヘッド・メロメロ”です。攻撃できるのは、“転がる”と“アイアンヘッド”。“霰”は名前の通り霰を降らせることができて、“メロメロ”は異性をメロメロ状態にできる技です。この子は女の子だから、男の子に使えますよ。」

「難しいのね…」

 

 むむむっと眉間に皺を寄せて唸る。初心者の彼女にはサンドの技は少し難しいかもしれない。サンドのバトルスタイルに合わせた技構成になっているため、簡単に変えることもできないし…まぁ、手持ちの子たち全員がそうなのだが。

 

「バトルって難しいのよね…?したいと言った手前だけれど、わ、わたくしにできるかしら…」

「じゃぁ、他の子たちで軽く模擬戦してみますね。」

 

 是非、とネリアが頷いたのを確認して新たにボールをふたつ投げる。

 

「ギャァオ!!」

「ドダァ」

「きゃぁ!?」「ボァ!?」

「あ、…ごめんなさい」

 

 何も考えずにボーマンダとドダイトスを出したが、そういえばこの子たち、特にボーマンダは異常なほど大きいことを忘れていた。

 文字通り腰を抜かしたネリアを受け止めて、転ばぬように腰を抱く。

 ボーマンダはいつも見ているし、ルネのハウスに入るせいで感覚が鈍っていたが、ポケモンを見慣れていない人からすればボーマンダは刺激的すぎるのか。そう考えるとボーマンダが余裕で入るハウスが馬鹿みたいにデカいということだ。

 新事実に身震いしそうだが、今はネリアをフォローしなければ。

 

 カタカタと震えて顔が真っ青になっている。

 ボーマンダは自分が驚かせたことに気づいてるのか、あっちも首を項垂れてあからさまにショックを受けている。人懐っこい性格と身体のサイズのギャップが大きいな。

 

「ごめんなさい、ネリアさん。先に言っておくべきでした。」

「い、いいえ。わたくしの方こそごめんなさい。叫ぶつもりはなかったのよ?ボーマンダさんも…ごめんなさい」

「ぼぁぁ…?」

「おいでボーマンダ。ネリアさん、紹介しますね。私の相棒のボーマンダです。とっても人懐こくて、優しい性格なんですよ。」

 

 ボーマンダはくるりと少女の後ろに回って、肩口からひょっこりと顔を出す。少女の背中に隠しているつもりなのだろうが、まるきり隠れていないその巨体にネリアは呆気に取られた。

 呆然とボーマンダを眺めているかと思いきや、顔をサッと両手で隠して「カワイイ…」と呟いた。「わかる」と少女は心の中で深く頷いた。多分口に出したら叫ぶ。

 

 おずおずとだがボーマンダの頬を両手で撫でるネリアに声を掛け、彼女を風上の方へ誘導する。

 軽くと言っても、ボーマンダとドダイトスがぶつかれば爆風と衝撃波で砂埃が立ってしまう。せっかく綺麗な洋服を来ているのだ、汚してしまっては申し訳ない。

 

「ボーマンダさんとドダイトスさんで模擬戦を?トレーナーは貴女ひとりではなくて?」

「ボーマンダは私が居なくても戦えますので」

「あら、そういうものなのね。凄いわね、ポケモンって」

 

 いや、トレーナーの指示が無くても戦えるポケモンなんてそうそういないのだが、ここにそれを突っ込む人物はいない。少しズレた認識がネリアの中でできてしまったのだった。

 

 ネリアが風上に着き、ポケモンたちの準備も万端。

 

 

「さぁ、始めるよ、ボーマンダ、ドダイトス。」

 

 2匹は少女の声を聞き、がらりと目付きを変えてお互いを見合い始めた。

 

 何をするでもなく、ただじっと相手から目を離さず、微動だにしない。ボーマンダの羽ばたきが音を立てながら、風を起こしている。

 

 フワッとした風がネリアの髪をすくい上げた。

 

(なんてプレッシャー…これが、ポケモンバトル…?)

 

 ポケモンバトルを近くで見るのは初めてだった。

 幼い頃からネリアには刺激が強すぎると父親から遠ざけられ、気づけば今の歳までポケモンにさえ碌に関わったことない人生だった。怖い、と思った。

 

(いいえ…違う。これは恐怖では無いわ。わたくし、どきどきしているんだわ。)

 

 胸が高鳴っている。初めて感じた、感覚。

 ネリアはゴクリと生唾を飲んだ。

 

 

 

 ネリアがその感情の訳を探いている間、未だに2匹はお互いを見合い、動かなかった。

 

 ざわざわと木の葉がぶつかり合う音の方が大きい。

「ちゅんちゅん」と幼い鳥ポケモンの声が聞こえた。

 

 すぅっと少女は息を吸い込む。

 

 それが、2匹の合図だった。

 

 ドダイトスが弦の鞭を甲羅の中から出し、地面に叩きつけるとその衝撃によってボーマンダへその巨体ごと突っ込んでいく。300kg以上もある巨体が軽々と宙に浮き、ボーマンダ目掛けて落っこちる。

 

(うそ、なんて力持ちなの)

 

 対するボーマンダは羽を下ろし地面へ着地すると、身体をぐっと地面に近づけ、小さくなる。赤い翼が白く発光し始めた。

 

 ドダイトスはボーマンダの行動を見届けると顔を甲羅の中へ引っ込め、甲羅の上に生えた木を突き立てるがごとく前へ向ける。

 

 あんな大木がぶつかれば一溜りも無いだろう。当たりどころが悪ければ死んでしまうのでないかと、ネリアは顔を青くさせた。

 

 しかしボーマンダに慌てた様子は無い。

 

 避けて、思わず叫びそうになった。

 しかし、ネリアの言葉を飲み込むように少女の声が森に響く。

 

「“ウッドハンマー”!!!」

 

 ドダイトスの甲羅が緑に光る。

 

 どガンっっ!!と酷い音が轟いた。巻あがった砂埃から逃げるように、またその後に続くだろう恐ろしい光景から目を背けるようにネリアは目をつぶった。

 

 そうして数十秒の時間をもって、ネリアはゆっくり瞼を上げる。

 

「えっ?」

 

 そこには最悪の光景はなかった。

 

 ただドダイトスの大木を、ボーマンダが赤い翼で下から突き上げるように受け止める姿が、そこにあった。

 

 足と胴体の力で、上へ向く勢いを作る。ボーマンダは縮こめていた身体を一気に伸ばすと、ウッドハンマーを受け流し、ドダイトスの身体ごと弾き飛ばした。

 

 ホウエン地方に来てから“羽休め”の変わりに新たに習得した技、“ダブルウィング”。草技である“ウッドハンマー”との相性が良かった。

 

 ボーマンダはドダイトスを吹き飛ばすと、翼をはためかせて空へ上昇する。

 

「逃がすな、“ハードプラント”」

 

 ドダイトスはその巨体からは想像もできないほど素早い動きで、上体を起こすと地面に着地すると同時に足を地面に叩きつける。

 地面からは巨樹が現れ空に登るボーマンダを追いかける。

 

 ボーマンダは後ろ目で巨樹の存在を視認すると、ひらひらとまるで舞うように巨樹たちを避けていく。

 

「やっぱり“ハードプラント”は悪手だったか。ごめん、ドダイトス、耐えるよ」

「ドォダ!」

 

 ボーマンダは巨樹をある程度避けると、先程のドダイトスと同じように空からドダイトス目掛けて下降し始める。

 身体が大きなドラゴンに変化したかと思うと、大口を開けてドダイトスを食わんと迫ってくる。“ドラゴンダイブ”だ。

 

 ドダイトスは巨樹をしならせ、自身の手足かのように自由自在に操る。進路を阻むように巨樹をボーマンダを目の前に展開させた。

 当然の如く巨樹の横を通り抜けようとするボーマンダを、待ってましたとばかりに次の巨樹が死角から飛び出す。

 ドラゴンは巨樹に噛みつくと、まるで細枝を折るように巨樹を噛みちぎった。ドォン!と爆発が起きる。

 

 爆破の衝撃で吹き飛んだ大きな木屑がネリアたちの上に降りかかった。

 

「きゃぁ!!」

 

 思わず叫んだネリアの前に彼女のそばに居たサンドが飛び出した。

 

 丸っこい額をごつごつの鋼に変化させると、木屑目掛けて頭痛する。木屑は粉々になり、はらはらと地面に落ちた。

 

「サンドさん!あ、ありがとう御座います。お強いんですのね」

「シャンドォ?」

 

 でしょぉ?なんて言うようにサンドが胸を張る。そんな愛らしい姿にネリアはキュンっとした。

 

 ドンッとボーマンダが地面を揺らして着地する。

 

 どちらのポケモンも技の被弾は無くピンピンしている。

 

 少女は2匹の姿を見届けると、頷いた。

 

「そこまで。2匹ともお疲れ様。」

「ボア」「ドダ」

 

 2匹は身体の力を抜くと、ふにゃりと顔を崩した。

 近づいた少女に擦り寄ると、褒めて褒めてと甘え始める。

 

「ネリアさん、木屑飛ばしちゃってごめんなさい。サンド、ネリアさんを守ってくれてありがとうね。」

「サンドさんが助けてくれたので大丈夫ですわ。お気になさらず。…それよりも!!ポケモンバトルってこんなに激しいのね!!わたくし、また腰を抜かしそうだったわ!!」

 

 興奮冷めやらぬ勢いで話す彼女に今度は少女が目をパチクリさせた。

 

 バトルを興味を持ってくれたらと思いながら模擬戦をしてみたものの、こんなにも喜んで貰えるとは思わなかった。

 

「あぁ、どうしてお父様はポケモンのことをわたくしに教えてくれなかったのでしょう…いいえ、そんなこと今はいいわ。ねぇ、貴女?わたくし、もっともっとポケモンのことが知りたい!バトルもしてみたいし、他の地方だとポケモンとキャンプもするのでしょう?テレビで見たわ!あ!あとポケモンコンテストも!あれは難しそうだから、するよりも見てみたいわ。貴女できます?」

 

 彼女はこんなにはしゃぐ子だったんだ。

 

 率直な感想だった。あれもこれもと強請る幼子のように、少女に希望を伝える彼女。

 

 彼女は父親を何より尊敬している。

 話によると彼は彼女を男手ひとつで育てたのだとか。だからだろうか、彼女は父親である彼に遠慮している節があると、父親本人であるエゴムから聞いていた。我儘も一度も言ったことがなく寂しいのだと、彼は少女に漏らしていた。

 そんな彼女が自分に少しの我儘を言ってくれているのであれば、自分のポケモンを好きになってくれたら、という想いも伏せて、叶えてあげたいと思った。

 

 だから少女はにっこりと笑って答えた。

 

「もちろん!」

 

 

 

 それから少女はネリアの希望通り、バトル、キャンプ、コンテスト技の披露をした。コンテスト技はミクリや、ミクリが連れていってくれるコンテストで見たものの見様見真似だったが、コンテストに興味があったモスノウがよく頑張ってくれた。モスノウに合わせて出てきたウルガモスが、氷と炎のコントラストを生み出した。ネリアが「まるで太陽と月みたい」と形容するほどに、それは幻想的だった。

 バトルはネリアがおずおずとサンドに指示を出し、少女はこれが初戦となるダンバルと共にゆっくり時間を避けて行った。サンドが得意な“転がる”を使った移動や、“霰”を振らせてからの【得意:雪かき】による素早さの上昇を発動させる。など、ダンバルへの指示を行いながらネリアのフォローも忘れずに。ネリアは初めてのバトルで物の見事にパニックに陥り、ダンバルにメロメロが効かないことに頭をショートさせていた。バトルをして分かったことは、ダンバルは痛いのが嫌い。というとこだ。バトルが嫌い、という訳ではない様子だが、兎にも角にも痛いのが嫌でサンドの手加減“アイアンヘッド”を受けて泣き叫んでいた。ダンバルの進化系統は全て物理技の耐久が高いことで有名なのだが…まぁ、だからといって無理強いする必要は無い。ダンバルも号泣してしまったし、ネリアも頭をショートさせてしまったのでバトルは体験、という形で幕を閉じた。

 その後はのんびりキャンプを楽しみ、皆でカレーを作った。ネリアは外で食事をすることもだが、料理をしたのも初めてだったらしい。木の実に包丁を突き刺し始めた時は流石に肝が冷えた。

 

「はぁ…こんなに遊んだのは生まれて初めてだわ」

「楽しかったですか?」

「えぇ、とっても」

 

 ネリアと少女は倒れた幹の上に腰掛け、遊ぶポケモンたちを眺めていた。ネリアの手の中には少女が渡したタンブラーがある。

 

「わたくし、生まれた時から酷い病気でね、こうして外で遊んだこともなかったわ。」

 

 突然ごめんなさい。表面上は何ともなさげにいう彼女だった。

 なんでそんなことを私に?と少女は思った。しかし、彼女の言葉から考えるにネリアには、そんな自分の気持ちを伝えられる人物がいなかったのではないか。だから、自身の父親からの頼み事だったとしても、自分を外へ連れ出し、ポケモンに触れ合い、バトルまでするきっかけをくれた少女が、彼女にとっては特別な何かに思えたのではないか。そう思い、自分では力不足ではないかと思いながらも少女は口を閉ざしたまま彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 ネリアは訥々と自身の幼い頃の話を続けた。

 

 ネリアは生まれた時から、重い心臓病と自己免疫疾患を持っていた。

 心臓も心臓移植が必要なほどに悪かった。多くの病院を転々としても、望む治療を施せる病院はなかった。ドナーが見つかったとしても彼女の身体が心臓を拒絶し、心臓を移植するメリットよりもデメリットの方が大きいと言われたそうだ。この子は大人になれないだろう、そう医師からは宣告を受けたと。どんなに手を施しても、彼女の身体が治療を拒んでしまって、治すことができない。自分の首を自分で閉めている状況と自分の子どもが赤子の頃から沢山の管に繋がられている姿にエゴムの妻、ひいてはネリアの母はどんどんと憔悴していった。

 

「だから、わたくしが幼い頃にお母様はお父様とわたくしを捨てて、消えてしまったの。お父様は自分の研究もしながら、男手ひとつでわたくしを育ててくれて…研究者であるお父様にとって、わたくしはきっとお荷物でしか無かったはずだわ。」

 

 どんなに時間とお金をかけても治らない我が子に、彼は一体どんなに身を削ったことだろう。だが、そうまでしても我が子に生きて欲しいと願った彼の気持ちは、きっと彼女に自分を荷物だなんて言わせるものでは決して無い。だから、エゴムは過保護なまでにネリアを心配し、この歳までポケモンに満足に触れ合うことさえ制限した。その制限が彼女にとって苦痛だったのかはわからないが、それでも、

 

「愛されているんだね」

 

 少女がそう言った言葉に、ネリアは大きく目を見開いて、そうして、めいっぱい、

 

「うん、そうでしょう。」

 

 めいっぱいはにかんだ。

 

 少女とネリアはいつの間にか、手を握りあっていた。

 

 

「ところで、ずぅっと気になっていたのだけれど、貴女とダイゴ様はどういう関係なの?」

「え!?」

 

 いきなりの質問に手を離しかけた。それをネリアは逃がさないとばかりに掴み、ギュッと握りしめる。

 頬を桃色にさせながら、ジト目で少女の顔に己のご尊顔を近づけた。全部聞くまで逃がさないぞ、という気概がひしひしと伝わる。

 

「ド、ドウイウカンケイトイワレマシテモ…」

「こ、ここここここ恋人では、ないのよね!?!?」

「違います!!断じて違います!!!!」

 

 全力で頭を横に降って否定する少女にネリアはほっとため息をついた。

 

「そ、そうなのね?本当ね?」

 

 ぶんぶんと首を縦に振る。ついでに両手を上げて、無害のアピールもしておいた。

 

「あ、貴女は、ツワブキ家と仲が良いと伺っているし…そのダンバルさんも、ダイゴ様から譲り受けたのでしょう?」

「そうですね、ホウエン地方に移住記念でタマゴを…でも本当にそれだけです!」

 

 彼女の言う通り、ツワブキの御家族には懇意にして貰っているが、それは彼ら(特にムクゲ)からのお使いをしている御礼だ。まさかダイゴと恋仲ではないか、などと誤解されているなんて思いもしなかった。驚きを通り越して最早唖然だ。一時期に事件解決のために奔走した仲間のひとり、それを縁あって今も良くして貰っているだけの関係に過ぎない。

 ギラティナに繋がる調査団の推薦はホウエン地方に移る時に辞退した。それを不憫に思ったダイゴとミクリがハウスを(あげるというダイゴを説得してなんとか)賃貸として提供してくれて、ただ自分はその申し出を有難く受けさせてもらっただけ。

 ダイゴとミクリがハウスに立ち寄ってくれるのは嬉しい。事件で彼らと過ごした少しの日々は、少女にとってとても甘美な一時だった。だけど、それを彼らに強要するつもりも権利も少女にはない。ポケモンたちがそばにいてくれている。

 

(本当に、それだけ、なんだよね)

 

 彼らにとって自分は有象無象のひとつにしか過ぎない。わかっている。けれど、それを思う度に胸がつきんと傷むのは、烏滸がましいとわかっていても、寂しいと思っているから。

 

(まぁ、そんなこと、絶対に口には出さないけど)

 

 ネリアが安心できるように、そして自分の浅ましい気持ちを隠すために、少女は微笑んだ。

 

 

─────

 

 

「…わたくし、ダイゴ様のこと、お慕いしているの。」

 

 一目惚れだった。

 齢十のとき、ネリアのために開かれた誕生日パーティに、彼は居た。

 ネリアの誕生日を祝いに来たはずの大人たちは、彼女に誕生日を祝う言葉をかけたが、その言葉は表面上でしかなかった。彼らの目的は自身の父親である、エゴムとのコネクションを作るため。若くも敏腕研究者であったエゴムのエネルギー開発は多くの企業から一目置かれ、その技術を求める者は多かった。

 彼女の誕生日パーティだと言うのに、一向に彼女を祝う気のない大人たちに幼いながらも彼女は辟易し、そっと会場を抜け出して、薔薇の綺麗な庭園に足を運んだ。そこで彼と出会った。

 

『おや、キミもパーティを抜け出してきたの?まぁ、あんな明け透けな態度じゃ、嫌にもなるよね。』

 

 自身の自慢の相棒である白銀のメタグロスを従えて、彼は月華の下で笑っていた。

 

『僕はダイゴ。よろしくね』

 

 微笑んだ彼を、ネリアは忘れたことは無かった。

 

「その後のパーティでもお見かけする度に、優しくして頂いたわ。」

 

 ダイゴはトレーナー業に力を入れていたし、ネリアは病弱なことから社交界に顔を出す頻度が少なかった。幼い頃から大人の世界に放り込まれた者同士であり、特別親しい者がいない二人は会う度によく話しをしたそう。

 

「ダイゴさんは、ネリアさんの身体のことは…」

 

 ふるふるとネリアが被りを振る。

 

「伝えてはおりません。余計な心配を掛けるなど、ただの迷惑でしかありませんもの。それに、………」

「…それに?」

 

 言葉につまる彼女を気遣わしげに覗き込む。

 

「それに、折角会えたのだから、楽しいお話をして笑っていただける方が、良いでしょう?」

 

 ね?と手を合わせながら微笑む。

 

「…そうですね。」

 

 好きな人には心配するより、笑っていて欲しい。恋心はなくとも、彼女の気持ちは少女にも理解できる。彼には憂いた顔より、石の話をする時の、あの少年のような天真爛漫な笑顔が良く似合うから。

 

「そろそろ研究所に戻りましょう。予定より随分長く遊んでしまいましたし、エゴムさんも心配しているはずです。」

「そ、そうね。」

 

 散歩に出掛けたのが昼過ぎで、気づけば既に太陽が西に傾き始めている。最近体調が良いと言われていても、ネリアは元々病弱だ。これ以上は身体に負担がかかりすぎる。

 

 少女は幹の上から立ち上がると、ネリアへ手を差し伸べた。彼女も少女の意図を組み、おずおずと手を取った。

 乗せられた手をきゅっと握って、彼女を引っ張り起こす。帰りはドダイトスに運んでもらおうか。彼女も疲れていることだろうし、ドダイトスに断られても自分が背負えばいい。

 そんなことを考えながら歩き出した少女を、ネリアは慌てて呼び止める。

 

「ま、まって!」

「?」

 

 手を離そうとした少女の手を、ネリアはまたぎゅっと握りしめる。

 

「ま、待って。待って欲しいの、…お願い。わ、わたくし、あの、えっと、」

 

 握った手が熱い。

 じっとりと湿った感覚がして気持ち悪い。どうして自分が、こんなに焦っているのかも、つい勢いでこの手を掴んだのかも分からない。でも、離す訳にはいかないと、ネリアは思う。

 振り向いた少女の顔を見れない。どうしたらいいのか、わからない。伝えたいことがあるのに。

 

(あぁ、わたくし、また…)

 

 初めてダイゴに会った時も、そうだった。

 

『あ、あの、わた、わたくし…えっと、えっと…』

 

 父親以外の、初めての男の人。綺麗な人。

 何を話せばいいか、そもそもここに居ていいのか、分からない。身の振り方がわからなくて迷子のようだった。

 

 あたふたと狼狽えるネリアを少女はぼーっと眺めていた。

 ネリアが何を言いたいのかは考えつかない。自分は彼女の散歩に付き合えと言われた、ただのボディガードだ。この時間が終われば彼女にとって、自分は知人にもなり得ないのだろう。一回会ったら友達、なんて自分には言えない。でも、今、彼女を守れるのは、彼女の不安を取り除けるのは、私だけ。

 

 少女は、彼女の汗ばんだ手をぎゅっと握り返す。

 

「ッ!!」

 

 ばっと顔を上げたネリアの顔は、マトマの実にも負けていなかった。

 それが可笑しかったのか、はたまた可愛らしくて笑ったのは分からない。でも、自然と口角が上がって、目尻は下がった。

 

『「大丈夫、どこにも行きませんよ(行かないよ)。」』

 

 とろりとほろんだ優しい表情。何時しかの彼が、目の前の少女に重なった。

 ネリアは目を見開いて見惚れてしまった。

 

「ゆっくり、ゆっくりでいいんです。ちゃんと聞きます。だから、そんな顔をしないで?」

 

 身体をしっかり彼女に向けて、一歩、近づいた。

 

「あ、あのね」

 

 きゅっと結ばれた唇が、糸が解けるように開かられる。

 目の前の相手は自分の言葉をちゃんと待ってくれる。父親しか見ていない大人たちとは違う。自分(ネリア)を見てくれている。

 彼女なら、なってくれるかもしれない。ダイゴにも言えなかった、自分の我儘を。

 

「わ、わたくしの、お、…お友達にっ!!」【ドオオォン!!!!】

 

 ネリアの言葉を遮るように、森の遠くの方から大きな爆発音が聞こえた。

 

「きゃぁ!!」「っ…!?」

 

 鳥ポケモンたちがばさばさと羽ばたいて空へ逃げていた。

 

「爆発…!?いや、そんなことよりも、あの方向は…!!」

 

 爆発があった方向、そこは数時間前までに少女らがいた場所。エゴムが自分たちを送り出してくれば場所。つまり、

 

「お父様!!!!!」

「ネリアさん!?」

 

 駆け出すネリア。それにつられるように、少女も地を蹴っただった。

 

 愛する父の、無事を願って。

 

 

 

 

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