あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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己の敵

 

 ポケモンにはタイプというものが存在する。

 

 ポケモンは種族によってタイプをひとつ、またはふたつ有しており、相性というものがある。タイプは組み合わせによって技のダメージが軽減したり、増大することもある。

 それはバトルにおいて有利になることもあれば、致命的になることもある。

 ボーマンダを例で上げてみよう。ボーマンダは【ドラゴン・飛行】タイプ。地面タイプの技の効果が無くなる代わりに、氷タイプの技のダメージが通常より大きくなる。バトルではこの急所を狙うことも、大切な戦略のひとつだ。

 タイプというものは、ポケモンにおいて切っては切り離せない存在であり、それがポケモンの特性を輝かせることもあれば殺すこともある。その最たる例が、モスノウというポケモンだと私は思う。

 モスノウは【氷・虫】タイプ。弱点は炎、岩、鋼、飛行。特に炎、岩は致命的なダメージになる。類稀な【特性】を持ちながらも、このタイプ相性という弱点からバトルには不向きだと評価されるポケモンだった。

 しかし、少女のモスノウは他のモスノウが持ち合わせない唯一無二の【性質】を持っていた。

 

 モスノウというポケモンは雪山に生息するポケモンなのだが、少女のモスノウは何故か産まれた時から険しい山岳にいた。その山の洞窟には常に熱風が吹いており、ウルガモスたちの生息地になっていた。モスノウにとって、その山が休火山であったことが何よりの救いだっただろう。

 孵化したモスノウ、そのころのユキハミは、同じ虫ポケモンであるウルガモス、メバルバたちと共に育った。生い立ちの影響なのか、ただこのモスノウが特別なのかは不明だが、モスノウは【炎】に強かった。

 

「モスノウ、“吹雪”!!ウルガモスは“炎の舞い”で火を相殺して!

 誰か、逃げ遅れた人は居ませんか!」

 

 モスノウとウルガモスが少女の通る道を作りながら、炎が広がらぬように技を次々と出していく。

 

 火事が起きた時に一番に考慮するのは炎ではない。煙を吸うことによる、一酸化炭素中毒。どれだけ煙を吸わぬようにするかが生還の鍵になるのだ。声を上げるために煙は必ず吸い込むことになる。少女自身が煙を吸わないように、施設内に入る前にモスノウがふんだんに【氷の鱗粉】を掛けてくれた。本来は特殊技を半減させる特性だが、特異体質のモスノウの【氷の鱗粉】もまた特別性というわけだ。

 

「タ…すけ……て…」

「すぐ助けます!ウルガモス手伝って!」

 

 助けを求めるか細い声を炎の海の中から何とか拾い上げて、瓦礫の下から人を引っ張り出す。

 ウルガモスやモスノウの力を借りながら、1Fから順に逃げ遅れた人を探し出していく。しかし…

 

(想像以上に逃げ遅れた人が多すぎる…!!)

 

 ひとりひとり、モスノウたちが外へ運び出してはいるが、圧倒的に手が足りない。これではエゴムを助け出す前に、少女たち自身の安否も危くなってしまう。

 逃げ遅れた人の大まかな人数も不明だ。虱潰しに施設の扉を開け瓦礫の中から人を探し出すの繰り返し。声を出せるなら良い、でもこの煙の中喉がやられて声が出ない人だっている。その人を見落とさないように声を張り上げて、神経を尖らせて捜索にあたっていた。

 じわりじわりと体力と精神がすり減っていた。救護者を見逃していたらどうしよう。来た道に開けていない扉があったらどうしよう。こんなに時間をかけて間に合わなかったらどうしよう。ウルガモスとモスノウを巻き込んで、あの子たちは無事で済むのか。

 

「う………ぐぅぅ……」

「!…もう大丈夫です、すぐに助けますからね!」

 

 しかし、足を止めることはしない。沢山の不安と恐怖を飲み込んで、瓦礫から引きずり出した男性を背中に抱えて出口へ向かう。

 

(まずい、目が回ってきた…)

 

 

 いくらモスノウの【氷の鱗粉】があったとしても、防げるのは炎の威力だけ。煙はどうしても吸い込んでしまう。

 抱える男性を落とさぬよう力を込めるが、込めた先から力が抜けていく。まだ最上階まで最低でも2F分はあるというのに。

 

 ガラッ

 

「モスノウ!!」

 

 建付けが不安定になったロッカーが少女たちへ倒れ込む。少女は咄嗟に抱えていた人をモスノウへ投げた。モスノウは安全に男性を受け止めるが、大きなロッカーは今にも少女を押し潰そうとしている。

 

「キュウゥゥゥン!!!」

 

 炎で熱せられたロッカーが少女を皮膚を焼こうとした。

 

 

 その時だった。

 

「ゴチッ!!」

 

 ロッカーは少女を潰すことなく宙に浮かび、そのまま何も無い所へ音を立てて落ちた。そして、どこからとも無く水が降り、炎をどんどん鎮火していく。

 

「ゴチルゼル、ランクルス!!」

 

 振り向いた先には、ポケモンパークで出会った親ポケモンのゴチルゼルとランクルスがいた。2匹は少女に近づき、無事でよかったと言うように抱きついた。

 

「ど、どうしてここに。それにこれは…“雨乞い”?」

 

 むぎゅむぎゅと抱きつく2匹に抱き潰されるが、混乱した少女は何が起こっているのかわからないようでされるがままだった。

 

「キュゥン!」

「モスノウ…心配かけてごめんね。ゴチルゼルとランクルスは、どうしてここに?助けに来てくれたの…?」

 

 モスノウを撫でながら、ゴチルゼルたちに問いかけると2匹はそうだと頷く。

 爆発は当然ポケモンパークにも響いており、パーク内に避難してくる人々に只事ではないと判断した2匹はここまで駆けつけてくれたらしい。ゴチルゼルもランクルスも共に高い知能を持つと言われるポケモン、強いサイコパワーを持っており少女にとっては心強い増援だった。

 できるならば危険に晒したくはない。しかし水ポケモンもおらず猫の手も借りたい今、2匹の協力を断る選択肢はない。

 

「ありがとう…あと少し、私に力を貸して欲しい。」

 

 差し出した手に、ゴチルゼルたちの手が重ねらた。

 

 

 

 

 

…………

 

 

【緊急……報、ビビビッ…きんきゅ…けい、ほう。施設内にいる職員は……ジジッ……ガガガガガ…………繰り返します。施設内にいる職員h……t…直ちに屋外へ…………ガガガガ………】

 

 館内に設置されたスピーカーから流れる緊急警報のアナウンスが力尽きていくのを、エゴムは窓の外を長めから聞いていた。

 いつもは見ることができる豊かな森は、炎の煙で閉ざされ見えない。そろそろ火の手がこの部屋へ届くのも時間の問題だろう。

 

「おじさん、逃げないの?このままだと丸焼きになっちゃうよ?」

 

 エゴム以外の人間がいないはずの部屋に、歳若い少年の声が聞こえる。昼から誰にも社長室には近ずかないように伝達していたはず。

 だがエゴムに驚いた様子はなく、まるで彼の来訪を知っていたかのように当然のごとく彼を部屋に招き入れた。少年、リベは促されるまま社長室の中へ踏み入り、どかりと座り心地の良いソファに腰掛けた。

 

「可能なら一秒でも早くここから脱出したいところだが…」

「ならさっさと逃げた方がいーよ。もうすぐそこまで火が回り始めてる。こんな所で悠長に話してる時間ないでしょーが。」

 

 逃げようと思えば今すぐにでも逃げることはできる。こんな所で焼け死ぬつもりはエゴム自身も毛頭ない。

 

 エゴムはリベの向かいのソファに腰掛けた。

 

「あぁ、わかっているよ。だが、私はキミと話がしたくてね。そのためにキミをここに呼んだのだから。」

「ふーん、なるほどね。俺はまんまとアンタに誘き寄せられたってわけか…何?俺を殺す気?」

 

 エゴムはまさか!と言い首を振る。

 

「私はただ、キミに見逃して欲しいだけだよ。」

「見逃して欲しい?なにを?」

「青いポリゴンZ…知っているんだろう?」

 

 リベの顬がピクつく。

 リベの反応にエゴムは、やはりと落胆した。そうで欲しくなかったと、悩ましげに両膝に肘を着いて手を組む。

 

「キミの事は風の噂で知っていたよ。各地のポリゴンたちを多くの研究所から連れ出していると…」

「えー?俺ってもしかして有名人〜??困っちゃうなぁ…」

「あぁ、本当に困るよね。だからキミはポリゴンと共に各地の施設の仄暗い情報まで、一緒に盗み出してきた。施設側はキミに施設の隠したい情報を暴露されることを恐れ、キミを追うことができないようにするために。おかげでキミは今日まで自由に暗躍できた…という訳だ。」

 

 エゴムは人好きする顔を見せながらすらすらと語る姿は、リベにとって悪魔のようだった。

 

(温度差ありすぎだろ…つか、どっからその情報持ってきたんだよ)

 

 彼の言うとおり、安全にポリゴンたちを救出するには、助け出した後のことも考慮しなくてはならない。施設側が公には出せない情報をリベが得ることで、施設側はポリゴンを連れ戻すよりもリベを刺激しないことを優先する。こうしてポリゴンを救出するために課せられるリスクを、リベは尽く潰してきた。

 

 冷や汗が背中を伝うのがわかった。嫌な感じだ。早くこの男の目の前からトンズラしたいと、リベは切実に思った。

 だが、リベはそんな焦燥感を噯にも出さず、うっすらと口角を上げお調子者の仮面を貼り付け、対峙する。

 

「へぇ、だからあの日、俺が研究所に忍び込み、火事の混乱に乗じてポリゴンを盗み出すことに気づいたアンタは青いポリゴンZを何よりも先に研究所の外に逃がしたんだ。」

「キミがいつか私のところにも来るだろうと予想していた。青いポリゴンZの存在にキミが来ない理由は無いと思ったからね。」

「まんまとしてやられた俺は、自分にリスクを課してまでこのホウエンに滞在されることを余儀なくされ…今日もこうやって嵌められたってわけだ。」

「あのポリゴンZは私には命よりも大切なものでね…キミに連れて行かれては困るんだよ。頼む、青いポリゴンZのことは諦めてくれ。可能ならばキミもキミの妹君も危険には晒したくないのだ。」

 

 エゴムは自分よりも遥かに年下の少年に深々と頭を下げた。何が彼をそれ程まで突き動かすのかわからない。だが、彼の中で青いポリゴンZの存在が何よりも大切であることは、理解するのに容易い。

 

 リベは自分に頭を下げる男性を見ながら、これからどうするべきか考えた。

 

 あれ程までにひた隠しにしてきたはずの情報が、目の前の男には全て知られている。これ以上はリスクが大きすぎる。本来なら、引くべきところだろう。彼はリベを警察に突き出すだけの情報を持っている。初めての放火の時も犯人がリベだと知っており、尚且つ証拠を持っている可能性が高い。知っている上でリベを泳がせていた。

 

(だから、俺の捜査を警察じゃなく、おネーサンに任せたんだな。ああぁぁぁ…こっからどうしよ…)

 

 正直、多くのポリゴンを保護しているなかでこれ以上リスクを犯すのは本望でない。

 ポリゴンZ一匹、その一匹に大きなリスクを背負う必要はあるのだろうか。答えは当然、否。

 

(青いポリゴンZの他にも、今も多くのポリゴンたちが虐げられている。これからその子たちを救うことと、いまただ一匹を助けることを天秤にかければ、どちらを優先するべきかなんて、答えはわかってんだよな。)

 

 窮地に立った時、嫌でも思う。自分のしていることは慈善行為ではない。そこには自分の自己満足しか存在しない。自分の願いを叶えるために、誰かを害することだって厭わなかった。それが世間一般で悪だと言われることなんて理解している。

 

【貴方たちがそれをすることで後に残される者の気持ちはどうなる?愛するものから引き剥がされ、迎えに来ない人の帰りを待つものの気持ちは!!】

(そうだよ。おネーサンの言う通りだ。俺が捕まれば一番迷惑を被るのはポリゴンたちだ。)

 

 各地の研究所から連れ出され、自分たちだけのユートピアを手に入れたポリゴンたちは、聞こえだけなら幸せに思うだろう。しかし、そのユートピアは少し小突かれれば瓦解してしまうような、脆弱なものだ。そうしているのは他でもないリベだ。

 ポリゴンたちはリベたちを信頼し、好いてくれてる。そのリベがもし消えてしまえば、ユートピアはただリベの帰りを待つだけの監獄に成り下がるのだろう。

 

(でも、でもさ)

【それでも俺は今までもこれからも、コイツらのヒーローになりたいんだ。】

(そう言ったのも、本心なんだよ。)

 

 それが例え、誰かの犠牲の上に成り立っていたとしても。(ヴィラン)だと、揶揄されても。ポリゴンたちのヒーローになれるのなら。だから…

 

「俺たちのことを知っているのは、おじさんだけ?」

「そうだが…ッッ!!??」

 

 ドサッ!!っと音を立ててエゴムがソファから落ちる。

 押し倒されたことを理解するのはすぐだった。倒れたエゴムの上にリベが馬乗りになる。

 

「何を、する気かな?」

「…馬鹿なことだって、わかってる。でもさ、リスクなんて今更なんだよ。」

 

 危険を顧みないことなんて、何度もあった。リスクなんていつも付きまとっている。そんなの、とうに覚悟はできている。

 懐に忍ばせていたサバイバルナイフを取り出す。

 自分がいなくなっても、イリが何とかしてくれる。今は、目の前の助けられる存在を自分のできうる限りで必ず助ける。

 

「そうじゃなきゃ、ヒーローにはなれなんだよ」

(ごめん、ポリゴン、イリ。…おネーサンには、怒られるよなぁ…)

 

 怒られるだけじゃ済まないだろうけど。リベは自嘲しながら、ナイフを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに…してるの?」

「!!!!」

「お嬢さん…?!」

 

 振り向いた先には、少女がいた。横にはモスノウとウルガモスがいて、翼を羽ばたかせている。

 

「お、おネーサン…」

「何を、しているのかって聞いてるの!!!エゴムさんから離れて!!!」

 

 エゴムの上からリベを引きずり下ろし、変わりにリベを床に叩きつける。

 カランカランっとサバイバルナイフが遠くへ落ちた。

 

「いったい何をしようとしていたの。」

 

 リベの胸ぐらを掴み凄む少女は、とても恐ろしかった。打ち付けた頭の痛みなんて忘れるくらいに。

 

「答えて」

「…それは」

「お嬢さん、何故ここに」

 

 エゴムが立ち上がり、少女に問いかける。

 

「…爆発を聞きつけて飛んで来ました。ネリアさんは無事です。社員の人たちも…恐らく全員外へ逃がしました。」

「そうか…キミには感謝してもしきれないな。」

「いいえ。そんなことより今は…」

 

 リベに向き直る。リベは俯いたままで、何も言わない。

 どうして何も言わないのと声を荒らげようとした。その時だった。

 

ドオォォォォン!!

 

「「!!??」」

 

 下の階から大きな爆発が響く。床は揺れ、少女たちは堪らず床に膝を着いた。

 

「なに!?」

「爆発だ…まだ爆弾が残ってたんだ」

 

 グラグラと揺れる床。立つこともまともにできず、どんどんと床は傾いてゆく。

 

「建物が倒れる…」

「さっきの爆発が留めだったようだね」

「モスノウ、ウルガモス戻って!」

 

 モスノウとウルガモスをモンスターボールに戻す。

 

 床の傾きが強くなっていくにつれて、建物の崩壊が始まる。瞬く間に崩れる床の向こうから地上が見えた。床だけでは無い、壁や天井も崩れ落ちている。

 

「エゴムさんっ!!!」

 

 エゴムの真上の天井が落ちる。彼の危機に気づいた少女がエゴムを押しのけ、代わりに瓦礫を身体で受ける。不幸にも瓦礫は少女の頭に当たり、ペしゃりとカーペットを汚した。

 

「お嬢さん!」

 

 焦ったエゴムの声が聞こえるが、無事を伝える声が出ない。視界が揺れる。頭が痛い。思考が纏まらない。でも、このままではエゴムとリベが危ない。

 

(ネリアさんと約束したんだ、エゴムさんを守るって)

「〜っ!!ボーマンダ!!“ダブルウィング”で建物を砕いて!!ゴチルゼル、ランクルス“サイコキネシス”!!」

 

『ギャァァオ!!!!』

 

 絞り出した悲鳴に近い絶叫に、頼れる相棒の返事がかえってきた。

 良かった、声が届いたんだ。ほっと安心すると、そのまま少女は視界がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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