あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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このひと時は

 

「ギャウ」

「ごめん」

「ギャァウ」

「ごめんね」

「ギャァァァァウ」

「ごめんってば…」

「ギャアアアアアアァァァウ!」

「ごめんなさい!!!」

 

 トクサネシティにあるダイゴの自宅の庭に、人ひとり丸呑みにできるサイズのドラゴンポケモンとその前に正座したひとりの女の子がいた。家の主であるダイゴはその光景を赤ちゃんダンバルを抱えながら縁側で眺めていた。自業自得だ、もっと言ってやれボーマンダと言わんばかりの眼差しで。

 ボーマンダだけではなく長き旅を共にしたポケモンたちが庭に所狭しと並び、少女を取り囲む。少女は首を項垂れて、もう勘弁してくださいと顔を手で覆った。ギャウギャウとボーマンダのように怒るポケモンたちはまだ可愛らしい。いや、申し訳なさで頭は上がらないが。問題はブースターとレントラー…真横でボウボウ、バチバチと怒り全開で少女を見下ろしている。目が合えば死ぬ。

 

「ほらみんな、怒る気持ちは十分理解できるし、全快になれば勿論怪我しない程度で技を撃ってもいいけど今は病み上がりだから程々にね」

「フォローになってませんが!!??」

「フォローする気がないからね」

「申し訳ありませんでした」

 

 えぐえぐと半べそをかきだした少女に、ポケモンたちは良心が傷んだのか、今はこれくらいにしておいてやるかの精神だったのかはわからないが、一匹一匹、少女に飛びつき、大きいポケモンは加減をしながら覆いかぶさった。

 

「ブスッ」

「ひぇ…ぶーすたぁぁぁぁごめんねぇええええ…」

「ギャッ」

「え、何その声」

 

 勢い任せに抱きしめたブースターから発せられた声はあまりにも何かが潰れた時のような音だったが、少女は可愛いすぎないかとブースターを凝視する。やっぱり一発フレドラかましやろうかとブースターが少女を睨み始めたところでダイゴとレントラーから止めの合図が出された。

 

 ひとしきりポケモンたちと再開のハグ(という名のボディプレス)を楽しんだあと、ポケモンたちをボールに戻し、ダイゴ宅へと上がり込んだ。

 

「僕の家、何も無いから恥ずかしいね」

「石はありますけどね」

「逆に無いと思った?」

「無いならここはダイゴさんの家ではないですね。」

 

 ルネシティのハウスにも彼の部屋には彼が掘り出した石が展示されている。ハウスにあって自宅には無いなんて事はありえないだろう。実際あるし。

 ダイゴに抱えられたままのダンバルを返してもらい、備え付けられたソファに腰を下ろす。

 

「ダババ」

「ごめんね、寂しい思いさせて」

「ダババン!」

 

 にっこりと笑うダンバルに、ほっと息を着く。ダイゴに懐いているこの子はどうやら寂しい思いはしていなかったらしい。

 ダンバルを撫でる少女の横にダイゴも腰を下ろした。

 

「ダンバル、いい子にしていたよ。他の子もだけれど。」

「私のポケモンたちは皆んないい子ですよ。悪い子でもいい子です。」

「あははは、どんな理屈なんだいそれ。キミの育て方がいいのかな?」

「いいえ。あの子たちがいい子なだけです。でなければ、私があの子たちを泣かせるなんておかしいじゃないですか。」

「そうだね。どちらかといえば、僕たちがキミの育て方を間違えたのかもね」

 

 なんでこの人こんなに意地悪なんだろう。

 

 ダンバルの首筋に顔を埋めてダイゴに少しでも反抗する姿勢を見せる。これ以上の小言は嫌だ。ミクリのお叱りは慣れていてもダイゴから怒られること慣れていない。こんなにねちっこい怒り方するなんて思わなかった。せっかちのくせに。

 

「ダイゴさん、明日のご予定は?」

「明日はリーグに出勤だよ。あ、ご飯は作らなくていいから。」

「ということはお泊まりですか」

「いや、ちゃんと帰ってくるよ。ただ食事は僕が作るってこと。」

「え!?だ、だめですよ!私が作ります!置いていただいている身なんですから!」

「…まぁ、好きにすればいいけれど。キミが大人しくしない分この家から出る日は遠くなるね。よかったね、安静期間が長くなるよ。」

 

 そんな殺生な…がっくりと肩を落とす少女に目もくれずダイゴは優雅にコーヒーを啜る。有無を言わせる気のない態度に少女は遂に諦めの表情を見せた。

 

 退院してから数日後。

 少女はダイゴの言いつけを守りながら、入院期間中に失っていたポケモンたちとの時間を取り戻すかのようにその一日をポケモンと共に過ごした。ダイゴの自宅は、もとより家主が拠点を職場にするせいで、比較的ハウスよりもこじんまりとしている。比較的だが。(一般的には十分でかい)

 その中でポケモンたちとゆったりとした時間を過ごすのは何時ぶりだろうか。トレーナーをしていたときは、西へ東へ、北へ南へ東奔西走していた。ガラルで隠居生活をしていたときは割と落ち着いていたかもしれない。まぁ、あの時は今より心穏やかではなかったけど。

 目が覚めたときも目を閉じときも、ポケモンたちがそばにいる。負担を掛けていることは重々承知だが、ダイゴも毎日ここへ帰ってくる。誰かにそばに居てもらうことは、今の少女にとって何よりの安寧だった。

 

『それでも俺たちは今までもこれからも、コイツらのヒーローになりたいんだ。』

 

 時折思い出す。己の目を真っ直ぐに見て、いつもの調子づいた口調ではなく、覚悟を持った声で少女に想いを告げた少年のことを。

 嘘ではないと、信じたかった。

 でも、エゴムにしたことは紛れもない事実。未来を案じ、自身のめいっぱいの愛を娘に注いできた彼を亡き者にしようとした。

 ポリゴンのためにエゴムを?確かに、それも第一に考えた。だが、エゴムを殺害することでより危険になるのはリベの方だ。

 

「夕飯できたよ。」

 

 キッチンからの呼び声に返事をして立ち上がる。

 キッチンへ行くついでに先に食べ終わっていたポケモンたちのお皿を回収してシンクへ運ぶ。キッチンには二人分の夕食が出来上がっていた。

 出来たてのご馳走たちがもくもくと湯気を立てて鎮座していた。卵スープと牛ひき肉をオイスターソースや生姜で味付けしたのりたま餃子、後は付け合せのサラダと主食。今日も美味しそう。

 

「今日もよく出来ているだろ?」

 

 得意げな様子で見下ろす彼に、そうですねと頷いた。

 

「お仕事終わりなのにすみません。」

「気にしないで。リーグはシーズンがズレてるから挑戦者も少ないし、親父にはデボンのことより君を優先しろって言われているから。」

 

 爆発により負傷した少女は身体自体は異常もなく回復しているものの、自宅安静状態を医師に言い渡されていた。少女に対する罪悪感なのか、少女自身の無茶ぶりを案じたのかムクゲはダイゴへ少女のそばに居るようにとデボンコーポレーションでの仕事を全て取り上げた。

 

  デボンコーポレーションは現在、イム・エネゼータと共に新たなエネルギー開発に着手している。主導はエゴム率いるイム・エネゼータの研究員たちだが、デボンコーポレーションは開発のための資金や設備、人手を提供しているらしい。

 入院中の面会以来エゴムには会えていない。彼は元気にしているだろうか。何よりネリアの存在が気がかりだった。父であるエゴムが多忙にしている状況で、彼女は寂しくしていないだろうか。寂しくないなら良い。でも、もし彼女が今、一人でいたら…あの幼い頃のように。

 

(傍に居るって言ったのにな…)

「お嬢さん?食べないのかい?」

「へ?あっ!勿論食べます!いただきます!」

「はい、どうぞ。」

 

 ぼうっとする少女を不思議そうに覗き込んだダイゴにぎょっとして、慌てて席に着いて夕食を食べ始める。うん、今日も美味しい。少女はダイゴの手料理が好きだった。旅をしている時は専ら自分で作るか、買ったものを食べるかで、誰かに作ってもらうなんて実家に帰った時だけだった。

 ダイゴの元来のせっかちな性格によるものなのか、彼は見た目に合わず手軽にさっと作れるような、丼などの所謂男飯と言われる料理を好んでいる。それが少女は好きなのだ。

 

「あ、テレビ付ける?何か見ようか」

 

 そういってダイゴはリモコンを探し、テレビの電源を入れる。

 時刻はゴールデンタイム。丁度映ったのはバラエティ番組で、人間の心理についての話題であった。心理と言っても堅苦しいものではなく、恋愛の駆け引きにおける人間の心理、という何とも女性が好きそうなテーマである。

 そこでふと、再びネリアのことが頭に浮かぶ。

 

「ダイゴさんは」

「ん?」

「好きな人、いないんですか」

「ぶっっっ!!!」

 

 ダイゴが飲んでいたお茶を吹き出す。ゴホゴホと咳き込んだ。

 

「嚥下状態悪いんですか?」

「おじいちゃんじゃないよ!!君のせいだからね!?」

「はて…?」

 

 私は至って普通の質問をしただけですが?と思いながら、ダイゴを見ると彼は少女の考えていることを正確に読み取ったのだろう。口を拭いながら少女をむっと睨みつけた。

 

「キミ、恋愛の話なんてしないじゃないか。初めてだよ?…突然何?」

「いえ、何となくです。ダイゴさん、おモテになると思って」

 

 特にダイゴの恋愛事情が気になったことは今まで無かった。しかし、この間ネリアがダイゴに恋慕しているということを知って、つい興味が湧いたのだ。もし、ダイゴに相手がいるのなら私は邪魔ではないかと思った。そう思うと、少し胸の当たりがつきりとするが。気のせいだ。

 

「いないよ。今はね」

「…そうですか。」

 

 ダイゴの返答にほっとするのも、気のせいだ。

 

 そう思うとなんだが、胸の当たりが気持ち悪くなって、少女はそれを隠すようにテレビへ目を向ける。今のテーマは少女にとっては毒のようで、堪らずテレビのチャンネルを変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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