この話を読む前に一言。
今回と次回の2作品は前後半に分けたリョウの過去編になります。そして、基本的に軌跡というよりボクシングの話がメインになります。
なので、“ボクシングはそんなに詳しくない”“好きじゃない”という人にとっては、あまり面白くない話に仕上がっています。
それを理解した上で読んでいただけると有り難いです。
七曜暦1190年、リョウ・スメラギ、十歳
「あの……通してください……」
「ああん? ここを通りたかったら身ぐるみ全部置いていくんだな!」
共和国最西端、アルタイル市。
今日この街では、アマ
僕は父の車に乗せられて、この街へとやってきたものの、父は
駐車場から会場までそれほど離れていなかった事もあり、僕は会場まで徒歩で向かっていたのだが、途中で道を間違えたのか、もしくは誘導されたのか……どちらにせよ、僕はあからさまに治安が悪いと思われる路地に入ってしまったのだ。
「あの……僕、これから大事な試合があって……」
「へっ! んなこと知るかよ! ガキだからって容赦しねぇからな!」
「おいおい、随分と頭の悪いガキだな。金になるもん置いてけって言ってんだよ!」
相手は男二人組で、手には鉄パイプを所持していた。
今の僕であれば難なく対処できるだろうが、当時の僕はまだ子供で、拳闘術を学び始めてから三年程度だった。当然力も弱かった。
それと、拳闘術を教えてくれた父の教えとして、「いいか? ボクサーはな、リング以外で人を殴っちゃ駄目なんだ。もし人を殴ったら、それは悪人と同じだよ?」
そう教えられていた。
その教えは今でも守っている。
だが、当時の僕は純粋過ぎた。リング=戦闘中という考えまでは行き着いていなかった。
「へっ、金がねぇなら……」
「体で稼いでもらうしかねぇな……」
(体? ……よくわかんないけど……怖いよ……だれか助けてっ!)
僕はあまりの怖さに震え上がり、その場でうずくまってしまった。
このまま何処かへと連れ去られて、奴隷として売られるか、もしくは……だがその時、後ろから男性の声が聞こえた。
「そこまでだ!」
「ああん?」
「誰だよ? って、その紋章……遊撃士か!?」
僕は振り返って後ろを向くと、そこには一人の遊撃士が立っていた。
「未成年者への強盗、及び誘拐未遂の疑いで逮捕する!」
「クソ! 何でバレたんだ!? 今までずっとバレなかったのに!」
「知るかよ! てめぇが後付けられたんじゃねぇのか!?」
その男は導力式の拳銃を二人のならず者へと向けながら、ジリジリと距離を詰めていく。
「遊撃士をナメてもらっちゃ困る。ここ数週間、この付近を訪れた子供……特に市外からやってきた子達が行方不明になる事件が多発していた。バレないとでも思っていたのか!!」
その遊撃士の男は二人に対して強い口調でそう言うと、拳銃の安全装置を外した。
「今日はここの近くにある会場で、ジュニアのアマボクシング大会が開催される……次の犯行はこの日だと目星を付けてはいたが……ドンピシャだったようだな」
「クッソ! 何勝手にベラベラ喋ってやがる!」
「そうだ! 俺達が何したってんだ? 証拠はあるのかよ?」
遊撃士は例えあからさまな犯罪行為に立ち合ったとしても、しっかりとした証拠がなければ、犯人を逮捕することは出来ない。
遊撃士はフットワークが警察よりも軽いという利点はあるが、犯罪行為の取締りに関しては同じだ。明確な証拠がなければ逮捕は出来ない。
「証拠は……ある!」
だが、その遊撃士はそう言い切った。
「何!?」
「じ、じゃあ見せてみろよ!」
当然ながら証拠の提示を求めた二人組。だが、その様子を見れば一つでも証拠が出てきてしまえば、自分達の負けであると認めているようなものだった。
だが、その遊撃士が言った証拠は意外すぎるものだった。
「その子だ」
「は?」
「お前らを捕まえる理由……それはその子が泣いているからだ!!」
『バン、バン!』
「くっ!」
「チィ!」
遊撃士の男性はそこまで言うと、二人の男が持っていた鉄パイプに照準を合わせ、発泡した。
二人が鉄パイプを落とした瞬間、その遊撃士は導力銃をホルスターに戻し、二人の顔をめがけて拳を突き出した。
「シッ! フッ!」
「ギャァァ!」
「グヘェェ!」
一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。
銃をホルスターに戻したと思えば、遊撃士は目にも止まらぬ速さで相手の懐へ潜り込むと、ジャブとストレートの素早いワンツーで、二人の男を一撃で吹き飛ばしてしまったのだ。
「…………」
「大丈夫かい?」
「……はい……」
僕はそこまで言うと意識を失い、その遊撃士の胸に倒れ込んでしまったのだ。
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「気が付いたかい?」
目を覚ますと、そこには先程僕を助けてくれた遊撃士が居た。
僕はソファーに横たわっており、あたりを見渡すと、受付と思われる人物が立っているカウンターや、大小様々な紙が貼られたボードなどがあった。
「ここはアルタイルの遊撃士支部だよ。もう安心していい」
どうやら僕は気絶した後、先程の路地からここへ運ばれたらしい。
「大丈夫。試合まではまだ多少時間がある。会場までは車で送っていくから、ゆっくり休むといいよ」
「……ありがとう」
僕は助けてくれた遊撃士に礼を言うと、ソファーから起き上がってソファーに座り直した。
「まだ無理しないほうがいい。外傷は無かったから、怪我の心配はないと思うけど……そうだな、喉とか乾いてないかい? お腹は?」
体の状態を心配してくれる遊撃士の男性には悪いと思ったが、僕は「大丈夫です」と一言だけ告げるのだった。
当時の僕は先程の事件や自分の体のことよりも、その日行われるボクシングの試合のことで頭がいっぱいで、他の事に頭が回っていたかった。
(試合まで時間はあるみたいだけど……集中出来る気分じゃないな……)
助けてくれた事は感謝していた。だが、試合までの時間で乱れた気持ちを整えられるかと言われれば、無理だと言わざるをえなかった。
当然である。十歳の子供が犯罪に巻きこまれ、一歩間違えれば命を落としていたかもしれないのだ。
そんな経験をした数時間後に、大会を受ける気になれるかと言われれば、そんなことあるわけがない。
「君さ、先月首都で開催されたアマチュア大会で優勝してたよね?」
「えっ?」
(確かに優勝はしたけれど……どうしてそれを?)
この状況でどうすればいいのか混乱していた僕だったが、その遊撃士の男性が突然言った言葉に、僕はピリピリと気を張っていたところを、ストンと抜かれてしまった。
今思えば、それが良かったのだろう。結果として僕は混乱していた気持ちが収まったし、一呼吸つけた事は非常に大きかった。
「どうして知ってるの?」
「実はね……俺もやってたんだ……
「えっ!?」
今更かもしれないが、拳闘術というのは
一応各地域で大会が開催されてはいるが、ジュニア〜シニアまで含めても大会での出場者は平均二十人程度で、どんなに多くても三十人くらいなのだ。他の武術の大会では百人以上集まる事も珍しくない為、大概は予選から始まる事が多いが、拳闘術の大会は基本的に予選がない。
僕の階級が軽量級というのもあるが、それでも一度の大会で出場する選手は、他の武術の大会と比べれば圧倒的に少ないのだ。
その理由は簡単だ……弱いからだ。
基本的に拳闘術は突技しかない。共和国や東部で盛んに行われている東方三大武術や、西部、中東、極東地域で広く親しまれている刀剣術等に比べれば、圧倒的に技のバリエーションが少ないのだ。
だから、その遊撃士の男性が拳闘術をしていたと聞いたとき、僕の心は踊った。
実戦で拳闘術を用いている人物というのは、本当に稀な存在だったからだ。
「ほんとうに!? ほんとうに拳闘術やってるの!?」
「
「すごい! ぼ、僕、拳闘術を実戦で使ってる人と会うの、初めてなんです!」
「ははっ、確かに拳闘術を俺みたいな遊撃士で使う人は少ないからね。西の帝国やリベールじゃあ無名といってもいい」
そう。拳闘術は大陸西部では全くの無名武術だ。
向こうでは基本的に武器を持たずに戦うという概念が無い。
共和国で盛んに行われている東方三大武術でさえ、西部ではマイナーの部類に入るほどだ。
「そうなんだ……」(やっぱり向こうは少ないんだ……何だか悲しいな)
僕はその時初めて拳闘術が大陸西部で殆ど知られていない事を知った。
正直に言って悲しかった。自分の好きな物が他人に理解してもらえない苦しさというものを、僕はこの時に初めて知ったのかもしれない。
だが、当時の僕は単純だった。
「そんなに落ち込む事はないよ。逆に、“俺はレアな武術を身に着けてるんだぞ!”って、自慢になるぞ?」
「そっか……そうだよね!」
その遊撃士の言葉で、僕はあっさりと切り替わった。
僕は今でもそうなのだが、基本的にポジティブシンキングだ。嫌なことがあってもコロッと切り替える事が出来る。
子供の頃は尚更だった。
「僕、プロになるのが夢なんだ! プロの
「そうか……頑張ってね。応援するよ!」
そう、当時の僕の夢は世界チャンピオンになることだった。
拳闘術は確かに武術としてはマイナーだが、
プロではアマ同様、軽量級、中量級、重量級の三つの階級に別れているが、その他に
国内チャンピオンになれば一試合百万ミラ。世界チャンピオンになれば一試合最大で百億ミラ、最低でも一千万ミラは稼げる。
何故武術としてマイナーでも競技としては人気なのか。その理由は簡単だ。
二人の男、又は女が拳を使って殴り合い、勝敗を付ける。
非常に単純明快で、どんなに学がなくてもエンターテイメントとして楽しめる。
だが
それと、大陸西部のように、素手で戦う文化がそもそも無い地域ではたとえプロの試合であっても、
全世界規模で人気というわけではない。大陸中部、中東でも競技としては認知されているが、武術としてはあまり人気が無いのだ。
「俺もね、昔は目指してたんだ」
「えっ?」
「世界チャンピオンだよ。でも、俺の階級は激戦区でね。アマ時代に優勝したのもさっき言った大会だけで。その後も俺なりに頑張ってたんだけど……結局プロテストで落ちちゃって」
「…………」
そういうと、その遊撃士は自分の過去について僕に話し始めたのだった。
次回も過去編になります。(過去編は次回で終わりだから!その後も短編続くけど、SCまでもうちょい我慢してくれや!)
注意事項:この世界のボクシングは、現実世界のボクシングとは異なります。
ゼムリア大陸で行われている、物理法則ガン無視のボクシング……私はそれを軌跡ボクシング(略して軌ボク)と名付けることにしました。
軌ボクでは基本的に物理法則は無視されます。なので、我々の世界ではありえない体重差であっても、勝負が成立します。
軌ボクでは具○堅VSタ○ソン、井○VSゴロ○キンが成立します。
これから先は、それを理解してお読み頂けると幸いです。
ではまた次回。