今回は少し長くなりました。
少年が部屋から出ていった後、わたくしは暫く寝室の窓から外の景色を眺めていた。
外ではきめ細かい雪が地面へハラハラと落ちていく。
(ユミル……温泉郷として有名な帝国の辺境ですか。先程の少年といい、この建物はユミルを統治するシュヴァルツァー男爵の邸宅といったところでしょうか? それにしても……)
「もう夕方ですか……」
空は既に夕日で赤く染まっていた。
雪雲の隙間から僅かに赤い光が、自分のベットのところまで伸びている。
わたくしの名はデュバリィ。結社、身喰らう蛇の第七柱、鋼の聖女が率いる鉄機隊の筆頭隊士です。
わたくしの家は、帝国から離れた場所にある辺境の領主……つまり下級貴族でした。
他の貴族と比べれば生活は質素なものでしたが、それでもそれなりに幸せな時間を家族と共に過ごしていたのです……あの日までは。
今から四年ほど前、私の家は突然野党に襲われ、わたくし以外の家族全員が殺害されました。
絶望に包まれ、命までも奪われそうになっていたその時、わたくしは
その御方こそ、マイ・マスター……結社第七柱、『鋼の聖女』アリアン・ロード様ですわ。
マスターに命を救われたその日以降、わたくしは少しでもマスターのお力になれるよう、今日まで必死に修行を重ねて来たのです。
「それをあの男は! 今思い返してもムカつきますわ!!」
た、確かにわたくしは隠密があまり得意ではありませんが……それでも! 言い方というものがあるでしょう!?
『君、気配を消すのは
(本当にムカつきますわ!!)
もしあの男が呑気にこの部屋へと入ってきたならば、体調など関係ありません!!
剣帝に認められし神速の
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デュバリィがリョウを殴ろうと決心した直後、その部屋の扉の前では一人の男が気配を消しながら、ひっそりと立っていた。
(やっぱりまだ怒ってるみたいだな……)
相棒を迎えにアイゼンガルドへ先程まで行っていたリョウだったが、今は無事にユミルへと戻ってきている。
ここへ帰ってくる道中、もしかしたらもう怒ってないかも? と、淡い期待をかけていたのだが、やはり現実はそんなに甘くはなかった。
(もう二日前の事だし、流石に許してくれると思いたいけど……やっぱり言い方がマズかったかなぁ……)
だが、このままずっと扉の前に立っているわけにはいかない。
それに、
『コンコンコン』
「……どうぞ」
リョウは意を決して、部屋の扉を開くのだった。
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〜七曜暦1203年某日。リョウとデュバリィが来訪してから数カ月後〜
「リベール王国で原因不明の導力停止現象、帝国南部でも同様の現象が確認された……か」
「リベールですか。少し心配ですわね、兄様」
「あぁ」
トールズ進学を凡そ一年後に控えたある日、俺は妹と共に帝国時報に記載されている、外国に関する内容が記載された欄を読んでいた。
別に特別心惹かれる事件でも無かったのだが、一つだけ気になる事があったのでふと目を留めたのだ。
「確か、今リベールにはリョウさんとデュバリィさんの二人が行ってるはずだよな? ……何事もなければ良いけど」
「導力の停止現象。下手をしたら命に関わる事ですわ……心配です」
「まぁ、二人ともかなりの実力者だったし、特にリョウさんは桁違いな存在だから多分大丈夫だと思うけど」
「だといいのですけど……」
エリゼはかなり彼のことを心配している様子で、終始落ち着かない表情をしていたが、俺はとしては多少気にはなるものの、妹ほど深く心配していなかった。
(色々と規格外な人物だったからな……)
俺は彼と初めて出会った時の事を思い出していた。
あの日、俺は久し振りにアイゼンガルド連峰での修行を行う為、雪が沢山積もった山道を一人で歩いていた。
再来年度のトールズ士官学院への入学を目指し、本格的な勉強を始めた俺だったが、流石に勉強だけをやれば良い訳じゃ無い。鍛錬を何ヶ月もサボる訳にはいかなかった。
ユン老師との修行も道半ば。師事してから既に5年が経過したが、未だ初伝を得る事すら出来ていない。
S級遊撃士のカシウス・ブライトや、風の剣聖アリオス・マクレインといった俺の兄弟子達の活躍を、新聞やラジオのニュース番組などで耳にする日々。
そんな状況に置かれた俺は、余計に自分の未熟さを痛感し、焦りも募っていた。
そんな自分が嫌いだった俺は、少しでも気を紛らす為にアイゼンガルド連峰で自主練に入ろうとしていた。だが、それは意外な形で一時中断に追い込まれる事になる。
「そこの君! 悪いけど少し手伝ってくれないか!?」
山頂を目指して山を登っていた俺だったが、突然、銀色の鎧を身に着けた女性を担ぎながら、ゆっくりと下山してくる男と出会ったのだ。
その人は額から大量の血を流していたが、そんな事はお構いなしと言わんばかりに額の傷口を布で固く縛った状態のまま、俺の元へヨタヨタとした足取りで歩いてきた。
「どうしたんですか!!?」
何か大きな事件が発生したのかと想像した俺は、急ぎ足で男性に近付いた。
出会った二人の内、男の方は顔を血で真っ赤に染め、全身に細かい傷を負っていた。
また、その男性に背負われた女性はぐったりとしていて、意識がなかった。
明らかに戦闘後だった。
「何があったんですか! まさか魔獣が!?」
俺はその男性に駆け寄り、彼の両肩を支えるように両手で掴んだ。
男性は少し疲れていたのだろう。息をするたびに肩が大きく上下していた。
「いや、魔獣じゃない……だが、ちょっと怪我をしてね。悪いが君は今からこの山の麓近くにあるユミルという場所まで行って、今すぐ治療の準備をしてくれないか?」
「わ、分かりました! 直ぐに準備します!」
男性は魔獣の襲撃ではないと言ったが、最初はとても信じる事は出来なかった。俺はその男性に言われた通りにユミルへと戻ったが、道中、父と二人で探索に出たほうが良いと何度も考えていた。
だが、その後ユミルで彼女の治療を施した結果、魔獣では無く人に殴られた(おぶっていた男性の告白もあり)怪我だということが判明した事で、その考えは杞憂に終わった。
しかし、その僅か2日後。治療を施してからずっと昏睡状態にあった彼女が目を覚ます数時間前、怪我した女性をたった一人で背負って下山してきた男……リョウと名乗る男性は『忘れ物を取りに行く』と一言だけ俺に伝えると、まだ額の傷が塞がっていないのにも関わらず、一人でスタスタと山へ行こうとしたのだ。
「駄目ですよリョウさん! まだ額の傷が治ってないんですよ!?」
当然ながら、俺は強く反対した。
「心配してくれてありがとう。だけど大丈夫だよ。傷も見た目ほど酷くないし」
「でも!!」
「大丈夫だって。すぐ戻ってくるから」
彼の額の傷は非常に深く刻まれていて、2日程度では全く塞がらなかった。
彼の額に刻まれた傷は頭蓋骨にまで達していたのだ。あと少しでも深く入っていれば、間違いなく脳まで到達してしまうほどの大怪我だったのだ。
俺は彼の身を案じて必死に説得しようとしたのだが、結局彼は俺の忠告を無視してそのまま山の山頂へと向かってしまった。
そして数時間後、リョウさんは彼女が目覚めた直後にユミルへと無事に帰ってきた。
俺が彼女の部屋から退出し、何か食べられる物を母に作ってもらおうと考えていた時の事だった。
リョウさんが帰ってきて早々、俺は彼女が目覚めた事を彼に伝えると、リョウさんは『そうか』と一言呟き頷いた。
そして暫く右手を顎に当て、少し考える仕草をしたリョウさんは、突然『調理場を貸してほしい』と俺に頼み込んできた。なんでも、彼女の為に料理を作りたいとのことだった。
俺は、彼女の食事は既に母が作り始めている事を伝えたのだが『いや、彼女は僕のせいで怪我をしたんだ。せめて最初の食事は僕が作ってあげたい』と言ってきたのだ。
そんな彼の言葉に俺は脱帽した。
理不尽に襲い掛かってきて自分に大怪我を負わせた相手に対して、見捨てることなく命を助ける。傷が塞がっていない危険な状態にも関わらず、怪我を負わせた相手を心配して手厚い施しをする。
完敗だった。
俺は生まれて初めて
そんな気分を味わった俺は、彼を母のいる調理場へと案内した。
調理場に入った時、既に母は調理に入っていた。だが、リョウさんの話を聞いた母は『分かりました。そう仰るのなら、貴方がお作りになられた方が宜しいかと思います』と言って調理場の一部をリョウさんに譲り、母はそのまま晩御飯の方に取り掛かった。
リョウさんが調理を始めてから約15分。彼はあっという間に数種類の野菜を沢山使った、見た目華やかな粥を作り上げていた。
リョウさん曰く、東方の伝統的な食事療法“薬膳”を参考に、こちらにある食材で作り上げてみたのだそうだ。
『流石あの剣仙ユン・カーファイに縁のある場所だね。極東地域の食材も沢山あったから、作るのにそこまで苦労しなかったよ』
彼としても納得の行くクオリティだったのだろう。見た目だけではなく、香りも良く仕上がっていた。
おそらくリョウさんの料理の腕前は相当なレベルなのだろう。母にも負けていないかもしれない。
「これで多少は彼女の機嫌が取れればいいんだけど……」
「? 何か言いましたか?」
「いや! 何でもないよ!!」
「早く元気になってくれると良いですね」
「ああ、本当に。ね…………」
そんな立派なリョウさんだったが、彼女の部屋に向かう後ろ姿が異常に硬かった事だけは、数ヶ月経った今でも謎だ。
(何故だろう……リョウさんとはまた会える。そんな気がするんだよな……)
不思議とそんな思いを懐きながら、俺は急いで新聞を畳むと、朝の鍛錬をするために、まだ雪が多く残っている庭へ出ていった。
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『コンコンコン』
リョウはデュバリィの居る部屋の扉をノックし、中から返事が返ってくるのを待っていた。
「……どうぞ」
「失礼するよ」
部屋の扉を開けると、そこにはベッドの上で窓の外を見ているデュバリィの姿があった。
(彼女は本当に結社の人間なのか? たとえ猟兵といえども、殺人を犯すような子には見えないけど……)
扉の近くでデュバリィの様子を見ていたリョウだったが、その姿は何処にでもいる普通の女の子といった感じであり、とてもではないが犯罪組織の構成員とは思えなかった。
「どうしたのですか? 何か忘れ物でも…………」
「や、やぁ……」
「………………」『プルプル……』
「ふ、2日ぶりだね。 いやぁ~復活して良かったよ! 本当に」
「フ、フフフ……噂をすればなんとやらですわね……」
デュバリィはプルプルと震えていた。
だが、それは決して怪我の痛みからくるものではなかった。
(やっぱり来ないほうが良かったかな? ……いや、もう遅いな)
「天誅ですわ!!!!」『ドゥゥゥン!!!!!!』
デュバリィは金色の闘気を発しながら、ベッドから素早く飛び出した。
「待ってくれ! 話を」
「問答無用ですわ!!!!!!」
彼女はベッドから飛び出すと、話し合おうとしたリョウに対して、問答無用と殴りかかってきた。
(マズいな、このままじゃあ粥を落とす)
リョウは左手に持った粥を右手に持ち替えることなく
『ブォン!!!!』
「うっ!」『ドサッ……』
結局、デュバリィは
「くっ…………」
「無理だよ。君は
「く、屈辱ですわ……」
(またこの男は! ……いえ、違いますわね。本当に腹立たしいのは……)
本当に腹立たしいのは目の前にいる男では無く、何もできなかった自分に対するものだと、デュバリィは気が付いた。彼女は床に座り込んだまま、顔を下に向けて塞ぎ込んでしまった。
(情け無い。このような無様な姿。もしマスターに知られたら……)
見棄てられてしまうのではないか? そんな不安が彼女の心を蝕んでいく。
(うっ、……また失敗したか? どうすれば……そうだ!)
リョウは下を向いているデュバリィに、どう声を掛けてやれば正しいのか分からなかった。故に、その左手に持った
「その……これを作ってきたんだ。お腹空いてるだろ?」
リョウは自らも床に腰を下ろして、彼女の前にその料理を差し出した。
「……それは?」
(いい匂い……何でしょうか?)
デュバリィは顔を少し上げてその皿の中の品を見つめる。
(……米でしょうか? その他にも野菜が数種類……それに何か不思議な匂いがしますわ。これは……生姜?)
「お腹が空いてるだろうと思ってね。ここの人に無理を言って厨房を少し借りたんだ。……食べるかい?」
「…………いただきますわ……」
デュバリィはそう一言いうと、リョウから皿を受け取り、備え付けてあったスプーンを使って、粥を少しだけ口に運んだ。
「こっ、これは!?」
「あっ、口に合わなかったのなら無理に食べなくても」
『ガツガツ! ムシャムシャ!! バクバク!!!!』
(……………………………………凄いな)
デュバリィは神速と称えられるその驚異的なスピードによって、次から次へと粥を口の中へと運んでいく。
(赤の他人、しかも男が目の前に居るってのにこの食いっぷり。相当に空腹だったんだな)
米なのに粒が非常に小さく、野菜も細かく刻んであるため、ストレスなくスルスルと喉を通っていく。
味付けはシンプルに塩のみだが、すりおろした生姜が入っているのだろう。ピリリとした辛味の後に、体の中からポカポカと温かい物が込み上がってくる。
「食べやすいように野菜は微塵切りにしてある。米は生米の時に砕いてから調理した。そのほうが消化に良いからね。生姜の他にも微量だけど数種類の生薬を入れてみた。口に合うかは心配だったけど……杞憂だったみたいだね」
(栄養のある食材を入れるのは分かりますが、生米を砕いてから調理って……結構な手間がかかる筈ですわ)
生米というのは意外と硬いものだ。茹でてふやかす前と比べれば、粒の大きさも三分の一程度であり、砕くという作業は結構な手間になる。
だが、リョウの手に掛かれば生米など文字通りただの小さな粒でしかない。
だが、その事実をデュバリィが知る由もなく。
(ただ強いだけでは無く、他人を思いやる心を持っていますのね……まるでマスターのような……ハッ!)
「かっ! 勘違いしないで下さい! 貴方とマスターが同じだなんて、そんなこと絶対にありえませんわ!」
「は?」
(しまった、つい口に出して……ええい! この際関係無いですわ!)
「ふ、ふん! わたくしのマスターの事ですわ! あの御方に掛かれば、貴方なんてケチョンケチョンのギッタンギッタンですわ!!」
(えっ、何この子超かわいいんだけど)
そのマスターとやらに心酔している様を突然彼女に見せつけられたリョウであったが、その頭の中では意外なことを考えていた。
(よく見るとこの子結構可愛いよな……いや! 僕は何を考えているんだ!)
一心不乱に粥を口に運んで、リスみたいな顔になっているデュバリィを見ていたリョウであったが、その心はとても揺れていた。
(確かに可愛いけど、
「?
(フゥ…………この顔見てると、何だか悩んでる自分が馬鹿馬鹿しくなってきたな)
リョウは一旦そのことに関して深く考える事を止めた。
「なんですか? 先程からニヤニヤと……本当に変な男ですね」
「いや、何でもないよ。それより」
「?」
リョウは一旦笑みを消して彼女と顔を合わせた。
彼女はまだ少女の面影を強く残した、可愛らしい顔をしている。
「それより……君に一言言いたいことがあってね」
「言いたい事? ……なんですの?」
「…………ごめん! 流石にあの言い方は女の子に対して失礼だったと思う! すまなかった!!」
「えっ!? ……いえ、それは……」
デュバリィにとって予測外の言葉が彼の口から飛び出してきた。
突然の謝罪だったため、デュバリィは少し慌てた様子で混乱したが、すぐに持ち直すと冷静にその時の事を自分なりに分析した。
(確かにあの言い方にはカチンと来ましたが……でもそれはもう過ぎたことですし)
まるで自分がサボっていると言われた様な感覚に陥り、一方的に戦闘に持ち込んだものの、逆に反撃によって撃沈したこと。
その後、二度目の戦闘……戦闘と呼ぶことすらおこがましいが、全力の一撃でも全く歯が立たずにやられたこと。
そしてその後に気が付いた、なぜ自分があそこまで怒ったのか、その理由……
「いえ、結局は私が未熟だったからです。貴方は何も悪くありません」
「そうか……君は偉いな」
「はぁ? どういうことです?」
人間、意外と自分の非を認めるというのは何気に難しいものだ。
とくに、プライドが高くて下手に実力が備わっている人物程、他人に対して謝れなくなる傾向がある。
(だんだん分かってきたぞ。この子の性格)
彼女は何処までも純粋で真っ直ぐなのだ。真っ直ぐすぎて転んでしまう事も多いが、それでも決して諦めないのだろう。
そんな感じがした。
「いや……そうだな……ここら辺りが丁度良いだろ」
「何がですか?」
「いや、……改めて仲直りをしたほうがいいと思ってね。」
「仲直り……」
「君が僕をどう思っているのか、それはわからない。けれど、結果として僕は君を怒らせた。だから……本当に、ごめんなさい!」
(先程も謝ったのに、もう一度謝るなんて……不器用な方ですのね……もう、いいですわ)
デュバリィは、これ以上自分が悪いと言ったとしても、おそらく彼は頑なに謝ろうとするのだろうと判断した。
「……許します」
「そうか……ありがとう」『ニコッ』
(あっ……)
その時、リョウが見せた少しだけ幼さを残す笑顔を見たとき、デュバリィの胸の奥にポツリと小さな熱が発生した。
ああ、自分の文才の無さに悲しくなります。
もっと上手くかけたはず……次こそはもっと綺麗にまとめて書きたいものです。