彼が部屋に粥を届けに来てから3日が経過した。わたくしはその後も順調に回復し、今日からは外出許可もおりたため、わたくしは早速ユミルの町を散策していた。
「いい場所だよね。ここ」
「ありがとうございます。そう言ってくださると、父も喜ぶと思いますわ」
「いや、本当にいい場所だと思うよ。雪が綺麗だし、町並みも趣があって……デュバリィさんもそう思うでしょう?」
「ええ……」
デュバリィはテオ男爵の娘だという少女、エリゼ・シュヴァルツァーの案内と共に町中を歩いていた。
そして彼女の隣、自分の立っている反対側に先日わたくしに粥を渡してきた男、リョウと名乗る共和国人が居た。
(リョウ……何処かで聞いた名前ですが……駄目ですわ、思い出せません)
あの粥の一件があった直後、わたくしと彼はお互いに自己紹介をすることになったのだが。
(流石に本当の事を話す訳にはいきませんでしたし……尋常ならざる腕前なのは間違いないでしょう。
その男、リョウは、自分は共和国出身の
それに対し、私は帝都の一般臣民で、アイゼンガルド連峰には騎士剣術の特訓に来たという設定にしておいた。
流石に真実を伝えるわけにはいかなかったが、それは
(おそらくはあの男も真実を隠しているはず……それに、あれ程の実力を持っているのならば、わたくしの正体にも気付いている可能性もゼロではありませんわね)
もしそうであれば、口封じのために最悪彼には死んでもらう事になる可能性もあるだろう。
(其のためにも、彼とはあまり親密な関係性を築くわけにはいきませんわね)
「えっ!? この先の坂ってスノーボードで遊べるの!?」
「はい。わたくしは滑ったことはありませんが、兄様はこの季節になると、よく嗜まれております」
(だからこそ、ここではなるべく必要最低限のコミュニケーションで)
「ねぇデュバリィさん! 一緒に滑りませんか!? きっと楽しいですよ!」
「はぁ……」(呑気な男ですわね)
その男、リョウはエリゼ嬢からスノーボードの説明を聞くと、ウキウキとした表情で私を誘ってきた。
だが、当然ながらそんなものに一緒に乗る気がない私は。
「お断りします。わたくしはまだ病み上がりですし……それに、わたくしはあまりウィンタースポーツには興味が無いのです」
「そうですか……楽しいと思うんだけどなぁ~〜スノーボード」
「あのですね……確かにわたくしは貴方と仲直りは致しましたが、それはあくまでも自分の否を認めたというだけです! 別に貴方と仲良くしたいとは、これっぽっちも思っていませんから!」
(貴方は旅行気分で楽しいかもしれませんが、わたくしはあくまでも
「そうですか……では明日にしましょう!」
『ズコッ!』
デュバリィは雪に足を取られて滑ってしまった。
(ああもう! どうして分かってくれないんですの!)
「いい加減にしてください! わたくしは! 貴方と! 遊ばない! って言ってるでしょう!?」
デュバリィはリョウにそれだけ伝えると、エリゼ嬢とリョウの二人を置いて、スタスタと先に歩いていってしまった。
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「あの、わたくしの説明が悪かったのでしょうか……」
「いや、エリゼちゃんは悪くないよ」(流石にいきなり過ぎたか……)
リョウは一人で先に行ってしまったデュバリィの背中を見ながら、どうすれば彼女と仲良くなれるのかということを考えていた。
正確には、
(彼女に関する本部の情報だけど、彼女と接すれば接するほど、その情報の信憑性を疑問に思う自分が居る……それが向こうの作戦なら相当な役者だが、あの時の純粋さはおそらく演技なんかじゃない……やはり彼女との距離を縮める必要があるな)
何故あんなに純粋な娘が結社に所属しているのか。何故あの年齢であそこまでの実力を持っているのか。そして……本部が言っていた彼女の
(僕はあまり推理は得意じゃないんだけど……やっぱり気になるしな)
結局リョウはデュバリィの後を追いかける事にした。
真相を知りたいというのもあるが、それ以上にどこか彼女を
「……エリゼちゃん。悪いけど、先に帰ってもらっても大丈夫かな?」
「えっ!? ……あの、わたくし、やっぱり何か不備がありましたでしょうか?」
「いや、そうじゃなくて……ちょっと彼女と二人で話し合いたくてね」
「……了解いたしました。では私は先に屋敷へと戻っていますね」
「ありがとうね。エリゼちゃん」
「フフッ……では」
そういうとエリゼ嬢はリョウを一人街の中に置いて、屋敷へと帰っていった。
「…………行くか」
リョウは先程デュバリィが走り抜けていった方向へ歩いていくのであった。
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(わたくしはどうすれば良かったのでしょうか……)
その頃、デュバリィはユミルにある礼拝堂の脇で佇んでいた。
(わたくしがここへ来た理由は、マスターの役に立つ為に修行を行うというものだったはず。それなのに……)
不測の事態によって怪我をしてしまった事で、修行が止まってしまったのは致し方ない事だろう。
だが、既に傷はほとんど癒えた今、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない筈だ。それなのに……
(それなのに、どうしてこんなにも心が落ち着いているのでしょうか)
今までの自分であれば、マスターのために修行が出来ない日々が続けば、ウズウズとして心が安らぐ瞬間など微塵もないというのに、何故かここに来てからというもの、デュバリィの心はどこか清々しいものを感じていた。
「一体、どういうことなのでしょう」
「それが温泉郷ってもんさ」
「っ! ……貴方でしたか」
デュバリィは声のした方向へと急いで振り返ると、そこには先程スノボーを自分に勧めてきた男……リョウが立っていた。
この場所に来てから、ずっと自分の気持について考えていたデュバリィは、後ろから近付いてくるリョウの気配を感じ取ることが出来なかったのだ。
「気配を消して女性に近付くなどと……共和国の男というのは随分と不粋ですのね」
デュバリィは自分にこっそりと近付いてきたその男に嫌悪感を覚えた。
シュヴァルツァー男爵とその息子の話によれば、彼も傷の手当をしてくれたらしいのだが、それでストーカー紛いの行為を許せるというわけではない。
「別に気配を消してたわけじゃないんだが……いや、きちんと声を掛けなかった僕が悪いな。すまなかった」
気配を消していないのは事実であったが、近くに行くまで声を掛けなかったのは、彼女が逃げると思ったからだ。
(確かに失礼な行為だ。けど、いつまでも逃げられてばかりじゃあ、話にならないからね)
リョウはなるべく角を立てないよう、彼女の疑問に答える形で話し始めた。
「この前も言ったと思うんだけど、僕はアマチュアの拳闘士でね。まぁ、西方じゃあ殆ど知られていない武術だから、
「そうですわね……帝国では殆ど名を聞かない武術ですし、知っている者もあまり多くは無いと思います」
「アマの大会は大陸中部ではそれなりに開催されていてね。各都市ごとの開催だから、子供の頃からあちこち飛び回ってて……そんな生活をしてるから、共和国にある各地の温泉には何度も訪れた事があってね」
「…………」
「だから、温泉のことなら僕は結構知ってるつもりだよ。……この温泉郷は本当凄いよ。ユミルへ来たのは初めてだったけど、街の中に居るだけで気力が満ちて心も安らいでいく……きっと七曜脈の流れが温泉に溶け出しているんだろうね。怪我の治りが早いのもそれが原因だと思う」
「なるほど……少しだけ勉強になりましたわ」
(そういう事でしたのね……ということは)
「もしや……貴方はそれを見越してここで特訓を?」
「いや、僕がここへ来た理由は、以前お世話になった人達への挨拶の準備と、来年開催される大会に向けての個人的な合宿にすぎない。ここへ来たのは初めてだって言ったろ? こんなに凄い場所だったなんて知らなかったよ。まぁ、温泉には色々な効果があるからね。傷を治したり、病気を治したり……そういった効果を上手く使って武術の修行をする人は、中部や東方には多くいるよ」
リョウの言うとおり、共和国やその先にある東方地域では、温泉の特効を利用した修行というものが実在しており、現に共和国最東端にある
(なるほど、今回は偶々この場所を選びましたが……どうやら修行をするのに最適な場所のようですわね)
「美肌効果がある温泉も中にはあるよ」
「そ、そんなことは聞いていませんわ! 美肌効果ですか……ブツブツ……」
(フフッ、やっぱり温泉を女性に勧める際にはこれが鉄板だな)
その後、デュバリィは結社でも無類の温泉マニアへと成長していくのだが、それはまた別の話…………
ヤバい、間章書くのが思想像以上に楽しくてSC行くのに遅れちゃう……