スタイリッシュ法廷ソリューション


1 / 1
本来の裁判とは似て非なるものとなっております。


まさかの時の鎮守府劇場型裁判!

主な登場人物

 

提督(司令官)……被告人

好きって言ってない

 

迅鯨

好きって言われた

 

長鯨……検察官役

迅鯨の妹。姉の涙を見て激怒。かの好色弥縫の男を裁かねばならぬと決意した。

 

霧島……弁護士役

「異議あり!」と叫ぶタイミングがあるかどうかを気にしている。

 

神州丸……裁判長役

陸軍出身だから中立だろうという雑な理由で選ばれた。

 

時雨

最近鎮守府に着任した。

 

白露

時雨の姉。新しく来た妹の世話を何かと焼いている。ゴシップ好き。

 

 

────────────────────────────────────

 

 

僕は非番の日、鎮守府内を散歩することにしている。

この鎮守府に着任してから日が浅いから毎回発見があるし、他の艦娘たちがせわしなく動いている姿は見ていてなんだか楽しい。

自分はのんびりしていてもいいっていう優越感もちょっぴりだけあったり。

 

今日は非番だから例のごとく散歩をしているのだけど……

なんだかいつもと違う気がする。鎮守府全体が浮足立ってるような、そんな感じ。

 

「時雨! ここにいたんだ。大変だよ!」

 

「あ、白露。一体どうしたんだい?」

 

「裁判だよ! 裁判! 今日時雨は非番でしょ? 一緒に観にいこ!」

 

「裁判? あっちょっ……行くから、行くから引っ張らないで!」

 

裁判なんて突拍子のない言葉に驚く暇もなく僕は白露に連行されてしまった。

 

着いたのは大会議室だった。大規模作戦の全体説明があるときや鎮守府全体で何か催し物があるときに使われる部屋だ。

中は法廷が再現されている真っ最中だった。明石がてきぱきと指示を出してどんどん法廷らしくなっていく。傍聴席はできたてほやほやのようだ。といってもパイプ椅子が並べられているだけだけど。

 

「良かった。間に合った。これで一番前の席で傍聴できるね!」

 

「そうだね……。というか白露」

 

「何?」

 

「裁判って勝手にやっていいものなの?」

 

即席で法廷が整えられている所からもこれが正規の裁判じゃないことは明らかだ。

これって設置が禁じられている特別裁判所ってやつなんじゃ……

 

「さぁ。でも、これまで何度も裁判あったよ」

 

「初耳だよ。どんな裁判があったの?」

 

「えぇーっと、一番最近あったのは第三倉庫ボーキサイト消失事件だね。見応えがあったのはオリョクル労働争議かなー」

 

なにそれすごい気になる

 

「なんか、手広くやってるね」

 

「やっぱり話し合いで解決するのが一番ってことで、内々で何とかできるものは鎮守府裁判で決着つけることになってるの。憲兵が絡むとまどろっこしくてしょうがないしね」

 

「たしかに一理ある、かな……?」

 

「まぁ、一回観ればわかるよ」

 

そんなことを話している間に傍聴席はどんどん埋まっていき、いつの間にかほぼ満員になっていた。僕たちと同じように話していたり、目をつむってじっとしていたり過ごし方は千差万別だ。これから裁判が始まるとは思えないくらいごちゃごちゃしてる。

 

「ところでさ、今日は何の裁判なの?」

 

「私も詳しいことは知らないんだけど、青葉が言うには『好きって言った裁判』だって」

 

「好き? 言った?」

 

「うん。それがね、提督が迅鯨に『好き』って言ったらしいんだ!」

 

「えぇー! あの提督が!?」

 

提督に浮いた話がないのは有名だ。仕事熱心で、私たち艦娘のことを分け隔てなく気にかけてくれるから提督の評判は上々。そして提督がフリーなのは周知の事実。こんな状況ならそういう話があってもおかしくないのに提督はカタブツなのだ。練度が最大になったら機械的にカッコカリさせるし、誰かを特別に贔屓しないようにしてるみたいだ。それは確かに提督の良い所ではあるのだけど……

 

「ビックリだよね。迅鯨は言われたって主張してて、提督は言ってないって。だから裁判で決めることになったらしいよ」

 

「でもさ、わざわざ裁判なんて大げさなことをするほどのことかな? そりゃ当人たちにとっては重大なことだろうけど……」

 

「その答えはあっちにあるわ」

 

「?」

 

白露がさり気なく指さした方向に目線を移すと金剛姉妹と由良がいた。僕たちと同じく最前列にいる。しかも中央の一番いい席だ。一番が大好きな白露がこの特等席を譲ったのは今思うと不思議だ。

それにしてもすごい威圧感だ。普段の温厚さが全く感じられない。比叡だけが凄みのある笑顔を湛えた姉と妹に困惑して泣きそうになってる。法廷に向ける視線はあまりにも鋭すぎてそのまま切り裂けるのではないかと思うほどだ。由良に至っては後ろ髪が意思を持ったように宙に浮いている。

 

「共通点があるんだけど、何だと思う?」

 

「ええと、練度が高くて……あっ、カッコカリ艦?」

 

「ザッツライト。しかも提督に相当お熱よ」

 

「なるほどね……察したよ」

 

「今はこの鎮守府も大きくなったけど、初めはもっと少ない人数で深海棲艦と戦わないといけなかった。中央の前方を固めているのはその頃から提督と長い時間を共にしてきた歴戦たちだよ」

 

「これはもう、鎮守府全体の問題だね」

 

「そうそう。これまで提督がした最大級の好意の表現が『信頼してる』だったの。実際、信頼してる相手なら提督は随分と無防備らしいよ。カッコカリ艦たちはこれを特権として享受してたわけだけど、それも昨日までの話。長い時間をかけて信頼を勝ち取った側からすれば、パッと出の補助艦に自分たちが喉から手が出るほど欲している言葉が贈られたのだから心中穏やかじゃないよ。この場で真実をハッキリさせないと血で血を洗う争いが……」

 

「なんか頭痛くなってきたよ……そういえば、霧島は? あそこにはいないけど」

 

「霧島はね、提督の弁護士として出廷することになってるよ。姉たちのために提督の無実を証明するんだって」

 

「それ……ダメじゃない? 私情で弁護するのは良くないと思うよ」

 

「検察役は長鯨だし、もうお互い様だよ。ある意味バランス取れてると思わない?」

 

「一周回ってフェアだね。それ。……というか検察がいるってことは民事じゃなくて刑事を想定してるんだね」

 

「やっぱり嘘つきには針が必要だしね」

 

どういう理屈?

 

「ぜんぜん分からない。私たちは雰囲気で裁判をやっている」

 

「うわっ……さ、漣!? ってその恰好どうしたの?」

 

ふだんの服にサンバイザーを被って、艤装の代わりに円柱状の装置を背負っている。その装置からはホースが伸びてガン型のノズルとなって漣の手に収まっている。メイドっぽい漣の服装も相まってそれはまるで……

 

「この通り、売り子をしてるんだ―。お一ついかが?」

 

球場か?

 

「じゃあ一つください」

 

「じゃあじゃないよ白露。法廷に! ビールは! ダメだって!」

 

「時雨はハイボール派だもんね」

 

「いやいやいやそうじゃなくて、どう考えても飲食禁止でしょ」

 

「フフフ。確かに時雨殿のご慧眼通り、飲食できる物の()()()()は禁止されてるね。だけど! 飲食物の()()については何も言われていない。だからセーフ!」

 

アウトだよ

 

「時雨は初めてだから戸惑うのも無理ないよ。でもホラ、郷に入っては虎児を得るって言うじゃん」

 

「……郷に入っては郷に従え」

 

「そうそうそれ。それにさ、向こうでは屋台ができちゃってるし」

 

白露の言った通り、ここは室内だというのに屋台ができている。龍驤がたこ焼きを、吹雪型の面々がふかし芋をそれぞれ売っている。

ここまで来るとツッコんだ方が負けとさえ感じる。

 

「おーい」

 

「あっ、はーい! まぁとにかく、せっかくの裁判だし楽しまないとね。というわけで、じゃあね!」

 

「…………」

 

「どうしたの時雨。具合悪いの?」

 

「いや、常識ってなんだろうって思っただけ」

 

「……? それよりさ、まだ開廷まで時間ありそうだし腹ごしらえしようよ」

 

「……うん。そうしよう」

 

姉さん。僕はこの鎮守府に慣れるまでにもうちょっとかかりそうだよ。

 

 

 ■■■

 

 

さすがに開廷間近になったら売り子も屋台もなくなった。このことにホッとしている自分はすでにある程度適応しているのだと思う。

一足先に大淀がやってきて機材の調整なんかをやっている。そしてそのまま書記とプレートに書かれている席に座った。

話をするのもなんだか憚られて、今聞こえるのは誰かのヒソヒソ声くらい。

結局用意された椅子だけでは足りず、立ち見席ができた。それだけ関心が高いということだ。

と言ってもほとんどは僕たちと同じように興味本位だけど。そうじゃない一部のカッコカリ艦は纏っているオーラが違う。

報道と書かれた腕章をつけた青葉が大仰なカメラを抱えてベストポジションを探している。動いているのは青葉くらいだ。

 

「来た来た。時雨、始まるよ」

 

ドアが開く音がして、何やらゾロゾロと入ってきた。白露が言っていた通り長鯨と霧島がぶ厚い本と書類を持って入廷。続いて神州丸と大井と北上が入ってきた。北上が手を振って上機嫌なのに対して神州丸は仏頂面だ。

 

「大井たちは裁判官かな……?」

 

「そうだよ。神州丸が裁判長。大井と北上は裁判官。できるだけ偏りがないように選んだらしいよ」

 

「でも裁判長はなんだかムスッとしてるけど……」

 

「裁判長って損な役回りだしね。そんな役を陸軍出身だからって理由で押し付けられたら良い気持ちはしないよ」

 

「どっちに転がっても必ず誰かから恨まれるからね……」

 

「これまでは提督が労いを込めて色々してくれたんだよ。多少の無理も聞いてくれるからみんな裁判長になりたがったんだけど、今回は提督が訴えられる側だから。賄賂は禁止ということで、ご褒美も期待できないし」

 

元々淡い目の色をしていることもあってか、今はかなり暗い目をしている。

これでは山城じゃなくても『不幸だわ……』と言ってしまうだろう。

 

「えー、裁判長の神州丸です。これより裁判を始めます」

 

「裁判官の大井と

 

北上でーす。公平公平公平に裁判するんで、よろしくねー」

 

「……では早速、提督殿もとい被告人に来てもらいましょう」

 

するとドアが開き、おもちゃの手錠をはめた提督が入ってきた。手錠にはひもが通してあって、法廷警備員の格好をした加賀さんがしっかりひもの端を握っている。証言台の前に提督は立たされることとなった。

 

「わるい人を連れてきたわ」

 

「まだ決まったわけじゃないぞ」

 

「どうだか。不審な動きがあったら爆撃するから、せいぜい神妙にしてなさい」

 

「逃げたりなんかしないって」

 

それから人定質問が始まった。氏名や生年月日、住所といった個人情報の質疑応答がポンポン繰り返される。歯切れよく答えていた提督だったけど、住所だけは答えるのを渋った。

 

「一応あるけど、ほとんど鎮守府で住み込みみたいなものだし……」

 

「それならご実家の住所でもいいですよ」

 

「それもちょっと……あ、黙秘権。黙秘権を行使します!」

 

「黙秘権については起訴状読み上げの後に説明しようと思ったのですが……確かに黙秘権という権利があるらしいですね。ですが今回は()()()()()()()裁判のため黙秘権のご利用はできません。ご理解ください」

 

「そ、そんな殺生な! 司法の横暴だ!」

 

「加賀さん」

 

「出番ね」

 

「分かった! 分かった言うよ! 住所は……」

 

今更になってシルバーに輝く装飾品が加賀さんの指にもはめられていることに気づく。

 

「提督に八つ当たりをしたい神州丸と、住所を聞きだしたい加賀さん。見事な連係プレーね」

 

それでいいのか鎮守府裁判。

白露が言う通り、手際は見事だ。倫理は終わってるけど。

人定質問のほとんどは既に知っていることだったけど、住所ははじめて知った。

それは僕だけに言える話ではなく法廷全体が軽く、いやかなりざわついた。

 

「家を空けがちってことは掃除が行き届いていないはず……私の出番ね!」

 

「この住所に着払いで荷物を送れば……うーちゃん、天才かもしれないぴょん」

 

「合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵合鍵……」

 

今まで頑なに住所を教えなかった理由が分かったよ。

 

「静粛に。静粛に。それでは起訴状読み上げに移ります。長鯨、よろしく」

 

「はい。被告人は令和◇年×月〇日☆時25分ごろ、鎮守府の執務室内において、同鎮守府の艦娘であり秘書官の任に当たっていた迅鯨に対し、明確な好意を表す言葉を発したのにも関わらず、その事実を否認し続けた。罪名は、えーっと……心の窃盗罪! です」

 

絶対今罪名考えたでしょ

 

「被告人、先ほど検察官が読み上げた内容に間違いはありますか?」

 

「あります。私は明確な好意を表す言葉を発していません」

 

「なるほど。では弁護人、起訴状に間違いはありますか?」

 

「被告人と同様です」

 

「分かりました。では被告人、弁護側の席にお座りください。……はい。起訴状の内容について、『明確な好意を表す言葉』の有無に主張の食い違いがありますね。この点を検討するためには、より詳しい経緯の説明が必要です。というわけで、検察官は冒頭陳述をお願いします」

 

「はい。まずは当日の状況に触れる前に、それ以前の迅鯨と被告人の関係を説明していこうと思います。皆さんご存じの通り、この鎮守府は資源地帯の近くに立地しており、燃費に優れた潜水艦を多く保有しています。そのような背景もあり潜水母艦である迅鯨が着任することになりました。戦闘よりも補助的な役割を期待された結果、被告人と迅鯨は共に仕事をする機会が多くなりました。秘書官の仕事を少しずつこなすようになった頃から被告人との距離は近くなっていきました。姉さんは料理が得意なので──」

 

途中から主語が姉さんになって饒舌になったかと思えば、延々と迅鯨と提督との間で起こったアレやコレやを話してる。迅鯨はよく提督に料理を作っていたし、お礼ということでよく外食に誘われていたらしい。二人の仲が良好だったことは伝わってくる。

でもこれじゃ冒頭陳述というより……姉の自慢、もしくは馴れ初めだ。

 

「ねぇ、時雨。なんか寒くない?」

 

「たしかにちょっと寒いね。なんでだろ……あっ」

 

この部屋はゆっくりと、しかし確実に冷えてきていた。

もしサーモグラフィーがあったら傍聴席の真ん中あたりがブルーに染まっているだろう。

カッコカリ艦たちの無理やりに抑え込んでいる感情が周りの熱をすべて吸収してる……

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもない。たぶんどこか隙間風が入ってるんだよ」

 

どっちが勝ってもいいから早く終わってほしい。

漣は楽しめと言っていたけど、一部がガチすぎてそれどころじゃない。

 

「───そして、当日の夜になりました。残業をしていたこともあって夕食が遅くなりましたが、()()()()()()()被告人は姉さんが作った料理を食べました。その後、少しお酒を飲もうということになり姉さんは酒保に行くために席を外しました。姉さんが執務室に戻ってきた時に被告人は窓から外を眺めていました。そして晩酌の準備が整った後おもむろに被告人は言ったのです。……『月が綺麗だな』と。目を見て、はっきりした声で。このとき部屋には姉さんと被告人以外いませんでした。さらにその日は晴れてこそいましたが、月はスーパームーンでもなければ満月でもなく、三日月でした。単純に景色の感想を言ったとは思えない。この言葉には特別な意図、好きだという意味が含まれていたことは明らかです! そうですよね、提督!」

 

「あー。いったん落ち着いて。……おほん。では次に冒頭陳述を支える証拠について説明をお願いします」

 

「まずは両者の外出記録と勤務記録です。これで当日まで多くの時間を共にしていたことが分かります。そして当日については酒保で店番をしていた明石の証言があります。当日の天気、月の状態は公のデータがあります。問題の瞬間には当事者しかいないため、迅鯨の証言のみとなりますがこれが真実であることは私が保証します」

 

ライブ感を意識しているせいなのかこれらの証拠はどうやら今公開されたみたいだ。

各々封筒を開封して証拠類に目を通している。

 

「……確認しました。では弁護人、これらの証拠について異議はありますか?」

 

「ありません。すべて同意します」

 

不敵な笑みを浮かべている霧島はあっけなく事実を認めた。あまりのあっけなさに提督は不安そうな顔になっている。

これには神州丸も驚いたのか、数秒何とも言えない間ができた。

 

「では……先に検察官の論告を聞いてしまいましょう。いけますか?」

 

「大丈夫です。……まず、弁護士側の同意があったように本件の事実関係は確固たるものです。これだけの事実があるというのに、自身の発言を否認し続けることは責任逃れの意図が透けて見えています! 姉さんと提督の仲が深まっていたのは外から見ていた私でもわかることでした。その言葉を真に受けるに値する相応の裏付けがあったことは提督だってわかってるはずです。にも拘わらず反故にした。裏切った。あんなに嬉しそうにしてた姉さんが泣いてました。提督は姉さんの純粋な想いを踏みにじりました! それは自己中心的かつ身勝手であり酌量の余地は全くありません! 事実を認めさせるだけでは提督は軽薄なままで、また姉さんを泣かせるでしょう。よって厳重な処罰が必要です! 以上の事情を考慮して、提督をカッコカリ猶予なしの無期婚姻に処するのを相当と思料する次第であります!!」

 

長鯨はそう一気に言うと肩で息をした。

 

「ええと……。言いたいことは分かりました。本筋とは関係ないですが、提督殿のことは被告人と言うように。一応裁判なので。あと、『であります』はキャラが被るからやめてくれ」

 

「すみません」

 

そもそも婚姻って罰なの……?

それは置いておいて、大胆な求刑内容に傍聴席も沸いている。

情緒100%だけに心は動かされる。

 

「時雨、聞いた? カッコカリ猶予なしだって。きゃー」

 

「まぁ、検察官の要求が全部通るとは思えないけど……」

 

「でもこれまでの話だと提督に非がありそうじゃない。特に反論がなければこのまま決まっちゃうと思うよ」

 

「これから弁護がはじまるから、まだ分からないよ」

 

たしかに傍聴席は全体としては騒がしい。でも中央に陣取ったカッコカリ艦たちは静かだ。ちらと様子を伺う程度では感情が何も見えてこない。

そして、なぜ霧島はこんなにも余裕綽々なのか。

検察側は出せるカードはすべて出した。あそこまで深く入り込んだ戦線を押し戻すことなどできるのかな……?

 

「静粛に。……では弁護人、被告の弁護と証拠説明をお願いします」

 

「はい。このような立場で言うのもおかしいのですが、冒頭陳述と論告を聞く限りでは被告人に弁護の余地はないように思えます。先ほど伝えたように、検察側で提出された証拠、それに支えられている事実については争いません」

 

早速雲行きが悪い。弁護を放棄したようにも見える滑り出しだ。僕と白露はお互いに顔を見合わせて検察側の優勢を共有した。

 

「しかし、ここでの()()は場所や日時、発言内容といった客観的な事実です。良く思い出してください。被告人は『月が綺麗だな』と言ったのです。『好き』と言ったわけではありません。ここから分かるように被告人は好きという意味に()()()()()発言をしたに過ぎないということになります。そう、この訴訟は肝心かなめのこの部分があやふやなのです。それ以外の点に疑う余地はありません。ですが、『月が綺麗だな』の部分は主観という靄がかかっている。私がこの台詞の真実を明らかにします」

 

霧島は机をガサゴソとすると、おもむろにフリップを取り出した。

 

「コミュニケーションは発信者と受信者が同一の概念を共有するための営みと定義することができます。もちろん私たちは心を同期することはできないので主に言葉によって何かを伝えようとします。この『伝える』というプロセスを分解すると……フリップのようになるのですが、今回は割愛します」

 

いやフリップ使わないんかい

 

「つまり何が言いたいのかというと、発信者が伝えたいことと受信者が理解したことが異なってしまうことがあるということです。誤解ということですね。今回の場合になぞらえますと、被告人は単に月が綺麗だと感想を言っただけで、他の意図はなかった。どう解釈されたかについては論告にあった通りです。まずはその時月が本当に綺麗だったことを明らかにします。裁判長、ここで証人を呼びたいのですが、よろしいでしょうか」

 

「どうぞ」

 

するとほどなくして曙が入ってきた。なぜだかわからないけど釣竿を持っている。

 

「綾波型駆逐艦の8番艦、曙です。事件当夜は港で夜釣りをしていました」

 

「あ、宣誓とかはしなくていいので、早速尋問を行ってください」

 

「では曙、あなたは月を見たはずです。その月は綺麗でしたか?」

 

「はい」

 

「ね」

 

「ね、じゃないです! そんなの全然証拠になりません!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて。しかし、長鯨の言うことは正しいです。これでは証拠の力はほぼないですね。では、再度質問します。当時の月の様子をもう少し詳しく教えてください」

 

「分かったわ。月は三日月で明るくはなかった。でも地球照が起きていてちょっぴり幻想的だったわ。辺りは静かで暗かった。あるのは月と波の音。別にクソてい……被告人の肩を持つわけじゃないけど、本当に綺麗だったわ」

 

「ありがとうございます。実はこの地球照、きちんと観測されています。先ほど提出された気象データには()()()記述がありませんでしたが。満月でないと美しくない、ということは全くないです。被告人が証人と同様に美しさを感じたとしても不思議ではありません。あ、証人の方はそのままでお願いします」

 

「え……はい」

 

「おほん。では次になぜ『月が綺麗だな』が『好きです』に翻訳されたのか。一応解説しますと、かつて夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという逸話があります。この逸話を基に受け手が日日訳を行った結果です。この逸話は信憑性に乏しいながらも、日本人の間接的な愛情表現を示す例として半ば()()として語り継がれています」

 

提督はそれまでちょっと眠たげにしてたのに、このくだりを聞いてハッとした顔になった。

え?……嘘だよね?

 

「そして曙、お待たせしました。被告人から『月が綺麗だな』やそれに類するような言葉をかけられたことはありますか? できれば前後も含めて教えてください」

 

「ええ。言われたことあるわ。あれは確か……私が改二になる少し前くらいだったかな。クソ被告人のせいで残業をさせられてた時に、不満をぶつぶつ言ってたら『でも残業も悪くないだろ? ほら、月も綺麗だしさ』って。残業は悪に決まってるっての! 残業を正当化しようなんて管理職としてどうなのかしら。しかもその正当化の方法も……。そりゃまぁあの時は二人きりだったし、何も思わないわけじゃなかったけど……」

 

何やらゴニョゴニョ言っている。

それにしても昔のことをよくそんな鮮明に覚えているなぁ……。

 

「自分が言ったことを全く意に介せず仕事を始めだして、クソ被告人は何もわかってないなと悟ったの。ため息一つで気持ちを切り替えた私を褒めてほしいわ。だいたいクソ被告人は実務の知識はあってもそれ以外はからっきしなのよ。もう少しは字の本を読んだ方がいいっていつも思う」

 

「なるほど。曙への尋問はこれで以上です。ありがとうございました。……それにしても、今回の争点となった発言が既になされていたとは。察するにこれだけではないような」

 

「私も言われたことあるわ」

 

食い気味に加賀さんが声を発した。

 

「本当ですか!? 裁判長」

 

「いいですよ。証言台へ」

 

こちらも食い気味。風向きが変わったことを察知して、早くこの裁判を終わらせるために努めているんだろうな。

 

「私の場合は、この指輪を貰ってからね。迅鯨が着任するずっと前かしら。その日は大規模作戦終了後の慰労会があって、みんな随分と飲んだわ。宴のたけなわも過ぎた頃、被告人の方から酔い覚ましに少し外を歩こうと誘ってきて、私たちはドックの辺りをあてもなく歩いたわ。その日は半月だったけど妙に明るい月だった。そして人気のない所で迅鯨が言われたのと全く同じ台詞が被告人の口から飛び出したわ。……私の返事を待っているようでもなければ、酔ってうわ言を吐いたようにも見えなかった。昔から思ったことをすぐ口に出す人だったからまぁ納得したけど、被告人のことを憎いと思ったわ。尤も私は臆病だからどこかの誰かさんみたいに騒いで訴訟沙汰にする勇気はなかったのだけど」

 

さすが膨大な搭載数を誇る一航戦だ。昔から知ってたマウントと皮肉を搭載してもまだ過積載を起こしていない。……胃が痛くなってきた。帰っていいかな?

突然の空襲にも霧島は全く動じていない。前もって示し合わせてたんだろうな。

 

「私もあります!」

 

「五航戦……」

 

「ウチもあるでぇ」

 

加賀さんのエピソードが呼び水になったのか、傍聴席からも声が上がる。

みんなが一度に喋りだしたから法廷全体が急に騒がしくなる

 

「一旦静かに! では挙手制にします。類似の経験がある方は挙手してください。指名しますので、証言台に……は行かなくていいです。その場で立ち上がってお話ください」

 

突然視聴者参加型の提督思わせぶり行動発表大会が開催された。

途中からは完全に月が綺麗ですね問題からも離れて愚痴に偽装した自慢に変化してしまった。

海防艦の子たちなんかは何が起こっているのかわからずにポカンとしている。

白露はどこから取り出したのかふかし芋をもぐもぐし始めた。

秩序らしい秩序はとうに雲散霧消して昼下がりの食堂と大して変わらない状態だ。

 

「ねぇ、僕ももらっていいかい。なんだか糖分が欲しい気分なんだ」

 

「仕方ないなぁ、ほら。半分あげる」

 

「ありがとう」

 

こうなるなら龍驤が売ってたたこ焼きを買っておくんだったな。

 

各々日ごろ言いたかったことを言い、みんなスッキリした顔になった頃合いを見て神州丸が大げさな咳をした後、言った。

 

「まぁそろそろいいでしょう。弁護人、これで十分ですよね?」

 

「ええ。十分すぎるほどです。少々回り道が過ぎてしまいました。結論を言います。『月が綺麗だな』はそのままの意味だったということです。実際当時の月はそのような感想が出るに値する状態でした。さらに被告人はその言葉に別の意味があることを知りませんでした。当然そうなれば被告人に非はなく、検察側が述べた悪質性は退けられます。よって被告人は無罪! 証拠は気象に関する追加データと先ほどの膨大な証言です。性質上二人きりという場面が多く、証拠としては若干不安が残りますが量がそれを補ってくれるはずです」

 

「分かりました。では、被告人質問を行います。被告人は証言台の前に立ってください。……では弁護人から質問をお願いします」

 

「私が聞きたいのは一つだけです。被告人は夏目漱石のあの逸話を知っていましたか?」

 

「知らなかったです。今日初めて知りました」

 

「はい。私からは以上です」

 

「では検察官、質問をどう───」

 

バァン!

 

神州丸が言い終わらないうちに証言台がいきなり破裂したかと思えば、

 

 

「「「「じ、迅鯨!?!?」」」」

 

 

迅鯨が現れた。

法廷にいる全員のセリフがシンクロした。そう、提督のことさえ絡まなければこの鎮守府はみんな仲良しなのだ。たぶん。

この一瞬だけ立ち現れたみんなとの絆に僕は少しだけ救われた。

 

「姉さん! お部屋に居たはずじゃ……」

 

「いつからそこにいたの!?」

 

「ていうかなんで誰も気づかなかったんだ!?」

 

「今日知ったなんて嘘ですよね。だってこれは常識ですしいい歳をした提督がそれを知らないわけないですもん。これまでの人生でこれを知る機会はいくらでも、いくらでもあったはずです。そうじゃないとしたらあのスノードームは何なんですか?手袋は?加湿器は?一体何のつもりで、何の目的があって私に贈ったんですか?なんで私たちは無理やり同じ日を休暇にしたりしたんですか?そのためになんで二人して過酷な残業してたんですか?なんで、ねぇ提督なんでですか?」

 

皆が抱いた疑問には一切答えず、生気を失った目でうわ言みたいに迅鯨はしゃべり始めた。被告人質問の続きをしようとしているのだろうけど、もはや質問の形もしていない

 

「いや……習わなかったし、誰も教えてくれなかったし……。確かにみんな妙によそよそしくなるなとは思ってたよ。でもそれは単につまんない話しかできない俺に呆れただけなんじゃないかって───」

 

提督は冷や汗をダラダラ流しながらもごもご話してる。もはやどう話を着地させればいいか分からないようだ。正直自業自得だから同情はしないね。

 

「被告人、もういいです。大丈夫です。……迅鯨()()。いいですか、私たちは被害者です。みんな多かれ少なかれ提督の無教養と無自覚と事なかれ主義に苦しめられていたんです。その意味ではこの裁判の結果なんて大きな意味を持ちません。一旦落ち着きましょう。これまでのことに対する補償は別の形で、艦娘全体の問題として被告人に求めていきましょうよ」

 

霧島は提督をディスる形で迅鯨を慰めた……ように見えるが、そこに勝者が持つ勿体ぶった施しの感情があることは間違いない。

それに()()は適法な行為によって生じた損害について使われる言葉だ。被害者だと言っておいてその実、提督が悪いとは全く思っていないのだろう。

 

「はい注目! これで審理を終えて判決の審議に入りたいと思います。最後に何か言いたい方はいますか?……いませんね。では10分後に判決を言い渡しますので、一旦休廷にします」

 

裁判長と裁判官は顔を合わせて審議を始めた。10分という異様な短い審議時間からもう結論は出ているのだろうけど。

長鯨は迅鯨に近寄り破裂の際に付いた木くずを涙目で払い、検察側の席に連れて行った。迅鯨はまるで銅像になったかのように提督の方を向いたまま固まっている。よく見たら口元が動いているけどここからじゃ何も聞き取れない。

霧島は傍聴席にいる姉たちの許に出向き、金剛から差し入れられた紅茶を美味しそうに飲んでいる。

提督は迅鯨の目線から逃げるように目を瞑り、座ったまま眉間に皺を寄せている。

 

「今回の裁判はすごかったなぁ……波乱と言うか、語り草になるよ」

 

大きな伸びをしながら白露が言った。

白露に限らず、法廷全体がもうすでに解散ムードだ。

 

「そんな呑気なものじゃないと思うよ……」

 

 

「静粛に! これより判決言い渡しを行います。被告人は証言台がかつてあった所の前へ立ってください」

 

やけに覚悟の決まった顔になった提督が木片と化した証言台の前に立った。

 

「被告人に対する好きって言った疑惑について、次の通り判決を言い渡します

 

主文

被告人は、無罪。

 

被告人と迅鯨の関係は確かに親密なものであり、好意を表す言葉が交わされること自体の不自然さは感じられない。しかし今回論点となった発言には被告人に好意を伝える意図はなく、単なる誤解であった。被告人の動機、内心的効果意思、表示意志、表示行為は一貫しており一義的な意味において十分理解できるものである。よって被告人が迅鯨からの追及を否認したことも正当な反応である。以上。

 

これにて閉廷します」

 

空気が抜けたように場全体の張りつめた雰囲気が一気に緩んだ。

まぁ予想通り。それが大方の感想だろう。

 

「迅鯨、言いたいことがあるんだ」

 

いきなり提督が迅鯨の方を向いてこう切り出した。

閉廷が宣言されてすぐのことだからまだ誰も席から離れておらず、必然的に全員の目が集まる。みんな動きを止め、いったい何を言い始めるのかを見守っている。

神州丸だけはもう面倒事は御免だとばかりにガン無視してせっせと荷物を纏めている。

 

「こないだのあれは確かに誤解だったけど、迅鯨のことは……好きだよ」

 

 

「「「「は?」」」」

 

 

また法廷全体の心が一つになった。でも今回は込められた意味が各々全く違う。

 

「え、提督、今好きって……」

 

「言った」

 

迅鯨の目の明るさが正常の域まで急速浮上したかと思ったら大粒の涙がポロポロとこぼれた。

 

「いっ……今のは部下としてってことですよね! ねっ!」

 

当然カッコカリ艦たちは問い質す。

 

「いや、女性としてという意味だ」

 

「……じゃあさっきの裁判は何だったの? 争う必要なんてなかったじゃない」

 

「然るべき時に、然るべき場所で伝えるつもりだったんだ。でも気分が変わった」

 

どよめき。本物の、どよめき。決定的なセリフを言うことを誰に対しても絶対に避けていた提督の、突然の翻意。それは新参者よりも、古参により多くの衝撃を与えた。

この一瞬の空隙を提督は逃さず

 

「……というわけで俺はまだ仕事が残ってるから。じゃあな!」

 

零戦の如く駆けていった。

 

「ちょっと待ちなさい! 納得できません。説明してください!」

 

「もう一回。もう一回言ってください……」 

 

「スクープだ! 号外、号外刷らなきゃ!!」

 

「なんじゃ、追いかけっこか? なら吾輩もやるぞ!」

 

「利根姉さん、違います! 危ないから戻ってきて!」

 

呆然とする者、追いかける者、早速井戸端会議を始める者……

めちゃくちゃだ。提督は最後にとんでもない爆弾を置いていった。

 

「ね、ね、時雨。面白そうだから私たちも行こうよ!」

 

「いや僕は……ちょっ白露、行かない、僕は行かないからぁ!」

 

 

止まない雨はない。でも、この嵐はいつ止むのだろう??

 




ムチムチボディには勝てなかったよ……

ネタのつもりで書いたのに所々ギスギスした感じになってしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。