チート『命の交換』を手に入れた   作:嘘吐き

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※9/7 22:12 修正しました。


death procrastination

 

 

 僕にはある種の才能がある。

 それは皮肉にも僕から遠い所でのみしか働かない才能だ。

 

 僕はこの力の使い方を考えた事があった。

 寿命が見える。死因が見える。死ぬまでの時間が確約されている。それは逆説的に言えばそれまでの命は約束されているという事。

 

 だから僕は人にあまり関わらない事が多い。

 僕が介入するだけで確約された命が狂ってしまう事もあるから。僕は世界的に見てもイレギュラーで、僕だけが死を知れてしまう。

 

 そしてその力が発揮されるのは普通の日常なんかではない。死に最も近い職場だろう。例えるならば軍隊で作戦決行が決まった後、突入前に寿命を見れれば死ぬ時間帯から逆算して敵がどの位置に居るのか割り出せたり、作戦の成功率を死ぬか死なないかで分かってしまう。

 

 僕の能力は使い方次第では限定的な未来すら予知できてしまう。

 

 命を失う可能性が高ければ高いほどにこの力は強くなる。

 

 けど、人の死を背負う事に僕自身が耐えられない。前世ではこんな悩みもなかったし、精神年齢が高いから問題ないと思っていた。でも、それは八年前に理解した。

 

 僕は命を尊いものだと理解している。

 だから僕は僕のせいで誰かが死ぬのを見たくはない。それを予言してしまえば僕が殺してしまう事になる。

 

 僕は手を下さない死神だ。

 手を下さなくても、死神になり得てしまう。

 

 だから僕はこの力で見えるものに見て見ぬフリをした。自分と他人では違うから、そう言い聞かせてずっと目を逸らし続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「……バイトって、此処は秘密機関のアジトみたいなものなんでしょ?」

「正確には支部だけどね」

「千束」

「そんな中に一般人が入れるかね君」

 

 

 僕なら入れないし、口封じする。

 いや殺されたくはないけど、状況を加味しても命令や脅迫というより懇願に近い口調だ。ダンディな店長さんもこれ以上は口に出すなと視線で告げている。

 

 まあ、気持ちは分からなくもない。

 僕の力は異端中の異端だ。魔術とか異能とかそんな神秘的なものが実在しないのだから。

 

 

「僕の力は人を殺す為にあるんじゃない」

「だから此処がいいんだよ」

「……?」

 

 

 意味が分からない。

 殺さない暗殺機関って存在するのか?存在意義とかなくないか?

 

 

「此処はDAとは違って、人殺しはしないの。殺さず制圧して引き渡すかんじ」

「秘密機関は警察とも密接な関わりでもあるの?」

「無いよ?でもこの業界は殺さずに収容する施設も存在するから」

 

 

 いやまあ拷問施設とか?

 犯罪者の収容場所くらいあるのは予測してたけど、超法規的措置を認められた組織が不殺を貫けるものなのか?

 

 

「だからって」

「その話は後にしなさい。千束、二人組が動いたわ」

「OK直ぐ行く。あっ、そうだカケル君」

 

 

 唐突に嫌な予感がした。

 引き攣る僕の顔を見て尚笑顔の女の子は上目遣いで口を開いた。

 

 

「バイクで送って?」

「何故、つか何処に」

「返事は『はい』か『YES』か『かしこまりました』の三択から」

 

 

 それ拒否権ないやつやん。

 断るとどうなっちゃうの僕。

 

 

 ★★★★★

 

 

 女の子と二ケツというシチュエーションに憧れた事はある。誰しもが夢見た事があるだろう。彼女をバイクに乗せてドライブしたいと思った事が。

 

 まさか、それが叶うとは思わなかった。

 血生臭い戦場に向かう秘密機関の女の子を乗せるとは思わなかったが。

 

 

「風が気持ちー」

「次は?」

「左ー」

「と言うか、僕まで連れていく理由はあるのか?」

「単純に足が欲しかったから!」

「降ろすぞ」

「わー!ごめんごめんごめん!!」

 

 

 バイクを揺らすと女の子はしがみつく力を強めた。

 というか今から殺し合い?みたいな場所に一般人を連れて行きますかね!?それも足が欲しかった理由で!?

 

 そしてむぎゅっ、と何か当たっている。何とは言わないが、口では言い表せない感触が背中に……落ち着こう。そう、無心にcoolになるんだ僕。

 

 

「で、何で僕にあんな事言ったんだ?」

「私、救世主目指してるから」

「それとこれと何の関係が?」

「君の力が人殺しにならないってこの千束様が証明しようと思ったって訳さ!だから君にも協力してほしいなーって」

「横暴だろ」

 

 

 救世主目指してるから協力してほしいって僕は人殺しの為に力を使いたいと思えないから協力したくないのだ。それを人殺しにならないってどういう事かも若干分からない。

 

 

「君の力が誰かを救えるかもしれないから」

「……僕に、そんな力はない」

「あるよ。私が証明する」

 

 

 此処からは平行線だろう。

 

 僕は()()()()()()()()()()。そこに救いはない。

 善悪の勝負になればどちらに立っても僕は勝たせられる。だが、敗者に死が存在する以上、殺させると言っても同義だ。善悪に分かれていても、お互いの大義が正義だと思うから戦争は起きるし、死者も出る。だから無関係こそ美徳だと僕は思っている。

 

 十分くらい経つと、目的地に到達したのだが…壁にはスプレーで落書きされていて、ボロボロに寂れた学校。既に廃校になっている場所だった。

 

 

「ありがとう、カケル君は此処にいて」

「はっ?」

 

 

 えっ、ちょっと一人?

 そういうのって軍隊とかそういうのを待つんじゃないの?そんな中で彼女は一人で廃校に歩いていく。しかも悠長に歩きながら。

 

 つーか、僕を一人にしないで!

 犯罪者が居る場所の近くで一人取り残されるって相当怖いから!

 

 

「うわっ!?」

 

 

 ガガガガッ!!とまるでガトリング銃が発砲されたかのような音が聞こえて思わず目を瞑り耳を塞ぐ。そして数秒後に鳴り響く銃の音、あの子のアディショナルタイムに関しては初めて見たから分からないけど、彼女は死なない。それだけは分かる。

 

 それが約束されていたから止めなかった。

 けど、それでも女の子を戦場に送る機関に嫌気が刺す。

 

 

「警察は……無駄なんだよな」

 

 

 秘密機関は一部の警察とは取り合っていても全体という訳ではないのだろう。出したスマホはポケットの中にしまった。あっ、銃声がいつの間にか収まっている。

 

 

「ばあ!」

「うおおおおっ!?!?」

「あははは、ビックリした?」

 

 

 殴りたい、この笑顔。

 僕をなんだと思っているの。ちょっと見えるだけの一般人だよ。今のでショック死しかねない。ため息を吐き、目の前の女の子を見る。赤い制服には傷一つない。僅かに硝煙の匂いはあるが、返り血もない。本当に殺してない事が分かる。

 

 

「怪我は無い?」

「大丈夫だよ」

「よかった……銃声が聞こえたし、撃たれたのかと思ったよ」

「私には当たらないし、心配してくれてありがとね」

「自信があったとしても、無茶がすぎないか?」

 

 

 心配くらいする。

 幾ら死なないと分かっていても、死を読み取る事は出来ても死なない程度の怪我までは見えないのだ。

 

 

「でも、心配してたけど帰ってくるって分かってたんでしょ?」

「それは……まあ」

 

 

 写真を渡されて見ていたが寿命は変わらなかった。

 この子が二人を殺していたなら射殺と出る筈だ。それが出なかったという事は殺さず無力化したという事だ。そしてそれが出来る自信があったのだろう。アディショナルタイムが変わらなかった以上、そういう事だ。

 

 死の時間は決まっている。

 だが、逆説を言えばそれまでは死なない事が約束されている。介入がどれだけ影響を与えるかは僕だって正確には把握し切れていないが。

 

 

「どうして殺さなかったんだ?」

「えっ?」

「いや殺してほしい訳じゃないけど、君は超法規的措置が許された機関に居るんだろ?そういう場所って殺した方が手っ取り早いとか思ってそうだし」

 

 

 犯人を尋問する目的さえなければ殺しすら正当化される。

 一般人の僕だって分かる。法が介入しないなら殺した方が早い。正義が殺しの上で正当化されているなら殺す事こそ正義だと思っているのか。

 

 その思想は僕には背負えないものだけど、理解だけは出来てしまう。現に人は平和の中を生きている。いや、平和な世界に生かされ続けている。

 

 

「私はね。人の命は奪いたくないんだ」

「えっ?」

「私はリコリスだけど……誰かを助ける仕事をしたい」

 

 

 梟の首飾りを手に取って笑う。

 見たことがある。オリンピック選手が同じものを持っていたような……

 

 

「それは?」

「私に心臓をくれた人がくれたの」

 

 

 都市伝説で見た事がある。

 アラン機関とかそういう天才と呼ばれた価値を見出された人に梟の首飾りを渡されるって記事に書いてあったな。

 

 天才……まあガトリング銃が発砲されてた音が聞こえたのに傷一つ負っていないこの子は制圧力で言えば天才とも呼べる。

 

 

「私を救ってくれたその人みたいに、私は誰かを救うって決めたの」

「それが、偽善だとしても?」

「それでもだよ。だから私は殺さない」

 

 

 彼女は笑った。

 自分の死期を理解している筈だ。命は短く、殺す事も可能なのにそれをしない。死なずに、死なせずに、救う為に動く。

 

 綺麗事だ、偽善だ、絵物語のように甘い戯言だ。

 この世界はそれほど綺麗ではない。綺麗事を吐いて生きられる程に優しくない。その在り方は尊いものだ。

 

 

 

「––––それが私のやりたい事だから」

 

 

 

 それでも僕は……見惚れてしまった。

 ほんの少しだけ、興味を持ってしまった。

 眩しくて、自分には出来ないその生き方に嫉妬してしまいそうなくらいに、彼女を見てみたくなってしまった。

 

 

「……バイトの件さ」

「うぇ?」

「受けるよ」

 

 

 命は背負えない。命は命で一つしかない。

 命は重く、儚く、そして脆いから僕は命を尊ぶけど、命を摘み取る事をしない彼女を見て、命を背負わなくても救えるものがある事を思い知らされた気分になった。

 

 

「少しだけ見てみたくなった。命懸けでそれを実行する君の生き様を」

 

 

 だから、僕も少しだけ学ぼうと思う。

 僕が見える死に彼女が最後まで抗う生き様を知りたくなったから。

 

 

「マジで!」

「多少条件はあるけど、それでいいなら入るよ」

「そーかそーか!」

 

 

 肩をバンバンと叩く女の子、千束は手を出す。差し出された手を握り返すと千束は嬉しそうに笑っていた。

 

 

「それじゃあ改めて、リコリコへようこそ!カケル君!」

「此方こそよろしく、錦木千束」

 

 

 握り返した手は心臓が機械とは思えないくらいに温かいものだった。この子は死んでいながらも生きている。それが果たしていつまで続くのか、僕も興味を持ってしまった。

 

 ––––偽善者として人を救う彼女の事を。

 

 

 





 死の遷延は即ち約束された死から遠ざかる。
 死は平等だが死に方は不平等。不確定な未来でもそれだけは必然である。

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