チート『命の交換』を手に入れた 作:嘘吐き
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やあ、僕だよ。
今、喫茶店リコリコで飛び交う会話はフランス語。何気に凄くないと自慢したいくらいだ。これもお勉強である、いつ役に立つのか分からないけど。
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千束がパチパチと拍手する。
「おおー、大分喋れるようになったね」
「今は暇だし勉強の時間が取れるからな。フランス語の発音も慣れた」
「次は中国語やる?」
「英語、フランス語でいいでしょ。高校生では充分誇れるぞ」
まあ元々英語は話せていたし。
フランス語は前世の大学で学んでいたから習得は早かったが、単語は覚えにくかった。短期実習講座みたくなったけど、ある程度は喋れるようになった。多少会話出来る程度に。
僕はDA所属という訳ではない。
知られた人間は抹殺される事でミカさんも色々と手を回してくれたらしく、『DA協力許可証』というのを作ってくれた。現場のリコリス達の裏方補佐、リコリス管轄のSPとかが良く持っている。現場封鎖とかそんな時に使うものだが、あくまで仮ライセンスだから銃の所持を許可されてる訳ではなく、あくまで送迎や裏方の補佐なので大した力はない。
まあ最低限の護身術は千束やミカさんから教わってる。あくまで送迎だが、この仕事何が起きるか分からないから念の為にだが。
まあそれでも思うところはあるけど。
「年下に学ぶなんて、屈辱だ……!」
「余裕あるねぇー、今日は手加減抜きがいいのかなぁ?」
「ごめんなさい普通でお願いします」
組み手はミカさんは丁寧に教えてくれるし、実戦的な動きには感謝しかない。問題は千束である。
この子の反射神経と動きの予測は未来を見ているのではないかと思うくらいに凄まじい。そしてスパルタ。ミカさんに言われて試しにジャンケンをやってみたが全敗。それだけの動体視力があるという事だ。
そんな怪物にまだ半年程度の制圧術をしようとしても逆に制圧される。合気道や空手とは違い、見て動かれる以上、確実に捌かれる。負けっぱなしはなんとなく嫌なのだが、勝てないのも事実なのだ。
だって、僕だって、おとこのこだもん。
★★★★★
コポコポと音を立てて香り高いコーヒーの匂いがする。
コーヒーカップに注ぎ込むとその匂いで心が安らぎそうだ。ここのバイトの賄いのコーヒーは絶品だ。因みに僕の服装は黒い和服に身を包み、緑色のエプロンをつけている。意外と和服って着心地がいい。
「にしてもアンタってそこそこルックスはいいわよねぇ」
「そうですか?」
休憩中のミズキさんが声を掛けてきた。
ルックスがいいのは前世からだ。前もそこそこ良かった。客観的に見て顔だけは良かったと思う。前世はそこそこリア充だったと思うし。まあ話題としてはいきなり何言ってんだこの人と思うけど。
「レジ打ちもコーヒー淹れもすぐ覚えて気を遣えるし、18でしょ?アタシと結婚しない?」
「ミズキさんの死因が急性アルコール中毒でなければ考えていたかもしれません」
「いやいやまさか……えっ、マジ?」
「さあ、どっちだと思います?」
禁酒しようかしら…。と本気で悩むミズキさんにニッコリと笑う。因みに死因は言わない。一応名誉の為に言わない方が吉だろう。そして結婚はしない。まあミズキさんは大人のお姉さんと言う感じはある。整っている顔立ちとスタイルもいいのに、これで何故独身なんだろう。
「カケルってどんな女がタイプなの?」
「君は東堂か。この場合ケツとタッパがデカい女と言えばいい?」
「あははは、真面目に」
「……消去法だと年下かなぁ」
うん、まあ消去法だけど。
しっかしタイプか。考えた事無かったな。前世でも彼女が居たわけではないし。
「へぇー、なんで?」
「年上だと僕から甘えるという想像がつかないし、年下に世話を焼いてそうなイメージが浮かぶからかなぁ」
「あー、まあアンタ包容力あるわよね。なんか納得するわ」
僕は前世の記憶がある分精神年齢が高い。
だから大人びている精神で誰かに甘えるという事を考えた事がない。家は東京に住みたいからという理由もあって一人暮らしだし、成績も運動神経も悪くないから自分でどうにかするという考えが定着してしまっている。
何より、自分のせいで寿命が変わってしまうのを恐れているから人との関わりが薄い。
正直、恋愛についてあまり考えた事はないな。女の子が好きでも一線を引いてしまうから恋愛出来ないのもあるけれど。
「じゃあ千束は?」
「ちょっ、アル中!」
「ぶっ殺すぞ猪馬鹿!!」
「あの、昼間からお酒は良くないですよ」
「酔ってねーよ!」
いや酔ってる人はみんなそう言うから。
気まずい雰囲気を作ろうとする奴を酔ってないと言えるのだろうか。
「で、どうなの?」
「ノーコメントです」
「じゃあコイツに恋人が出来たら?」
「あらゆる手段を使ってミズキさんに報告しますね。先駆者の武勇伝か裏切り者の情報かどっちの意味で聞きたいですか?」
「裏切りは許さないし、私より先とかもっと許さん。じゃなくて、その時アンタはどう思うって聞いてんの」
僕がどう思っているのか。
まあ、おめでとうと言ってその恋を応援して……そうだな。
「応援はしますけど……まあちょっと寂しいかも」
そりゃあ相手は幸せ者だとは思う。
ちょっと馬鹿でちょっと騒がしいのが玉に瑕だが、それでも太陽みたいな女の子だし、居なくなると少しだけそう思う。
……口に出すとなんかめちゃめちゃ恥ずかしくなってきた。なんか顔まで熱くなってきた気がする。
「……忘れてください」
「そっかそっかー!私に恋人が出来ると寂しいかー!案外寂しがり屋なんだね!しっかたないなぁーカケルは!」
「煩い猪突猛進脳筋女。僕はもう上がりますよ」
クソ、失言だった。
直ぐに調子に乗る奴がいるからここで言わなきゃよかった。更衣室まで退避する。僕ってポーカーフェイスが苦手だ。ボードゲームなら強いのに。
……もう少し動揺を隠せるようにしないとな。
「よかったじゃん」
「な、なんの話!?」
「顔、ニヤけて緩んでるわよ」
「ふひぁ!?」
★★★★★
僕には人の寿命が見える。
この目は本気で見ようとすれば死因さえ見えるが、逆に寿命を見えなくする事は出来ない。
街を歩けば様々な人が目に写り、名前と寿命を勝手に表示する。これはサングラスしようが、変わらない。度が悪い眼鏡は見えなくなるが、悪過ぎないと寿命を隠せないなら流石に付けない。
精々見えない存在は着ぐるみで顔を隠してたり、仮面で覆ってたりなんかしていれば流石に見えないけど、街の人全てがそんな格好をして歩く訳も無し。
「……おっ、鶏肉が安い」
今日はチキンの香草焼きにでもするかな。
トマト缶とバジルペーストもカゴの中に放り込み、レジを済ませて街を歩く。相変わらず、死のカウントダウンが鬱陶しい。チートを使う為の副産物みたいなものだというのに、この情報だけで人生が狂っていきそうだ。
「(DAへの協力をしてるけど、千束は不殺を貫けてる…半端ではないな)」
一般人の…いや、一般人だった僕からでも分かる。あの子の異常さが身に染みて理解出来る。
馬鹿みたいに力が強い訳ではなく、天才的な知略を持っている訳でもない。いや、頭はいいけど問題はそれ以外。
人の筋肉や構造の動きを読み切って動きを先読みする。君は何処のう○は一族だと言いたいくらいの洞察力。それが例えガトリングであっても、ライフルであっても見えてしまえば確実に避けられ、見えなかったところで反射的に致命傷を避ける行動で咄嗟に避ける。清々しいくらいの
「(アラン機関だったか……本物なのかもなぁ)」
天才を集め、その才能を世界のために活かす超秘密結社。都市伝説紛いの噂程度のものも、そういった意味では信憑性も出てきた。オリンピック選手みたいに大成する事が約束された存在に支援する謎組織。千束はその機関に救ってもらったらしいけど、目的は何なのだろう。
世界に感動を与えたいと言う機関なら大っぴらにしてもいい筈だ。DAなどは分かりやすいのだが、アラン機関は謎だらけだ。目的も意図も不明過ぎる。
「(まあ、都市伝説が実在するだけでどうこう出来る話ではないけど)」
千束の心臓を産み出したのがそこならば延命させられるのもアラン機関だ。死は約束されているが、例外は存在した。もしもアラン機関が千束の心臓を再び治す事が出来るのなら……
「(あの子が死ぬ所を見るのは…嫌だな……)」
半年も経てば情も湧く。
あの子は太陽みたいだ。明るくて元気で、今を全力で生きている。才能の支援が目的なら千束の才能は本物だと知っている筈だ。アラン機関の目的は……いや、
「……止めだ止め。これじゃ無限ループで空回りだ」
僕は少し護身術が出来て、翻訳が出来るだけの一般人だ。まあもうこの時点で一般人を自称するのはどうかと思うけど。僕はDAの協力者であって、それ以上の権力などない。探そうが調べようが、何の意味もない。僕に千束を救えるだけの力はチートを除いて他にない。
「……ハァ、嫌になる」
仮に千束の命を延ばした所で、僕が死ねばきっと彼女は幸せになれない。自惚れではない、彼女がそういう人間だからだ。きっと傷付いてしまう。だから僕は彼女が死のうともそれを使う気にはなれない。まあ、僕だって死にたくない。自分が大事だし、命を使い捨てにするこの力は僕の中で禁忌のようなものだ。打算的で薄汚れた考えでも、きっと多くの人は同じ事を考える。
自分より他人の命が優先されるのはいつだって自分が命を賭けてでも護りたいと思えるだけの愛がある人間の考えだ。
僕はそんな存在ではない。
死んでほしくはないけど、それでも死にたくないからきっと使わない。だから彼女が眩し過ぎる。命懸けで不殺を貫く彼女が。
「……えっ?」
脚が止まった。
そして今横を通り過ぎた赤い制服に目を見開いた。そして思わず腕を掴んでしまった。この後、僕はどうして見て見ぬフリをしなかったのか後悔している。
馬鹿が移ったのか、はたまた斜め上の成長から無鉄砲に走った結果なのか、馬鹿みたいなミスをした。いや、僕って頭良いのに成長しないな。5秒前の自分を殴りたい気分だ。
千束と同じ赤服のリコリス。
茶髪で目付きが少し悪い千束と同い年くらいの小さな女の子。実力は相当な人間だろう。だが、それでも僕にしか見えないものを見て絶句し、本気でそれを見た。
「あっ、なんだテメェ?」
「あっ、えっと……お、お茶でもどうですか…?可愛らしいお嬢さん」
《春川フキ 寿命 32分16秒[脳幹貫通による射殺]》
それは八年半前と同じ。
しかも今度は犯人側ではなくリコリス側の死が見えた事実に目を覆いたくなった。
……もうやだ、この街呪われてない?
命は全てが不平等。
自分と他人では天秤は自分に傾く。
他人に傾くならそれは偽善者かーーーである。