チート『命の交換』を手に入れた 作:嘘吐き
やあ、僕だよ。
早速なんだけど聞いてほしい。
僕は今、自分があやふやな事に動揺してる。
今世紀最大の
「っ……!」
それは一瞬の動揺だった。
僕自身も咄嗟の行動に驚いている。
僕は見て見ぬフリをする事が一番の救いだと思っていた。僕自身は大した事が無い。僕如きでは未来を変えられない。
変えようとした所で変えられなかったら?
命を背負っても溢れてしまうものは必ず存在する。それは僕に人の運命を変えられるだけの力が存在しないからだ。誰かを助ける医学も、誰かを制圧する武力も齧った程度では変えられない。
命を背負うという事が怖いからいつも一線を引いていた。
それに関わるという事はきっとロクでも無い事だと知っていた。運命を捻じ曲げる事をしたところで、僕にとっては他人でしかないというその考えは変わらない。変えちゃいけない。
なのに、
どうして僕はなんでこの子の腕を掴んだ?
僕が彼女の運命を変えようとするだけの理由なんてない。文字通り赤の他人、理由もなく他人を救う事は偽善者のやる事だ。僕は錦木千束のような人間にならないし、なれない事を理解している。
その生き方が尊いものだとしても、僕自身はそれからかけ離れていると理解してる筈だ。
そうなれると心の何処かでそう思ったのか?
自惚れたのか?僕が?
気持ち悪い。自分自身を嫌悪しそうだ。
僕は多分、思い上がっていた。舞い上がっていた。武力を学んで少しは強くなったと勘違いをした。錦木千束が居ない僕に誰かを救えると錯覚していたのか。僕が救えるのは自分が一番で、他は助けたいと理由がある存在の手助け程度、誰かの死を変える為に身体を張る事はしない。したらきっと
命の喪失を受け止められない。
それは八年半前に折れた筈だ。それに関わり続けても限界が来る。だから不殺を貫く彼女の所でしか力を使わないと決めていた。
急速に冷えていく頭、同時に手を振り払われる痛みが現実感に引き戻される。
「ナンパは嬉しいけど他所でやりな」
「あっ、ご、めん」
赤服の女の子は睨み付けて離れていく。
あの子は死ぬ。それは変わらないし、僕では変えられない。
「うっ……」
吐き気がする。
此処まで寿命が近い存在を見たのは二度目だ。関わらない、関わっちゃいけない。見て見ぬフリをして見殺しにする事なんていつもやってきた筈だ。今まで通り見過ごせばいい。
「(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)」
どうしてあの子の手を掴んでしまった。
嫌だ、怖い、気持ち悪い、背負えるはずのない命なのに、死ぬ未来を理解してしまって、あの子の死体が目に浮かぶようだ。ストレスが頭の中を埋め尽くし、今すぐ吐き尽くして楽になりたい。
「––––大丈夫か?」
背後から声が聞こえた。
振り向くとそこには荷物を抱えた紫の着物が目に入る。
「ミカ…さ…ん?」
「ああ、気分が悪そうだな。そこのベンチに座れるか?」
背中を撫でられ、ほんの少しだけ平常心を取り戻す。それでも自分自身がやろうとした偽善にまだ嫌悪感が消えない。まだ手が震えている。人を殺したわけでもない、人を見殺しにするだけ、僕だけが知っているから誰にも咎められる事はありはしないのに……
「水だ。ゆっくり飲みなさい」
「あり…がとう」
渡されたペットボトルの水は冷えていて、僕は一気にそれを飲み干した。喉は渇いてないのに、身体が冷えていく感覚に身を任せ、500mlの水はあっという間に空っぽになった。
「どうしたんだ?」
「……ファーストのリコリスの寿命が見えた」
「!」
どこで、とはミカさんは聞かなかった。
「ねえ、ミカさん。僕が見て見ぬフリをする事は間違いなのかな」
「………」
「見て見ぬフリをする事が美徳だと思っていた。運命は決まってるし、僕が介入しなければ背負う事もないから」
初めて口にするかもしれない僕の心情。
僕にしか見えないそれは人にとっては必然である。此処まで近い死の人を見たのが久しぶりというだけで、それだけなのだ。僕の生き方は変わるつもりなんて欠片もなかった。
「初めて、その決まりを破ろうとした」
間違いなく自惚れた。
偽善者でも、高尚な思いもある筈がない。ただ見たくない我儘のままに行動した。理性と感情が乖離したかのような自分の行動に僕自身動揺を隠せない。
自分の中の絶対不干渉領域。
救う、救わないと決めた境界。越えてはいけない一線に半歩踏み込んだ。その先はきっと地獄だと知っている。
「見て見ぬフリしなきゃ、僕が耐えられないと思ってたから」
だが結局、見て見ぬフリしても耐えられない。
死が近い存在を見た事は二度目。見えた人間が数分後に死ぬ事実に耐えられる程、精神が強くなかった。それが見えた所で、何も出来ない事を知っていても罪悪感に苛まれる。
命を背負う事よりマシかもしれないが、これはこれで酷く重い。
「ミカさん……僕は間違ってるの?」
僕には救う力はない。
だからって見逃すのは間違っているのか。
死が見える僕にしか分からない。
常に考えて人を助けなきゃいけない義務はあるのか。それは見える人間の義務なのか。
「間違っていないさ」
「!」
「誰も千束のような生き方を出来るはずがない。薄汚れた考えを噛み砕いて許容して生きている。私もそうだ」
ミカさんも同じ。
だけど、僕のそれは根底から違う。
「カケル、お前は優しいな」
「えっ?」
「見える事で罪悪感を持つのなら、それはきっと失わせる事を怖いと思えるからだ」
その言葉に僕は何も言えなかった。
「優しい子だよ。お前は」
頭を撫でられた。
視界がボヤけて前が見えなくなった。抑えていた筈の涙が溢れて止まらない。ずっと、僕は苦しかったのかもしれない。この力があるから、人と一線を引いてしまう。
僕が葛藤していた事を初めて話した。
抑え込まれていた感情は呆気なく欠壊した。
「ミカさん」
僕にしか見えないのならこれは僕の業だ。
あの子を救おうとしたところで、その過程で誰かを殺させてしまう。命は平等ではないけど、それを押し付ける事は今までしなかった。不殺を貫く彼女とは違う。
人殺しを押し付ける自覚はある。
知らない人に死んで欲しくないなんて甘い考えは通用しない。
でも、それでも手が届くかもしれないものに手を伸ばさない残酷さに耐えられない。救わない事が救いなのにそれさえも耐えられない。僕の弱さを他人に押し付けるしかできない。
それでも……
「––––助けてくれますか?」
「ああ、任せろ」
それでも僕は頼った。
僕の心の弱さをミカさんに押し付けた。
★★★★★
『時間は20分後、ファーストリコリスの春川フキが脳幹への銃撃により死亡する』〘射殺により死亡だと頭痛が痛い感があり違和感〙
カケルのバイクを借り、私はリコリス達の制圧する現場に向かった。フキが射殺されるのは私も看過出来ないからだ。リコリス達が平和を維持する為の使い捨ての暗殺者だとしても、私も随分千束に影響されているな。
『脳を撃ち抜かれる状況から恐らく狙撃、近接や待ち伏せの可能性は低いと思う』
ファーストの他にもセカンドリコリスが居るならば制圧は訓練されている。フキの実力は私が一番知っている。不用心な攻めをしない堅実で優秀なリコリスがそんな事をするとは思えない。死んだ原因は
『リコリスの任務場所と突入時間を照らし合わせれば多分狙撃位置がわかる…と思う』
楠木に連絡し、リコリスの任務の同伴をする。
偶にはフキの実力を見るという名分もあり、許可され場所は分かった。ビルからフキは射殺される事が分かった以上、狙撃ポイントはある程度絞れる。
「……見つけた」
本当に存在した。
リコリスを射殺しようとする狙撃手の姿が。私は狙撃手に気付かれずに頭を撃ち抜いた。そしてその二分後、約束された時間は過ぎ、フキの命は助かった。
「本当に、恐ろしい子供だよ」
死の状況を理解できているなら逆算も可能。それにより誰も死なせないという事も可能となる。それは才能ではなく神の贈り物とも呼べる。死が見える事の理不尽さは死が最も近い場所で発揮される。もしもそれが軍によって使われる時が来るならば……
『才能とは神の所有物だ、人の物ではない』
ふと、あの言葉を思い出す。
あの子は死を知るが故に優し過ぎた。冷酷になりきれない。普通の子供だ。目の前の人を見殺しに出来ない。見殺しにしようとしてずっと心を痛め続ける。
神は残酷だ。
才能に恵まれても感情と時にそれは相反する。
千束が殺す才能を持ち合わせていながら人を救う事を選んだように、彼もまた人の死から遠ざかろうとして苦しみ続ける。
……シンジ、あの子をお前が知ったらどうする?
行動に一貫性をもたない。
事態をかき乱すだけのそれは道化である。