チート『命の交換』を手に入れた 作:嘘吐き
やあ、僕だよ。
今日はバイトもなく、普通にカウンターで客として入っている。教科書を開いて自分に分かりやすいように噛み砕いてノートに書いていく。
「カケル、何してるの?」
「見て分からない?お勉強」
「勉強?何の?」
「医学だよ」
「はっ!?」
千束が教科書を取り上げる。
ミカさんがオススメしてくれた医学の教科書を見てギョッとしていた。
「いやいや、いきなり過ぎない!?なんで!?」
「学んどいて損はないでしょ」
まあ僕は無駄に記憶力だけはいいから。
いつも悲壮な事ばっか焼き付いて困るのだ。今回くらいは仕事をしてもらおう。あと教科書返せ。
「僕なりに力との接し方を考えただけだよ。特に意味はない」
「意味ありまくりでしょ!?」
「それに」
僕はきっと死を割り切れない。
命を尊いと感じているからこそ死に向かう人間の末路を見て見ぬフリをする事に割り切れない。
「分かってて手を伸ばさない残酷さも理解したから」
傲慢もいい所だ。ある意味大罪である。
教科書を取り上げ、先程の続きを書いていく。
この行動にあまり意味はない。医学に詳しいだけで救える命があるというのは解釈違いだ。僕自身、この行動に特に意味を見出せるものではない。もしもの時、延命処置程度しか出来ない。
でも、それで構わない。
知れるはずのことをやってこなくて誰かに押し付けるより百倍はマシだ。
「選択肢を増やすだけだよ。そこに大した意味はない」
「へー」
活かせるかどうかは別の話。
弱さを押し付けて、ミカさんに殺させた。僕は人殺しは出来ない。だから人を殺す環境より生かせる事が僕なりに出来る事だ。
少なからず力との向き合い方を考えないとな……
「カッコいいじゃん、ヒーローみたい」
「馬鹿か君は。僕は君のような偽善者にはなれない」
「そう?」
「けど」
後悔はしたくない。見え続ける死は僕にとって絶望になり得てしまう。そしてそれを救う事は僕には出来ない。身体を張って死ぬつもりはないし、やった所で足手纏いだろう。誰かを救う為に誰かを殺す事が出来ない僕は無力だ。
それでも、その理由で人殺しを押し付けるのは僕自身を嫌いになりそうなくらいのものだった。
「目の前で死なれるのは嫌だし、押し付ける屑になりたくない。それだけだよ」
それは偽善者ではない。
人類の前線に立って人々の命を救いたい!……なんて高尚な目標を持ち合わせている訳ではない。単純に僕が僕であり続ける為の選択であるだけだ。救いたいことを第一に考えている訳ではない。無力なままでいたくはない。それだけだ。
コトリ、とカウンターに置かれたコーヒーを見て千束を見るとクスリと笑っていた。
「はい、美少女の入れたコーヒー」
「……まあ、ありがとう」
「600円になりまーす」
「金とんの?」
とんだ詐欺師だ。
自称、美少女のコーヒーはミカさんに劣るとだけ言っておこう。
★★★★★
「へー、カケルがねぇ」
「そーなの暫くバイトじゃなくて普通の客としてくるし、勉強頑張ってるから話しにくいのぉー」
「あの子にとっていい影響だと思うけど、何?構ってくれなくて寂しいの?」
「ちーがーいーまーすー!」
千束は足をバタバタさせながら否定している。
構わないからという事ではなく、最近は勉強のせいで距離感が出来てしまったような気がした。仕事の時とかは問題なく送迎をしてくれたりするが、プライベートではあまり話さなくなった気がする。
「歳近いからなんとなくこの距離感がよかったの」
「今は邪魔しちゃ悪いでしょ」
「まあそうなんだけどさぁ……そういえば大学で医学部入る場合ってDA協力者はどうなるの?」
「……確かに」
医学部と言えば六年、研修医時代を終えた後に医学試験に受ける事が可能だ。それまでとてもじゃないが、DA協力なんてものは出来ない。DA協力者という肩書きだけでもリコリスを知っているカケルに対してDAはどんな対応を見せるのか。
「私は元情報部だったけど、支部である此処で働いてるから別に処分がある訳でもないけど」
「カケルの場合は?」
「……下手したら消されるんじゃね?」
その一言に千束は血相を変えてカウンターまで飛び出した。コーヒーを飲みながら医学の参考書と睨めっこしながらイヤホンを耳にノートに書き続けるカケルに千束は叫ぶ。
「カケルー!勉強をやめて普通の大学に入ってー!」
「喧しい脳筋アディショナル!!」
勉強中のカケルの叫びがリコリコに響き渡った。
★★★★★
カウンターから身を乗り出して叫んできた千束から事情を聞くが、勘違いさせていたようだ。
「はっ?大学は受かってるし医学部に受験とかしないよ?」
「えっ、でも」
「学んでるだけだ。特に意味はないって言ったろ」
何を早とちりしてるのか。
医学を学んだのはあくまで僕個人の足りないものを埋める事に過ぎない。それは今後、使えるかは微妙だから特に意味はない。
「そもそも、医学部に入ったら時間無くてDA協力が出来ないから首飛ぶし」
「あっ、知ってたの?」
「知ってる奴は口封じでしょうが。いくらミカさんでも限度あるしな」
あの人のおかげで僕は死んでないし。
つーか、僕はあの人にお世話になりっぱなしじゃないか?能力をDAに隠してくれてるのもそうだけど。
「医学は学んでるだけ。精々、応急処置で構わないから僕に出来る程度の事は覚えておきたい。それだけだよ」
それが役に立つのかは分からないけど。
僕が僕に出来る事をやらないで他人に押し付けるのが嫌なのだ。出来ない事は出来ないと割り切るけれど。知るだけなら誰だって出来る。
「つっても参考書だけじゃどーにもこーにも、リコリスの前線にいる訳でもない僕が使えるかと言われたら微妙だし、それも相まって頭が働かねえー」
「煮詰まってるねぇ」
流石に缶詰過ぎで限界だ。
糖分やカフェインの補給でも頭は疲労を隠せない。
「参考書の内容を解読するのに必死だったからな。体の構造、しくみ、病気の基礎、基礎医学は流石に専門的過ぎて噛み砕くのがやっと。一ヶ月経って三冊しか読み終えてない」
「充分過ぎるでしょ」
「無駄に記憶力だけはいいんだよなぁ僕は」
元々頭はかなりいい方だったのはある。
だけどそれ以上に、生まれ変わりから
それに関しては転生特典のオマケなのか『死の帳簿』の副産物なのか僕自身も分からない。忘れようとしても忘れられない。そのせいかおかげかフランス語も半年での習得を可能にしているくらいだ。便利ではあるが、焼き付いてしまう記憶に関しては目も当てられない上に、過ちも後悔も頭から抹消出来ない。
「はあああああああああ〜」
「おおお、溶けてる」
「そろそろ気分転換でもしないともたなそうね」
湯気が頭から出ている。
もう限界でござる。疲れが溜まり、机に伏せながら気分転換の方法を考える。
食べ歩きは糖分やカフェインとかよく取っていた為そこまで乗り気ではない。遊園地は一人で行ってもつまらない。読書に耽るという選択も無し。頭が疲れている以上、これ以上文字を見るのはキツい。
カラオケ、ゲーセン、あー、ショッピングモールに行くのはアリだな。
「映画でも行くかな……」
「映画?」
「『ガイ・ハード2』とか『彼岸のリース』とか」
「マジ!?見てんの!」
『ガイ・ハード』は特にラストシーンが良かった。
僕個人としてはマクレーンと会ってもないのに相棒気取りなあのシーンはグッときた。意外と続編は期待してたし。
「明日暇なら一緒に観に行かない?」
「別にいいけど」
千束が『ガイ・ハード』好きとはなぁ。
結構あれ面白いとはいえ男向けだと思ってたんだけど…誰かと映画見に行くのは初めてだ。あれ、これってもしかして僕にとってデートって事になるのか?
違うよね……違うよね?
★★★★★
「……ヤバ、何してんだ僕」
現在10:20で駅前のベンチに座っている。
なんと、待ち合わせの四十分前に来てしまった。
デートに浮かれていたのか?僕が?精神年齢を加算すれば僕三十歳くらいになるのに?事案レベルだぜ?
「やっぱ、精神年齢と身体は時に一致しないのかねぇ」
本能は身体、理性は頭脳。
時にそれが一致しない故の自己存在の崩壊が最近マジで起きていた。理性的な人格であるにも関わらず、子供のような思いを捨てきれていない。
乖離ではなく、ズレているような感覚。僕は偽善者にはならないと言っているくせに誰かを救える力を求めた。僕自身が一貫した考えを持ち合わせていない訳ではない。能力は非現実だが、どちらかと言えば現実主義だ。
肉体に精神が引っ張られるのか、精神が肉体に引っ張られるか、鶏が先か卵が先かとかなんかあったなこの議論。
「浮かれて……いや、ないないない」
千束をそういう目で見ている訳ではない。
……いや、でもちょっと自信ないな。好きではない訳ではないし、嫌われたくないとか思ってる時点で意外とヤバい?
前世で友達は多かったけど、生まれ変わってはこの能力のせいで友達が居なかったからその反動という可能性もあり得る。案外僕が寂しがり屋という線が出てきた。それはそれでなんか嫌だけど。
そう思ってると、肩に腕がかかる。
「ん?早くね千––––」
「よお、久しぶりだな兄ちゃん。叫ぶなよ」
肩を組まれて、制服越しに太いものを突き付けられた。
叫びたかったけど、それよりも恐怖が勝った。気が付けば女子高生の制服を着た女の子に囲まれていた。わあハーレムとか言える状況ではなく、逃げ道を封鎖された。
恐る恐る視線を横に向ける。
そこに居たのは最近僕が腕を掴んでしまったファーストリコリス。そして僕の周りを取り囲む三人のセカンドリコリス。金色、山吹色、そして黒髪の三人の女の子が目に映る。
「ちょっとお茶でもどうだ?断らないよな?アタシを可愛いって口説こうとしたんだから」
……すみません、チェンジで。
人は神に救われない。
人を救えるのはいつだって人である。