「セバス、遅いなあ」
王都の高級住宅街にある、周囲の屋敷に比べればこぢんまりとした邸宅。
その玄関先で、小柄な少女がうろうろと行ったり来たりしていた。
黒いハイウエストのスカートに白いブラウスを着た、黒髪の少女。
体格に比してアンバランスに良いスタイルをした、
いわゆるトランジスタグラマーな美少女であった。
その傍では黒髪を夜会巻きにした眼鏡のメイドが苦笑している。
「セバスさまも人が良いお方ですから、困っている方に力を貸しているのでは?」
「ボクたちで迎えに行かなくていいかな、ユリ」
「大丈夫ですよ、やまいこ様。心配することがあるとすれば……
セバス様が悪漢に絡まれて、悪漢たちが怪我をしないかと言う事ですが」
ナザリックNPC、セバスを案じる「やまいこ」と「ユリ」。
そう、この2人もまたナザリックの、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンのメンバーとNPC。
至高の41人が1人、やまいこと、そのやまいこが創造したNPC、
戦闘メイドチーム「プレアデス」長女、ユリ・アルファであった。
本来やまいこはセバスをも超える巨体を持つ
その外見で騒ぎが起こることを嫌いユグドラシル時代、
リアルの姿に近い人間の姿へと変わっている。
「セバスならまあ大丈夫だと思うけどさ……
なんかこう、ひと騒動ありそうな予感がするっていうか」
やまいこがなおもうろうろと右往左往していると、ノックと共に声がする。
「―――ただいま戻りました」
ドアを開ければ、そこにはかっちりとしたタキシードを着こんだ老人、セバスがいた。
その腕の中には、元の顔が分からないほどに変形し膨れ上がった顔の女性。
顔以外もひどいもので、爪は剝がされ、全身に青あざが浮かび、
肝の太いやまいこですら目を見開くほどの有様だった。
「セバス! その人、どうしたの!?」
「拾いました。大変申し訳ないのですが、治療をお願いしてよろしいでしょうか、やまいこ様」
「勿論! ユリ、お湯沸かして! 寝かせるのは……空き部屋かな。
生きてる……よね?」
「心臓はまだ動いております。こちらの部屋でよろしいですか?」
女性を空き部屋に運び込み、さっそく治療を開始する。
やまいこは精神系魔法、その中でも特に治癒系を得意とする魔法詠唱者である。
また半魔巨人の種族的特徴として2つの能力が非常に高く、3つの能力が非常に低い。
やまいこは精神力と耐久力を高めており、自身の防御能力と回復能力に特化。
結果、敵に群がられながらも平然と味方を回復させ続ける鉄壁のヒーラーとなった。
その力をもってすれば治療も瞬く間に済み、
別人のようになった女性が静かな寝息を立てている様子を見てほっと胸を撫でおろす。
「ふう……まあ、まだ息があってよかった。流石に一般人レベルだと蘇生も難しいからなぁ……」
「―――やまいこ様、よろしいですか?」
「わぁ!? ああ、ごめんセバス、何?」
「……その、何と言いますか……彼女と一緒にお客様をお連れしておりまして。
彼女とは無関係なのですが……お通ししてよろしいでしょうか」
その時のセバスの顔には、やや苦いものが混じっていた。
どう表現するのが正しいか、と考えて、ふと思い当たるものがある。
何が来たのか、と思うも、流石にこの場に入れるわけにはいかない。
こちらから出迎えよう、と腰を浮かせたところで、足音がする。
とても大きい、半魔巨人の自分よりも大きな『何か』が迫って来る。
開いたドアの向こうに影が差し、ドア枠に巨大な獣の手がかかる。
そして部屋を覗き込んできたのは――――――
「よう、その子大丈夫? お、マジでやまいこさんじゃん。何年振りかねぇ」
半魔巨人をも上回る筋骨隆々な巨体の
メコン川の変化バリエーションの1つ、セット名『ゴツメカワウソ』。
唐突に目の前に現れたマッチョなカワウソに、やまいこの頭が真っ白になる。
そして――――――
「わぁ―――――――っ!?」
反射的にゴツめ(というかムキムキの)のカワウソの顔面にパンチを叩きこんだのだという。
少し後。応接間では、半魔巨人姿のやまいこにメコン川が喉輪の形で釣りあげられていた。
「――――――メコンさん、ボクに何か言う事は?」
「最高のリアクションありがとうございました」
「反省の色がない!」
「あっちょっと待ってちょっと待ってやまいこさんこれ締まってる締まってる」
そのままギリギリと首を絞め上げられ、慌ててタップするメコン川。
やまいこは大きくため息を吐くとメコン川を床におろし、
視線を合わせるように屈みこむ。
「……本当にメコン川さんなんだよね?」
「なんならやまいこさんが思考停止で突っ込んだ尻を俺が拭いた話でもしようか?
ユリたちの前でよ」
「やめて。そっか……ボク達だけじゃなかったんだね……」
安堵の声と共に、やまいこはこちらに来てからの事を語りだす。
やまいこ達が転移したのは今から一年ほど前、
王都の遥か東、トブの大森林と呼ばれる森林地帯だった。
森の西を支配するナーガや南の『森の賢王』との縄張り争いを制して従えた。
その後は近隣の湿地帯に住む
ある部族が行っていた養殖知識を改良・発展させることで食料難の改善に貢献。
起こりかけた争いもその腕っぷしで鎮圧し、
気が付けばトブの森の亜人や魔物たちを従える族長のような立場になっていた。
「なあやまいこさん、この話、大分オブラートに包んでるだろ?」
「な、ナンノコトカナー……」
半眼で睨むメコン川と、ふいっと視線を逸らすやまいこ。
このやまいこという女性、リアルでは結構良い生まれである。
毒の大気から遮断された
天才肌の妹に比べれば劣るものの、樹齢万年ともいえる鋼鉄の精神で劣等感を跳ね返し、
義務教育が廃止されている時代において小学校の教員を務められるほどの高学歴。
(余談であるが、リアルにおいては小学校を卒業できればまだいい方と言える)
つまり頭は相当に良いはずなのだが、ユグドラシルにおいては『脳筋』とよく呼ばれる。
敵と遭遇した際「データ覚えてないからとりあえず殴ってみよう」、
などに代表される脳筋エピソードに事欠かず、メコン川ら慎重派の者達が
そのフォローに追われることもちょくちょくあったためである。
その為、やまいこが語った以上に「とりあえず殴ってみた」ことはあるだろう、と、
メコン川は後でユリやセバスを問い詰める必要があるだろう、と考えていた。
「……まあ、いいけどよ。しかし、確かそっちはエ・ランテルって街があったよな?
なんでまたこっちに? 情報集めるなら確かに王都の方が集まりそうだが」
「ああ、それはね。王国の王様直属の戦士長、ガゼフさんって人に誘われたんだよ。
この家もガゼフさんが仲介してくれたからそこそこ安く借りられたんだ」
先程の説明に付け加える形で、やまいこはガゼフとの出会いを思い返す。
トブの森の長―トブの森諸族連合と名付けた―になってより暫く、
トブの森近郊にある開拓村、カルネ村が襲撃された。
隣国、バハルス帝国の紋章を付けた兵士たちに襲われていた所を救い、
それと前後するようにやってきたガゼフ率いる戦士団と交流を持った。
彼が言うには、近頃同じような襲撃があり、それを追うために出陣したのだという。
当初はガゼフもやまいこらも王国の生産力をそぐための帝国の策か、
と思っていたのだが、精神系魔法などを用いて尋問した結果、
事態は予想外の方向へと転がっていく。
捕縛した暫定帝国兵の正体は王国の南にある宗教国家、スレイン法国の手の者だったのだ。
その後現れた法国の特殊部隊、陽光聖典により、
そもそもの目的がガゼフを誘き出して抹殺することが目的だと判明し、
それに怒ったやまいこにより撃退。
カルネ村と部下や自らの命を救ってくれたことに恩義を感じたガゼフにより、
王都へと招待されたのだ。
「―――そんなわけで、現在に至る、と」
「スレイン法国ねぇ……キナ臭ぇ国だと思ってたが、
俺がこっちにきたのは何年か前、場所はローブル聖王国の方でな―――」
そして今度はメコン川が自分がここに来た経緯を話す。
ルプスレギナと転移してきたことや、紆余曲折の末亜人の王となった事。
王国へ来たのもまた行きがかり上の流れで、
セバスと再会したのも本当に偶然だったのだ。
「いやほんと、セバスと会えて良かったわ。こうしてやまいこさんとも再会できたしな……
まあこっちもさっき説明した通り色々めんどくせえ問題抱えてるからよ。
それが片付いたらまた話そうぜ」
「八本指……だっけ。そっか……あの時ぶん殴った人達、バックがすごいんだぞ!
とか言ってたけど、もしかして……」
「……ちょっと待った、やまいこさん、八本指と事を構えたんか?」
「そ、そそそ、ソンナコトナイデスヨ?」
「こっちを! 見ろ!」
またも目を逸らすやまいこの顔を無理やり正面に向けて睨みつけ、
メコン川はやまいこの尋問を始める。
そうして聞き出した所、出歩いていた時しつこく絡んできたチンピラや、
ユリと歩いていた時にユリを『貸せ』と言ってきた貴族らしい男など、
脛に傷のありそうな者達を幾度か衝動的に殴り飛ばし、
そのためほとぼりが冷めるまではセバスがメインとなって情報収集をしていたのだという。
「どうりで連中の資料から『黒髪の南方人の令嬢』とか『夜会巻きのメイド』、
みたいな情報出てくると思ったよ……やらかしてんじゃねえか!」
「えへへ……ごめんね?」
「まあいいけどよ……どうせ連中は潰すし……あー、疲れた。精神的に」
「あ、そうだメコンさん。今宿に泊まってるんだっけ?
どうせならここにみんな連れてきて泊まったらどうかな?
お金もかかるだろうし……それにほら、ユリにルプスレギナを会わせてあげたいし。
ネイアちゃんって子とか、蒼の薔薇の人達にも会ってみたい!」
「そうだなぁ……連中と事を構えるってんなら、宿暮らしよりはこっちの方がいいかね」
「決まり! じゃあ呼んでこなくちゃね!」
言うなりやまいこの姿が人の姿へと変わり、部屋の外へと駆けていこうとするが、
メコン川はそれを呼び止め、自らも『人』としての姿へと変わる。
「―――その前に、はっきりさせなきゃなんねえことがある。
座んな、やまいこさん」
向かい合わせに椅子を並べ、片方にどっかと座るメコン川。
やまいこはドアノブに手をかけようとしたところで立ち止まり、
少し考えるそぶりをしてから
「目の前に椅子置いたんだけどなぁ」
「こっちの方が座り心地いいからね」
「硬ぇだけだろ?」
「低反発マットみたいなもんだよ」
「そんなもんには座った事ねえなあ」
会話が止まり、部屋を静寂が満たす。
メコン川が下を向けばやまいこが上を向き、視線がぶつかった。
その状態で少しして―――メコン川が口を開く。
「―――
『闇に潜み、人を時に化かし、時に助け、時に残酷に、特に心優しく振舞うあやしもの。
それにまことの姿はなく、それは人の恐れが世に写した影法師である』ってな。
この世界に来て、この体になって色々と変わったよ。
その最たるものが……人間性の変化。人を見て、仲間とは思える。
だがな、同族とは思えねえ。多分、殺そうと思えば簡単に殺せる。
実際、そうやって亜人を殺したよ。一人は首をねじ切って。
一人は、むりやりでけえ石を呑ませて、喉が裂けて死んだ。
その時、俺は愉悦を感じてた。馬鹿を痛めつけて殺してやった、そう思ったよ。
だからもう、俺は、
あんたもそうなんだろう? やまいこさん」
それにやまいこは答えず、視線を外し、俯き、ぎゅっと拳を握り……口を開く。
「―――
『それは天より舞い降りた者達と人の女との間に生まれた堕とし子。
天に上る翼はなく、欲のまますべてを貪り、喰らい、同胞すら喰らう異端の巨人』。
そうだね……ボクも、人間を見て同族とは思えなくなってる。
昔に比べて考えなしっていうか、欲求に弱くなってるっていう自覚はあるよ。
……殺しちゃったこともある。法国の兵士の人を止めようとして殴り飛ばしたら、
そのまま頭が潰れて死んじゃった。びっくりはしなかったよ。
その後も、何回かあったかな……どれも、嫌悪感はなかった。
むしろ、愉しかった。おかしいよね、カルマは善なのにさ。
嫌悪はなかったけど……その代わり、とても
血の匂い、肉の、骨の匂い。たまらなくおいしそうだった。もちろん食べたりはしてないけど。
……でも、とても美味しそうだった。それでなくとも、お腹が空くんだ。
もっと食べたい、全てがなくなるまで食べ尽くしたいって。
ボクの深い所にいるボクが、そう言うんだ」
「……そうか。やっぱり、そうなんだな……」
祈る様に天井を仰ぎ見るメコン川。それ以上は何も言えず、ただ時間が過ぎてゆく。
自分のような人間なら、敵対する誰かを傷つけてもさほどのためらいも後悔もなかった。
だが、彼女は違うだろう。富裕層に産まれ、両親の愛を受けて育ち、
自分もまた子供たちに教えを授ける教師になった彼女には、
人の心に突然付け加えられた異形種としての本能は、いかほどの苦しみだろうか。
「……俺がこの何年かでわかったのは、俺達プレイヤーと、
NPCではカルマの扱いが違う事だ。NPCは設定された文章に忠実に思考し、
その上でカルマの影響をモロに受ける。ルプスレギナの最初の時なんて笑えたぜ?
だが俺達は、カルマの影響はないんだろうな。
恐らくカルマで効果が変動する魔法を受けた時に影響があるぐらいだろう。
だが、種族としての『
だから、人としての人格を保ったまんま、異形種としての本能が備わるんだろうよ。
まあ、強い意志で跳ねのける事ぐらいはできるのが救いだな」
「ずっと、このままなのかな」
「だろうな。俺達異形種には基本的に寿命というものがない、
というのがユグドラシルの
他に救いがあるとすれば……俺達にはNPC達がいるし、それに何より、
この苦しみを分かち合うお互いがいる事だ。
知り合いの言葉を借りれば……
メコン川は微笑み、やまいこの頭をぐりぐりと撫でる。
「ねえ、メコンさん」
「ん?」
「もしボクがユリやメコンさん達を傷つけるようになったら……その時は、ボクを止めてね。
メコンさんがそうなったときは、ボクが止めてあげるから」
「頼むわ。……そうだな……やまいこさん、宍戸十兵衛って名前を覚えといてくれ」
「ししど……じゅうべえ?」
唐突に告げられた人名に、やまいこはきょとんとしてメコン川を見る。
「俺のリアルでの名前さ。ルプスレギナには伝えてある。
俺は、この後の一生を『獣王メコン川』として過ごすつもりだけどよ……
俺が人間だった頃の名前を憶えててくれる人がいるんなら、
少しは人であろうと思えてくるからよ」
にやりと、メコン川は獰猛に笑う。それを見てやまいこは少し考え込み―――
「ボクの名前は……山瀬。
メコンさんも覚えててね。ボクが、ボクでいられるように」
そう言って、やまいこは、いや山瀬舞子は、花が咲くような微笑を浮かべた。
なお、このやりとりは一向に戻らないやまいこを心配し、
部屋の前まで追いかけて来たユリがこっそりと聞いており、
この直後その事がばれてユリがやまいこに暫く追いかけ回されることになったのは、
あまり関係のない話である。
どっとはらい。
そんなわけでやまいこさん登場の話。アバターがでかいので人化すると小柄で可愛い系だといいな……という願望込みであの姿です。
版権作品で例えるとFGOの駒姫が童貞を殺す服を着た感じ。
なおこの作品においての『人化』は、姿は人に変わるけど、本質的には元の種族であるため精神性の変化が軽減されたりはしない、という設定です。
人間性を保てるかどうかはその人の根性による。
半魔巨人のフレーバーテキストを捏造。
聖書におけるネフィリムがモチーフになっている種族という解釈なので、
それをモチーフにした設定を捻りだしました。
その影響で本作のやまいこさんはちょっとワガママというか、本能的な欲求、特に食欲に逆らいづらい、という設定。はらぺ娘みたいな感じ。
メコン川さんのリアルネーム、宍戸十兵衛。
勿論本作品オリジナルの設定です、
『ゴツメカワウソ』はあれです、音速丸のマッチョモードみたいなもんです。
前の話でも言ってますが、アヤカシの変化は派生スキル・上位スキルの参照元になってるぐらいでその効果そのものはほぼほぼ宴会芸みたいなものなので、
メコン川さん自身もネタに振った外見を多く登録している、という設定。
戦闘用の変化スキルはまた別にあります。
最近大体2~4日に1本ぐらいは投げられているのかな?
月末開始の祭りまでに王都編終了ぐらいはいきたいものですが。
・追伸
例の新人六腕さん、今回も出れませんでした。
やまいこさんの描写が楽しくて文量増えたのが主な原因。
satakeさん、血風連さん、殉職者さん、ability10さん、muminotasteさん、誤字報告ありがとうございます。なかなか気づけないもので……
・おまけの前回のメコン川さんの「ルプスレギナの妹・アーバン忍者スタイル」。
だいたいこんなかんじ。
【挿絵表示】