この後のパートを含めると30kb越えそうだったので……
「それで、あなたのお名前は?」
やまいこ邸の応接間。そこでは、人化したやまいこと金髪の女性が向かい合っていた。
昨夜セバスが助けてきた女性が目覚めたので、今後の動向を伺うために面談をしていたのだ。
改めて見てみると、絶世の美女、と言うほどではないが、
どこか親しみを感じる、素朴な美人のような女性だった。
「つ……ツアレ、ツアレニーニャです」
「なるほど、ツアレさんね。言いにくかったらいいけど……
どこか、行く当てはあるのかな?」
俯いて首を横に振るツアレ。
状況から察するに奴隷同然に買われてきたのだろう、とやまいこは推測し、
これからの事を思案する。
ツアレが働かされていた奴隷娼館については、ラキュースらも関知していた。
ツアレが目覚める前にラナーに面会した際、襲撃予定の7つのうちの1つだったからだ。
それでなくとも八本指の息のかかった娼館としてマークしていたらしく、
そこで何が行われているかは……吐き捨てるように「全て」と言ったラキュース、
そしてツアレの怪我を見て推察できていた。
故に、やまいこの腹は、既に決まっていた。
「ツアレさん、料理はできる?」
「え……? あ、は、はい。簡単な、シチューとかで、あれば……」
「あなたをこの屋敷で雇います。メイドみたいなことをやってもらうことになるかな。
住み込みで、三食休憩付き、お給金はこれから相談するとして、
あなたは、私達が守ります。いきなりこんなことを言われて戸惑うかもしれないけど……
あなたは、セバスが自分の意思で助けて連れて来た人だから。
ボクは、それが嬉しいんだ」
そう言って、やまいこはにっこりと笑った。
同時刻。隣の部屋では、メコン川とセバス、ユリとルプスレギナが待機していた。
最も、セバスだけはメコン川に向け、深々と頭を下げていたが。
「申し訳ございません、獣王メコン川様。やまいこ様も含め、お手を煩わせました」
「まーだ言ってんのかよ。別に間違ったことしとりゃせんだろ、
あそこで見捨てて帰って来てみろ、やまいこさんブチギレるぜ?」
セバスが頭を下げていたのは、ツアレを救ったことについてだ。
救ったことそのものは後悔していない。しかし、その結果やまいこに魔法を使わせる、
彼女を放っておけないやまいこにより雇い入れのための面談を行うことになる、
そして、八本指の娼館から連れてきたことにより、
彼らと事を構えることになりかねないことについて、セバスは悔やんでいた。
「それは……そうですが。私がそうしようと思ったのは、
たっち・みー様にそうあれと作られたからではない。
そのきっかけとなる正義感こそいただいておりましたが……
私の勝手で今回のようなことを招き、誠に申し訳ございません」
「知ってるよ。たっちさん、あんま設定詰め込むタイプじゃなかったからな。
お前の設定も、他の奴らに比べればずっと少ない。
今回の一件も、お前自身の考えなのはそうだろうな」
だがな、とメコン川は言い置いて、セバスを見上げる。
「だからこそ、俺達は嬉しいんだ。お前が、『自分の意思』で行動してくれることにな。
そりゃあ、反抗しろって訳じゃねえけどよ……指示待ちしかできねえのも良くねえさ。
親に従うだけが子供じゃねえ。お前が、自分の意思で人を救った。
たっちさんに代わって誇りに思うぜ、セバス」
「――――――お気遣い、痛み入ります」
「よせやい。あの子を助けたのも、怪我を治したのも、この屋敷に置いたのも、
みんなお前とやまいこさんのおかげじゃねえか。
俺ぁなんもしてねえよ」
メコン川が苦笑し、セバスに頭を上げるように命ずる。
しばしそのままだったセバスがようやく頭を上げて部屋の隅に控えたのを見ながら、
ルプスレギナは首を傾げる。
「……自分の意思で行動する、っすか……あれ、私結構自分の意思であれこれして、
結果怒られているような……」
「お前の場合は必要なお仕置きだよ。今でこそまだマシだがよ、
ちょっとあいつら不敬だから皆殺しにしますね、とかは褒められたことじゃねえだろ。
いらんことしいって言葉知ってるか、
「ひ、ひどいっす……」
「自業自得よ、ルプスレギナ。―――っ! ええ、分かったわ。
あなた達は継続して監視を続けて」
ため息をついて額に手を当てていたユリが不意に目の色を変える。
そのまま誰かに指示を出すような言動を見て、メコン川達も居住まいをただした。
「……どうした?」
「追加で召喚していたハンゾウたちより報告です。
男が4人、こちらへ向かっていると。うち2人は王国の兵士、
それを率いる恰幅の良い男が一人。 そして最後の1人は刀を携えた軽戦士と思しき男だと」
「へえ、奴さんら動きが早いな。逃げた野郎ってのが捕まったかね?」
メコン川は顎に手を当てて考える。十中八九、今回の一件の関連だろう。
おそらくはセバスと会った時にいた男、その男から情報を絞り上げ、
八本指のネットワークを用いて所在を明らかにしたのだろう。
ただでさえセバス・ユリ・やまいこは目立つ上、やまいこは八本指と諍いを起こしている。
あるいは、当初からこの屋敷はマークされていたと見てもいいだろう。
ゆらり、と、音もなくセバスがメコン川の側に立つ。
「――――――始末いたしますか?」
「ほっとけ。どうせ後二日の命よ。蒼の薔薇の連中は……確かまだ城だったな?
ちょうど良い、連中がどういう行動に出るか見てやろうじゃねえか」
そして少し後、応接間では総勢8人が向かい合っていた。
片ややまいこ、人化したメコン川がソファーに座り、
後ろに控えるようにユリとルプスレギナが立つ。
片や、恰幅のいい男と刀を携えた男が座り、
その後ろに王国の兵士たちが立っている。
ツアレはセバスを護衛に付け、応接間から離れた部屋で待機させている。
「それで、ええと、スタッファン様でしたね?」
「ああ。改めて自己紹介しよう、私は巡回使のスタッファン・へーウィッシュである」
恰幅の良い男、スタッファンが、甲高い声で名乗る。
巡回使とは王都の治安を守る役人で、警邏などを行う衛士の上役ともいえる。
とはいえ、やまいこは彼の本性を把握していた。
この男が、歴とした王国の役人であることは間違いない。が、
件の違法娼館、その
スタッファンは言葉を続ける。この屋敷の人間が、
奴隷売買を禁止する法律に違反しているという話があり、確認をしに来たのだという。
隣にいる刀を携えた男はそこの従業員でもあるらしく、
詳しい事情を知っているため今回同道してきたらしい。
「彼の店から報告があったのだよ、ある人物が不当な金銭を渡して従業員を連れ出したとね。
知っての通り、法で奴隷売買は禁止されている……
だが今回のケース、これはまるでそれに違反しているようではないか?」
徐々に語気が強くなっていくスタッファンに、わずかに眉を顰めるやまいこ。
よく言う、自分がその奴隷を扱っている娼館の常連の癖に。
「なるほど、お話はよく分かりました。後の話は……メコンさん、お願いするね?」
「あいよ、任せときな、お嬢さん」
気分を害した、とでもいうようにやまいこが席を立ち、
ルプスレギナとユリを伴って部屋を出ていく。そして残されたのはメコン川ただ一人。
しかし、メコン川はなんと言う事もない様にソファに深く腰掛け、腕組みをしている。
「で、まあ……お嬢の代わりに俺が話を聞かせてもらうぜ。
で、そこの……お前さん、名前は?」
「ブレインだ。まあ、物騒なもん持ってるが、気分を害さないでくれよ?
奴隷売買を行うような奴の所に踏み込むんだ、護身のためにも武器ぐらいはな」
肩をすくめる男。細身だが引き締まった鋼鉄のような肉体、
恐らくは染めているのであろう青い髪に、あごには無精髭を生やしている。
服装は
これで『従業員』というのは無理があるが、メコン川は軽く笑ってそれを流す。
「ははは、構わねえさ。こっちから手は出さねえよ。
で、何だったか。うちのが奴隷売買をしてるって話だったか?
証拠でもあんのかい?」
「その金を貰って従業員を渡したやつってのは今留置場にいてな。
そいつの証言からすると、ここの執事さんがそうらしいじゃねえか?
まさかうちの従業員がそんなことをするとは思わなくてよ……
やむなく訴え出た、って訳だ」
「その通りだ! 奴隷売買など許されぬ犯罪行為、
悪評が立とうとも構わず訴え出て、今もまた自ら同行を買って出た、
ブレイン君は王国民の鑑ともいえよう!」
唾を飛ばす勢いでがなりたてるスタッファン。
しかし、メコン川はまるで動じず、退屈そうに欠伸すらしていた。
「は、話を聞いているのかね!?」
「聞いてるよ。茶番はいい、本題に入ってくれよ」
メコン川に睨まれ、脂汗を流して目くばせをするスタッファン。
彼とブレインの言う事を要約すると、こうだ。
・すぐにツアレの身柄を引き渡す。
・示談で済ませても構わないが、慰謝料が発生する。
・総額で金貨四百枚、被害届の破棄費用を含め五百枚。
「ふむ、王国の法律には明るくねえが、ちと法外じゃあねえか?」
「そんなことはないぞ、内々で穏便に済ませようとすると、
何かとお金がかかるものなのだよ……」
嘘だな、とメコン川は断ずるが、それを口に出すことはしない。
奴隷を取り戻すついでに小銭を稼ごう、と言った所だろう。
「俺も奴さんは見せてもらったがね?
ありゃあ、返したとしてすぐに働けるようなもんでもねえと思うが?
下手に動かして容体が悪化したら事だろ?」
「何、動ければ何かしらできることはあるさ。
なんだったら、怪我が治るまでおたくの綺麗所を……
そうだな、黒髪のメイドの方を貸してもらう、ってのはどうだ?」
「おお、その通りだ! 穴埋めをしてもらう必要はあるわけだからな!」
鼻息荒く笑みを浮かべるスタッファン。
――――――しかし、その時。
「――――――くけっ!?」
不意にスタッファンが絞められた雄鶏のような声と共に、泡を吹いて倒れる。
同時に後ろにいた兵士たちも同じようにして倒れ、
部屋にいる意識のあるものはブレインとメコン川のみとなる。
だが、ブレインもまた平静ではなかった。
いっそ倒れた方がましだったかもしれない、とすら思っている。
何故なら――――――
「おや、お疲れのようだな。日夜王都のために走り回ってるんだ、
可哀想だし寝かせてやろうか」
「お、おう……」
突如、堰を切ったように溢れ出した
それを、一身に受ける羽目になったからだ。
恐らくスタッファンらが気絶したのはこの殺気に当てられたせいだろう。
殺気をそれと感じる間もなく倒れたに違いない。
だが、ある程度の実力をもって
これは、この男は、化け物だと。奴隷売買の疑いなどというのはでっち上げだ。
ここに来た目的の一つがそれであることは間違いないが、
本来の目的は八本指、それに連なる貴族と諍いを起こした、
この家の南方人の令嬢にプレッシャーをかけるためだ。
だが、それが裏目に出た。とんでもない化け物を敵に回してしまったようだからだ。
「お前さん……ブレインとか言ったな。お前さん、結構
その刀と体付きを見りゃあ分かる。相当な鍛錬を積んだ猛者って奴だろうな。
――――――やるかい?」
「え、遠慮しておくよ……」
「そうか、残念だ。だがまあ、お前みたいなのは嫌いじゃねえ。
特に、人のままそこまで練り上げたって所がいい。
……俺には、もうたどり着けねえ場所だからな」
「それは、どういう――――――」
そこまで言いかけて、殺気が引っ込み、スタッファンらがうめき声を上げ始める。
それを見ながら、メコン川はブレインに語り掛ける。
「二日後、試しに行く。さ、そこの豚連れてさっさと帰んな。
そいつにはまあ、二日猶予をやったと言っておけばいい。
ああそうそう、お前には監視をつける。口外すれば……」
「……殺す、か?」
「分かってんじゃねえか」
そう言って、メコン川は獰猛に笑う。幾許かの寂しさを、その声音に秘めて。
少し後。スタッファンと別れ、ブレインは街中をあてどもなく歩いていた。
『従業員』だというのは真っ赤な嘘だ。実の所ブレインは八本指、その警備部門の者である。
件の奴隷娼館は奴隷部門の管轄であり、用心棒という方が正確だろう。
そしてブレインは、警備部門の中でもトップクラスの実力を持つ『六腕』の一人でもある。
警備部門の長、『闘鬼』ゼロを筆頭とした、六人のうちの一人。
尤もブレインはそのうち1人を腕試しとして斬り殺し、
入れ替わりにスカウトされた新参ではあるが。
ともかく、ブレインは己の腕に自信を持っていた。
長であるゼロにすら比肩するという自負もあった。
だが、その自負にもひびが入った。
あの獰猛に笑う男、あの男の放った殺気は、ブレインが耐えられるギリギリのラインだった。
その体格もゼロに勝るとも劣らず、筋肉の付き方からしてゼロ同様の
あるいは徒手での武術を修めているのだろう。勝てる気がしなかった。
あそこで本気で斬り付けていたとして、
あの男にどれだけの手傷を負わせることができただろうか。
「……しかし、二日後、試しに行く、か」
どうやら、自分は実力を買われているらしい。
あれほどの男の元に付けば今よりも強くなれるだろうか。
二日後の『試し』に合格すれば、今よりも強くなれるだろうか?
それは分からないが、ブレインの脳裏には、一人の男が浮かんでいた。
かつて王国の御前試合で、自らを打倒し優勝した男。現在は王直属の戦士長となった男。
「あの男が何者かは分からない。人ですらないのかもしれないが……
この際、手段は選ばん。ストロノーフ、俺は、お前を超えて見せるぞ……」
その呟きは路地の暗がりに吸い込まれ、誰にも聞こえることはなかった。
そんなわけで六腕の新人はみんな大好きアングラウスさんでした。
だいたい予想がついていた方が多いのではないでしょうか?
そしてメコン川さんがブレイン引き入れを画策。
これはとある理由によりますが、その辺りはまあおいおい。
ぼちぼち祭りも近づいてきたので次話も早めに上げたいところですね……何とか今月中に王都編終わらせたいところですが。
えりのるさん、ふみふみさん、誤字報告ありがとうございました。