「……よし」
あれからまた少しした夜。
クレマンティーヌが身支度を終え、割り当てられている部屋を出ると、
リビングのソファにはメコン川が座っていた。
「行くのか?」
「うん、行ってくる」
それを聞くと、メコン川は懐を探り、拳大の水晶をクレマンティーヌに放って投げる。
クレマンティーヌは危なげなく受け止め、その中に不可思議なエネルギーが渦巻いている、
と言う事を認識した瞬間慌てて取り落としかける。
「ちょ、コレ……国宝級のしろもんじゃないの!?」
「それが何か知ってんのか。別に大したもんでもねえよ。安くはねえがな。
中身入りも空のやつもいくつも持ってる。お守り代わりに持っておけよ」
「えぇ……ヤマイコ達もだけど、やっぱあんたらただもんじゃないよね……
これ、中身は何入ってるわけ? これで中身が第3位階って訳でもないでしょ」
「何、攻撃魔法や召喚魔法じゃねえよ。昔のダチに込めてもらったもんだが……
ま、戦闘直前に使っておきな。何も無ければ何も起こらんさ。
命の危険がある魔法じゃあねえよ。あくまで保険さ。
直接的に手助けはしねえ。もし
そこから盛り返せるかはお前次第だ」
「つまりヤバくなったら発動する系って事か……
あんまり手助けしてほしくもないんだけどねぇ」
苦笑するクレマンティーヌに、肩をすくめて返すメコン川。
「同類のよしみって事で大目に見ろよ。
本当なら手伝ってやりてえんだが、今回はお前がやらにゃ意味がねえ。
最低限保険をかけておくぐらいはさせろ。……つうかよ、
そもそもスティレット以外の装備はやまいこさんのプレゼントだろ?
今更じゃねえか」
「……それもそっか。ヤマイコ達はどうしてる?」
「魔法で眠らせた。明日の朝までぐっすりよ」
「そのムッキムキのガタイで魔法詠唱者って詐欺でしょ。
―――それじゃ、ヤマイコ達の事はお願いね」
メコン川はおう、と返答すると、顎に手を当てて少し考え込む。
訝しげに見やるクレマンティーヌをよそに少しばかり唸った後、
クレマンティーヌと視線を合わせ、口を開く。
「生きて戻れたら、俺達の素性を明かす。
そっから先は、その時考えな」
「―――わかった」
遠回しに『必ず戻れ』と言われているのを察し、
クレマンティーヌは薄く微笑み、リビングを後にする。
その足取りからは、気負いは消えていた。
クレマンティーヌが部屋から出て行って後、
メコン川はソファにもたれかかったまま瞑目していた。
そこに、ドアの蝶番のきしむ音がする。
視線を向ければ、そこには黒髪を夜会巻きにしたメイドが1人。
プレアデスの長女、ユリだ。
「大人しくしててくれてありがとよ。お前にゃ睡眠が入らねえからなあ」
ユリの種族はデュラハン、つまりアンデッドであり、
一般的な状態異常を無効にする特性を持つ。
その為、やまいこをも眠らせるメコン川の魔法の範囲内にいながらも、
意識を保つことが出来ているのだ。
「それをお望みのようでしたので……ですが、良かったのですか?」
「あいつを一人で行かせたことがか?」
「……はい。彼女はやまいこ様が気にかけておられましたので。
万一があっては問題になるかと」
「直接的に手を貸してやりてえのは山々だがな。ルプスレギナにも言ったが、
それじゃあ意味がねえんだ。あいつが自分の力でケジメをつける。
そうして、自分自身に納得する必要があるんだよ」
「納得……ですか?」
怪訝そうな顔をするユリを隣に座らせ、
メコン川はアイテムボックスから酒を取り出し、グラスに注ぐ。
「呑むか?」
「いえ、私は飲食ができませんので……」
「そうか。……話を続けるけどよ。そう、納得なのさ。
あいつは、自分が薄汚れた道を歩いて来るしかなかった。
仕方ない、そうするしかなかった、そう思ってるだろうさ。
だからこそ、やまいこさんが眩しいんだ。
あの人は掛け値なしの善人だ。俺や、あいつみてえな奴とは違う、な。
あの人の側にいるとあったけえし、安心できる。
居心地がいいからこそ、気付いちまうのさ。
我に返ると言ってもいい。あんな
自分の手が汚れ切って、血まみれなのは変わらねえ。
それに気づいた時、どうしようもなく惨めな気になるんだ」
グラスの中の酒に移った自分の顔を見つめながら、メコン川は自嘲気味に笑う。
「ああ、この人はいい人だな。でも自分はそうじゃない。
どうして自分はここにいるんだ? 善人面して何をしている?
この人は自分を拒まないだろう。自分を嫌わないでいてくれるだろう。
自分はここに居たい。この人のそばに居たい。
いや、そんなことはできはしない。血に汚れた自分のようなクズが、
この人の厚意に甘えて、ただこの人の傍に居ていいはずがない。
――――――そう、思い詰めちまうのさ」
「だから、自らの手でけじめをつけさせる、と」
「そう言う事だ。何をしたところで、今までの自分は変わらねえ。
でもな、それでも変わりたいと思うなら、区切りをつけることは必要なんだよ。
その為のケジメだ。せめて、無事を祈るぐらいはしてやってくれ」
そう言って、メコン川は窓の外に遠い目で視線を向けた。
クレマンティーヌは、エ・ランテルの墓地を囲む壁を見上げると、
衛兵の視線がこちらを向いていない瞬間を見計らって壁に向けて跳ぶ。
そのまま僅かな凹凸を足掛かりに一息に飛び越え、
魔法の明かりの照らす範囲を避けて奥へ奥へと進む。
黒いローブを纏い、明かりを避けて進む姿は、
余程夜目の利く者でなければ影を見る事すら難しいだろう。
そうして進む内に見えてきたのは霊廟。
ズーラーノーンの高弟の1人、カジットとその弟子たちが潜伏する場所だ。
「到着、っと。えっと、確か奥の台座に……」
霊廟の奥にある台座、それに施された彫刻のうちの1つを押し込むと、
何かががちりと嚙み合う音と共に台座が動き出し、階段が現れる。
「お邪魔しまーす」
誰に言うでもなく呟き、階段を下りていく。
行きついた先は、土がむき出しだが明らかに人の手に入った空間。
奇怪なタペストリーが壁面を飾り、その下にある真っ赤な蝋燭からは、
焦げた血の不快な臭いが鼻を突いた。
壁には人が通れそうなサイズの穴がいくつか空き、
死臭と共に隠れてこちらを窺う気配を感じる。
「まあよくもまあ仕掛けまで作って手を入れたもんだ……
あ、そこの人、カジっちゃん、いる?」
びくり、と身を竦ませる気配。
そちらに向けて歩き出そうとしたその時、広間の奥から男が歩いて来る。
痩せて落ち窪んだ眼に禿げ頭、そして死体の様な土気色の肌。
ともすれば死にかけの老人にも見えるその肌には以外にも皺は少ない。
カジット・デイル・バダンテール。クレマンティーヌの先輩に当たる、
この地に潜伏するズーラーノーンの幹部であった。
「新参とはいえ、仮にも十二高弟の1人がその言い方はやめんか、みっともない。
……で、何用だ? 知っての通り儂は忙しい。
荒らしに来たのなら、ただでは置かぬぞ」
「死の螺旋、だっけ? アンデッドの倍々ゲームで強いアンデッドを作るってやつ」
死の螺旋。かつてズーラーノーンの盟主が行った魔法儀式を指す。
元々、墓場のような負のエネルギーの集まりやすい場所にはアンデッドが発生しやすく、
発生したアンデッドが生み出したより濃いエネルギーからさらに強いアンデッドが、
そこからさらに―――と、
螺旋を描くように強いアンデッドが発生する現象から名付けられた魔法儀式である。
「まあ、そういう使い方もあるがな。あれの本来の使用法は、
その儀式において生まれる強大な負のエネルギーそのものを使うのよ。
それをもってアンデッドへと成る、それが真の使用法よ。
そのために五年をかけて準備していたのだ、邪魔だけはしてくれるなよ」
「ふーん……それってさ、あとどんぐらいかかるもんなの?
今すぐはやめといたほうが良いかもよ」
「どっちみちまだ数が足りぬ。今しばらくかかるが…………どういうことだ?」
「エ・ランテルって訳じゃないけどさ……トブの森に今、漆黒聖典が来てるんだよね。
それも『神人』の隊長を含めた六人ぐらい。
カジっちゃんとあたしじゃ、あの面子を相手にするのは無理だね」
瞠目するカジット。スレイン法国最精鋭と謳われる特殊部隊、漆黒聖典。
その一員であったクレマンティーヌですら、カジットよりもなお強い。
聖典であった頃の装備を失っている今でさえ、勝率を数えれば三割を割るだろう。
その約半数が動員される任務など、想像もつかない。
「あの森で何があるというのだ……!?」
「『
その封印が解けるとか解けないとか……その辺りで裏切り露見して逃げてきたから、
それ以外は知らない。ま、その任務が終わるまでは、
向こうもこっちを追っかけてる暇ないだろうし、その間にあたしは逃げるけどね」
「……そうだな、今しばらくは我らも大人しくしていよう。
情報感謝するぞ、クレマンティーヌ」
「いやいや。持つべきものは仲間、ってもんでしょー。
それにほら、冥土の土産、って言葉もあるし?」
瞬間、クレマンティーヌの腕が霞み―――台地から壁のように突き出した白いもの、
正確に言えば、無数の人骨で出来た、爬虫類を思わせる巨大な鉤爪が受け止めた。
「あらら、流石はせんぱい、良く受け止めたねぇ?」
「ふん、ハナから信用などしておらぬわ。――――――狂ったか?」
カジットに問われ、クレマンティーヌは一瞬きょとん、とした後、
文字通り狂ったように哄笑を上げた。
「あはははははは! 確かにそうかもねえ! カジっちゃん最高!
イカレちゃったのかもね、あたし。でもまあ、お互い様じゃん?
三十年以上も前に死んだ母親を生き返らせようなんて絵空事、
狂ってなきゃあ本気で目指せるわけないじゃん!」
「――――――ッ!! 殺せェッ!」
土気色の顔が朱に染まるほどの憤怒を浮かべたカジットの号令一下、
周囲の壁面に空いた穴からおびただしい数の
また同時に潜んでいたカジットの弟子たちもまたアンデッドを呼び出し、
カジットの前の巨大な鉤爪が、そこから後の部分も完全に顔を出し、
魔法への絶対耐性を持つと言われる人骨で構成された飛竜、
2体のスケリトル・ドラゴンが姿を現した。
振るわれる鉤爪を飛び退って避け、クレマンティーヌは舌なめずりをする。
「さーて、ソロでどこまでやれるかな……
個々の戦力は大したことないにせよ、持久戦に持ち込まれると面倒かな」
クレマンティーヌはメコン川に押し付けられた魔封じの水晶を掲げ、念じる。
そして、死闘が始まった。
「数ばっかり集めてもさあ! 無駄なんだよねぇ!」
壁を、床を蹴り、広間を縦横無尽に駆け、クレマンティーヌは吠える。
大半は死の螺旋を起こすための動死体であり、
時折召喚される他のアンデッドも第一位階で召喚されるものがせいぜい。
クレマンティーヌに向けて飛んでくる魔法や、
2体のスケリトル・ドラゴンの攻撃に注意を払ってさえいれば、物の数ではない。
しかし、百を超えるアンデッド達が次々と押し寄せてくるため、
着実に体力は削られていく。
(やっぱ短期決戦に持ち込むしかないか……
スケリトル・ドラゴンを片づける。まずはそこからか)
クレマンティーヌが得意とする戦法は、本人曰く「スッと行ってドスッ」。
武技でステータスを強化し、超高速で接近して急所を撃ち抜く。
きわめてシンプルだが、そこは腐っても英雄の領域に踏み込んだ者。
上級の武技によって強化された身体能力から繰り出される攻撃は、
並大抵の相手なら一撃で屠れると自負している。
実際、対応することもできずカジットの弟子たちはそのすべてが殺害されていた。
「<疾風走破><超回避><能力向上><能力超向上>――――――」
武技を重ね、狙いを定める。
スケルトン系に効果の高い
2体のスケリトル・ドラゴンが重なった瞬間、クレマンティーヌが消えた。
否、目にもとまらぬ速さで、跳んだ。
その勢いだけで、群がってきた動死体がまとめて吹き飛ぶ。
「オ――――—ラァッ!」
振り下ろしの一撃目で1体目の頭部を叩き割り、
続く横薙ぎの二撃目で2体目の腕ごと胸部を吹き飛ばす。
そしてそのまま直進し、カジットに三撃目を叩きこもうとし―――
その手に持つ無骨な珠が、周囲の負のエネルギーを吸いこんで黒い光、
としか言いようのない何かを放つ。
(なんか、ヤバ……)「<不落要塞>ッ!」
武技で防御を固め、スティレットをクロスさせた瞬間。
目の前に漆黒の旋風が吹き荒れ、クレマンティーヌは吹き飛ばされた。
危なげなく勢いを殺して体勢を立て直せば、カジットの前に一つの影があった。
禍々しいデザインの鎧兜にタワーシールド、波打つ刀身を持つ
本体両手で持つべき剣と盾を片手で軽々と持っているという点だけを見ても、
騎士が並々ならぬ剛力を持つことが分かる。しかし、それだけではない。
その顔は腐り落ちかけたヒトのそれ、ぽっかりと空いた眼窩には、
生あるものへの殺意と憎悪が、赤い光となって灯っている。
クレマンティーヌは、それが何か知っていた。
「―――
「ほう、流石に知っていたか。支配していたアンデッド共の残骸を媒介に、
死の螺旋に使うために宝珠に溜めておった力まで使わせたのだ、
もう少し驚いてもらっても良かったのだがな」
攻撃能力は25レベル相当と低いが、防御能力においてはレベル40ほどになる、
100レベル帯からすればちょっと倒すのが手間、程度の存在だが、
基本的に強者のボーダーラインが低いこの世界においては伝説級のアンデッドで、
漆黒聖典に属していた頃のクレマンティーヌでも一度しか遭遇したことがない。
「ま、一回倒した事あるからねえ。伝説級のアンデッド呼び出すなんて、
それがカジっちゃんの全力ってやつ?」
「さっきまでであれば他のアンデッドの制御に回しておるので使えんのだがな、
おぬしが弟子共も含めて潰しまわってくれたおかげで余裕が出来たのが幸いしたわ。
こうなればおぬしを殺してアンデッドの素材にしてくれよう。
数がおらなんだ分、質を高めねばならんだろうからなあ!」
カジットが珠を掲げ、死の騎士が動き出す。
ユグドラシルでは下級とは言え、クレマンティーヌからすればかつて死闘の末に倒した相手。
しかも今は漆黒聖典時代の装備もなく、一気に分が悪い戦いになった。
吹き荒れる嵐のような攻撃を、いなし、かわし、少しづつ攻撃を加えていく。
クレマンティーヌは一撃の威力より手数を重視した軽戦士、
死の騎士は体格に裏打ちされたパワー、見かけによらぬスピード、
そして強固な防具とアンデッド故のタフネスと、相性がいいとは言えない。
ついでに言うなら、アンデッドの使役に特化した魔法詠唱者である、
カジットの支援も含めれば、実質格上との殴り合いと言って差支えはないだろう。
(でもさー、やるしかないんだよねえ)
安全を期すなら、やまいこ達に協力を求めればいい。
協力を求めれば、やまいこを筆頭に、率先して協力してくれただろう。
だが、そういう問題でもない。自分自身でやらなければいけないのだ。
今まで散々手を汚してきた自分を、やまいこは受け入れてくれた。
歪み、ねじれた末に殺戮に愉悦を感じていた自分に、
『これからは、私達がいる』と言ってくれた。
今まで重ねてきた悪行は悪行として、それを塗りつぶすほどの善行を重ねればいいと、
綺麗事でしかないからこそ、本気でやる、本当にする意味があると、
そう言ってくれた。
(だったら、やるよ。まずはここから、始めて行くんだ。
血みどろで、どす黒くて、汚れ切ったあたしだけど。
それを塗りつぶして余るぐらいに、いい事を重ねていこう。
こんなあたしを信じてくれた、やまいこ達に報いるために)
覚悟が決まる。腹が据わる。打ち合っていては長くはもたない。
そもそも疲労する人間と疲労しないアンデッドでは長期戦は不利。
ならば、先程以上の短期決戦で行くしかない。賭けだが、手はある。
(アンデッドは基本的に生者を憎み、殺すことをこそ愉悦とする。
それは死の騎士も同様……あっちはこちらをなぶり殺しにしようとするだろうね。
カジっちゃん的にもその方が生まれる負のエネルギーは濃いし、
なにより絶望と未練が強いほどアンデッドの素材としては最適になる)
猛然と攻めかかる死の騎士の攻撃を紙一重でかわしながら、
クレマンティーヌはその瞬間を狙う。
相手が隙を見せる一瞬を。自分が最後の一撃を放つ一瞬を。
自分の限界を超えた、その先を踏みしめるために。
「<流水加速><能力向上><能力超向上><超貫通><疾風走破>――――――」
神経を加速し、能力を向上させ、スティレットの貫通力を強化し、
移動速度と俊敏性を強化する。上位の武技をこれでもかと並べ、
一度に使える限界まで武技を使用し―――さらに重ねる。
かつて、自分の鼻っ柱を叩き折った相手が使った武技。
12人いる漆黒聖典の中でも最強の、第一位すら歯牙にもかけない
漆黒聖典番外席次『絶死絶命』が、自分の『疾風走破』に合わせ、
当てつけのように使った武技。あの後訓練を重ねた。
使えはする、が、実践で使える程には練れていないあの武技を。
「――――――<疾風超走破>ァッ!」
瞬間、クレマンティーヌの世界から音が消えた。
<流水加速>を使ってもなお速すぎると言える加速の中、
限界を超えて武技を強引に使った反動で、
身体の端から全身が潰れていくような感覚を覚えつつも、
クレマンティーヌはすべてを置き去りにして駆ける。
まず狙ったのはカジット。二歩で接近し、下から心臓を突き上げるようにして貫く。
「フッ……飛べ!」
そのままスティレットの能力を起動。
左右一対のスティレットには<
第三位階までの魔法を込め、突き刺すとともに解放することができる。
宿しているのは<火球>。それを体内で解放した。
こちらを見て瞠目するカジットの目から、口から、炎が噴き出し全身が爆裂する。
火球を放ち爆発させる魔法が体内で炸裂した結果である。
(まず一人。でもまだ……!
カジっちゃんの支援がなくなっても、アイツはまだ動く!)
爆裂し燃え尽きていくカジットの体を突き抜けながら体を反転させる。
召喚されたアンデッドとはいえ、媒介を経て召喚されたモンスターは、
召喚者が死んでも制御から外れるだけで消滅はしない。
反転すると、死の騎士は丁度首をこちらに巡らせていた。
追いつけてはいないが、やはりクレマンティーヌの動きを捉え、対応しようとしている。
(やれるか……? いや、どっちみち後がないなら……
また更に無茶をしてやる!)
「<超級―――――連続攻撃>ッ!」
既に限界を超えた体に鞭打ち、さらなる武技を発動する。
<疾風超走破>同様、習得こそしたが実践で使えるほどではなかった技。
全霊の連続攻撃で相手のガードの上から削り殺さんと、
死の騎士の腕を、胸を、顔を、当たるを幸いにめった刺しにする。
死の騎士の特殊能力、「どんな攻撃でも必ず一撃は耐える」すら崩し、
怒涛の連撃が終わった時、死の騎士は塵となって崩れ去った。
「やった……かな……ぐぶっ」
音の戻ってきた世界で、立ち尽くすクレマンティーヌ。
その口から、おびただしい量の血が溢れ出す。
口だけではない。鼻から、目から、堰を切ったように血が噴き出す。
武技は本来、一度に使っていい数が決まっている。
その数こそ使い手によって違うが、それを超えることは本来できない。
それでもなお己の限界以上まで武技を使ったものは全身が崩壊し、死ぬ。
終いには全身の血管が破裂し始め、クレマンティーヌは血の海に沈む。
しかしその顔に後悔はなかった。
どこか晴れやかな笑顔を浮かべながら、クレマンティーヌの意識は、闇に落ちた。
――――――はずだった。
「……あれ、生きてる?」
クレマンティーヌが意識を取り戻した時、
そこは変わらずズーラーノーンの広間であった。
血の海に倒れていた体を起こし、周囲を見回す。
死の騎士は跡形もなく塵となって消え、カジットや、
死の騎士の媒介になり損ねた動死体たちの残骸が転がっているが、
動くものはない。
身体を見回す。全身の穴という穴から噴き出した血が乾き、
非常に不快であること以外、特に異常はない。
強いて言うなら失血からか頭がくらくらする程度。
「あたし……死んだよね。確実に」
そのはずだ。全身全霊を搾り尽くした結果、
限界を超えて武技を重ねた反動で、その体は確実に死を迎えたはずだ。
そこで思い出したのは、宿を発つ前にメコン川に押し付けられた、あの魔封じの水晶。
どんな魔法が込められていたのかは教えてもらえなかったが、
恐らくは死亡した時に蘇生させる、そんな魔法が込めてあったのだろう。
「借りが出来ちゃったなあ」
全身にまとわりつく生乾きの血が不快だが、気分は晴れやかだ。
何かをやり遂げた、そんな爽快感を感じる。
「……ま、いいか。とりあえず……帰って風呂かな。
沸かしてくれるかな……桶にお湯張るだけでもしてもらえればいいか」
苦笑し、クレマンティーヌはその場を後にした。
後日、その場を訪れたメコン川によりカジットの持っていた黒い珠――――
『死の宝珠』が回収され、デイバーノックに貸し与えられることになるのだが、
それはまた、別のお話。
というわけで、クレマンティーヌ改心編でした。
彼女、様々な要因で歪みはしたけど、根は悪い子じゃないんじゃないのかなあ……というのがあったので、それを自分なりに描いてみました。
武技の限界を超えた使用での肉体の崩壊、というのも、ブレイン以外でやって見ったかったのもあり、今回クレマンティーヌで。
作中で出ていない武技は想像と捏造ですが、実際英雄の領域を超えているのだし、
ある程度は使えておかしくないんじゃないかなと。
この先描写することがあるか分からないので余談ですが、
メコン川さんがクレマンティーヌに渡したのは《フィーニクス・フレイム/不死鳥の炎》の封じられた奴。限界突破使用で死んだけどHP少量回復で復活、みたいな感じです。
最近真面目な話が続いたので次はちょっとノリの軽い話を描きたいところです……
ルプーも一応メインヒロインなのでその辺しっかり描いてやらんと。
oki_fさん、誤字報告ありがとうございました。