カルネ村。リ・エスティーゼ王国辺境の開拓村で、
100年ほど前にトーマス・カルネという男が拓いたと伝えられている。
トブの大森林で取れる薬草が特産物で時折薬師などが訪れる以外、
これといった特徴のない村であった……はずなのだが、
しばらくぶりにやまいこが訪れた際、その様相は一変していた。
「……あれ、柵なんてあったっけ?」
「頑丈そうな柵だなあ……」
訝しげに首を傾げるやまいこに、一筋汗を垂らすンフィーレア。
カルネ村は元々、近くに
代々柵を作るという習慣がなかった。それが今、
丸木を組み、先端を尖らせた明らかに侵入防止用の柵が設置されていたのだ。
「……八本指か? いやでも連中はもう潰したはずだからな……
つうかそれにしちゃあ柵がショボいし……」
「……えっ?」
「さっきから思ってたけどなんでそんな人が金級に留まってんだ?」
麻薬栽培のために要塞化された村落を見てきているメコン川の呟きに、
思わず二度見するペテルと、ランク不相応に高い実力に半眼になるルクルット。
「とはいえ、何者かに占拠されているにしても、
こっちが不審な動きをしては村の人達に危険が及ぶかも。
とりあえず普段通りを心がけよう、ンフィーレア」
「そ、そうですね……ヤマイコさん達も、そんな方向でお願いします」
「了解!」「あいよ」
どういう状況にせよきちんと見定めてから、とニニャの進言通り、そのまま進むことに決まる。
そして村の前の麦畑にまで到達したあたりでルクルットがルプスレギナに目配せをし、
ルプスレギナが
「……警告は一度っすよ?」
すると、一行の両サイドの麦畑から次々と小柄な人影が顔を出す。
正面の門越しにも同じような者達が現れ、こちらに向けて弓を向ける。
明るい茶色の肌に小柄な体躯、弓を構えているもの以外にも、
剣や槍で武装したもの、あるいは魔法詠唱者のようなものもいる。
その装備はどれもよく手入れされており、
小柄ながらもしっかりと筋肉の付いた屈強な肉体は、
メコン川らがここに来るまでに戦ってきた、
痩せた体に粗末な武器で武装したゴブリンとは全く違うものだった。
「ん……? やまいこさん、こいつら『
「え? ……あー! そうかも! エンリちゃーん!
説明! この人たちに説明してあげてー!」
メコン川の言葉に何がしかを思い出したのか、
やまいこはぴょんぴょん飛び跳ねながら誰かを呼ぶ。
吹けばレベル10から12程の様々な職のゴブリンを19体召喚する。
初心者ならともかく、
むしろ足手まといにすらなるモンスターを召喚することしかできないアイテムとして、
ユグドラシルにおいてはゴミアイテム扱いをされていたアイテム。
それを、かつてやまいこがカルネ村を救った際救った少女に、
『売って金にしてもいいし、召喚して村を守るのに使ってもいい』と数個渡し、
そのまま王都へと旅立ったのをやまいこは思い出したのだ。
やまいこの叫びから少しして、栗毛の髪を三つ編みにした、
如何にも村娘、といった風体の少女がこれまたゴブリンに先導されて現れる。
「あ、ヤマイコさんにユリさん!? ンフィーも!
皆! 大丈夫! この人たちはお客さんだから!」
少女の言葉によってゴブリンたちは村へと戻っていき、
何とも言えない空気の中、一行はカルネ村へと入っていくのであった。
「本当にすいませんヤマイコさん! 恩を仇で返すような真似をしちゃって……」
少し後。平謝りする先程の少女、エンリとやまいこは、
やまいこがいなかった時分の情報交換兼雑談をしていた。
「大丈夫大丈夫、しっかり活用してくれて嬉しいから。
ほら、あんな筋肉モリモリのその筋の人引き連れてたら警戒するよ、普通」
「おう、俺のどこが警戒に値するってんだやまいこさん」
「その厳つい筋肉モリモリの風体でカタギじゃないのは通らないよメコンさん。
実際カタギじゃないじゃん?」
勝手に引き合いに出された上に抗議すればばっさり切り捨てられ頽れるメコン川。
すぐさまルプスレギナがその頭を膝に乗せ宥め始めはしたが。
隆々たる肉体を持つ彼が子供のように拗ねている様を苦笑しながら、
エンリとの会話を再開する。
「それで、あの後何ともなかった?」
「あ、はい。あの後すぐにゴブリンたちを呼び出して、警護してもらってましたし。
あの柵もジュゲム……ゴブリンたちのリーダーの指示で作ったんです」
「役に立ってるようで何より。残ってるのも必要なら使ってくれて構わないからね?
あの位のアイテムならまだまだ残ってるし」
1個目を使った後エ・ランテルで査定してもらった結果、
金貨数千枚になるらしいアイテムを『どんどん使って構わないあの程度のアイテム』
呼ばわりするやまいこに頬がひきつるのを感じつつ、
エンリは頭を下げる。やや常識が抜けている感はあるが、
絶体絶命の窮地に駆け付け、獅子奮迅の活躍で、
村民の犠牲を皆無に抑えた大恩人であるのは変わらないのだ。
「あ、そうだ。ヤマイコさん、泊っていかれますか?」
「んー、確かに野宿してきたし、集落に戻るのは一休みしてからでいいかなぁ。
でも、大丈夫? うち、大所帯だし……
ンフィーレア君たちは薬草採ったら帰るみたいだけど、六人分だよ?」
大丈夫です! と案内されたのは、村の端。そこには新築の家が並び、
今もさらに新しく建築中の家がいくつかあった。
聞くところによるとやまいこらが王都に発った後、
カルネ村同様に法国の偽装部隊に襲われ壊滅した村々の生き残りが集い、
人口が大幅に増加したのだという。
その為に建てていた家のうち、1つを提供してくれる、との事だった。
「ありがたいけど……大丈夫? 迷惑じゃないかな」
「そんなことないです! ヤマイコさんには村を救ってもらいましたし……
頂いたアイテムで呼び出したゴブリン達も本当に助かってます。
家の一軒ぐらいじゃあ返せないぐらいの御恩があるんですよ?」
「―――というわけで、エンリちゃんに家を貰いました!」
「……いやまあ、腰据えられる場所ができんのはいい事だと思うが」
唐突に新築の家屋に案内された一行は、やまいこが堂々と宣言するのを見て、
何とも言えない顔をしていた。
「というかやまいこ様、エンリちゃん、でしたっけ?
なんでその子が村の資産であろう家をあげたりできるんすか?」
「あー、そこはね、前々からボクにお礼がしたい、と思ってたそうなんだよね。
とはいえ贈れるようなものなんてないし、
せめて村に来た時滞在できる家を、と言う事だって」
加えて、屈強なゴブリンを従えて主として慕われ、
その後もなんのかんのとリーダーシップを発揮していたことから、
前村長から打診をされ、今ではエンリがカルネ村の村長になっているのだという。
「なるほどねえ……まあ、ちょっと周りには聞かせ辛い話とかしてーし、
よそに厄介になるよりはいいかね?」
「うん、クレマンティーヌから聞いてた話も詳しくしたいし……
ボクらがいない時は
「いいんじゃねーの? その蜥蜴人を俺は知らんけど、
ユグドラシルにいた連中みたいな感じ?」
「そんな感じかな、強さはさておき。
―――それでまあ、クレマンティーヌの話なんだけど。
クレマンティーヌ、お願いして良い?」
「オッケー。まあ、あたしがあそこで死にかけてた理由の半分ぐらいなんだけどさ。
トブの森に、『
思い出すように中空を見つめながら言うクレマンティーヌ。
トブの大森林にはかつて十三英雄により、
『
予見の能力を持つ漆黒聖典第七席次『占星千里』によりその復活が示され、
それに対処するために隊長である第一席次を含めた先発隊が派遣された。
叡者の額冠を奪った後のクレマンティーヌもその中の一人として派遣され、
大森林に到着後裏切りが露見。追われ、負傷したのだという。
「派遣されてるのは隊長、第五、第八、第九候補、第十二とカイレってババアかな。
隊長は槍使い、第五が召喚系ビーストテイマーで第八が盾持ちの
第九候補が捕縛の達人で……ババアが叡者の額冠とは違う法国の神宝の使い手だよ。
隊長は別格だけど他の連中はあたしと同じかちょっと上ぐらい。
ババアは……神宝の使い手ってだけで強さ自体は一般人レベルかな」
「どんなマジックアイテムなんだ? 一般人レベルを引っ張り出すなら、
装備条件がキツいが強力なアイテムなんだろうが」
「おっそろしく強力だよ。どんな相手でも魅了して支配下に置けるドレス。
『ケイ・セケ・コゥク』……とか言ったかな。
干物見たいなババが生足もろだしのドレス来てるから、視覚的にキッツイんだわ」
「けい……せ……け……こく……『傾城傾国』!?」
アイテム名を聞いたやまいこはその名前を口の中で反芻していたが、
不意に驚愕した顔で立ち上がり、メコン川を見る。
「ワールドアイテムがこの世界にあるのは分かってたし、
法国の連中が持っているであろうことは想定してたが……
よりによって連中の手にあるのがアレかよ、面倒なことになったな」
ワールドアイテム、『傾城傾国』。
存在が明かされている
かつ厄介な性質を持つアイテムである。
通常アンデッドのような存在には魅了などの状態異常は通用しないが、
この
無制限にでこそないものの支配下に置くことができる。
そしてWIであるため防ぐのもWIでしかできず、
支配された場合死ななければ解除することもできない。
「察するに、奴さんはその破滅の竜王とやらを支配して、
戦力にしようとしてんのか?」
「多分。ロクな事になんなさそうだよねぇ」
深刻な面持ちで考え込む一同。その中で手が挙がり、そちらに視線が集中する。
おずおずと言った風に手を上げたのは、先程から沈黙していたネイアだった。
「ネイア、どーしたっすか?」
「いえですね、皆さんのお話聞いてると私は外に出てた方がいいのではと言うか、
これ以上話聞いてると後戻りできなさそうなんですけど……」
その言葉に、残る一同は顔を見合わせる。
メコン川とやまいこは、法国の信仰対象、六大神と出自を同じくする「ぷれいやー」。
ユリとルプスレギナはその
クレマンティーヌはそのスレイン法国の特殊部隊出身。
対してネイアはメコン川らとはそこそこ長い付き合いで正体も知っているとはいえ、
基本的にはローブル聖王国聖騎士団の従者(聖騎士見習い)という、
行ってしまえばこの世界の裏の事情にはあまり関わりのない、
一般人に等しい存在ではある。
なるほど、深入りさせるのはよすべきか? 一瞬、一同の視線が交差し、
その後、ネイアの方を向いて暖かく微笑み――――――
――――――首を横に振った。
「安心しろネイア、この獣王メコン川の名に懸けて命の保証はするから」
「それ危ない目には遭うって事ですか?」
「レベリングの時よりはマシじゃねーかな」
「否定してください!?」
さもありなん。
「うう、お父さんお母さん、先立つ不幸をお許しください……」
「大丈夫っすよネイア、私もいるし、やまいこ様もいるっす。
回復は万全だし、もし
「フォローになってなーいっ!」
翌日。カルネ村で一夜を明かし、ンフィーレアらと別れた後、
一行はトブの森の奥地、やまいこの家のある蜥蜴人の集落へと向かっていた。
やややけっぱちになりつつあるネイアをからかうルプスレギナに苦笑し、
クレマンティーヌはメコン川らを見る。
メコン川はカワウソに戻り、人化したままのやまいこと共にハムスケに騎乗しており、
視線が合うと「処置無し」とでも言うように肩をすくめた。
「ネイアはネイアで段違いに強くはなってんだけどな?
レベル……いやこっち風に言うなら難度か。
難度で言うと六〇ぐらいはある。エルダーリッチよりはちょっと低いぐらいか?
人間基準で言うと一流のレベルだとは思うんだがね」
「ネイアちゃん、結構強いけど、やっぱ若いから実戦経験が少ないし、
何よりボクらが更に段違いにレベル高いから実感わかないんじゃないかなぁ」
「……ねーヤマイコ、参考までに聞くけど、ヤマイコ達って難度で言うとどのぐらいなの?」
その問いに二人は顔を見合わせ、指で数を数えてから口を開く。
「難度の指標がざっくりだから正確とはいかんが、
俺とやまいこさんがおおよそ難度300、ルプスレギナは180でユリが150。
お前が100に届くかどうか、ぐらいかね?
参考までに言うとさっきの村にいたゴブリンリーダーで36ぐらいだ」
「そりゃ実感わかないわ……約五倍じゃん」
「伸びしろはすげーんだけどな。元々弓使いとしての才能は天才レベルなんだよ。
だいぶハードだったとはいえ、きちんと環境を整えてやったらよ、
結構すぐに強くなったからな。
お前も伸びしろはあるし、興味があればレベリングしとけよ」
「ちなみに方法は?」
「難度の近い、あるいはやや上回る程度の敵を倒し続ける」
「漆黒聖典式じゃん」
あー、その辺は伝わってんのな、と妙な方向の関心をするメコン川から視線を外し、
クレマンティーヌはやまいこを見る。
「そういえばヤマイコ、あたし蜥蜴人って実物見た事ないけど、どんな奴らなの?
大森林の沼地に住んでるって位にしか聞いたことなくてさ」
「んー、そうだね、基本的には人間と同じかちょっと大きいぐらいかな?
直立した蜥蜴とか、蛇みたいな人達でね。
基本的には狩猟で生計を立ててるみたい」
蜥蜴人。トブの森にある大湿地帯の南側に住む亜人である。
規律正しい階級を持った部族社会を築いて暮らす狩猟民族で、
現在は五つの部族が存在している。
やまいこがこの世界に転移する一年ほど前、食料難から戦争が勃発。
そのせいで七部族あったものが五部族に減り、
そしてやまいこが転移した時期にはまた食糧難が発生しかけ、
あわやまた戦争か、と言う所でやまいこが転移。
魚の養殖技術を持っていた部族、
自分の持っていた知識で養殖技術をさらに改良・発展させ、
その功績と腕っぷしで大森林の諸部族を傘下に収めた。
現在は世話になった
『西の魔蛇』と呼ばれるナーガの合議制の上に、
最終的な最高権力者としてやまいこを置く形式で大森林を治めているのだという。
「みんないい人だよ。特に蜥蜴人の族長たちは気が合ってね」
「あー、
「クレマンティーヌ、今何か失礼な事言わなかった?」
「あはは気のせい気のせい。それはそれとして、悪い奴らじゃなさそうだね。
漆黒聖典の連中がちょっかい出してなきゃ良いけど……」
そこで、クレマンティーヌはある事に気付く。
「そうだヤマイコ、メコンガワは本来の姿? みたいだけどさ、
ヤマイコは元に戻んないの? あのガタイでもハムスケなら大丈夫でしょ」
その問いにやまいこは眉根を寄せ、ううむと唸ってから口を開く。
「痛くはないんだけどさ……ぶつけるんだよね、頭」
既に何度かやらかしていたのか、非常に実感の籠った言葉だったという。
どっとはらい。
ようやく話が動き始めてもうちょっとでトブの森編も終わりかな? どうかな?
という感じです。トブの森編が終わったらどうしようか。エルフの森か帝国か……悩みますねえ。
tino_ueさん、園尾さん、誤字報告ありがとうございます。