【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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ラムザ編
闘志と覚悟


side:博麗霊夢

 

(ゆかり)ー」

 

 私は神社の社務所で、勝手知ったる我が家のようにお茶をすすっている紫に一応声がけしてみる。

 

「何かしら、暇を持て余して忙しいから用件は端的にね」

 

 すっとぼけた口調で返す紫に、私も適当な口調で尋ね返す。

 

「こないだ……えーっと、そう。イヴァリースとかいう変な国に行ったじゃない」

「報酬は後払いで全部貴女にあげたでしょう。今さら足りないと言われても、もう懐にはありませんからね」

「それは別にいいんだけど」

 

 ふむ、とすれば私は何が言いたいのか。ちょっともやっとした頭を切り替えようと、紫の前に置いてあった湯呑みを奪い取ってくっと飲み込む。

 

「そうそう、あの剣士といた一般人の女の子」

「ティータさんね。面白い子だったでしょう?」

「それは全然否定しないけどね」

 

 頭の中で反芻するのはウィーグラフという名前の剣士の傍できゃあきゃあ喚いている少女の姿だった。

 何が気にかかるのかというと。

 

「あの子、流されるままに生きていたら絶対長生きしないわよ」

「あら珍しい。貴女が他人の心配をするだなんて。普段から妖怪は消毒だーと言わんばかりに虐待するのに」

「今からアンタを消毒してもいいのよ」

「まあ待ちなさいな」

 

 お祓い棒を手にして戦闘態勢に入る前に、紫はどうどうと私を制した。私は馬か。

 

「閻魔様も気にかけてたけどね。あの子の人生は複雑に編み込まれた運命の分岐点なの。本来ならもう既に死んでて、それが原因で数多の人々の運命がガラリと変わっていたはずなのよ。そんな彼女に別人物と間違えて憑依させたのは閻魔様の誤算だったみたい」

「ならとっとと片付ければいいじゃない。今さらアンタたちが人間ひとりの人生を気にかけるなんて、それこそお笑いぐさよ」

「随分と冷酷な物言いですわね」

「そっちのがよっぽど有情でしょ。彼女ひとりのために何万の人間が死ぬのか考えれば」

「でもね」

 

 そう言って紫はパン、と扇子を開いて胡散臭さ全開の表情で続けた。

 

「見てみたいのよ。彼女がもしも生きていたら、あの世界はどのように循環するのか。正史の通り、何万人もの死傷者を出す争いが始まるのか、もしかしたらもっと別の道が見られるのか」

「悪趣味ね」

「希望……いえ、期待しているのよ。あの子にね」

 

 紫が虚空に手を這わせ、そこに隙間を開くとお茶と煎餅が出てきた。もしや私の家のもの漁ってるんじゃないでしょうね。

 

「でもあの子、放っといても死にそうよ。何か分からないけど、女の子がひとりで使命感を持ってても持て余して当然でしょ」

 

 紫は煎餅を一枚取り、ひとかじりして。

 

「じゃあ幽々子にお願いしましょうか。ティータさんに護衛を付けるように」

「幽々子の、ってことはあの半人半霊か。まあ護衛役くらいにはなるでしょうね」

「そうよ。なら貴女も安心でしょう」

 

 私にとってはそんなこと、どうでもいい。

 ひとりの女の子が犠牲となった結果、ひとりの奸雄が最悪の戦争を引き起こし、それを踏み台に頂点へと昇りつめる下剋上の物語なのだと、私は紫から聞いている。

 

「アンタ、いったい何を企んでるの?」

「言ったでしょう。私はあの子に期待してるんだって」

「戦争が起こるって言ったのはアンタでしょ。それを止めたいとでも思ってるの?」

「まさか」

 

 開いた扇子をパタンと閉じ、たおやかな表情で、しかし胡散臭さは抜けず。

 

「試してみたいだけよ。生き延びたあの子が後の歴史をどれだけ改竄するのか。私にとってこれはフラスコの中の実験に過ぎないわ」

 

 そう結んだ。

 冷酷なのは私だけじゃない、アンタたちもじゃないの。

 

「さてと、それじゃあ早速幽々子に伝えにいかないといけないわね。お茶、ご馳走さま」

「人の家のもの勝手によそうのはいい加減やめて欲しいんだけど」

「はてさて何のことやら。じゃあねー」

 

 瞬間。紫の背後に隙間が開き、それに吸い込まれるように彼女は姿を消した。

 まったくどいつもこいつも、人間のことを玩具としか見ていない。

 いや、それは私もそうなのか。人と離れ、妖怪と戯れるうちに思想が妖怪側に寄ってきている気がする。

 こんな時は妖怪退治に限る。妖怪は人間に調伏されなければならない。

 私――博麗霊夢は気を引き締めて、雑念を振り払うことにした。

 

 

 

 

 

side:ティータ・ハイラル

 

 ウィーグラフさんが来なくなって数ヶ月、相も変わらず『喫茶シグルド』には閑古鳥が鳴いていました。

 そうしている内に骸旅団の噂もだんだんと聞かなくなってきて、代わりにラーグ公とゴルターナ公のきな臭い噂が本格的に聞こえてくるようになります。

 戦争の気配。

 ここ魔法都市ガリランドはラーグ公側の土地ですが、前線とは離れているため、ここにいれば戦争の被害自体からは逃れられるでしょう。

 でも、私はそれではいけない。

 私は戦争を回避するのではなく、積極的に介入しなければならない。

 会わなければならない人がいる。その彼はきっとこの戦争の奥深くに斬り込んでいく。

 ならばどうすべきか。

 戦争が本格化する前に会いたい。

 

 私はこの数ヶ月間に貯めたなけなしのお金を全部放出して買った装備を身に付け、姿見の前でくるりと踊ってみせました。

 ミスリル製の鎧兜、背中に流れるマント。

 ハッキリ言って似合ってない。

 町娘がどんな格好をしようと、町娘は町娘でしかないということを再確認しただけでした。

 でもまあ、ないよりはマシでしょう。

 カウンターの奥で、シグルドさんがぷっと吹き出す声がします。

 

「なんだなんだ平民。これから戦争にでも行くつもりか? 全ッ然似合ってねえぞ」

「似合ってる似合ってないはこの際どうでもいいです。私もウィーグラフさん同様、旅立たねばなりませんから」

「ふーん、そうかい」

「ふーんって、それだけですか?」

「おまえはおまえでやりたいことがあるんだろ? なら別に止めやしねえよ」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 私はパタパタと店の奥に引っ込み、装備を外して代わりにエプロンを身に付けます。まだまだ旅立つのは先の話。それまでは喫茶シグルドのウェイトレスです。

 そして折よく。

 

 カランカラン。

 

 お客さんがご来店です。

 

「こんにちはー」

「おう、らっしゃい。平民、案内しろ」

「はい。お客様、どうぞカウンター席をご利用ください」

 

 入ってきたのは小柄な女の子でした。二振りの刀を佩き、私よりも年下に見えますがなんだか漂う気迫が違います。

 

「ご注文がお決まり次第、またお呼びください」

 

 ペコリと頭を下げて戻ろうとして。

 

「あの、もしかして貴女がティータ・ハイラルさんですか?」

 

 お客さんが私にそう尋ねました。

 

「はい、そうですが」

「ああ、やっぱり。言伝を預かってきました。なんでも旅に出たくても実戦の経験不足で二の足を踏んでいるんだそうで、私が貴女の護衛をするようにと、主から承っております」

「……はい?」

 

 なんで私の裏事情が漏れているのでしょうか。私、そんな話は誰にもしたことありませんし、ましてや護衛が必要なほど危険な旅に出ようとしていることなんて、それこそ誰一人として知るはずもありません。

 多分、ほんのちょっとだけシグルドさんがお察しになっている程度です。

 

「あ、申し遅れました。私は主専属の庭師で剣術指南役の魂魄妖夢といいます。この国ふうに言えば、ヨウム・コンパクでしょうか」

 

 魂魄妖夢さん……変わったお名前ですけど、まるで日本人みたいですね。

 あれ、これなんかデジャヴが。

 

「あの、勘違いなら失礼ですが、もしかして博麗霊夢さんのお知り合いか何かでしょうか」

「ああ、彼女のことはご存じなんですね。昵懇の仲、とは言いませんが知り合いであるのは間違いないです」

「ははぁ、なるほどそれで」

 

 どうも監視されているようで居心地が悪いですが、誰かに観られているような気配を改めて感じました。

 もし私を観ている誰かがいるとしたら、きっとその人はとんでもなく暇を持て余しているのでしょう。

 

「ところで、ご注文はよろしいですか?」

「ああ、すみません。それじゃミルクをひとつ」

「はい、少々お待ちくださいませ」

 

 シグルドさんに、ミルクおひとつ頂きましたーと声をかけました。

 ですが、シグルドさんは自分で入れろと言わんばかりに私の声掛けを無視しています。相変わらずですね、この人も。

 ミルクをグラスに注いで、妖夢さんの元に持っていきます。

 妖夢さんはがま口財布を開いて、さっと顔色を変えました。

 

「あ、しまった……」

「?」

「すみません。私、一文無なの忘れてました! この国に来るときに持ってこなければいけなかったのに、すっかり失念していて……」

「別にいいですよ。たかだかミルク一杯、私に奢らせてください」

「うう……優しさが身に染みる……。幻想郷じゃこんな人、滅多にいないのに」

「ところで護衛していただけると仰いましたけど、具体的にどうするおつもりで?」

 

 妖夢さんはミルクを飲みながら私の質問に応えます。

 

「護衛は護衛ですよ。今の貴女の実戦経験じゃ戦争を生き抜くのは難しいでしょう? そうならないため、護衛と剣術指南も兼ねて、私が同行いたします」

「えっと……ありがたいお話なんですけど、私、ここの仕事がありまして」

「別にいいぜ」

 

 奥で新聞を広げていたシグルドさんが口を挟みました。

 

「どうせ客も入らん貧乏喫茶だ。ウィーグラフとおまえが酒場で斡旋された仕事の報酬が目当てだったが、あの野郎、めっきり姿を見せなくなりやがった。今さら給仕の一人や二人、いなくなっても問題ねえよ」

 

 ああ、何ということでしょう。シグルドさんの罵声の節々から優しさを感じます。まあ端的に駄賃の無駄だから出ていけって言ってる可能性も無きにしも非ずですが。

 

「ありがとうございます! 店長、またきっと戻ってきますから!」

「期待しないで待っててやるよ」

 

 私は店の奥に引っ込んで、さっきまで姿見で見ていたミスリル甲冑を鞄に押し込みます。

 後、少々の路銀……はもう無いんでした。

 

「あの……店長」

「なんだ」

「非常に申し訳なく思っているのですが、少し路銀を拝借させていただけませんでしょうか……」

「……ったく、仕方ねえやつだ。ちょっと待ってろ」

 

 おおおお。なんか今日はすごく優しいです、シグルドさん!

 並べられたのは金貨三枚。これだけあれば数週間は困りません。

 

「最後に聞かせろ。平民」

「何でしょう、今なら何だって答えますよ、私は!」

「従兄の兄キのことだ。アルガスは、今どうしてる……?」

 

 そういえばシグルドさんと出会ってから、なあなあで済ませていた問題でした。果たして正直に話しても良いものかどうか……。

 でもシグルドさんの視線、嘘やハッタリは許さんと厳しい眼光を放っています。

 私は正直に言いました。

 

「……死にましたよ。それ以上詳しいことはわかりません」

「そうか……やっぱりな」

 

 それで話は終わりとばかりに、いやむしろ乱暴に。

 

 ガンッ!

 

 カウンターを蹴りつけて言いました。

 

「もうおまえに用はねえ。帰ってきたらコーヒーの一杯くらいは奢ってやる。さっさと出ていけ」

 

 ……もしかして、シグルドさん。私が出ていって寂しいのでしょうか。だから無理してわざと乱暴に振る舞っているのでしょうか。

 

「すみません、あと、ありがとうございます。今日までお世話になりました!」

「出ていけって言ってるだろ! 挨拶なんかするな! さっさと行け! ティータ!!」

 

 今度こそまくし立てられて、私と妖夢さんは外に放り出されてしまいました。

 開いたドアがバタンッ! と閉められて、ご丁寧に鍵までかけられてしまいます。

 

「あの、こう言っては何ですが、随分と乱暴な方でしたね、店長さん」

 

 妖夢さんが口を尖らせながら仰いますけど。

 

「そうですね。 でも、あれはあれで優しさの裏返しなんですよ?」

「だとしても、ああも乱暴な態度でいられちゃ、給仕さんなんかやってられませんよ」

「まぁ、最初だけですよ。シグルドさんに拾われてなければ、私は路頭に迷っていたでしょうし」

「いろいろと難しい方ですね、彼」

「ええ、まったく……でもちょっと嬉しかったりして」

「嬉しい?」

「彼、最後に私の名前を呼んでくれましたから。あれが最初で最後です」

 

 あははは、と二人して笑いながら、私はガリランドの広場を後にしました。

 

 

 

 魔法都市ガリランドの南側の出入り口、そこから東に進めば貿易都市ドーターがあります。

 心許ない資金から食糧を買って、私と妖夢さんはまずはそこを目指すことにしました。

 ドーターに行くまでには難所があります。

 それがモンスターや野盗が徘徊するスウィージの森です。

 過去にはモーグリが生息していたという謂れの場所ですが、生憎おとぎ話のようにはいかず、危険な秘境と化していました。

 妖夢さんは自信満々に。

 

「今日中にそこを強行突破しましょう。早ければ早いほどいいでしょう」

 

 なかなか無茶を言ってくれます。

 ですが、彼女が腰と背中に佩いた二振りの刀。それを見る私も戦意が高揚していくのを実感していました。

 小柄ながらその二刀にまとわりつくような気炎。それが彼女の強さの表れなのでしょう。

 しかし私は反対に武具をまとっているというか、武具に着せられているの間違いじゃないかというほど、鎧を装備しての強行軍に早くも疲れを感じ始めていました。

 

「ちょっ……妖夢さん、速すぎます。ギブ……ギブアップです」

 

 結局、道程の三分の一も進まないうちに、音を上げた私。

 妖夢さんにそのことを訴えると、「わかりました」と二つ返事でその場で火を焚いて、簡易な休憩場所を設けてくれます。

 

「ただし、安全の保障は出来ませんよ」

 

 妖夢さんが軽やかな口調で脅してきます。

 その言葉通りか、もしくは元々察していたのか、辺りでガサガサと音が鳴りました。

 姿を現したのはゴブリンの集団。元々私たちを周囲から狙っていたようで、四方八方からいつの間にか囲ってきていました。

 恐らく私たちが立ち止まるのを待って、密かに近づいてきたに違いありません。

 

「妖夢さん妖夢さん、どうしましょう、囲まれちゃってますよ」

 

 不安げな私に背を預けるように構え、彼女は二刀を抜き放ちます。

 

「ティータさんも抜刀してください。ちょうどいい機会です」

「機会……」

「ええ。言ったでしょう?」

 

 じりじりと間合いを詰めてくるゴブリンを無視して私に宣告しました。

 

「経験を積むには実戦が一番だって」

 

 そう言って、近付くゴブリンの群れに向かって駆けていきました。

 妖夢さん、意外にスパルタだーッ!

 こうして私はしたくはない殺生をする羽目になりました。

 くそぅ、頑張れ私ッ!

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