side:ティータ・ハイラル
ぜぇ……はぁ……。
荒い呼吸。襲撃される恐怖。剣が肉を捉える感触。
その場にしゃがみ込んで叫びたい衝動を抑えつけて、何とか襲い来るゴブリンを見据えている私。
戦いなんてことと本当は無縁な人間。
それが私、ティータ・ハイラルです。
慣れなきゃ……慣れなきゃ……。
「おや、どうしたんですか? またギブアップですか?」
そんな私に問うのは妖夢さん。私にあてがわれた護衛役で剣術指南役の方です。
「戦闘にギブアップはご法度ですよ。殺らなきゃ殺られるだけです」
言いながら当て身を食らわせてゴブリン同士をぶつけたところを二匹まとめて串刺しにします。
やっぱ妖夢さん、強いです。
私だって、本当に、強くならなきゃいけないのに……。
目の前に迫ったゴブリンを見て、思わず目をつむってしまいました。
殴られる!
と、思った矢先、なぜか攻撃は来ませんでした。
恐る恐る眼を開けると、沼地に嵌ったゴブリンががぼがぼと溺れています。
「……えーいッ!!」
私は自分に喝を入れて、大声で鼓舞しながら、そのゴブリンの頭を天辺から串刺しにしました。
肉を貫き、頭蓋を割り、脳をまさぐる感触。
ハッキリ言って、グロテスク以外の何物でもありません。
私は耐えきれずにしゃがみ込んで、押し寄せる嘔吐感を堪えながら、必死に呼吸を整えます。
「げほっ、げほっ、ふぅー……」
私が一匹ゴブリンを仕留めている間に、周囲は静かになっていました。
「どうです? 一匹だけでも倒せたら上出来ですよ。素人が集団でコンビネーションを組んでいるのを相手にまとめて倒すなんて芸当、無理に決まってますから」
「あ、ありがとうございます。……って、ひぃッ!」
「?」
周囲には散乱したゴブリンの死体と、その真ん中に立つ。
返り血で全身が真っ赤に染まった妖夢さんがキョトンとしていました。
「……? あぁ、少し汚れてしまいましたね。水辺を探しましょう。ちょっと待っててください」
「水辺……ですか?」
「返り血なんて浴びてても気持ち悪いだけでしょう。ちょっと水浴びできる場所を探します」
「あ、私も一緒に……」
「当然ですよ。またあんなのに出くわしたらティータさん、今度こそ命がありませんよ」
水辺は割とあっさりと見つかりました。
妖夢さん、直感が鋭いのか、サバイバビリティに溢れているのかちょっと判断に困ります。
妖夢さんは服を着たまま、ざぶざぶと水の中に入っていきます。
水に濡れて、衣服越しに妖夢さんの、細く滑らかな肢体が露わになりました。
こんな細い体に、あれだけの刀を振り回すだけの膂力がどこにあるのかと訝しむばかりです。
「? どうしましたティータさん。入らないのですか?」
「……ごめんなさい。私は遠慮しておきます。大して汚れてもいませんので」
「そうでしたか。私もこれだけの返り血を浴びるなんて未熟もいいところですから」
「気にすることはありませんよ」と、私を慰めてくれるように言いました。
ゴブリン一匹殺すのにこれだけ疲労するなんて、戦争で人を斬り殺すとはどういうことなんだろう。相当、気がふれてなければ出来ないことだと思います。
そして、兄さんがそんな道を進んでいること。そのこと自体に恐怖を覚えました。
私だけの意思じゃない。私の中に入っているティータの意思だってきっと。
怖い、ということを二重に考えてしまうのは、やはり私の中のティータも同じように感じたからです。少なくとも、私はそう思います。
「――ティータさん、ティータさーん?」
「……ふぇ?」
肩を揺すられながら声を掛けられて、初めて私はハッとしました。
「大丈夫ですか? どこか痛むんですか?」
目の前の妖夢さんが真剣な表情で私に視線を合わせます。
「あ、いえ。その……ちょっと考え事を」
「考え事?」
「私、兄がいるんです」
「お兄さん、ですか?」
ちょっと話を振ろうとしたのか、何故かそんな言葉がするりと出てしまいました。
「もうすぐ戦争が始まりますよね?」
私のこのセリフに、妖夢さんは困った顔で。
「あ、すみません。私この国の事情についてはとんと無知なもので。……良ければ詳しくお話し願えませんか?」
「構いませんけど……割と複雑な話ですので私もよく知りません。それで良ければ」
「いいんです、それで。私の役目もそれで分かると思いますから」
役目? それはまあともかく、私は語り始めます。
「近い昔、この国と隣国とで戦争があったんです。でもそれに負けちゃって、国の権威はボロボロになってしまいました。それと同時に国内の治安が荒れに荒れちゃって、今では騎士団紛いの強盗や人殺しまで出る始末です」
「それはそれは……女の子がひとりで旅立つにはあまりに無謀な時期ですね」
だから妖夢さんが来てくれたのかな? でもいったい誰が、どこで私を見初めて。
考えても仕方ないので、私は先を続けます。
「それで今、この国には二人の王位継承者がいるんです。一人はオリナス王子、まだ幼年でとてもじゃありませんが、後見人が就かなければ政務もままなりません」
『ファイナルファンタジータクティクス』大好きな私でもこの辺りの事情はちょっとあやふやです。
次に紹介するのが、このゲームの真の分岐点のひとり。
「もうひとりがオヴェリア王女。今は修道院で暮らしている方ですが、近々ラーグ公が引き取るともっぱらの噂です。王位継承権は彼女が一番、将来性が高いでしょうか」
でも、それ以上のことは口に出せませんでした。
「私の兄さんなんですが、今は行方不明になってるんです。でもきっと現れます。オヴェリア王女を救いに」
私自身、自分が何を言っているのかちょっと分からなくなってきました。
しかし妖夢さん、何かを得心したようで。
「なるほどなるほど、私がここに寄越された意義がようやく理解できました」
ざばっと水辺から這い上がり、衣服の裾を軽く絞って水気を弾きます。
「そのままだと風邪引きますよ。ほら、タオルタオル」
「ありがとうございます」
差し出したバスタオルを恭しく受け取って、体を拭う妖夢さん。
地面に置いておいた二振りの刀を佩き直して、彼女は言います。
「さて、そろそろ行きますか。この森もそう安全ではないみたいですし」
「ですねぇ。夜になればお化けも出るかもしれません」
「おばッ……!?」
私の言葉に、妖夢さんはピンと背筋を張りました。
カタカタと全身を震わせながら、冷や汗をドッとかいているようにも見えます。
「お、お化けなんているはずがないじゃないですかー……」
「いますよ。スケルトンとかグールとか。割と頻繁に」
「す、すぐ人気のある所に行きましょう! 今すぐにでも!」
そう言って、脱兎のごとく森の出口を目指して走り出す妖夢さん。お化けが苦手なのかな?
なんて他人事のように言ってる場合じゃありません。私ひとりでモンスターと出くわしたら、それこそお陀仏です。
「ちょ、ちょっと妖夢さん! 待ってくださいよーッ!!」
そんなこんなのやり取りで私たちは無事にスウィージの森を突破することが出来ましたとさ。
めでたしめでたし。
貿易都市ドーター。
イヴァリースの中央に位置し、主に南側の港湾都市として繁栄しています。
私たちはいざ、と町の門をくぐろうとしたところ。
「あれ?」
妖夢さんが門から明後日の森の中へと入り込んでいきました。
「ちょっと妖夢さん。町の入口はこっちですよー」
「わかっています。でもとりあえず、ティータさん、私に付いてきてください」
「はあ」
訳も分からないまま妖夢さんに付いていく私。
やがて郊外の、開けた平地に出ました。
刹那。
ヒュンッ!!
剣閃が私の顔面に閃きました。
驚いた私に刀を突き付ける妖夢さん。
え? え? 一体どういうこと?
「雨を斬るには三十年」
ひたり、と妖夢さんが一歩近付いてきます。
「空を斬るには五十年」
さらに迫ってくる妖夢さん。私は尻もちを突いたまま、じわりじわりと後ろ手に後退します。
「時を斬るには二百年」
どん、と背中に樹が当たりました。当然ですがこれ以上下がれません。
「貴女は人を斬るのに一千年かかっても無理でしょう。私が言うのも何ですが、貴女は未熟すぎます。本当に貴女の目的を達成するなら覚悟が必要です」
覚悟……?
いや、それを知っているのは他ならぬ自分じゃないか。
「覚悟が出来たなら私を斬りなさい。出来なければ、貴女は斬られるだけでおしまいしょう」
スラリともう一本の刀も抜き放ち、私に向けて妖夢さんが構えます。
「逃げてもいいんですよ? ただし、そんな半可通がこの先を生き抜けるとは思えませんが」
本気だ。でも何故か殺意は感じない。
私はどうすればいいのか。
グッと歯を食いしばって、私は立ち上がります。
そして、本気で戦う意志を持って、初めて自分の剣を抜きました。
「よろしい」
言いつつ、妖夢さんは二刀を軽く下ろします。でもその剣気が放つ威圧感は半端じゃありません。
「殺す気でかかってきなさい、ティータさん」
頭の中はぐちゃぐちゃで、想像するのは悪いことばかり。
カウンターで首を刎ねられるのは眼に見えています。
剣を持つ手が震えます。もうガチガチです。
妖夢さんは何も言いません。
私は私の闘志で、この剣を抜きました。それは相手を斬り殺すという心構えそのもの。ならば何を加減すべきなのか。
いや、私が選んだ道はただ一つだけ!
「やぁーッ!!」
捌かれて斬り殺されるかもしれない。首を刎ねられるかもしれない。
しかし私の闘志は、ぐちゃぐちゃになっていた頭の中をクリアにしてくれました。
妖夢さんはまだ動きません。
私の拙い剣が妖夢さんを通り過ぎて――。
トスッ。
いきませんでした。
私の剣は妖夢さんの左肩を捉え、浅いながらも確実に突き立っていました。
「そう、それで良いのです。ティータさん」
彼女はすっと一歩引いて、私の剣の刃を手に取り、下ろします。
「障害を蹴散らすのは防衛本能。人を斬るのは闘志。戦う意志なくば返り討ちに遭うだけでしょう」
「貴女は、それを私に教えるために……?」
「そうです。まあでもこんなかすり傷では敵も倒れてはくれませんからね。敵を倒す闘志と覚悟。貴女の道にはそれが必要不可欠だ」
だから。
「私を恨んでいただいても結構です。次に会った時は殺してくれても構いません。ただし、その際には私も全力でお相手しましょう」
それを教えるために。
「……あ、そろそろ夕飯の時間ですね。私のお嬢様がお腹を空かせているでしょうからそろそろ戻らないと」
私の闘志を説いて。……え?
「それではティータさん。貴女の辿る道が良きものであること、お祈り申し上げます。縁があればまた会いましょう」
そう言って、彼女は森の奥深くに入り込んでいきました。あっという間に影も形も見えなくなります。
「妖夢さん!」
果たして届いているのかどうか、定かではないけれど。だけどこれだけは伝えておきたかったのです。
「妖夢さんの気迫と闘志、確かに受け取りました! 今度は妖夢さんから一本取れるくらいに強くなってみせます! だから今だけは、さようなら!!」
返事はありません。
でも確かに届いたと、私は信じています。
信じることが、私の道標。
教えてくれて感謝いたします。妖夢さん。
「――この辺りから声が聞こえたような気がしたんだけれど」
不意に聞こえた声に、私は思わず剣を構えてその方向に体を向けました。
人を斬る。
それでも闘志や覚悟やそう簡単には燃え上がってはくれなくて。
「寄り道するのか。金にはならンぞ」
「僕はいつでもお金に関することばかりに付き合ってるわけじゃない」
あれ、この声は……?
私は知りません。しかし、私の中にいるティータの魂が知っている。
ガサガサと梢から姿を現したのは。
「え……」
現れた
それと同時、私も
「ラムザ……さん……?」
「まさか、ティータ……?」
ファイナルファンタジータクティクスの主人公であり、ティータ・ハイラルと縁故の深い人物。
ラムザ・ベオルブさん。
この出会いが何をもたらすのか、私は何も知らなかったのです。