side:魂魄妖夢
某所。
「お嬢様ー、おられますかー」
主を呼ぶ私の声が響く。響くというにはちょっと間延びしてて暢気な様子。
「お嬢様ー、晩御飯の支度が出来ましたよー」
「いるわよー」
「って……。わぁっ!!」
思わず驚いてのけ反る私。
西行寺
「びっくりさせないでくださいよ。後ろから化けて出ないでください」
「失礼ね。人を幽霊みたいに」
「幽霊ですが」
「今日の晩御飯は何?」
それも大事だが、もっと大事なことがある。
「来てくださればわかります。それよりも、紫様からの件ですが」
「ティータちゃんねー。面白い子だった?」
「面白い……とはちょっと意味合いが違いますが、真面目そうでいい子でしたよ。ただちょっと臆病に過ぎますね」
「妖夢はちゃんと出来た?」
「少し脅かしてきましたけど、あの様子だとまだ覚悟を決めるには時間がかかりそうですね」
「そう。それでその肩の刀傷なのね」
じわりと、白いシャツの肩から赤い血が滲み出ている。
「ええ。最後には自分の意思で他人を傷つけることも止む無し、っていうことは伝わったと思います」
気合を込めてようやく引き出せた覚悟。だけど戦いのたびにあの様子では少し危なっかしすぎる。そう思った。
大体、あの人格で戦の只中を生きていけるのだろうか、甚だ疑問だ。
それでも、紫様と閻魔様がやった気紛れだ。きっと何とかして導くのだろう。
「妖夢は真面目ねぇ。閻魔様はともかく紫があの子に何か期待しているわけないじゃない」
「そうなんですか?」
「面白そうだからやってるの。桜が花咲くのと同じよ。綺麗に咲くか、枝ごと叩き折られるか、そんな玩具程度にしか見てないわ」
「……紫様といえど、酷過ぎませんかそれは」
「ま、紫のやることをいちいち真に受けても仕方ないじゃない。あの子が眺めてることなんて所詮は夢うつつでしかないんだから」
「はぁ」
主人が懐から扇子を取り出し、パッと開いて口元を隠す。
「そんなことはどうでもいいから、今日の晩御飯は何かしらー?」
「昨日紫様からいただいた魚を煮付けてみました。甘辛くて美味しいですよ」
「そう? 急いで食べないと勿体ないわねー」
「別に勿体ないことはないと思いますが……」
食のこととなると上機嫌になる主人の背を追いながら、私は思っていた。
出来ればうまいこと生きていて欲しい。ふいになった人生を新たに歩み直せたのだから。
そう思う自分は果たして優しいのか、それともただ甘いだけなのか。
その答えは出なかった。
side:ティータ・ハイラル
「ラムザ……さん……?」
「まさか、ティータ……?」
貿易都市ドーターの郊外、開けた空き地で私たちは邂逅しました。
もうちょっといい場面で出くわしたら、もっと感動的だったでしょうに。
「その……、えーっと……わ、私は……」
「ティータッ!!」
叫びながらラムザさん走り寄ってきて。
がばっと私の体を抱きしめました。
「ティータ……、良かった……。本当に、良かったよ……!」
「ちょっ、ギブ、ギブ。抱きしめるのはいいですから、離れて、私の眼を見てください」
私がそう言うと、ラムザさんは律義に私の背中に回していた腕を解いて。
「ご、ごめんよ、ティータ。あんまりにも感動してしまって……、でも、生きていたんだね」
「えーっと、もしかしたら人違いとかそういうのは」
「人違いなもんか! きみだって、僕のことを『ラムザ』と呼んでくれたじゃないか!」
「ですよねー」
私たちが話していると横合いから黒鎧の騎士――ガフガリオンさんが口を挟んできました。
「そいつがおまえの言っていたティータって娘か。話に聞いていたよりは元気そうじゃねえか。ジークデン砦の経緯を聞いたときは、てっきり死ンだと思ってたが、それ抜きにしても奇跡だな」
「そうだよガフガリオン。ジークデン砦で起きた惨劇を考えれば、ティータが生きているなんて、奇跡なんてものじゃない! まさしく神が起こした天の采配だよ!」
「性格変わってンぞ、おまえ」
やれやれと首をすくめるガフガリオンさん。
と。
ぐー。
私のお腹が盛大に鳴りました。
よく考えたらガリランドを出発して以来、この町に辿り着くまで何も食べていません。
「ティータ、もしかして何も食べていないのかい? コース料理、とまではいかないけれど、酒場や定食屋なら充分支払えるよ。なにせ今の僕は傭兵だからね」
知ってます。でもちゃっかり懐が潤っているのはちょっと意外。
ラムザさん、ガフガリオンさんに向かって。
「すまない、ガフガリオン。今夜はちょっと外させてもらうよ。彼女から聞きたいこと、たくさんあるから」
「好きにしな。おら、行くぞ」
そう言って、ガフガリオンさんは傭兵さんを連れて森の入り口まで出ていきました。
残されたのは、私とラムザさんだけ……。
あれ? これって私にとって結構なターニングポイントじゃ。
「さあ行こう、ティータ。きみが無事でいて本当に良かった。きっとディリータも生きてる。二人とも、会えばきっと喜んでくれるに違いないよ」
「えーっと……はい……」
何だかもう、ラムザさんに圧倒されっぱなしで頭が回転してくれなくなっています。
それに何故かはわかりませんが、ぶるっと悪寒のようなものが体を伝っていきました。
本当に、この人に付いていって大丈夫なんだろうか。
そんなしこりにも似た焦燥が、私の中に生まれつつありました。
「マスター、ミルクを二つ。それから何か美味しいものを三、四品持ってきてくれ」
「はいよ、羽振りがいいねえ。坊ちゃん。酒を頼まないような傭兵なんて滅多にいないよ。でも腕は立つんだよなぁ」
「いいから。席は何処でもいいかい?」
「おう、どこでも好きな所にかけてくれや」
ラムザさんに手を引っ張って連れてこられたのは場末の酒場。こなれた傭兵の所作が見て取れたのは『Chapter2 利用する者される者』のラムザさんに似ていました。
「さ、座って」
店の奥に空いているテーブル席があり、私に席を勧めます。
なんだか妙な居心地の悪さが、私の中に居付いていました。
「ジークデン砦が爆発したとき、ハッキリと僕は変わってしまったよ。もう何も持っていくものが無くて着の身着のまま家を捨てて、傭兵に身をやつして。あれから一年か、ティータはベオルブ家に帰ろうと思わなかったのかい?」
「それは……はい……」
「どうしてだ? きみが僕らから離れて過ごすには、ベオルブ家が一番頼りになったはず。その格好を見た感じ、きみも戦うことを選んだと思う。だけど、何故なんだ? きみがベオルブ家を見限る意味が僕には分からない」
私の格好はミスリル製の鎧にマントを流したもの。ジョブで言えば『ナイト』に当たります。
「……ベオルブ家には戻れません。戻りたくても、兄さんとラムザさん、貴方たちが北天騎士団に逆らったから」
「ッ! そうか、僕らが北天騎士団に楯突いたことを知っているのは、僕らやきみだけだ。そんな不祥事の生き証人であるきみはベオルブ家にとっても汚点になる。だからか……」
「そう理解してもらえれば私も助かります」
「いや、それは僕らに謝らせてくれ。僕らが軽々に戦ってしまったことで、きみに苦労を掛けてしまった。本当に、すまない」
そう言って、ラムザさんは深々と頭を下げました。
「やめてください! 私はラムザさんを責めるためにこんなことを言ったんじゃありません!」
そう。そんなことで言いたかったのではなかったのです。
「いいんだ。帰る場所がないなら今日からは僕らと一緒に来るといい。戦えなんて言わない。ディリータを探したいなら、勿論そうする。いや、明日からでも一緒に探そう。それならガフガリオンと袂を分かつことだって厭わない」
それを聞いて、私はガタンと席から立ち上がりました。
感情のまま、何も考えずに叫びます。
「ダメです!! ラムザさんにとって、ガフガリオンさんは大切な方です! 私なんかより、ずっと……! だから、私の為だなんて、そんなくだらないことで一緒にいられないなんて、言わないでください……」
「くだらなくなんてない!! どうしてだ? きみにとってはディリータはたったひとりの兄妹じゃないか! くだらなくなんて、あるものか!!」
そうか。
ラムザさんの言葉を聞いて、私の中の疑念が氷解しました。
ラムザさんは、私の外のティータさんしか見えていない。
でも、ダメだ。私はあくまでもティータ・ハイラルという少女に憑依しているだけの、赤の他人だ。
だから、ラムザさんの言葉に簡単に頷くことが出来ない。
私は……ティータ・ハイラルじゃないんだから。
「すみません……私も、ラムザさんと再会できて嬉しいです。でも少し混乱しているみたいです。余りにも突然なことでしたから」
私は席を直して、少しゆっくりとした動作で座ります。立っているとまた感情的に荒い言葉を投げ付けてしまいそうだから。
「……そうだね。僕も少し混乱していた。きみがディリータと再会するのが最良の道だと思っていた。勿論それは今も変わらない。だから――」
だから、何だろう……。
これ以上ラムザさんを困らせたくはない。私は静かに続きを待っていました。
「――君と僕とで見届け合おう。本当にきみがディリータと会うのが最良の道なのか、それともきみはあくまで僕やディリータを拒むのか。どっちが正しくてもいい。どっちも正しいのが、それが一番の道だ」
「ラムザさん……。ありがとう、ございます……」
感極まって、私はいつの間にか涙交じりの声で応えていました。
つつーっとひとしずく、涙が流れ出て。
「ティ、ティータ? 大丈夫かい? 僕だって、決してきみを困らせたい訳じゃ……」
席から身を乗り出して、ラムザさんは抗弁します。
「はい……大丈夫です。こんな私を認めてくれて、ありがとうございます。ラムザさん……」
私たちの話が終わるや否や、テーブルに黒い影が差しました。
ふんわりとした、それでいて強い塩の香り。
「坊ちゃんたち、話は終わったかい。せっかくの料理が冷めちまうぜ」
「あ、ああ、すまない。マスター、適当に置いてくれないか」
「はいよ」
ミルクを私たちの前に置いて、お皿からはジュウジュウと美味しそうな肉の脂が跳ねる音。
カラッと揚がった馬鈴薯のフライ。
その他いろいろな料理を目にして、私はすぐに今までの杞憂がなくなってしまいました。本当、私って現金な人間だな、と他人事のように思っちゃいます。
「さあ、食べよう。もうここで辛気臭い話はやめて、後でまたガフガリオンと宿に行こう」
「はい、ラムザさん!」
久方ぶりに食べるご馳走は、やはり美味しかったです。
「――というわけでガフガリオン。彼女も一緒に同行する。面倒は僕が見るから気にしなくていい」
ラムザさんたちの泊まる宿でガフガリオンさんたちと再会して、私の立ち位置が決まります。
当面の世話はラムザさんがすること。むりやり傭兵として戦わせたりしないこと。とある人物を探すこと。
以上、三点を守ることをラムザさんはガフガリオンさんに了解させます。
「小娘の世話をするのはおまえの自由だ。だが戦いはオレたちの本業だ。足手まといだと判断したら即刻見捨てるからな。後、おまえらが探しているっていうやつはオレは関与しねえ。好きにしろ」
「それだけ了承してくれればありがたい。ガフガリオン、貴方は貴方のやり方を貫いてくれればいい」
「フン、勝手にするンだな」
どうやら私に関しては、ガフガリオンさんは適当に扱うつもりなようで、ラムザさんの世話になることになったようです。
「さ、ティータ。今日はもう遅い。僕らは明日も早いからね。もう休もう」
ラムザさん、潤ったお金で私の部屋を取ってくれたようです。なんていうか、縛られてるようで不安がまたぞろ込み上げてきました。
さてもう休もうかと、鎧と剣を壁に立てかけて、さあもう寝ようとした時。
ドンドンドン。
部屋のドアが叩かれました。
「ティータ、もう休んだかい? まだ起きてるならお風呂に入るんだぞ。ちゃんと暖かくして寝るんだよ」
はい、ちょっと面倒だけどそうします。
翌朝。
ドンドンドン。
「ティータ、もう起きたかい? 起きたらちゃんと歯を磨くんだよ」
ドンドンドン。
「ティータ、朝食だよ。この宿では自室で取る決まりなんだ。持ってきたよ」
ドンドンドン。
「ティータ、まだ部屋にいるかい? もうすぐ出発だから忘れ物がないようにね」
ドンドンドン。
「ティータ、ちょっと買い物に行くんだけど、一緒に行かないかい? 可愛いアクセサリが見つかるかもしれないよ」
……ちょっと鬱陶しい。
いくらあり得ない再会をしたとはいえ、ラムザさん、ティータさんのこと好きすぎでしょう。
私は憮然とした表情で、ドアを開きました。
「おはよう、ティータ。……どうしたんだい? 目の隈がちょっと黒いようだけど」
「いえ別に。ちょっと寝覚めが悪かっただけみたいです」
「町巡りをすれば眠気覚ましになるさ。さあ、早速出掛けよう」
「はい……」
言われるがまま、私はラムザさんに手を握られて宿を出ました。
着いたのはアイテムショップ。ありがたいことに武具からアクセサリ、消耗品も扱ってくれる頼もしいショップです。
「好きなもの、選んでいいよ。僕はポーションの棚にいるから」
「わかりました」
「遠慮する必要はないよ。傭兵の今日の財布は僕が握っているからね」
それはそれは。次にラムザさんの手に財布が回ってくるのは私の買い物次第ということですね。
でも何も欲しいものなんてありませんし……。
などと考えながらアクセサリ類を眺めていると。
トクン。
と、私の中のティータさんの魂が小さく揺れました。
目についたのはひとつのペンダント。
どこにでもあるような、真紅の小さな宝石がはめられた首飾りでした。
私は薬棚を物色しているラムザさんの元にそれを持って行って。
「ラムザさん……これを頂いてもいいですか?」
「そのペンダントは……、やっぱりティータはティータだね」
「? それはどういう?」
「ディリータも同じものを持っていたよ」
私は何も言わず、それをラムザさんに渡しました。
「おせえぞ。もう日が明けてどれくらい経ってると思ってンだ」
「すまない、ガフガリオン。ちょっと買い物が長引いてしまって」
「大方、あのオンナの買い物が長引いたンだろうが。縄締めとけって昨日あれほど言っただろう」
「彼女は僕のペットじゃない」
「単なる比喩だよ。いちいちとンがるな」
「さあ行くぞ」と威勢よく言うガフガリオンさん。
これで私も傭兵団の仲間入りですね。
ラムザさんが守ってくれるでしょうけど、その為に私たちがガフガリオンさんに置いていかれたら本末転倒です。
まずは戦いに向けての闘志と気迫。大事に抱え込んでいかねばなりません。
そう……人を斬る覚悟を。
決してラムザさんたちの足を引っ張らないようにしなければ。
私は、むんっと息を込めて、気を引き締めるのでした。