ドーターのスラム街。
今日はこの辺りでガフガリオンさんが受注した仕事があるそうです。
今はガフガリオンさんが依頼人の方と話があるそうで、それが済むまで時間潰しです。
そんな私――ティータ・ハイラルですが。
「やッ!」
「よっと」
私の木剣が傭兵さん――ラッドさんを薙ごうとします。が、余裕で空振りしました。
バランスを崩した私の頭をポカリと、ラッドさんの木剣が叩きます。
「見る目はあるんだけどなぁー」
「うう、そんな切なそうな眼で見ないでください……」
私は叩かれた頭を抱えて、悲しい泣き声を交じえて痛みをこらえます。
ウィーグラフさんにも言われましたけど、筋がいいというのは本当なんでしょうか。
「いや、きみの腕はお世辞抜きに、予想外なほど出来上がってるよ。多分教えた人がいいんだろうな。きみの最大の武器はその切れ筋ある眼だ。敵の土俵で戦うより、敵を捉えて引き付けたところでカウンターを狙うといいよ」
「カウンター……ですか?」
「そう、ちょっと腰だめに剣を横向きに構えてみて。ああそうじゃない、正眼で相手を見定めるんじゃなくて、ちょっと後ろに引く感じの視点で。そうそう。で、腰だめの剣をいつでも振れるように片足をちょっと引いてみて」
「うーん、こうでしょうか」
ウィーグラフさんにも教えられた手順を思い出します。
腰だめに構えて、敵が牽制攻撃してきたら腰を引いてすぐにその場から退く。
敵が守りを捨てて攻撃しようとしてきたら、その隙をついて一気に振り抜く!
「そうそう、そんな感じ。じゃあ攻撃するよ」
言ってラッドさんが片手上段から一気に間合いを詰めてきました。
そこで腰を引いて退き。
ラッドさんの片手上段からの木剣が空振りします。
いまッ!!
腰の力をバネに横胴に打ち付け。
――ようとして、当たる寸前にへなへなと勢いを失います。
そんな隙だらけの私を見過ごすことなく、ラッドさんの木剣が再び振るわれ、私の頭をパカンと叩きました。
「うーん。筋はいいんだけど、それじゃ戦いにならないよ。敵は待ってはくれないんだ。きみに必要なのは闘志と覚悟、だね」
「……でも、やっぱり打たれたり斬られたりしたら痛いですよ……私ってやっぱり戦いに向いてないんでしょうか」
私は叩かれた頭をさすりさすりしながらラッドさんに問いかけます。
「きみの人柄を見てれば馬鹿でも分かるよ。傭兵ならまずは敵に勝つことを考えなければ、死ぬのは自分だよ。敵が死ねば自分は生き残る。それだけの話さ」
私の体がぶるりと震えます。
こんなことじゃ妖夢さんに教えられたことが実践できない。笑われちゃいます。
闘志と気迫。
戦う意志が、私には絶対的に足りてない。
覚悟を持つ、と言うのは簡単ですがやっぱり、それが身に付くのは並大抵のことじゃありません。
と、考えに耽っていると。
「ラッド、ティータ! 何をしているんだ!!」
ラムザさんが凄い剣幕でこちらに走り寄ってきました。
「何って、見れば分かるだろ。ちょっとティータの稽古に付き合って――」
バコッ!
「ぐえッ!!」
その剣幕のままラムザさんが問答無用でラッドさんを鞘越しのままの剣で打ちのめします。
抵抗する間もなくラッドさんが盛大に吹っ飛びました。
「ティータは僕が守るって言っただろ! 余計なことはしないでくれ!!」
「やめてください! ラムザさん!」
私が必死にラムザさんの腕を取って引き留めます。
傭兵になって少しは現実を見て目を覚ましてきたと思ってましたが、私のことになると盲目になるのは相変わらずのようです。
私は必死に抗弁しました。
「稽古は私から言い出したんです! ラッドさんを責めないであげてください!」
「ティータが……?」
私の言葉に血が昇っていた頭が若干冷えた様子。
「そうか……またガフガリオンが何か吹き込んだのかと思ったよ。ごめんよ、ラッド」
「うぐぐ……、これぞ殴られ損のくたびれもうけ……」
綺麗に顎に入りながらも意識は失っていなかったのでしょう。その場に尻もちを突きながら殴られた箇所をさすっています。
しかしラムザさん、また剣幕を鋭くして私に視線を移します。
「ティータ! きみもなんて無茶をするんだ! きみは僕が守る、そう言っただろう!」
「で、でも……私……、私……!」
私はディリータ兄さんに会わなければならない。
彼が生き残って謀略を練っていること、そしてこの先の顛末を知っている以上、会わずに済ませるわけにはいかない。
なのに、私は何かを傷付ける覚悟すら持てない。
かつてグルグ旧火山でもそうだった。あの時もウィーグラフさんに頼り切りだった。
自分の道は自分で切り開く。その覚悟が必要なのです。
せめて訓練でもその覚悟を、と思い至ってラッドさんに手伝ってもらっていたのですが。
――ご覧の有り様です。
「何か言ったかい、ティータ?」
「いえ、別に」
心の内に浮かんだ内面が表情に出てたのでしょうか。
ラムザさん、コホンとひとつ咳をして。
「とにかく、自分から危ないマネはしないこと。安全でない時はとにかく逃げる。ガフガリオンも言っていただろう? 足手まといになるなら置いていくって。それならそれでいいんだ。きみが危ない時は必ず僕がついているから」
「……はい」
ラムザさんの言っていることは正しい。酷く、正しい。
私には自分を守る覚悟さえ持てないし、逃げ出す意思もあるのか疑わしい。
なのに、私はディリータ兄さんを追いかけたいだけ。
私は……どうすればいいのでしょう。
私の思考はぐるぐると同じ場所を回るだけで、結局何の答えも出せないままに、ラムザさんに問いかけていました。
何か言いたげな自分に、先手を打ってラムザさんが口を開きます。
「どうしたんだティータ。やっぱり何か、悩み事を抱えているのか?」
「ラムザさん、こんな馬鹿なことを聞いても幻滅しないで欲しいんですが」
「ティータの言うことだ。幻滅なんてするものか」
すっと息を吸って、ふぅーっと呼吸を整えて、私は言いました。
「ディリータ兄さんがどこにいるか、私が知っていると言ったら疑いますか?」
「ッ!! 何だって!?」
大声を上げ、そして絶句するラムザさん。そりゃまあいきなりこんなこと言えば疑いの一つや二つ噴出するでしょう。
ラムザさんの手が私の両肩を掴み、詰問するような口調で捲し立て始めます。
「ティータ、きみは一体何を知っているんだ!? この一年間に何があったんだ! どこで何が起きているのか、きみは知っているのか!?」
「や、やめてくださいラムザさん! 痛い、痛いです!」
「あ……、ご、ごめんよ。ティータ」
言って、ラムザさんはゆっくりと手を離します。
「すまない、興奮してしまって……。思えばきみがジークデン砦を生き延びてからのこと、僕は何も知らないんだ。ベオルブ家にも帰っていないんだとしたら、きみはどこで、何をして暮らしていたんだ? どうやって今日まで無事でいられたのか、思い至らなかったことが不思議だ。それほどまでに、きみが生きていたことが驚愕の出来事だったんだ……」
無理もありません。私からもラムザさんに直接伝えようと何度も思いましたが、それと同時にイヴァリースの歴史を変えてしまってよいものか。
そう思うと、ラムザさんも、ディリータ兄さんも、そしてアルマさん、オヴェリア王女も。
彼ら全ての人生を狂わせてしまいそうで、私は流されるままに生きてきたんだと思います。
ですが、せめてラムザさんには打ち明けようと、今ここで私は決心しました。
「ベオルブ家に戻ることを恐れた私は、ガリランドの町に逃げ込みました。そこでシグルドさんという方に、下働きとして奉公していたんです。でもそこで転機が訪れて、私は旅立とうと思いました。その間にも私は剣の稽古を付けてもらったり、親切な人たちに助けてもらったりしました。そして実際に旅に出て、昨日この町でラムザさんと再会したのです」
「……ディリータが生きているのは事実なのか?」
「恐らく……いえ、確実に」
「そうだったのか……」
私たちの間に、深い沈黙の帳が降りました。ラムザさんは、私――ティータの言葉が嘘偽りでないと疑いなく受け止めているようです。確かに嘘は言っていませんが、こんな荒唐無稽な話、信じられないのが当然なのに。
そして、私という特異点に目を覚まされ、私が紡いだ言葉が疑いのないものであると信じ切ったラムザさんは。もう、物語に流されるばかりの存在ではなくなってしまいました。
「おう、まだこンな所で世間話か? そこでラッドが伸びてるが」
「ああすまない、ガフガリオン。依頼主との話は終わったのか?」
「もうこっちに来ている。こいつらの道中の世話がオレたちの任務だ」
ガフガリオンさんの後ろから三人の女騎士さんが付いてきました。って、あれ。この人たちは。
「ルザリア聖近衛騎士団所属の騎士アグリアス・オークス。そして部下のアリシアとラヴィアンだ。ガフガリオン殿、その言葉、我々に対しては甘受しよう。だが、王女殿下の前で漏らすことは許さんぞ」
騎士アグリアスさん。
そうか。ここがまた一つのターニングポイントだったのですね。
「ガフガリオン、こんなスラム街で依頼主と密会だということは、相当に危ない橋を渡るってことだな?」
ラムザさんが任務の幸先の悪さについ口を挟みます。
ガフガリオンさんも後ろ頭をガリガリと掻いて、面倒くさそうに答えました。
「おうよ。これからオレたちは"秘匿された王女"の護衛任務に就く。オーボンヌ修道院にいる王女を迎えに行って、ガリオンヌのラーグ公に届ける任務だ」
そのセリフを聞いて、アグリアスさんが眉をひそめます。
「ガフガリオン。貴様、まるで王女殿下を貢ぎ物か何かのように……」
もうこの頃からお二人とも、犬猿の仲だったようです。まあ片やしがない傭兵、片や貴族の騎士様では相容れないのは当然だったのかもしれません。
「時間が勿体ない。ガフガリオン殿、そして連れの傭兵たち。早速出発するぞ」
そう言って、私たちの脇を横切るようにせかせかと進んでいきました。もちろん部下のお二人も同様です。どうやらラムザさんたち薄汚い傭兵団に高貴な方を守らせること自体が気に食わず、わざと邪険に振る舞っているようにも見えますね。
私はそっとラムザさんの傍に近付いて、手を握ります。
彼はそれを、私の不安の表れだと感じ取ったようです。
「心配しないでティータ。ガフガリオンやあの騎士たちが何を考えていようと、きみだけは僕が守るから」
感じ取った、ようですが。
私はそっとラムザさんにだけ聞こえるように小声で囁きました。
「オーボンヌ修道院ではお気を付けを。きっと、何かが起こるはずです」
「……まさか、ディリータが?」
私はコクリと頷いて、彼から手を離しました。
「ティータ……」
彼は触れられた手を握り締めて、感傷的に私の名を呼びます。
ディリータ兄さん、私は貴方に会っても、それでもなお喜んでくれますか?
私はこんなに不安にまみれているのに。
貴方は、こんな私を受け入れてくれますか?
形のない不穏な気配を感じながら、私――外のティータ・ハイラルは切なげな表情を浮かべていました。自分では分からないけれども、なんとなく。
そして、魂の中のティータ・ハイラルは微かな期待と喜びに打ち震えているようでした。
私はこんなに不安を醸し出しているのに、それをあざ笑っているように感じます。
そんな私たちの門出を無理矢理にも洗い流すように、折から雨が降り出しました。