【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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私と兄さんとラムザさん

「……我ら罪深きイヴァリースの子らが神々の御力により救われんことを」

 

 目の前に屈み、神に祈りを捧げるのは王女オヴェリア様。

 現国王オムドリア3世の腹違いの妹君オヴェリア・アトカーシャ様にあらせられます。

 ガフガリオンさんたち傭兵団はアグリアスさんたちルザリアの近衛騎士団と共に、彼女をラーグ公の元へ無事に送り届ける任務を仰せつかりました。

 そういった事情で、私もまた彼らにくっついてオヴェリア王女のご尊顔を拝する栄誉を賜っています。

 貴族でも、ましてや傭兵でもない私がそんな勿体ない立場にあること自体、場違いな雰囲気でもあるので、こっそりと修道院の外に出ようとしますが、ラムザさんが。

 

「外には王女を警護する僕らを狙う賊がいるかもしれない。僕から離れないでくれ」

 

 などと言われるので、私としてはそれに従うしかありません。

 居心地の悪さを感じながら、せめて見た目の礼儀だけは正しくしていようと、その場に跪いていました。

 

「まだかよ! もう小一時間にもなるンだぞ!」

 

 どかどかと礼儀も何も知らないような態度でアグリアスさんに詰め寄るのはガフガリオンさん。

 それをどこ吹く風だと言わんばかりにアグリアスさんも返します。

 

「無礼であろう、ガフガリオン殿。王女の御前ぞ」

 

 ふてぶてしくも形だけの礼を取るガフガリオンさん。

 

「これでいいかい、アグリアスさンよ。……こちらとしては一刻を争うンだ」

「誇り高い北天騎士団にも貴公のように無礼な輩がいるのだな」

「辺境の護衛隊長殿には十分すぎるほど紳士的なつもりだがね……。それに、オレたちは北天騎士団に雇われた傭兵だ。あンたに礼をつくす義理はないンだ」

「なんだと、無礼な口を!」

 

 喧々囂々と互いを非難し合うガフガリオンさんとアグリアスさん。

 王女様の前でそれを演じるのもまた礼儀に欠けているのではないしょうか。

 私はハラハラとしながら、跪きつつもそれを眺めています。

 やおら、オヴェリア様が立ち上がられて。

 

「わかりました。参りましょう」

 

 その場を後にしようとするオヴェリア様に神父さんが近寄り。

 

「どうかご無事で」

「シモン先生も」

 

 その途端、ガタガタと扉が開いて女性の騎士が一人、傷を圧しながら入ってきます。

 

「アグリアス様……、て、敵がッ!」

 

 その報せを聞いたアグリアスさんは誰よりも先に修道院の外へと駆け出していきました。

 

「ゴルターナ公の手の者か!?」

 

 シモン先生も驚きながら来襲の報に備えます。

 

「……ま、こうでなければ金は稼げンからな」

 

 ガフガリオンさんらしいさっぱりとした態度で戦いに臨もうとしています。

 

「なンだ、ラムザ、おまえも文句あるのか……?」

 

 何か疑念を持ったのか、彼はラムザさんに問いかけました。

 

「僕はここに残る」

「はっ!? 何を言ってやがる。おまえは依頼を放棄してまでそこのお嬢さン二人を守るとでも言うのか!」

「文句は言わせない。これが傭兵の仕事でないというなら、依頼料はいらない。貴方に付いてくるなと言われればそれまでの話だ」

「ボンボンの坊ちゃンが笑わせる……。まあいい、外の連中はオレたちに任せて、おまえはそいつらと一緒に引っ込ンでるンだな!」

 

 そう言ってガフガリオンさんはラッドさんを引き連れて修道院の外へと出ていきます。

 私はあまりの展開に不安を覚えるばかりで、ラムザさんに問いかけます。

 

「あの、いいんですか。ラムザさん。ガフガリオンさんたちを見送ってしまって……」

「ガフガリオンは一流の傭兵だ。並大抵の戦士……ゴルターナ軍なら南天騎士団の精鋭でも連れてこない限り敗れはしないさ。それに、王家の近衛騎士団もついている」

「でも、もしかしたら逃れた敵がここに入ってくるかもしれませんよね。……ラムザさんは躊躇なく、人を斬れるんですか」

「僕の手は既に汚れている。それこそ士官アカデミー時代の頃からね。これは敵を倒す力であることより、人を守る力として使いたい。こんな答えじゃ不服かな」

 

 私の知る『ファイナルファンタジータクティクス』のラムザさんはこうではなかった。

 もっと捨て鉢でガフガリオンさんの命令を唯々諾々で聞いている、無気力な青年だったはず。

 もしかしたら私との再会が、彼を強く変えてしまったのかもしれない。

 

「……いえ、せめてご自愛と、ご武運を」

「任せてくれ。この場の皆は僕が守ってみせる」

 

 折からの雨は雷雨へと変じていました。

 稲光が窓の外を白く照らし、強い雨が屋根と窓を叩く音が聞こえてきます。

 

「神よ……」

 

 呟くようなオヴェリア様の声が、この先の大きな暗雲を予兆しているかのようでした。

 

 

 

 修道院の外から剣戟と断末魔の声が聞こえてきます。

 どちらも、吐き気を催すほどに、聞いていて辛い。

 私はその場にしゃがみ込み、気分の悪さを誤魔化そうと、ケホケホと咳こんでいました。

 

「大丈夫か、ティータ」

「はい……、でも外の様子は一体どうなって……」

「少し様子を見てくる。きみはオヴェリア王女やシモン殿と一緒に修道院の奥へ逃げ込むんだ」

「わかりました……」

 

 私は血の匂いと叫びに薄ら寒い酔いを覚えながら、お二人の元へ向かいます。

 

「オヴェリア様、ここは危険です。出来る限り修道院の地下へ……」

「え、えぇ……」

 

 傭兵でも何でもない、たかが平民の私の言うことを果たして聞いてくれるかと思いながら、そんな心配は無用だったな、と思い直します。

 オヴェリア様がそんな人物ではないことは、この乱世で少しも心を閉じなかった彼女の考え方が教えてくれましたから。……その分、乱世の終わりに唯一、心を閉ざしてしまった"彼"が決して浮かばれないのですが。

 

「そこまでだ。動くな」

 

 考え事をしてもたついていた私の首筋に、一筋の鋭い光が差し込みました。

 軽く皮膚に触れて、血が滴るのを感じます。

 

「驚かせたか? 混乱の隙を突いて堂々と裏口から侵入しただけだったんだがな」

 

 私は思わずパニックで声を上げそうになりましたが、強烈な自制心で以って慌てて両手で口を塞ぎ、その場に留まります。

 

「ゴルターナ軍の騎士……!」

 

 シモン先生が口惜しそうに呻きます。私は身動きも取れず、背後を振り返ることも出来ないまま、ただ黙って事態の推移が成すがままに任せるしかありません。

 

 ドクン。

 

 私の中の魂――ティータ・ハイラルが躍動しました。

 この方は、まさか……!

 

「――ディリータ!?」

 

 こちらの状況に気付いたラムザさんが、戻ってくるなりその闖入者の名を呼ばわりました。

 こんなの、馬鹿でも分かります。

 背後から現れた騎士は私たちを縫い留め、恐らくはオヴェリア様以外の人物を皆殺しにして彼女をかどわかそうとしたのでしょう。

 それが彼――ディリータ・ハイラルの野望の始まりなのですから。

 ですが、きっと私たちなら止められるはず……!

 

「ディリータ! 生きていたのか、ディリータ!」

「こんなところで再会するとはな! あいかわらず兄キたちの言いなりか?」

「違う!! 僕らはガリオンヌからの正式な依頼に基づいて、傭兵としてオヴェリア王女をラーグ公の元へ護送する役目を負った人間だ。だけどディリータ! まずはその剣を降ろせ!!」

「それでオレを脅しているつもりか? ラムザ」

「彼女をよく見るんだ! 取り返しのつかないことをしようとしているんだぞ、おまえは!!」

 

 ラムザさんの気迫に引っかかるところがあったのか、それとも根負けしたのか、彼は私の頭髪を掴んで改めて、私の顔を覗き見ます。

 彼の表情は、やはり私の想像した通り。いえ、想像以上の驚愕に満ち満ちていました。

 

「ティータ……か……!?」

 

 ドクン。

 またしても魂のティータ・ハイラルが躍動します。

 それは私の体を借りて、いや、取り戻して、ディリータさんに向けて微笑みました。

 

「会いたかった……会いたかったよ。ディリータ兄さん……!」

 

 しかし。

 

 ザンッ!!

 

「あ……」

 

 ディリータさんの凶剣が、私の体を走りました。

 私の中のティータさんはその動きを止め、再び私の元に魂を戻します。

 

「ふざけるな……!」

 

 ディリータさんの呻き声が響きます。怨嗟のごとく。

 

「ふざけるな、ふざけるな……ふざけるなッ!!」

「ディリータ!! なんてことを……!!」

 

 ラムザさんが疾駆し、ディリータさんを羽交い絞めにして彼を拘束します。

 

「彼女はティータなんだぞ!! きみのたったひとりの兄妹じゃないか!! 何故そんなことになるんだ!?」

 

 ラムザさんの気迫に圧されてディリータさんが大声で口走ります。

 

「ティータは死んだんだ!! あの砦で、死んでいなければならなかった!! だが今頃になって生きていた、だと!? それならこれまでのオレはどうなるんだ!!」

「ディリータ!? 一体何のことを……!!」

「黙れ! ラムザ!!」

 

 ラムザさんとディリータさんが互いに喚き合います。

 私はそれを黙って聞いていました。聞こえていました。

 そう、彼の凶剣は私を浅く撫でつけただけで、致命傷には程遠い。

 そして、それに。

 

「黙るのは……」

 

 ティータさんの魂の鼓動が、もう聞こえない。

 

「アンタですよディリータさん!! このド阿呆!!」

 

 怒りのままに私は剣を抜き、ディリータさんに斬り付けました。

 しかし全身全霊の私の剣も、ディリータさんの身に付ける鎧にかすり傷を付けた程度です。

 

「いきなりティータさんが出てきてそりゃびっくりでしょう! でも衝動的にその妹を亡き者にするなんて、アンタ一体何様のつもりですか!! 剣を捨ててハグするのがまず第一じゃないですか!!」

「おまえ……何を……!?」

 

 私の勢いに気圧されるように、彼はラムザさんに留められるがまま、私の言葉を聞いていました。

 

「そりゃティータさんも怒りますし、しょげ返りますよ! 一年ぶりに再会したお兄さんにいきなり斬り付けられたら! 彼女、もう私の中で泣き寝入りしています! それにね!」

 

 私は受けた切り傷を我慢して、優しくディリータさんの頬を手を撫で。

 

 パシンッ!

 

 容赦なく張り付けました。

 

「『生きてて良かった』。その一言だけでティータさんは救われたんです。貴方の思惑が何であれ、兄として、どうしてそんな簡単なことが出来なかったんですか」

 

 今度こそ、私は優しく目の前で困惑しているディリータさんに言葉を投げかけます。

 

「おまえは……ティータ、なのか……? それともよく似た、別人なのか……?」

「今はどちらでもいいです。冷静になってください。今、貴方がすべきことは何ですか?」

 

 私たちの論戦、というか口喧嘩が鎮まり、沈黙が辺りを支配しました。

 

「……オレは、認めない」

 

 そう言ってラムザさんの拘束を振り切り、ディリータさんはオヴェリア様へと近づいて。

 

 ドスッ。

 

 容赦なく彼女の腹に拳を埋め込みました。

 うっと呻いて、彼女は気を失います。

 ディリータさんはオヴェリア様を肩に抱え、その場から立ち去ろうとしました。

 

「オヴェリア様! ……なんということを……!」

 

 シモン先生が枯れた声で引き留めようとしますが、当然ディリータさんには届きません。

 

「王女は預かっていく。もしも追ってこようものなら王女の命はない」

「ディリータ、きみは一体何を企んでいるんだ?」

 

 ラムザさんの言葉に、ディリータさんは頭が冷えたのか、冷静な口調で返しました。

 

「おまえたちにはできないことをするだけさ」

「どういう意味なんだ?」

「さあな……」

 

 言いながら、ラムザさんとシモン先生を残して裏口を出ていきました。

 

「ラムザさん、すぐに後を追わないと、オヴェリア様が……」

「大丈夫だ。ディリータは王女を殺さない」

「信用……できるんですか?」

「ティータ、きみなら分かるだろう? あいつはあれで根っからの悪人じゃないってことは」

「それは、そうですけど」

「今はむやみやたらと動くべきじゃない。ガフガリオンたちと共闘しなければ……!」

 

 ガタン。

 

 ちょうど見計らったかのように修道院の正門が開きました。

 アグリアスさんの疲れた様子を見れば、状況はほぼ伝わっているようです。

 

 

 

「……なんてことだ」

 

 ガフガリオンさんが訝し気な眼でラムザさんを見やります。

 

「なンだ、ラムザ、さらっていった奴を知っているのか?」

 

 ラムザさんは俯くばかりで言葉が出ません。私もラムザさんも、度重なるショックで展開についていけないというのもあります。

 

「オヴェリア様を連れているのだ、そう遠くへは行けないだろう」

「追いかけるつもりか?」

「当然だ! このままでは王家に対して顔向けができん!」

「オレたちは手伝わンぞ。契約外だからな!」

「正式な騎士でもない輩の手助けなどこちらから断る! 自分の失敗は自分の力で補うのが騎士というもの。これは我々護衛隊の役目だ! 行くぞ、ラヴィアン、アリシア!」

 

 憤激するアグリアスさんに、ラムザさんがやおら顔を上げて。

 

「僕も、僕も行きます! 足手まといにはなりません!」

「何を言ってンだ! オレたちには関係ねぇことなンだぞ!」

「確かめなきゃいけないんだ! この目で確かめなきゃいけないんだ!」

「……さっきの小僧か?」

 

 私も同じ意見です。

 確かめないといけない。ディリータさんが今のティータさんを、いえ、私をどう思っているのか。

 

「チッ、仕方ねぇなぁ。どうなっても知らンぞ、オレは……!」

 

 もうすぐ激動の幕が開く。それが獅子戦争。

 私は来たる戦争の幕を開くことなく、ディリータ兄さんを止められるのか。

 ディリータ・ハイラルに、剣を向けられるのか。

 きっと、出来る。

 あの魂のティータさんが鼓動を止めた時、図らずも彼に剣を向けてしまった。

 でも、そんな些細なことが私の持つ闘志と覚悟を目覚めさせてくれた。

 今度こそ、止めてみせます。

 ディリータ・ハイラル。獅子戦争の発端を。

 

 雨はやみ、少し白んだ空が雲間に光を差していました。

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