side:ティータ・ハイラル
ランベリー城下町の酒場で人心地挟んで宿屋で一泊した翌日。
「ふわぁ……ふぅ……」
私はベッドから上半身を持ち上げ、ぐーっと背伸びの運動をします。
どうやらこのティータさんの体は低血圧らしく、どうにも朝が辛いことが分かったのが最近です。
「おはよう、ティータ嬢」
「ミルウーダさんも、おはようございます」
私よりも早くに目を覚ましたミルウーダさんと朝の挨拶を交わしました。
オヴェリア様は……まだ就寝中のようですね。
「早速だけど、今日の予定はどうするの? ラムザやオヴェリア王女を交えて今後の相談かしら」
まあ、それも必須事項なんですが。
「ちょっと確かめたいことがあって、私は出掛けようかと。そんなに時間はかけないつもりです」
「そう」
「ミルウーダさんは?」
私が話の矛先を向けると、ミルウーダさんが応えます。
「ギュスタヴやラムザを連れて仕事の斡旋でも探すつもり。ラムザの言う通り、当座の資金稼ぎをしないとね」
「それには、私はちょっと付き合えそうにないですね……。一応、ウィーグラフさんの薫陶を受けてはいるのですが」
「兄さんの?」
「ええ、まあ些細なことです」
「なので、とりあえず今日のことは任せます」とだけ言って、私は朝食を取ることにしました。
ミルウーダさんとは別々ですので、自然、今日のオヴェリア様のお世話は私が取ることになります。
「そうだ。ミルウーダさん」
「なに?」
「これ、売り払っておいてくれます?」
言って私が指差したのは、部屋の隅っこに置いてあるズタ袋。中には。
「貴女が身に付けていた鎧兜ね。もういらないの?」
「ラムザさんに言われましたから。私にはもう必要のないものです」
「いざという時になかったら困ると言われると、本当に困るわよ」
「いいんです。その役割はラムザさんたちにお願いするつもりですから」
「したたかね」
ミルウーダさんが興味無さげに、ズタ袋を回収します。
「これの売却費、そのまま依頼料として受け取っておくわ。それが条件」
「全然構いません。交渉成立ですね」
「支払い終えたなんて思わないでね。まだまだ貴女から搾り取るつもりなんだから」
私は快諾して、それを合図にしてか、ミルウーダさんはさっさと部屋を出ていきました。
ラムザさんたちを起こして、先の相談を伝えるつもりかと察します。
なんだか、私が皆さんを顎でこき使っているような気がして何とも恐縮です。
私とオヴェリア様だけ残されて、とりあえず私は彼女を起こすことにしました。
不躾ですが。
「オヴェリア様、ご起床の時間ですよー。起きてください」
まだベッドで眠りについているオヴェリア様をゆさゆさと揺すって起こします。不躾どころか不敬もいいところですね。
「……ん、うーん……」
なかなか手強い。
寝返りを打って未だ安眠を主張するオヴェリア様。結構図太い性格してます。
「起きてください。もう朝ですよー」
「うぅーん……あと五分……」
図太い。いい性格してらっしゃる。
寝ぼすけのテンプレを決めながら、まだ惰眠を貪り足りない模様。
諦めて、私は先に顔を洗うことにしました。
それなりの宿屋。一部屋ごとにお風呂と洗面所完備です。
私は洗面所の蛇口をひねって水をすくい、顔を洗ってから髪をすいて。
よし、朝のお目覚めは万全。むん、と腹に力を込めました。
そこに。
「……おはようございます。ティータ・ハイラル」
寝ぼけまなこのオヴェリア様が、洗面所にお出でなさいました。
さっきは起こしても起きなかったくせに。
「おはようございます、オヴェリア様」
「ティータ・ハイラル。今は何時かしら」
「少しお遅いお目覚めですね。もう町のお店が開店する時間帯です」
「そう……」
曇りがちな表情は、朝の寝ぼけまなこのせいだけじゃないでしょう。
やっぱりこの先、自分の身の上を案じていらっしゃるのでしょうか。
「ティータ・ハイラル。私はこれから何をすればいいの?」
でもねぇ。ちょっと気にかかることもあるんですよ。
「ティータ、でいいですよ。その代わり私も、オヴェリア様とお呼びしますので」
「そう……、ならティータ」
「はい」
「私はこれから何をすればいいの。二度同じことを聞かせないで欲しいのだけど」
むむ、さすがに無礼でしたか。
「まずは……、その高貴なローブとは別のお着替えを探しましょうか。とりあえず今日のところは……申し訳ないですが、私に付いてきていただいても構わないでしょうか」
「昨日も言ったでしょう。私に拒否権はない、と。貴女の好きにすればいいわ」
「過分なお言葉、感謝いたします」
私は形だけ、臣下の礼を取ります。
でもまだオヴェリア様は不機嫌なご様子。
無理もありません。結局昨日、ディリータ兄さんからその身を拉致してから、行動の自由はまだ許されていませんので。
「それよりも先に、洗面所で顔を洗いましょう。御髪も私が整えますから」
「わかったわ」
二人して洗面所で朝の支度を整えます。
それが終わったら、先も言った通り衣服を変えさせていただかなければ。
オヴェリア様の着られているローブ、本当に綺麗なんですよねぇ。滑らかで艶やかなだけでなく、刺繡のひとつひとつがきめ細やかで、お貴族様の洒落が利いているというか。
それを嫌味なく着こなしているオヴェリア様は、やはりどこまでいってもお姫様という枠組みにきっかり嵌っているんでしょうね。
「それじゃ、行きましょうか」
「今日の予定は」
「先ほど申し上げた通り、衣服を変えさせていただくのと。それとは別に少し調べたいことがありまして」
「どこだか知らないけれど、そこへ行くのね。私が行ってもお邪魔じゃないかしら」
「そうは言っても、オヴェリア様をお一人にするわけにはいきませんし……」
「……そう」
それで会話を打ち切ったのか、オヴェリア様はそれ以上なにも言うことはありませんでした。
少し居心地の悪さを覚えながら、私たちは町へとくり出します。
side:オヴェリア・アトカーシャ
「ねえ、ティータ」
「はい、なんでしょうか?」
「お腹が空いたわ」
「あー……」
宿屋から出る前、朝食をとったにもかかわらず私は空腹に不満を覚えていた。
量が少ないのだ。
オーボンヌ修道院にいた頃も、それほど多くを食べていたわけではないのだけれど、どうやら昨日の酒場で食したことで満足感を覚えたのか、胃の中がそれに慣れさせられたらしい。
庶民って、なんだか贅沢だ。
ティータも同じことを考えていたのか。
「宿屋の朝食だけじゃ、ちょっと少ない気がしますよね。昨日の酒場での食事に慣れましたかね」
同感だけど、それに頷くのはなんだか癪だった。
ティータがきょろきょろと辺りを見回して。
「衣類は防具屋に行けばいいか……。となると、次の予定は、と」
その所作はなんだかひとり芝居をしているようで少し面白かった。
と。
彼女は何か閃いたように。
「うん、まずは衣服を何とかしましょう。それからもしかしたらですが、無償で食べられるところがあるかもしれません」
そんな都合のいい店があるのなら、何故それを先に言わない。
平民の感覚が私には分からない。
「貴女に従うわ。さっさと用事を済ませてちょうだい」
「いやはや、忙しなくてすみません」
彼女は腰を曲げて、手を頭の後ろにやって「たはは」と人のいい笑顔を浮かべた。
人はそれを苦笑と言うのだろう。
「とりあえず衣服を変えて、それから目的地に向かいましょう。私が一度、調査したかった所です」
私はそれに対して、さして興味もなく「ふうん」と適当な相槌を打つだけだった。
side:ティータ・ハイラル
さてと。
オヴェリア様の衣服も防具屋で整えさせていただきました。
これが結構、難儀なもので。
さすがに普段から高貴なお着物をお召しになられてるお方の着せ替えでしたから、そりゃ難儀もするってものです。
革の服とか麻のローブとか、平民には一般的なんですが、はっきり言ってごわごわしてて着心地が良くないんですよね。
だからって絹製の衣服だと、オヴェリア様のお姫様オーラが映えて見えてしまって、あんまり変装にはならないというか。
ここは間を取って、木綿のワンピースを選びました。
ベージュ色のあまり色の映えない、そしてオヴェリア様の美的な金の御髪も目立たない色合いの衣服です。
これで多少は、平民っぽくなったでしょうか。
せめてお忍びのお貴族様、くらいには見えるでしょう。ええ見えますとも。そうでなくては困ります。
そんなオヴェリア様は。
「平民の衣服もそれほど悪くないものね。もう少し着心地が良くないものを与えられると思っていたわ」
とりあえず不満は無いようなので、一安心。
これでまず第一案件はクリア、と。
それではもう一つの案件を。
「オヴェリア様、行きますよー」
「置いていかないでね、ティータ。はぐれたら大変だもの」
そうして、昨日も訪れた広場に着きました。
酒場からの帰りにふらり立ち寄った、薔薇と色とりどりの花に囲まれた御邸、もとい喫茶店――で、いいんでしょうか?
その入口の手前まで寄って、看板が見えました。
『準備中 喫茶シグルド』
どうやらまだ開店していない模様。
出直そうか。
ちょっと迷ったその時。
「おい、そこの平民」
後ろから、不愛想な男性の声。
聞き覚えのある、というか未だ忘れないその声に対して。
私とオヴェリア様は振り向きました。
「あ……」
私は言葉を失いました。
忘れていない。いえ、忘れようにもお世話になって忘れずにいたその顔は。
やっぱりアルガスさん似の。
「こんな所までわざわざやって来たのか平民。よっぽど暇なのか」
シグルドさん。
ちょっと、そこから現れるのはずるい。
まだ心の準備もしていなかったのに、不意打ちで出てくるなんて。
感動で、少し涙が浮かびそうです。
「あ、あの。シグルドさん……、わ、私……」
思わずどもってしまいました。
挙動不審になろうというものです。
そんな私を見て、シグルドさんは「はぁー」っと大きくため息を漏らしました。
「まあ入れよ。ガリオンヌからこんな所まで来たんだ。ただの観光じゃないなら、何かやんごとなき事情でもあるんだろ。話だけなら聞いてやる」
そう言って、私たちの前を通り過ぎて、玄関前に荷物を降ろし――朝の買い出しでしょうか――ちゃっとドアの鍵を開きます。
玄関の扉を開いて。
「今日は開店休業だ。何があったか、話せよ」
言いながら、荷物を抱えてどかどかと店内に入っていきました。
私とオヴェリア様もその後を追って、しずしずと入店しました。
side:ディリータ・ハイラル
まったく面白くない。
とにかく、事情が良くない。
ラムザと骸旅団の残党、それに……あまり口にしたくないが、オレの妹を名乗るヤツに、オヴェリアをさらわれてしまった。
はっきり言って、冷静さを欠いていた。
頭を冷やして考えてみれば、あそこ――アラグアイの森で連中を撒こうとしたのが間違いの元だ。
ヤツらは徒党を組んでオレを探していた。
なら逃げ場のない森の中などを選ばず、街道を堂々と闊歩した方がまだマシだ。
北天騎士団を撒こうとして、骸旅団に捕捉された。
騎士団の末端くらいなら何とでもなった。
だが、骸旅団はそうはいかない。
騎士団の暗殺実行部隊くらいならどうとでもなる。
骸旅団は、数こそ減らしたもののいずれも今まで生き抜いてきた剛の者。
さらに地理も知り尽くしているし、土地勘もある。
やはり森を歩くべきではなかった。
それに。
今、オヴェリアが無事なのかどうかも定かではないのだ。
ラムザが近くに侍っているなら、まだ無事だと信じたいところだが。
そうしてオレは何をすればいいのかさえ分からず、未だ森の中にいる。
とにかく、北天騎士団にオヴェリアを殺らせるわけにはいかない。
オヴェリアの生存が第一条件だ。
そうするには、一体どうすれば……。
「……ん?」
森の中、何か妙な気配を近くに感じた。
誰だ?
獣でも魔物でもない。
人だ。
数は一人。
気配を感じたのは、それが人だからではない。
火を焚いている。
火を焚くのは、人以外にはいない。
とりあえず、その元に向かうことにした。
どうせやることなど他にない。
気分転換代わりに、少しの好奇心で覗くだけだ。
木々に身を隠しながら、気配の元に辿り着く。
これだけ近付いても気が付く素振りもない。
隠れていても仕方ない。
オレはガサガサと、わざとらしく草を踏みしだく音を立てて、そいつの前に姿を現した。
「ッ! ひッ!!」
そいつはオレの姿を見るなり、身を縮こまらせた。
今にも泣きそうな、年端もいかない少女だ。
だが、そいつは――。
「――オヴェリア王女……?」
そいつの顔は、先刻、拉致されたオヴェリアの顔に似ていた。
いや、似ていたというレベルじゃない。
瓜二つ、だ。
表情こそ恐怖にまみれど、その端正な顔立ちは疑うことなく同じで、髪色も貴族独特の、泉にきらめくような金に染められている。
オレは興奮を抑え、冷静を装ってその娘に声を掛けた。
「……小娘がひとりで出歩く場所でも時間でもないぞ」
「で、でも……」
「どうしてこんな場所にいる」
オレの言葉にいちいち怯え、ひるんでいる。
警戒されているのは間違いないし、当たり前のことだ。
「オレはゴルターナ軍の騎士だ。何もしない。おまえが望むなら、出会ったことも忘れてやる」
「……わ、私……。私、は……」
「どうしてこの森にいる」
衣服は絹に刺繍をあしらった、一般的な貴族が着ているものだが、泥だらけだ。
ひとりでいるところを見るに、何らかの事情で着の身着のまま放逐されたか――いわば口減らしか。
「そう警戒するな。何も取って食おうなどと思っているわけじゃない。心細いなら、話くらいは聞いてやる」
「私……、は……」
それから娘はぼそぼそと、聞き取りづらい声量で、聞き取りづらい事情を話し始めた。
「私……、実家は、貴族です……。でも、私の顔立ちがオヴェリア、様に似ているって言われて、家を放逐されました。世間がきな臭いらしくて……、私がいると、家が危ないから……。だから、追い出すって……」
ふむ。
察するに、こいつを囲っていた貴族が、オヴェリアに酷似したというだけで家を追い出した、ということか。
その理由はやはり、北天騎士団だろう。
北天騎士団がオヴェリアを捜索している。
その事実だけで、気を見るに敏いお貴族様が面倒ごとに巻き込まれまいと、オヴェリア似のこの娘を放逐した。
理由としては、たかがそれだけの話だ。
だが。
「おい、小娘」
「ひッ!!」
脅したつもりはなかったが、どうもオレの言いようは詰め寄って聞こえるらしい。
仕方のないことだが、これはオレにとってもチャンスだ。
「そう怖がるな。そうだな、条件次第ではオレがおまえを守ってやる。どうせ行く所も無いだろう。どうだ?」
娘はヒックヒックと、ついには泣きながら首肯した。
話が早くて何よりだ。
この娘を、オヴェリアの代わりとしてゴルターナ陣営に引き込む。
偽物の王女だろうが何だろうが関係ない。
オレの目的にも合致する。
教会も枢機卿も、この件におけるオレの失態を見逃してくれるだろう。
「よく聞け。オレがおまえをある場所に連れていく。おまえは一言も口を開くな。それが条件だ。約束を守ってくれるなら、オレがおまえの命を守ってやる」
「……貴方は一体、何者なんですか……?」
「おまえと同じ、人間さ」
オレは娘の手を取り、立ち上がらせた。
取った娘の手は、恐怖と不安のせいか、ぶるぶると震えている。
「おまえ、名前は?」
オレの言に、娘はぼそりと呟いた。
「ティータ……、です。家名は、捨てろと言われました……」
「ッ……! ……そうか」
――ティータ。
こいつもまたティータ、か。
どうやらオレは天運に恵まれているようだが、運命に呪われてもいるみたいだ。
「……よし、いいだろう。今から何も口にするな。ティータ」
娘――ティータは泣き止んでいたが、涙をこぼした目元は赤く腫れていた。
「行くぞ。おまえは、オレが必ず守ってやる。安心しろ、ティータ」
そしてオレは、ティータと名乗った娘を連れていくことにした。
オヴェリアの代わりとして。
強く握りしめたティータの手は、やはりまだ震えたままだった。