再始動
side:ティータ・ハイラル
『喫茶シグルド』に入店して、カウンター席に腰掛ける私とオヴェリア様。
きょろきょろと店内を見渡して、何となく店の構造を把握しました。
ここは多分、シグルドさんの実家なのでしょう。
シグルドさんの家族構成は分かりませんが、多分シグルドさんが家長なんだと思いました。
そうでもないと、ここまで邸内を改築出来ないことくらいは察せられます。
邸は、玄関を上がってするりと横に反れたところが喫茶店になっていて、それ以外の奥まった邸内が元々の居住区域になっているようです。
邸の一部を喫茶店に改築している、というわけですね。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
私はホットコーヒーをひとつ頼み、オヴェリア様にはバナナパフェを出してもらいました。
ずずっと少しコーヒーをすすり、私も返します。
「私たちのことはいいんです。それよりもどうしてガリオンヌにいたはずのシグルドさんが、今はランベリーに戻ってきているんですか? あんまり大した理由はないと思いますが」
とりあえずお話はマウントを取ってから。
話は聞くより、聞かせた方が楽ですし。
途端に渋面になったシグルドさんが応えます。
「大した理由じゃないってことはないだろう。世間がきな臭くなってきたからな。ガリランドの町はルザリアとの国境に近い。もし戦争にでもなったら火の粉の一つや二つ飛んできてもおかしくない場所だ。ならさっさと古巣に戻った方が安全だと思っただけだ」
「戦争って言うと、ラーグ公とゴルターナ公の緊張が元になるっていう、アレですか?」
「当たり前だ」
「それだとこのランベリー領の方が危なくないです? 位置的にもゴルターナ公の勢力範囲内ですし、エルムドア侯爵ならきっとゴルターナ公の陣営に手を貸しそうですよ」
「侯爵がどっちに手を貸そうが、ここはゴルターナ公の直轄地じゃない。普段通りに暮らしている分には飛び火してくることはないだろ」
「まあ、このランベリー領は侯爵様以外の人たちは皆さん、日和ってらっしゃるとは思いますが」
「日和ってるって言うな」
私とシグルドさんが話している間に、いつの間にかバナナパフェを空にしていたオヴェリア様が、横からタイミングを見計らったように口を開きました。
「お代わりはある?」
それを見たシグルドさんは、胡散臭そうな眼でオヴェリア様を見やって。
「そもそもだ。そいつは何者だ。単なる連れってわけでもないんだろ。おまえのやんごとなき事情ってのはそいつ絡みか、平民」
「私? 私は平民ではなくて、オヴェ――」
「ストップ!」
馬鹿正直に名乗ろうとしたオヴェリア様の口を咄嗟に閉じさせて、私は思いつくがままにまくし立てました。
「こっちの人は、そう! 私の今の連れで、オ、オフィーリアさんと言います!」
「平民の連れがお貴族サマかよ。そりゃ何かしら事情があるんだな」
「そう、そうなんですよ! ちょっと雲隠れしなきゃいけない事情がありまして、今はその拠点を探してる真っ最中なんです!」
「ほう」
シグルドさんが不躾に、オヴェリア様を上から下まで眺めて、ふむ、としきりに首肯します。
なんだか、そう。それでティンと来たって感じの表情で。
「おまえら、宿探しならうちで働け」
「へ?」
「部屋ならいくらでもある。店で働いているうちはオレの屋敷に匿ってやる。どうだ?」
「それは願ってもない話ですが……」
「正直なところ、オレの店は万年人手不足なんだ。何故だか知らんがな。平民のおまえはともかく、そっちのオフィーリアとかいう貴族の娘なら、店内も明るくなりそうだ。平民とは違ってな」
「まあ、名案だとは思いますけれど……。いいんですかシグルドさん。こちらの方、接客業なんてやったことないですよ」
「オレとおまえが仕込んでやれば問題ないだろ」
シグルドさん、相変わらずですねぇ……。
なんとも無茶なことを平気で仰います。
でもまあ、拠点に出来る所を探していましたから、これは渡りに船と言いますか。
「……わかりました。シグルドさんの提案、乗らせていただきます」
「おまえのその物分かりの良さは唯一、数少ない美点だな。その点だけは褒めておいてやる」
「恐縮です」
「ねえ」
またも割り込んでくるオヴェリア様。
言いたいことの予想はつきますが。
「これのお代わりは、もう無いの?」
「……へいへい、お貴族サマ。少々お待ちくださいませ」
結局、事の次第の重大さに本当に気付いているのかいないのか、オヴェリア様はマイペースにパフェのお代わりを要求するのでした。
パフェのお代わりが届いたところで、シグルドさんが私にこそっと耳打ちしてきました。
「おい平民」
「どうしたんですか、内緒話だなんて」
私も思わずこそっと応えます。
「先に言っておく。隠し事は許さんぞ。うちに置いてやる条件はひとつだ。秘密は包み隠さず、オレに教えろ。いいな」
「……そういうシグルドさんのきっぷの良さも、シグルドさんの美点だと思いますよ」
とりあえず拠点はゲットしたものの、これからの展開に向けて、私は嘆息するしかありませんでした。
オヴェリア様はそれを知ってか知らずか、無言のままにパフェをつついているのでしたとさ。
side:ラムザ・ベオルブ
ランベリー領に一時避難して一日目。
とりあえず今日の日雇いの仕事を終えて多少は重くなった財布。
もう日も暗くなってきたし、ティータたちと合流しなければ。
「今日の仕事はこれくらいにしよう」
「そういえばラムザ」
ミルウーダが僕に声掛けする。
「どうした?」
「ティータと合流するのはいいけれど、私たち、このままで大丈夫だと、貴方は本気で思っているの?」
「と、言うと?」
「いつまでもこうやって、その場凌ぎで雲隠れは続けられない、ってことよ。昨日の酒場でも言っていたけど、ティータに当てはなさそうだったじゃない」
「まあ僕もそこは心配だけど、その辺りもティータと相談しないといけないね。さすがに昨日の今日で解決するほど、上手く事が進むとは思ってはいないけれど」
言って、昨日宿泊した宿へと足を向ける。
せっかく稼いだ儲けの大半も、宿代だけで消えそうなのが不安だったけど、贅沢は言っていられない。
実際、時間はないのだ。
宿に着き、玄関を跨ぐ。
その中に広がるロビーの隅っこに設置されているソファ。
そこにティータとオヴェリア様がいた。
「ただいま。今戻ったよ、ティータ」
「お帰りなさい、ラムザさん」
言って、腰を浮かせるティータ。
脇に座るオヴェリア様は無言のままで、目の前に置かれたテーブルの上に置いてあった紅茶のカップをソーサーから浮かせたところだった。
「稼ぎの成果はいかがでした?」
「少し……いや、だいぶまずいかな。ここの宿代を支払うだけでも手一杯だ。次に打てる一手を考える余裕すらない、といったら多少は危機感も持ってもらえるかな」
「ああ、それでしたら」
「? 何か当てがあるのかい?」
「ええ、知己がいてくれました」
ティータが何を言いたいかは理解し損ねたが、どうやら彼女なりに解決策を見つけたらしいことは確かだった。
本当に、あの気弱でディリータの後ろに付いているだけの女の子だったのだろうか。
再会したティータはそんな脆弱さを全く感じさせない、行動力に溢れたひとりの女性だ。
本当に僕より年下かと疑うばかりだ。
「知己……、か。当てに出来るのかい?」
「ええ。ラムザさんも、会えばきっと納得してもらえると思います」
僕が納得?
いったい誰だろう。
「今日のところはラムザさん、宿でゆっくり休んでください。私とオヴェリア様はその人の屋敷に泊まりますから。私たちのチェックアウトはもう済んでいますので」
「手際がいいね」
「もうあちこち旅して長いですから」
本当に、力強くなったものだ。
「それじゃあ私たち、今日はこのまま失礼しますね」
「うん、気を付けて」
ティータに続いてオヴェリア様も立ち上がり、頭だけぺこりと下げて、二人は僕の前から立ち去っていった。
そこにちょうど、後から現れたミルウーダがティータに一言二言交わして、そのまま出ていく彼女たちを見送った。
僕の前まで来て、ミルウーダは。
「ティータたち、もう拠点の当てが見つかったのね」
「そうらしいね」
言ったミルウーダの顔色に、さっと影が差す。
僕はそれを怪訝に思い、口にした。
「どうかしたのか? ミルウーダ」
「ええ……、大したことじゃないんだけれど」
僕の頭には「?」が生えたままだ。
彼女は意を決したように、と言うとやや大げさか。
ともかくそんな表情を浮かべて続ける。
「あの子、一回痛い目を見ないと止まらないわ」
「痛い目?」
「あの眼は成功者のものよ。一回もつまづいたことのない人の眼」
「成功者の……眼?」
「そう。私が相手してきた貴族連中にもそんな眼をした連中がたくさんいたわ。失敗したことのないヤツらの眼の連中は、私たちにとって取るに足らない連中ばかりだった。何せ、一度も失敗していないから、今度も失敗しないと思い込んでいる連中なんだもの」
わかるような気はする。
だけど。
「その心配は無用だよ、ミルウーダ」
「そうかしら?」
「ティータは失敗を重ねて、ここまで来た。そのはずなんだ。成功していた、失敗したことのない浅慮な人間なら、今こうしてここにはいない」
「根拠はあるの?」
「だって彼女はその気になれば、ベオルブ家に帰る選択だってできたはずなんだから。でも彼女はそれを選ばなかった」
「それは成功しているのと、何が違うのかしら」
「彼女は失敗した。ベオルブ家へ逃げ帰ることに。そうして彼女は着の身着のままひとりで流浪することを選んだ。後は野となれ山となれ、さ。彼女が今、生きているのは本当にたまたまだった。全部、時の運だったんだ。一歩間違えればもう生きてはいない。それが失敗ではないと、どうして言える?」
「そう……かしら。そう、かもね」
「貴方にはやっぱり敵わないわ」。
それだけ告げて、ミルウーダは宿の自室へと戻っていった。
ポツリと呟く。
「それにさ……」
誰もいなくなったロビーのソファに、僕は腰を沈めて独り言ちる。
「失敗は正してあげられる。僕の役目がそれ……。そうだろう、ティータ」
その言葉に頷く者は誰もいなかったけれど、僕の中にまたひとつ、守らなければならない決意が芽生えた気がした。
side:ティータ・ハイラル
チェックアウトから翌日。
私とオヴェリア様はさっそく、喫茶シグルドでシグルドさんと私による、オヴェリア様ウェイトレス化計画を実行します。
しかし、それというものの――。
「――こっちが注文用紙で、お客様の注文をメモする役目を持つもの。注文を書き込んだらシグルドに声をかけて、簡単な飲み物はこっちのグラスやカップで私たちが準備。わからなければティータや貴方に聞けばいいのね。仕事がなくなったら店内の掃除。お客様が見えているときは掃き掃除は控えてテーブルや窓の拭き掃除。後はこのひらひらした制服に馴染めばいい……。これでいいのかしら」
オヴェリア様、店のお仕事に馴染み過ぎ。
とてもじゃありませんが、修道院暮らしで従士を侍らせていたとは思えないほどの上達ぶりです。
「最初は心配していたが、やるじゃねえかオフィーリア。少なくともそっちの平民より、よっぽど役に立つ」
「褒めてもらえてるのかしら。だったら嬉しいわ」
「気にするな。出来ることをやれてようやく一人前な、そっちの平民に比べりゃおまえの方がよほど優秀だ」
うう、そういう風に言われると弱い……。
まさかオヴェリア様にあっという間に先を越されてしまうとは。
これでは先輩風を吹かせることも出来ないじゃないですか!
プリンセス・オヴェリア、改めウェイトレス・オヴェリア。開眼せり。
あー、もうっ!
「店長、たまには私のことも褒めてくださいよ」
「ああ? おまえはやること成すこといちいちとろくさいんだよ。何も聞かずにオレの意を汲むこいつの爪の垢でも煎じて飲むんだな」
「女の子に言っていいセリフじゃないですよ、それ!」
ぎゃーぎゃーと言い合う私たち。
「……ふふっ」
それを見ていたオヴェリア様が笑みを漏らしました。
え、何か面白いことしましたっけ、私。
「貴方たちの仲睦まじさが、見ていたらなんだか暖かな気持ちになってしまって。世の中にはこんな楽しい出来事がたくさんあるのね」
「そうですかあ? 店長、いつも私のこといぢめるんですよ」
「そういうところも含めて、貴方たちのことを見ていて、ちょっと羨ましいわ」
「どこがですか!」
思わず裏返った声で応えてしまう私。
そんな私を意にも介さず、シグルドさんが。
「言い合ってる時間はねえぞ、平民。おまえ、ちょっとこっち来い」
「ええー、また買い出しですかあ?」
「そうだ。いいから来い」
言われて、カウンターの内側に引っ込んでいく私。
それを尻目にオヴェリア様も上機嫌に店内を掃き掃除しています。
そこでこそっと、シグルドさんが私に言い含めます。
「お姫サマのご機嫌はオレが取っておくから、おまえは買い出しついでに中休みでも取っておけ。買い出しの代金の残りはおまえの駄賃にしていいからな」
「おお、シグルドさんお優しい」
「グズグズせずにさっさと行け」
はい、オヴェリア様のあれこれについては、簡単にですけど漏らしちゃいました。
詳しい話はまだですけど、折を見てシグルドさんに全部話してしまおうと思っています。
買い出しの指示を受けた私は「ちょっと買い出し行ってきまーす」とわざとらしく声を上げて喫茶シグルドを出ていきました。
ちょうどいい機会です。
買い出しが終わったら、ラムザさんが宿泊しているだろう宿に一報届けておきますか。
拠点の当てが出来たことを伝えて、何とかラムザさんたちもこちら側に引き込んでおかないと。
まあ、それを許可してくれるかどうかはシグルドさん次第ですが。
これでお膳立てはほとんど済みました。
後は、まあ野となれ山となれの精神です。
シグルドさん、ああ見えて根っから善人でお人好しですし、ラムザさんもそこを見違えることはないでしょう。
さあ、ランベリーでの新生活、頑張っていきましょう! おーっ!!