side:ティータ・ハイラル
白亜城ランベリー城の畔に、ポツンと赤く光る景観。
その場所までやって来て、まず思ったのは。
「……大きいですねぇ」
「意外と大きかったわね」
背丈は大貴族の館ほど。
外装は赤く染められて、窓の少ない建てづくり。
言ってはなんですが、ランベリーの風光明媚な観光地には、赤すぎて不似合いな建築物。
そんな建物でした。
「どうするの? ティータ」
「うーん……」
割と即断即決で熟慮しない人間。それが私だと認識していましたが、ちょっとこれには迷います。
大きな木製の門扉は固く閉ざされており、来客お断りな気配をプンプンとさせているのですが、逆にそこから何とか入れないかと、好奇心がつつかれるというか。
そもそも、わざわざここまで来たのはこの赤いものは何だろう、という軽い気持ちでやってきたものです。これ以上の深入りはあまり褒められたことではありません。
まあ場所は確認できたことですし、見物はまた改めて別の日に回しても。
などと思っていた矢先でした。
ギイィ。
内側から、扉の方が開いてきました。
「……こんにちは。貴女がたはどちらさま?」
現れたのは長身のメイドさんでした。
全体的に白と藍色の装いで、頭にホワイトプリムを飾っているところなんかから、そんな気配がします。
当たり前なんですが、不審な輩が来たな、というような目線で見られているようです。
「えーっと、私たち、ここは不案内なものですから、この赤い屋敷は何だろうなって見物しに来ただけで、特に不審者とかではないです」
「あらそう」
すぐ納得していただけて、ほっと胸を撫で下ろしました。
その次の句は。
「お嬢様に御用なのね。案内するわ。ようこそ紅魔館へ」
……はい?
「いやあの、私たち不案内なよそ者なんで、特に用事とかはないというかッ」
「わかっていますわ。ともあれ、お嬢様の元へご案内します。どうぞお入りになって」
言って、私たちの脇に退きました。ですが視線は私たちから外しません。
これはあれですか。入るまで帰さないっていう構えですよね。
「いいでしょう。お嬢様とやらにお会いするわ。案内してちょうだい」
って、ちょっと! オヴェリア様!?
自然と前へ一歩進めるオヴェリア様に、そう突っ込みそうになりました。
けれど、オヴェリア様は平然と。いや超然とした態度で。
「どうしたの、行くわよティータ」
「いいんですかオヴェ……オフィーリアさん。いきなり怪しさ満点ですよ?」
「出迎えられたなら、それに応えるのも貴族の務めというものよ。貴女も私の従者を勤めるつもりなら、泰然となさい」
「し、しかし。うー……」
確かに、これといって、オヴェリア様に対する反論の余地は見当たりません。
っていうかオヴェリア様、やっぱり私のことそういう眼で見ていたんですね。
「ではご案内いたします。どうぞ私のあとからお参りください」
オヴェリア様は悠々とした足運びで、私は戦々恐々としながらオドオドとそれに付いていくのでした。
内装も赤々とした内壁や絨毯敷きで、窓も少なく薄暗いちょっぴり不気味な雰囲気を醸し出す廊下を、私たちはメイドさんに引き連れられて歩いていきます。
なんだかお化け屋敷を進んでいる気分です。急に扉が開いてフランケンシュタインがガオーッと飛び出してきても、別の意味で驚きそうにないです。
しかし別にそんな雰囲気はあるものの、現実にはなさそうで少し安心しました。少しだけですけど。
そうして、ひとり悶々としながら進んでいたところ、メイドさんがひとつの私室らしき部屋のドアをノックしました。
「失礼します。
そう言って、メイドさんは部屋の扉を開きました。
「どうぞ、主人がお待ちです」とだけ私たちに伝え、心持ち眼を伏せながら招き入れます。
その姿勢から私は、「入るまで帰さんぞ」という気迫を感じました。
堂々と入るオヴェリア様に従って、こっそりと部屋に入室する私。
部屋の中、目の前のソファに腰掛けていたのは。
「ようこそ、異邦の客人よ。私はレミリア・スカーレット。そっちの従者は十六夜咲夜だ」
そう名乗る、小学生くらいの幼女でした。
「歓待、感謝いたします。レミリア・スカーレット卿」
オヴェリア様は悠然とそう言い返します。
ですが。
「ああ、きみが噂の王女様か。とりあえずきみに用があるのはそこの咲夜だけだ」
「え?」
「聞こえなかったか? 私はきみに用は無い」
傲然と言い放ちました。
「咲夜、連れていって」
「承知いたしました」
メイドさんが、片手を上げつつ指を胸より上に掲げて。
パチン。
指を鳴らした瞬間、オヴェリア様とメイドさんの姿が消え去りました。
え? え?
「緊張しただろう。きみもそこのソファに腰掛けなさいな」
急展開に付いていけず、頭がぐるぐると回ります。何の答えも出ないのに、読書感想文を書けと言われている時のような心地です。
幼女――レミリアさんが眼を細めて。
「座れ」
ドスの利いた声音で、私を脅かしてきました。
は、はいーッ!!
もう成すがまま、言われるがままに対面のソファに私は腰掛けます。
「ふむ、まだ緊張は解けないようだね。まあ気楽にしろ、と言われてもなかなか心根は座らないものだ。さて、今日はいい天気だな」
「は、はい! そそそ、そうですね!」
「私は雨が嫌いなんだ。きみも嫌いかい?」
「お、仰せの通りで!」
「ああ、そう。ところで納豆は好きかい? 私は炒った豆は嫌いなんだけど。きみはどうだ?」
「な、納豆ですか。好きか嫌いかと言われれば好きな方ですけど!」
「それはよかった。特に納豆茶漬けが大好きなんだ。普段のティータイムは紅茶なんだが、朝に納豆茶漬けが並ぶとそれだけで、その日はいい一日になると心が浮き立つ」
「な、納豆茶漬けですか。私も、納豆ご飯に醤油を垂らして昆布茶をかけて食べるのは大好きで……。あ、でも行儀が悪いって親から言われるので、残念ながらあまり口にはできないんですが」
「ふふふ、同じ納豆通か。きみとは仲良くできそうだ」
「そうですね。なんだか納豆だけでレミリアさんと一日中、話していられる気がします」
ふう、と人心地つく。額に浮いた汗が引く程度には落ち着いてきました。がんばれ、私。
しかし。
「博麗霊夢には会ったかい? なかなか愉快なやつだったろう」
砂浜で叩き割られるスイカのような衝撃が私を襲いました。
「博麗……さん? レミリアさんはあの子とお知り合いなんですか?」
「知り合いなんてものじゃないよ。友達さ。毎日毎晩、宴会で顔を合わせる程度にはね」
「じゃあ、なんでこのランベリー領にお住まいなんですか? 博麗さんもこの地に住んでいるんですか?」
「最初に言ったろう、異邦の客人よ、と。きみから見たら私たちの方が異邦人かもしれないが」
「どういう……意味です……?」
「四季映姫・ヤマザナドゥは知っているだろう?」
と。
特大の死球が私の胸のど真ん中にぶち当たりました。
レミリアさんが続けます。
「彼女のことはそれほど私も知らない。知己の知己の、そのまた知己くらいの知り合いかな。まあその辺りはどうでもいいか」
四季映姫・ヤマザナドゥ。
彼女との出会いが、私の始まりでした。
そもそも彼女が私を拾い上げなかったら、ティータ・ハイラルにすらなれず、とっくの昔に死んで――いえ、消えていました。
「レミリアさん……。貴女は一体、何者なんですか……?」
「ようやくその言葉を引き出せたか。納豆の話題で盛り上がるとは思っていなかったけどね」
ケラケラと笑いながら宣うその幼女のことを、初めて怖い――いえ、得体が知れないと思いました。
「私はね。運命が読めるんだよ」
「うん……めい……?」
自然と、息を呑んでしまいます。
目の前のレミリアさんは笑顔のまま、半眼で覗くように私を見ていました。
「一言じゃ表せないが、とにかく人の運命――その先まで見えるんだ。だからひとつ、きみに忠告してあげる」
「忠告……ですか?」
「ああ、よく覚えておくといい」
ゴクリ、と喉が音を鳴らします。
「主人公ラムザ・ベオルブと王女オヴェリア・アトカーシャ、それから不確定要素のシグルド・サダルファス。彼らから離れないこと、その一点を守り続けなさい」
ラムザさんと、オヴェリア様。そして、シグルドさん……?
どうして、その名前を……。
などとは思いませんでした。
この人は、何故かはわかりませんが何もかもを知っている。
そんな気配がありました。
「まあ絶対にその忠告を守れとは言わないよ。どうなってもいいなら、私の戯言だと思っておいてくれ」
「あの、レミリアさん……」
「ん?」
恐る恐る、私は聞きます。
「なんでその中に……、『ディリータ・ハイラル』の名前が無いんですか……?」
ひゅっと、レミリアさんが口笛を鳴らしました。
予想外の質問、だったのでしょうか。
「彼については、心苦しいことだろうがあまり心を開いてはいけない。もうきみと彼は違う世界に生きている」
「それは……、一体どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味さ。彼は王女を利用しようとしている。きみは王女を守ろうとしている。どう足掻いても妥協点は無いだろう?」
そうだ。
彼は――ディリータ兄さんは私を見て、言った。
"人形"と。
「私は、兄さんにとって邪魔者だと?」
「簡潔に言えば、そうだね」
知っている。
私の――ティータ・ハイラルではない"私"の知識の中では、ディリータ・ハイラルは奸雄の道をひた走る。
発端はティータ・ハイラルだったけれど、それ以上の中にティータ・ハイラルはもう存在していない。
彼が欲しがっていたのは、"王女"というカードであるオヴェリア・アトカーシャだけなのだから。
「さてどうする? 私の忠告を律義に守って、何事も起こらないように立ち回る生活を過ごすか、己の意思を貫いてディリータ・ハイラルと対峙するか」
「きみの運命に期待しているよ」。
最後にそう言い残して、レミリアさんはソファを立って、私の後ろへ回り込み部屋を出ていきました。
残された私は、膝の上で握りしめていた手をぎゅっと強く握り直して。
迷い迷って。
それでも、今、覚悟を決めました。
「皆を守って、皆の力を借りて、そして……ディリータ兄さんとの決着をつけます……。絶対に……!」
第三の選択。
それは愚かしいほどに周囲を巻き込んでしまうけれど。
輝かしいゴールがそこには見えていました。
その実、辿るべき道もなく、挙句の果てには底なしの落とし穴が口を開いていることにも気づかずに。
side:オヴェリア・アトカーシャ
「……いらっしゃいませ」
「声が小さいですよ、オフィーリア様」
私は何故か、この使用人に連れられて使用人室でウェイトレス修行に付き合わされていた。
なにゆえこんなことになったのだろう。
この咲夜という人物は、私をウェイトレスにするために館の門をくぐらせたのだろうか。
てっきりレミリア・スカーレットなる人物は、私に用があると思っていたのに。
そういえばティータは、いったい彼女と何を話しているのだろうか。
「よそ事に思いを馳せてはウェイトレスは務まりません」
「……わかっているわ」
「ふむ。しかし、徹底的にウェイトレスには不向きなタチですねぇ」
「しょうがないでしょう。人に向かって大声を出したことなんてないんだから。私が暮らしていた修道院はもっと静謐な所だったわ」
「でも、今の貴女は庶民に近しい生活をしているんでしょう? 郷に入っては郷に従え、とも申します」
「好きでそうしているわけではないわ」
「しかし……。そうですね」
咲夜は私の眼を覗くように視線を向けて、ポンと手を叩いた。
「ウェイトレスはこの際、諦めましょう。このままでは修行すらままなりませんし」
「どういうこと?」
「オフィーリアさん、貴女は貴族なのですから周囲には従者がいたはずでしょう?」
「ええ、それはもう。顔も名前も覚えきれないくらいに」
「なら、彼らの立ち振る舞いはよく見てご存じでしょう。それを真似しましょう。つまり、メイド道を目指すのです」
「メイド……道?」
「ええ。メイドとはすなわち主へ身も心も奉仕する至高の職業。貴女はウェイトレスではなくメイドを心掛けるのです」
言っている意味がよく分からない。
そもそもウェイトレスとメイドの違いとは何なのか。
「お客様をご主人様だと思ってください。メイドとして、主人に対し、その身を粉にして快く感じていただくために心を捧げるのです。喫茶店にお客様が来られたら、その方はもう貴女にとってはご主人様なのです。紅茶や軽食をお出しするにも最大限の敬意を払って。店内を掃除や清潔を保つ時もお客様に不快感を与えないよう、影や日陰となって振る舞うよう。お帰りになるまで、またお越しいただけるよう満足感を与えるのです」
「理屈は分かるけど……、そもそも私が従者の振る舞いを完璧に記憶しているわけがないじゃない」
「私だって昔は未熟だったのです。しかし今の私は完璧で瀟洒なメイド! 高貴な方にお仕えする敬意と喜びをこの身に刻み込んだのです! オフィーリア様、貴女も貴族なら従者の身のこなし方が身に染みているはず! 庶民の私ですら出来たのですから、貴女に出来ないわけがありません!」
「ごめんなさい。やっぱり貴女の理屈は私には理解できないみたい」
「いいえ! 貴女はメイドの資質があります! 元来の心優しい貴女になら出来るはず! 貴女はメイドです! 完璧で瀟洒なメイドを演じるのです!」
「どうして貴女はそこまでグイグイと私にメイドを押し付けるのよ……」
しかし。
メイドか……。
確かにウェイトレスは私の周りにはいなかった。いなかった者の真似事なんてできるわけがない。
いっそ、知っている者になり切ってしまうなら。
「……参考にはさせてもらうわ。ありがとう、十六夜咲夜さん」
「理解していただけて光栄ですわ」
「いや、理解はしていないのだけれど」
私は嘆息し、咲夜のテンションが下がるのを待って使用人室をおいとました。
side:ティータ・ハイラル
紅魔館の門前。
「お疲れさまでした、オヴェリア様」
「本当にお疲れよ……。ティータ、貴女はそこそこ元気そうね」
「ええ。でもすっかり遅くなってしまいましたね。店長にはかなり絞られそうです」
「それは私のせいにしてしまって構わないわ。ティータ、貴女の方こそ、レミリアからきっと大事な話があったのでしょう」
「そうなんです。話せば長くなるんですが」
「いらないわ。私をのけ者にしてまで話したことだもの。きっと私には理解できそうにないでしょうし」
「どうもすみません」
言い合いながら、『喫茶シグルド』への帰り路につく私たち。
私にとっては驚きの連続でしたけれど、くたくたになっているオヴェリア様もきっと大変な時間を過ごしていたんでしょう。
「些細なことだけど、ちょっと聞いていいかしら」
「はい?」
「一体どんな話をしていたの? 触りだけでもいいから聞いてみたいわ」
「そうですね。長くなる部分をはしょりますと、単純なことなんですが」
私はふふんとドヤ顔で応えました。
「ずばり、レミリアさんは納豆大好きなんだそうです!」
「……なっとう? それってどんなものなの」
「そう、納豆というのはですね――」
私は納豆がいかに日本のソウルフードであるか、オヴェリア様にご教示いたしました。
オヴェリア様は「はあ」とか「ふーん」とか、それなりに噛み砕いて納得してくれたみたいで、私的には満足でした。
結局、喫茶シグルドに帰り着いた時には、もう日が落ちた時間帯で。
「遅いッ!!」
シグルドさんにその後もこっぴどく叱られてしまいましたとさ。