side:ティータ・ハイラル
夕方時。
今日は何故か早めに店を閉めたシグルドさんが、私にせっついてきました。
「おい、平民」
「なんでしょう、シグルドさん」
「話がある。場所はラムザが提供してくれる。さっさと着替えて出掛ける準備をしろ」
聞いて、私の首元からじんわりと冷や汗が浮かぶのを自覚します。
端的に「話がある」なんて言われて、緊張しないわけがありません。
「話っていうのは、この間お話した赤い館のことですか?」
「多分、そうだ」
「多分?」
「話すのはオレじゃない。おまえだ」
私は内心、うげぇと思いながら、こくこくと頷きました。
正面からそんなこと言われたら断るに断れないじゃないですか。
「言っただろうが。隠し事は許さん、と。あの赤い館で何があったか全部話してもらう」
「うう、さすがに何も言い返せない……」
「これはオヴェリア王女からの願いでもある。誤魔化せると思うなよ」
「やっぱり、オヴェリア様も気にしてらっしゃるんですね。あの時は、どうせ理解できないから別にいいわ、なんて言ってたくせに」
「その一件以来、おまえの様子がおかしくなったからだろうが。気にするなと言われる方が無理だ」
「たはは……バレバレでしたか」
「いいからさっさと準備してこい。逃げられると思うなよ」
言い放って、シグルドさんは私から眼を放してとっとと去っていきました。
逃げるな、か。
まだレミリアさんからいただいたお言葉を話すに、それを理解するのはちょっと無理がある気はしましたが。
まあいいや。女は度胸です。
私から聞き出そうとしたことではないですし、無理に隠すのはもう限界だということでしょう。
いい頃合いですし、私も前へと進まねば。
皆さんの協力はどうしても必要なのですし、それを取り付けるチャンスでもあります。
さて、何から話したものか。
出掛ける準備をしながらにでも、考えておこうっと。
で。
ラムザさんの提供した場所というのは、このランベリー城の城下町に着いて初めて入った酒場でした。
確かにここなら大勢で集まっても不思議じゃありませんし、逃げることも出来ないでしょう。
中に入って、適当な席を探しますが、オヴェリア様が先頭に立ってつかつかと店内の奥まったテーブルに着かれました。オヴェリア様、度胸が据わってます。
「何をしているのティータ。貴女はこっちよ」
言いながら指し示したのは、テーブルの奥の方――つまり、店の一番奥の席でした。本気で私を逃がさないおつもりですね。
全員テーブルに着いたところで、こちらをうかがっていた店員に向かってオヴェリア様が手を挙げました。すぐに店員さんがやってきます。
「この……エール、というもの? を四人分。あとお野菜のものと、お肉のものを適当に持ってきていただけるかしら。ナイフとフォークもお願いするわ」
なんかオヴェリア様が先陣切ってますね。本当にあのオヴェリア様と同一人物なのか、ゲームで見ていた彼女との違いにちょっと驚いて疑っちゃうところです。
そんな胡乱気な視線に気が付いたのか、オヴェリア様が私に眼を合わせて。
「この間、ラムザが頼んでいたのをマネしただけよ。エールっていう飲み物も気になっていたもの」
「修道院暮らしじゃそんな卑俗的な飲み物、召し上がれなさそうですしねぇ。というか、そんな得体の知れないものを飲んでもいいんですか? 私も初めて飲むんですけど」
「郷に入っては郷に従え、と誰かが言っていたわ」
むぐ。
確かに、私はそんなこと言った気もしますが。
「それで? 早速だけれどお話を伺おうかしらティータ・ハイラル。あの館で、何があったのかを」
オヴェリア様がせっついてきます。
なんだか今夜はグイグイと迫ってきますね、オヴェリア様。
「それでは……、えーっと、何から話したものやら」
「全てよ。あのレミリアから何を聞かされたのか、それで貴女の悩み事が増えたのが何故なのか、ここで話しなさい」
「そうですね……」
どうも頭の巡りがよくないですね、私も。
だって私にとっても、よく分からない出来事だったんですから。
と。
「私からお話しても構わないよ。皆様方」
席の後ろから声が聞こえました。あれ、この声って……。
「レ、レミリアさん!?」
思わず、ガタンと席を立ちました。
そう。
先日お会いした、おしゃまな洋服に身を包んだ小学生くらいの女の子と、そのメイドさんが立っていました。いつの間にやら、です。
「誰だ、こいつ」
「さっきお話した赤い館のご主人様ですよ。その方がなんでこんな所に……」
「そいつは本人に聞けば分かることだろ」
シグルドさん、相手をただの幼女と見ているのか、尊大な態度を崩しもしません。
まあレミリアさんもまともにそれを相手にするとは思えませんが。
「きみがティータが言っていた、レミリア・スカーレットかい? 僕はラムザ・ベオルブ。そっちがシグルド・サダルファス。後の二人はもう知っているよね?」
「口の利き方に気を付けなさい小僧」
ラムザさんの紹介に取り付く島もなく、レミリアさんは傲然とラムザさんを突っぱねます。
うっ……、と怯んだラムザさんを無視して、空いてる席から適当に椅子を引っ張って私たちのテーブルに着席します。メイドさん――咲夜さんは立ちんぼうのままです。
私も思わずそれに合わせて着席し直しました。
レミリアさんが口を開きます。
「その様子だと、私のことはほとんど喋ってないようね。ティータ・ハイラル」
「ええ、まあ」
「そんなに私の言うことが信じられないかい?」
「信じようがいまいが、私にだって訳の分からない話しかしなかったじゃないですか。どうやって私から皆に説明したらいいか、これでも必死に考えていたんですよ」
「なるほどね。要するに、私の口から説明してやらないと誰も納得できそうにない、か」
「その通りです」
「そいつは愉快なことをしたね。ああ、納得と納豆って、なんだか似てると思わないかい?」
「似ていませんし、そもそも食べ物は関係ありません」
「それは失礼した。ところで料理が届いたようだよ」
ちょうど人数分のエールと、サラダと串焼きの盛り合わせが届きました。
「店員さん、葡萄酒はあるかしら? こちらのお嬢様にワイングラスを」
立ち去ろうとする店員さんに絶妙なタイミングで咲夜さんが声を掛けました。
店員さん、そそくさとカウンターへ戻っていきます。
さすが咲夜さん、瀟洒です。
「まあまずは料理をいただこうじゃないか。皆もお腹が空いていることだろう」
「別におまえのために注文したわけじゃないぞ」
「口の利き方に気を付けろと言ったよ小僧」
シグルドさんの剣幕に、レミリアさんが幼女離れした剣幕で返します。
うっ……、と彼女の気迫に圧されて、シグルドさんも押し黙ってしまいました。
そんな一幕には知ったことか、というくらい無関心な表情で、オヴェリア様は目の前のエールを見つめています。
「これがエールなのね……。すごい香り」
「私だって初めて飲みますよ。まあいただいてみましょう」
怯むオヴェリア様、少しだけ口をつけます。
私はと言えば、女は度胸! と言わんばかりにグイっと呷りました。
苦みと酸っぱさが同梱した味わいとしゅわっとした炭酸が口いっぱいに広がって、かっと眼を見開いてしまいます。
そのままゴクリゴクリと、あっという間にジャグを空にしてしまいました。
「ちょっと……、大丈夫かい? ティータ」
「ぷはッ……、平気ですよラムザさん。これは結構くせになるかも」
「行儀が悪いとは言わないけれど、僕の知るティータのそんな姿はあんまり見たくはなかったよ」
「ご期待に沿えなくて申し訳ありません」
「いや、いいんだけどさ……」
「で、オヴェリア様はいかがです?」
あっという間にエールを空にした私と違って、オヴェリア様は舐めるようにちびりちびりと口に流していくところでした。
少し口に含んだところで、ケホっと息を漏らします。炭酸にむせたのでしょうか。
「飲みにくいわ。けれど、確かに美味しいわね」
「それはよかったです。慣れれば確かに、料理とも合いそうですよね」
「お料理をあてに、エールで流し込むっていうのはこういうことかしら」
「おや、割と俗っぽいことを仰いますね」
「骸旅団の二人が言い合ってたことの受け売りよ」
言っている間に、レミリアさんのワインが届きました。
それに口を付けて、今度は彼女が口を開きます。
っていうか、小学生くらいの女の子が飲んで大丈夫なんでしょうか……。
「エールの話はどうでもいい。今度は私の話を聞く番でしょう」
レミリアさんが宣告しました。
私は思わず居ずまいを正して、背筋を張ってその言葉の続きを待ちます。
「そっちのティータにはもう話したけれど、私は運命が見えるんだ。事象の因果とでも言うべきかな。俗っぽく言うなら未来予知の類と思ってくれればいい」
「未来予知……?」
ラムザさんがオウム返しに問いかけます。
レミリアさんはひとつ頷いて。
「きみのことは自己紹介されずとも、ティータ・ハイラルを見てからすぐに分かっていたさ。といっても、紹介された後に言われても信用できないだろうけど」
「レミリア、きみはいったい僕の何を知っている?」
「そうだな……」
言って、レミリアさんはにんまりと口元を歪めました。その仕草は獲物を狩るコウモリのような、刹那的な獰猛さを思わせます。
「直接かかわりはないが、きみの親友ディリータ・ハイラルが今、何をしようとしているのか、とかかな」
「なッ……!?」
「これで少しは信用する気にはなっただろう?」
「……いや、まだだ。それもティータから聞き出した、という可能性がまだ拭いきれない」
「強情だね。まあ私にとってはきみの疑問などどうでもいい」
彼女はそう言いながら、私に視線を移します。
その仕草だけで、なんだか射殺されそうな心地です。
「当人ティータ・ハイラル。それにまつわる主人公ラムザ・ベオルブに、特異点のオヴェリア・アトカーシャ。そして不確定要素のシグルド・サダルファス。この四人が集まっていればこの世界はとても優しく築かれていく」
吟じるように謳うレミリアさん。
それは予言なのか……、それともさっき言ったような未来予知なのか。
もう皆、既に料理には手を付けずに――。
「……どうしたの。せっかくのお料理、食べないの皆さん?」
いや、ひとりオヴェリア様だけがマイペースに、ナイフとフォークを器用に使いながらもりもりと料理を口にしていました。
「ちょっと。シリアスな場面なんですから、オヴェリア様は黙っててください」
「あら、そう」
「というわけで、続けてください。レミリアさん」
コホン、とひとつ咳をついてレミリアさんが続けます。
「きみたち四人はこのイヴァリースにおける因果の中心なんだ。私の運命を変える能力が、そんな未来を予知している。だから」
くっとワイングラスに口を付けて。
優雅で瀟洒に。
「きみたちが動かなければ、未来も動かない。歴史は安定してその時を流れていく。ただしそれは逆を言えば、きみたちの行動如何によっては未来はいかようにも変化していく。良くも悪くも、ね。そしてティータ・ハイラル」
言いながら、レミリアさんはテーブルに少し体を乗り出して、私の名前を呼びました。
「きみは一体どうしたい? 何がしたい? その願いによってはここにいる全てを巻き込むかもしれない。そうしてまで得られる何かを、きみは選べるかい?」
「選ぶ……?」
「泥のように安寧な人生を歩むか、激動の野望を遂げるのか、それを選べるのは他でもない、きみ自身だ。そしてそれを周囲の確定されていない要素がきみを守護する。その結果、きみは大事な何かを得られるかもしれないし、何もかもを失うかもしれない。さあ、きみは何を選ぶ?」
「そんなこと……」
何やらとてつもない話になってきた。
安寧と激動。どちらを選ぶか?
ラムザさん、オヴェリア様。そしてシグルドさん。
彼らと共に何を成すのか。
それを選択する時が、きっと今なのだ。
「お嬢様」
「なに、咲夜」
思索に耽っていると、咲夜さんがサラダボウルにトングを突き入れていました。
「にんじんとピーマンを除けないでください。あとクルトンばかり取るのもやめていただきますよう」
「うー、にんじんは甘すぎるしピーマンは臭いのよ。クルトンは美味しいから別にいいじゃないの」
「我が侭は言わないお約束ですよ。あと串焼きも、ささみばかり取るのはおやめください」
「だって内臓嫌いなんだもの、仕方ないじゃない」
「好き嫌いはダメだとあれほど言ったじゃないですか。偏った食べ方は体に毒ですよ」
「うー、咲夜はうるさいのよ」
私たちの視線が、咲夜さんがナプキンでレミリアさんの口を拭う姿に集まっていました。
それにハッとしたレミリアさんが、ワイングラスをくっと傾けて飲み干します。
空になったグラスをたん、とテーブルに置いて。
「私からの忠告はここまでよ。あとはきみたちで考えて行動しなさい。じゃ、これで」
「お嬢様、ワイン代はきちんとお渡ししておきますよう」
「分かってるわよ!」
言って、がま口財布を取り出して、中からチャリンと金貨を一枚落っことしていきます。
「帰るわよ、咲夜」
「仰せのままに」
レミリアさんが席を立って、咲夜さんがこちらに一礼します。
そうして二人は酒場から出ていきました。
「……何だったんだ、あいつは」
「さあ、としか」
シグルドさんとラムザさんが微妙に困惑した表情で、酒場の入り口を呆然と眺めています。
ひとり、もりもりと食事を続けるオヴェリア様が。
「お話は終わったのでしょう。すっかり冷めているけれど、貴方たちも食べてはいかが? それに」
かたん、とナイフとフォークを置いて。
「安寧か激動か。貴女はどちらを求めるの? どちらを選んだとしても、私たちがどうなるかなんて判別のしようもないのだけれど」
「うーん、まあ」
率直に、私は申し上げました。
「安寧でいいんじゃないですかね。今は」
焦ってもいいことはない。
今回の教訓はそれでした。
私ひとりで決めていいことじゃない。
私たちにはもっと時間が必要だ。
そんなことを実現しているのは。
ひとり、もりもりと食事を続けているオヴェリア様だったようです。
私も、すっかり冷めきった料理に口をつけながら、そんなことを思ってしまうのでした。