【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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交わらない者たちの妥協点

side:ティータ・ハイラル

 

「~♪」

 

 私は上機嫌に、心の中で鼻歌なんかを歌いながらそのテーブルに着いているお客さんを見ていました。

 注文を取りに来たのですが。

 

「……ティータ、これは一体どういう仕儀なんだ?」

 

 席に着いているラムザさんが低い声音で呟きます。

 

「ふむ、確かに彼女の作ったパフェは美味いな。大の大人がパフェなどと思っていたが、これはこれで人心地つくというものだ。童心に返った気がしてなかなか心が安らぐ」

 

 対面にはバナナパフェをつつくウィーグラフさん。

 

「でしょう? ラムザさんも何か注文してください。せっかくの機会なんですから」

「何が、せっかくの機会、なんだ? きみだってウィーグラフや、彼らの所業で人生を狂わされた被害者じゃないか。どうしてそんな暢気に構えていられる?」

「ウィーグラフさんには何度となくお世話になりました。それに、私は骸旅団には思うところはありますが、ウィーグラフさんご自身には関係ありません」

「彼は骸旅団のリーダーなんだぞ」

「わかっていますが、坊主憎けりゃ袈裟まで、という意思は毛頭ありませんので」

 

 せっかくラムザさんとウィーグラフさんが再会できる機会が訪れたのです。

 この際、一度腹を割って話し合って、お互いのしこりが取れればと思った次第です。

 それにウィーグラフさん、大人の余裕と言うべきか、ラムザさん相手でも割としれッとした態度でいますし。

 

「ウェイトレスくん。ホットコーヒーを二つ頼む。私と彼の分だ」

「ウィーグラフ!」

 

 バン、と両手をテーブルに叩きつけて、腰を浮かせるラムザさん。

 しかしウィーグラフさん、怯みもしなければ臆することもなく。

 

「そう吠えるな、ラムザ。平穏な茶店を鉄火場にするつもりか?」

「くっ……」

 

 私はホットコーヒー二つの注文を受け取り、パタパタとカウンターへ戻りました。

 その背後から、ラムザさんがバチバチと剣呑な気配を出したり、ウィーグラフさんがそんなことは気にもかけていない様子が眼に見えるようです。

 

「さて、ラムザ。言いたいことがあれば私が聞いてやるが?」

 

 余裕綽々な態度で、憤懣やるかたなしなラムザさんを挑発します。

 

「おまえに言いたいことはいくらでもある。ただし、要求はひとつだ。風車小屋でのあの時、おまえが兄さんたちを愚弄したことを謝罪しろ」

「そんなことでいいのか? しかし真実は事実であり、事実はおまえを納得させるためにあるわけではない。おまえはただ、己の自己満足のためにそれを私に要求しているに過ぎない。そんなくだらないプライドのために、私は己の真意を曲げるつもりはない」

「ならティータはどうなんだ。おまえたちのために彼女は波乱万丈の人生を送る羽目になった。今まで生きてこれたことが不思議なくらいにだ。彼女への謝意はないのか?」

「その件については彼女が言っていただろう。彼女を不幸にしたのが骸騎士団のせいだと言うのなら、それに関しては謝罪しよう。だがな、その一件はおまえたち貴族が我々平民にもたらしたという事実も側面にはある。おまえは、全ての貴族を代表して骸騎士団、ひいては我が妹ミルウーダたちにその謝意を示すことが出来るのか?」

「それは……」

「無理だろう? 結局のところ、貴族と我々、反貴族のアナーキストは水と油なのだ。ならばそんなことに拘り続けるなど、些細なことだと思わないか?」

「だから僕ら貴族が、野盗紛いの骸旅団にこれ以上構うなと、そう言うつもりか? それこそ無理な話じゃないか」

「誰もそこまで無茶な道理を通せと言うつもりはない。ただ過去の遺恨を未来永劫、抱き続けるのは不毛だと言いたいのだ」

「……くそッ……!」

 

 大人なウィーグラフさんと違って、まだまだ子どもの域を出られないラムザさんが舌戦で圧されるのは仕方ないことでしょう。

 でもそんなことは大事なことじゃない。

 私は、お互いが話し合える場が出来ればそれでいいのです。

 互いに主張があって、それらをぶつけ合って。

 そうして互いの妥協点を見つけられれば歩み寄れる。

 それがきっと、かつては仇敵同士だったとしても仲良くなるチャンス。

 そう思ってラムザさんとウィーグラフさんを呼び合った次第です。

 まあそのために、オヴェリア様とのランチタイムを反故にしたのは悪かったかなっていう思いもありますが。

 

「ホットコーヒー、お待たせいたしました。……ラムザさんもそんな剣幕で迫らないでください。せっかくのコーヒーが美味しくなくなっちゃいますよ」

「……ッ」

 

 押し黙って、再び椅子に腰を下ろすラムザさん。

 様子を見ている限り、ウィーグラフさんも大概、大人げないなーとも思いますが。

 なんだか子どもを苛めてからかっている年上のお兄さんみたいです。

 

「おまえが兄たちのことを謝れと言うのなら、おまえにもミルウーダが世話になったことを謝罪してもらいたいものだな。……あぁ、そういえばティータ。ミルウーダは元気かな?」

「ええ、元気ですよ。私、彼女にお仕事で手伝ってもらっているので、給料のほとんどがそれでなくなっちゃうんですけど」

「それはいかんな。愚妹のためにきみの懐を寒くさせるのは本意ではない」

 

 言って、財布から一枚金貨を取り出して、テーブルにことりと置きました。

 金貨!

 

「あまり甘い顔をしないでやってくれ。あれはあれで、金に汚いやつだからな。なんなら私の名前を出してくれてもいい」

「ありがとうございます! ありがたく頂戴します!」

 

 私の現金さに、ウィーグラフさんは笑って応えます。

 

「気にするな。そうそう、そういえばミルウーダとはどこで会っているのかね? あれもまたガリオンヌ領には居場所が無いはずだが」

「それが私にも分からないんですよねぇ。この近くにいるのは間違いないんですけど、一旦雲隠れされるとどうしても見つからないというか」

「どうすれば会えるのか、聞いてもいいかな?」

「それも、さあとしか。そのうち依頼料の徴収に向こうから来てくれるはずなんですが」

「そうか。まあ気が向いたら私も探してみるとしよう。生きていることが分かればそれでいい」

 

 そう言って、ウィーグラフさんは熱々のコーヒーをぐっと一息に飲みました。

 

「いいランチタイムだった。機会があればまた寄らせてもらうよ」

「またのお越しを!」

 

 席から立ち上がって、最後に。

 

「ラムザ。今のお前が私のことをどう思っているのか、そこまではわからん。だが貴族として、我ら反貴族のアナーキストに思うところがあるなら、いつでもそれに応じよう」

 

 そう言って喫茶シグルドから出ていきました。

 ラムザさんは、項垂れて黙ったままでした。

 

「大丈夫ですか、ラムザさん?」

「ああ……心配をかけて済まない、ティータ」

「一応、言い訳をしますと別にラムザさんを苛めたくてウィーグラフさんを呼んだわけじゃないですから。せっかくお会いする機会が巡ってきたので、せめて話し合うことが出来れば、と思っただけです」

「分かってる。きみが悪意を持ってこんなマネをするような子だとは思っていないさ。しかし……」

「お話は平行線に終わってしまった。そんな風にも見えますね」

「きみの言う通りさ。僕は結局、貴族としてどころか、傭兵のような自由人としてのビジョンすらない。ああまで言われて、何も言い返す言葉も無いんだから」

「私は好きですけどね。ラムザさんのそういう優柔不断なところ」

 

 私の言葉に応えるように、ラムザさんが顔を上げて私の眼へと向けます。

 

「だって、それって立ち止まって物事を考えられるってことじゃないですか。ディリータ兄さんよりよっぽど人間的だと思いますよ」

「優柔不断、か……。そんな頼りない僕のことを信じてくれるのはきみくらいだよ」

「ええ。ですから、ラムザさんがひとりで背負う物事なんて何もない。頼りない私やオヴェリア様だって、その荷物持ちくらいにはなれます」

「ははっ……。オヴェリア様も僕の荷物なんか持ちたがらないだろうけどね」

「分かりませんよ? オヴェリア様、お優しい方ですから」

「そうだね。その時には是非とも、甘えさせてもらおうかな」

 

 言って、まだ熱の冷めないコーヒーを一口すすりました。

 

 

 

 

 

side:オヴェリア・アトカーシャ

 

 ティータとラムザ、それとウィーグラフが話に花を咲かせているところ、私はひとりカウンターの裏手でグラスを磨いていた。

 キュッと心地よい音が布巾とグラスから漏れる。

 そんな音を聞きながら、ラムザとティータが話しているところに。

 

 チリンチリン。

 

 お客様が来店した。

 

「はい、ただいま」

 

 私は玄関へと歩いていきます。

 そのお客様はというと。

 

「……いらっしゃいませ、アグリアス様」

「お昼時に失礼いたします。オヴェリア様」

「お席にご案内します」

「この場で構いません。オヴェリア様、お心変わりはございませんか」

「玄関で立たれていても、他のお客様にご迷惑です。まずはお席にお着きください」

「……ご無礼しました。お許しを」

 

 頭を下げ、素直に謝るアグリアス。

 とにかく席に着いてもらわなければ、喫茶店としては落第もいいところだ。

 

「ご自由な席でお待ちください。ただいまコーヒーを淹れますので」

「オヴェリア様みずからが、そのような雑事にかかずらうことなど……」

「少し黙りなさい、アグリアス」

「……はっ」

 

 私の静かな、しかし圧を込めた一言に、アグリアスは押し黙る。

 その隙に私はホットコーヒーを淹れに、カウンターまで戻った。

 

「……ホント、よく飽きずに来ますねぇ。アグリアスさん」

「彼女はあれで使命に忠実なのよ。納得できる理由があれば私だってここを出ていくわ」

「納得できる理由ですか……ラーグ公の元だと、籠の中の鳥っていうアレですか?」

「それもだけれど、貴女の傍から離れない、という理由もね」

「すみません、恐縮です」

「貴女が謝ることではないわ。私が好きでしていることだもの」

 

 ホットコーヒーを淹れ終わり、アグリアスの元へ持っていく。

 無言で私はそのコーヒーをアグリアスの前に置いて。

 彼女の対面の席に座った。

 アグリアスがキョトンとした表情で、呟く。

 

「オヴェリア様……?」

「こうやって面と向かって貴女と話すのも、随分と久しぶりね」

「オヴェリア様が強情だからです」

「それは貴女もよ、アグリアス」

 

 私はひざに手を置いて、改めてアグリアスと目線を合わせた。

 これ以上、私と彼女のやり取りが平行線になっていくのをやめたいというのもあった。

 先のラムザとウィーグラフのように。

 

「アグリアス、貴女の献身はいつも私を勇気づけてくれるわ。貴女の傍にいれば、きっと私は大丈夫なんだって」

「そう言ってくださるのは、私としてもとても恐縮なことです。しかし……」

「しかし? それは私が我が侭を言わない限りは、ということかしら?」

「私は王家の使命を受けて、オヴェリア様をガリオンヌへと護送する役目を果たさねばならない身なのです。それをないがしろにするわけには参りません」

「ならば私は王家の血を引く者としてこう言うわ。私はラーグ公の元には行かない。自由を得た鳥のように、ひとり羽ばたく人間でいたい。私は誰にも利用されない。だから、ラーグ公の政争の道具にはされない、と」

「それはラーグ公に対して穿ちすぎなモノの見方です。今は亡きオムドリア陛下の養女であるオヴェリア様を、ルーヴェリア王妃の兄君であるラーグ公が利用するなどあり得ぬことです。あくまでオヴェリア様をお救いするために、オヴェリア様を目の届く所に置いておきたいと、そうお考えのはずです」

 

 そこまで聞いて。

 私は、頭を下げた。

 アグリアスが思わず手を出し、制止しようとする。

 

「いけません、オヴェリア様! たかが一介の騎士に過ぎない私に頭を下げるなど」

「それでも、私は貴女にごめんなさい、と言いたいの」

「そのようなこと……。オヴェリア様が我が侭を言わねば済むことです」

「だからこそ、貴女に謝らなくてはならない。私は籠の中の鳥にはならない。時を経て、偶然、手にしたこの自由を手放したくない。それが、王家アトカーシャの血を引く私の意思。初めて手に入れた私の我が侭。だからお願い、アグリアス。いかに貴女が私を引き留めても、決して私はその使命に従うことは無い。分かって欲しいの」

「オヴェリア様……」

 

 五秒か、もしかしたら十秒か。

 その程度の時間が長く感じられる。

 やがて、アグリアスが口を開いた。

 

「……分かりました。それ以上、仰られるのであれば私ももはや無理強いすることはできません。ただし、これだけは覚えておいてください」

 

 私は顔を上げた。

 アグリアスもまた、制止する手を戻し、改めて腰を椅子に降ろす。

 

「私は……、私だけはオヴェリア様が何と言おうと貴女の味方です。しかし決して王家の使命を忘れたわけではない、いつか貴女をガリオンヌへと導こうと、説得を続ける心算でいます。それを含めて、貴女を守らせてください」

「アグリアス……」

 

 そう言って、アグリアスは立ち上がって銅貨を一枚、テーブルに置いた。

 

「今日はこれで失礼させていただきます。オヴェリア様の淹れたコーヒー、いずれまたご馳走になりましょう」

 

 「それでは」と最後に結んで、アグリアスは私に背を向けた。

 彼女が出ていくのを見計らって、私は声を掛ける。

 

「アグリアス様、またのお越しをお待ちしております」

 

 遠目に見たアグリアスの横顔は、どこか寂しくて、それでも優し気な笑顔を浮かべて見えた。

 それを見止めて、彼女の姿が見えなくなったところで。

 

「……あれで良かったんでしょうか。どことなく、覇気が感じられなくなった気がしますけれど」

 

 ティータの言葉に、私は首を横に振る。

 

「いいのよ。私と彼女、決して交わることのない道同士なのかもしれないけれど、彼女だけは私の味方でいてくれるって分かったから」

「いずれはオヴェリア様も、ここから去る時が来るっていうことですか?」

「そうね……」

 

 私は空気が少し湿ったような、そんな声音で続けた。

 

「私と貴女の縁が切れたら、いつかはそんな時が訪れるかもね」

 

 そうだ。

 ティータが私を必要としているように、私も彼女を必要としているのだ。

 私の翼は、彼女がもたらしてくれたものだから。

 恩返しのつもりはさらさらないけれど、私はそれでもいいかと思える程度には、心が晴れやかになっていた。

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