side:ティータ・ハイラル
夕刻。
私はラムザさん、オヴェリア様と一緒に、前々回も入った酒場で晩餐を楽しんでいました。
いや、どちらかというと楽しんでいるのはオヴェリア様だけかもしれませんが。
綺麗に取り分けたシーザーサラダをもっきゅもっきゅと口にし、飲み下して私に問います。
「どうしたのティータ、ラムザも。食べないの?」
食器の使い方、きれいだなー、なんて思ったり。
「ティータ……。僕はこんな時、どういう顔をすればいいのかわからない」
「笑えばいいと思いますよ」
串に刺された焼き鳥も切り分けて、お行儀よく、しかし口いっぱいに頬張っているそのお姿は何度見ても慣れないというか……。
思いながら、オヴェリア様はくぴくぴとエールを可愛らしく口に含んで、喉を鳴らしています。
「まあオヴェリア様もこう仰ってることですし、私たちもいただきましょう」
「うん……まあ、そうだね」
何故、私たちが三人だけで酒場でくつろいでいるかというと。
ちょっと前に喫茶シグルドに手紙が届きました。
ミルウーダさんからです。
要するに、依頼料の督促状です。
その受け渡しのために、夕刻この酒場を利用したいとのことです。
別に断る案件でもないので、せっかくですからお夕飯もここで済ませておこうという算段なんでしたが。
オヴェリア様の健啖ぶりにちょっと開いた口が塞がらないというか、呆然としてしまっていました。
考えてみれば、先日この酒場で食事したときも、話にも加わらず一人もりもりとお料理とお酒を楽しんでましたし。
さてと、目の前の串焼きからまずは制圧しようか、などと考えていた折。
「依頼相手を待つ、くらいの殊勝な心掛けはないのかしら」
背後から女性の声がかかりました。
見るまでもなくどなたか分かりましたが。
「ミルウーダさん、お待ちしてましたよ」
「その割には随分と豪勢な夕飯ね。果たして私の分も残してくれているのかしら?」
「店主さ~ん。こちらのお客さんにエールといくつか串焼きを適当にー」
店主さんが「あいよ!」ときっぷの良い返事をこちらに返してくれました。
依頼相手さんですからね。丁重に扱わなければ。
そう言うミルウーダさん、空いてる席から椅子を引っ張り出してそこに腰掛けます。
そう時間をかけずに、エールと串焼き――ハツやポンジリなどの焼き鳥が届きました。
ミルウーダさんはそれを一本手に取ってかぶりついて。
エールを一息で半分くらい飲み干します。
「ぷはっ。やっぱり仕事上がりはこれよねぇ」
「今日はどんな具合でしたか?」
「北天騎士団の警邏状況は網羅できたわ。後で詳細を書いた書面を渡すから、参考にしてちょうだい」
「ありがとうございます。念のために聞いておきたいんですが、今の北天騎士団はどんなご様子で?」
「そうねぇ」
言って、二本目の串焼きを手に取ってもぐもぐとやってから残りのエールも飲み干します。
「さすが、ゴルターナ公の息がかかった土地であるとも言えるわ。その上、エルムドア侯爵の領地だもの。北天騎士団といえども簡単には手を出せないみたい。今のところ、貴女たちがマークされる心配はなさそうだわ」
「ありがとうございます。それじゃあこちら」
じゃらりと、袋に詰めた貨幣を渡します。
ミルウーダさんはざっとテーブルの前に広がる大皿小皿を除けて、そこに中身を晒しました。検分開始。
「意外と銀貨が多いわね。それに数える程度だけど、金貨も混じっているし、貴女これだけの対価をどうやって得たの?」
「頑張りましたからね」
「それにしたってこの量は異常よ。何か悪いことでもやってたんじゃないでしょうね」
貴女がそれを言いますか。
口に出そうになりましたが、別に私たちは後ろめたいことをやっていたわけではないので、そこはスルーします。
「そこの銀貨は私とオヴェリア様の給料がほとんどです。金貨はラムザさんが必死に仕事を請け負って稼いでくれました……と、そうそう」
「なに?」
一応伝えておきますか。
「ウィーグラフさんにお会いしましたよ。なんでもひとりの義賊としてアナーキスト活動をなさっているとか」
「兄さんが!?」
驚くミルウーダさん。
私はコクリと頷きます。
「心配してましたよ、ミルウーダさんのこと。金に汚い人だから甘い顔をするな、って」
「どう聞いたらそうなるのよ……。でも、良かった……」
「先に言っておきますけど、どこにいるかは私たちにはわかりません」
「構わないわ。生きていることさえわかっていれば充分よ。後は私たちで探すわ」
「そうですか」
と。
私"たち"?
「そういえばギュスタヴさんはどうされたんです? あの方も相当お金にがめつそうな人なのに、この場におられないなんて」
「貴女、どういう見方で私たちを見ているのよ……。あいつには拠点の留守を預かってもらっているわ。言っておくけど、場所は教えられないからね」
「ええ、構いません」
「そう。マスター、エールお代わり」
そう言うミルウーダさんに続いて、オヴェリア様も手を挙げます。
「ごめんなさい。私の分もお代わり、お願いできるかしら。あとお野菜とお肉も追加で」
……オヴェリア様、すっかり庶民の生活にどっぷり嵌ってしまって。
アグリアスさんが見たら卒倒するんじゃないでしょうか。
「あらまあ、王女様ったら意外と健啖でいらっしゃる。お貴族様の豪華なお食事よりも平民の飲み食いするモノの方がお好みだったのかしら」
ケラケラと笑いながらオヴェリア様を揶揄するミルウーダさん。
「別に構わないでしょう。郷に入りては郷に従え、よ。私は今の生活の方がよっぽど好ましいわ」
物怖じせず反論するオヴェリア様。
まあ、なんて言うか……、本当に、なんて言うか……。
「……ティータ。僕は一体誰に謝ればいいんだろう」
「ダメですよラムザさん。貴族の代表として、ここはオヴェリア様の意思を尊重しなければ」
はあ、と思わずため息をついてしまう私。
それを見たオヴェリア様がキョトンとして。
「ティータ、ラムザ。せっかく頼んだ貴女たちの料理、食べないの? 冷めてはもったいないわ」
「いえ、なんと言いますか。もうお腹いっぱいで……」
「ダメよ、ちゃんと食べないと。健康的な生活は健康的な食事から始まるのよ」
「はい、ごめんなさい……」
結局、私はエール一杯でほとんどお腹いっぱいになって、料理はあまり手を付けないまま残してしまいましたとさ。
代わりにラムザさんが片付けてくれましたが。
「そうそう、ちょっと付け加えることがあったわ」
思い出したかのようにミルウーダさんが口を開きます。
「王女の護衛隊、ランベリー領に来ているのは知ってる?」
「存じてますよ。昨日もお店の方に顔を出してきたばかりです」
「そいつらの身辺で怪しい動きがあるの。それが何なのかわからないけれど、一応注意だけはしておいた方がいいわ。店に来るなら尚更、ね」
「覚えておきます」
「そうしなさい」
お代わりのエールをぐびりぐびりと一息にあおって。
「まあ今回の情報提供はこのくらいね。私も護衛隊の方には注意を向けておくから、貴女たちも油断しないで。それと、兄さんの情報、ありがとう」
「それじゃ」と席を立ってミルウーダさんはそそくさと酒場から出ていきました。
「あのミルウーダさんの御様子ですと、まだラーグ公はオヴェリア様のことを捕捉出来ていないようですね。それと同時に、未だその捜索を諦めてはいないということも」
くぴりくぴりとジャグを傾けて、オヴェリア様はふう、と一息つきます。エール、飲み干せましたかね。
「ねえ、ティータ」
「なんでしょう」
「アグリアスには伏せておいたけれど、ラーグ公が私の命を狙っているというのは、間違いないの?」
「ええ、そのためにラーグ公やダイスダーグさんが裏で暗躍しているのはお察しの通りです」
「どこにいようと、私は命を狙われるのね……。今までは私だけが助かればいいと思っていた。だけれど」
「はい」
「今は貴女たちもいるわ。もし迷惑なら、私を放り出してくれても構わない。私一人の犠牲で済むのなら、貴女たちにも害は及ばないでしょう」
「それは言っちゃダメです!」
バンッ!
思いきり両手をテーブルに叩きつけて、椅子をこかしながら私は立ち上がりました。
「もうオヴェリア様の命はオヴェリア様だけのモノではないんです! だから、自分から犠牲になるだなんて、絶対に言ってはいけません!」
「……ティータ」
オヴェリア様はうつむいて、眼を伏せます。
そこに。
「……ティータ、河岸を変えよう」
「ラムザさん?」
「迂闊だぞ。こんな大勢の人がいる中でオヴェリア様と連呼するな」
「ッ! す、すみません……」
「今すぐここを出よう。出て、少なくとも外の空気を吸って落ち着いた方がいい」
そう言って、ラムザさんはテーブルに金貨を一枚置いて立ち上がりました。
充分お釣りがくるだけの金額ですが、この場は恥も外聞も捨ててさっさと消え去るしかありません。
「マスター、勘定置いておくよ」
酒場のお客さんがざわめく視線を背に受けながら、私たちはその場を後にしました。
なんたる迂闊。
もう、喫茶シグルドも危ないかもしれない。
本当に、なんて迂闊。
side:ミルウーダ・フォルズ
「ギュスタヴ、戻ったわ」
私は酒場から拠点へと帰り付き、彼に今回受け取った報酬金を投げ渡す。
「意外と早かったな。……おいおい、予想以上の儲けじゃないか」
「案外と、チップを弾んでくれた知り合いがいてね。貴方も自分の身の回りには気を付けた方がいいわよ」
「……それってウィーグラフ関連じゃないだろうな?」
「ご明察。普段から目立つ行動は避けるようにね」
「チッ」
スラム街の一角にある、立て板と破れた布で補強してあるような家屋。
そこが私たちのアジトだ。
さて。
「お客人はまだお見えかしら?」
「ああ、そっちの部屋だ」
「ギュスタヴ、報酬の検分よろしく。差っ引かないようにね」
「わかってるっての」
そう言うギュスタヴの眼は既に報酬金に釘付けになっていた。
やっぱり後で私が検分し直さないとダメそうね。
しかし、今はそれより。
「待たせたわ。お話、いいかしら」
「おう」
その部屋で胡坐をかいて待っていた黒鎧の剣士に、私は話しかける。
「今回の王女の護衛、本来は貴方――ガフガリオンが引き受けていたと考えていいのよね」
「そうだな。後は王家の護衛騎士団がくっついてるが、コイツらは精鋭とはいえ少数だ。北天騎士団の敵じゃねえ。で、後はあンたが率いている骸旅団だが」
「こちらも準備は万全よ。元々こうなることを予想して集合をかけたんだから。失敗は許されないし、途中で後ろから刺されるなんて尚更ゴメンよ」
「安心しな。依頼料さえ弾ンでくれればおまえらに逆らう気はねえ。だが、オレたちは元々ダイスダーグから請け負った依頼がある。邪魔をするならその限りじゃねえわな」
「貴方が誰を殺そうと勝手だけれど、無駄な被害は出さないで。貴方はオヴェリア王女、私はひとりだけ殺れればそれでいい」
「その割には大した報酬だな。よっぽどソイツにご執心なンだな」
「事が大きくなる前に摘み取っておきたいのよ」
「用心深いこった」
「英断だと思ってほしいわね」
ガフガリオンがくつくつと薄ら笑いを上げる。
こちらは、少なくとも私は本心から喋っているのだが、まあそれは些細なことだろう。
「南天騎士団に扮した北天騎士団があの店を焼き討ちする。そこで何人死のうが関係はない。店の連中には気の毒だが、王女の道連れになってもらうことになるが」
「同じく、よ。彼女を始末して、その過程で何人か犠牲が出るでしょうけど、私たちには関係ないわ」
私は小さく顔を伏せ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ティータ・ハイラル。ここであの子には消えてもらう」
様々な物事の中心にある、ただひとりの女の子。
けれど彼女が状況の核心で、時として大きな時代のうねりをかき回している。
これは、その歴史の修正なのだ。
本当は次回と合わせて1話構成にするつもりでしたが、だいぶ長くなりそうなのでキリのいいところで「次回へ続く」となりました。