【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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平原での祝福

side:ティータ・ハイラル

 

 お腹が空きました。

 

 イグーロスを発って約半日。やはり着の身着のままの私は、城の南に位置するマンダリア平原のど真ん中で張り出している石灰岩に身をもたれかからせながら、腰を下ろしていました。

 考えてみれば一日か二日か、もしかしたら三日以上何も食べずに川の水で胃を洗い流すだけで、体が保つはずがありません。

 ティータさんの――もはや私の体ですが、その辺の町娘と変わらないのです。英雄譚の都合の良い登場人物のように、いつの間にか腹が満たされて物語の先へと進むというわけにはいかないのです。

 お腹空いたよぅ。

 オーボンヌ修道院みたいな駆け込み寺が近場にあれば、多少の困難は凌げたでしょうが、残念ながらここは一面が平原で人の気配は少しもありません。

 誰か通りすがってくれないかなあ。

 結局居もしない神様に祈りを捧げながら、落ちていく夕日を眺める私でした。

 今日はここで野営かな。

 暢気にそんなことを考えていましたが、生憎と寝袋の一つも持っていない身。

 少女の体で地面に身を横たえて明日を待つのは少々……いや、だいぶ堪えます。

 やっぱり憑依先、誤ったかなあ。くすん。

 とはいえ。

 ディリータさんの覇道もまた自分には案外と荷が勝ちすぎると、今更ながらに考えてしまいます。

 結局どうしたら正解だったのか。

 いやいやまだ早いぞティータ。これから先、何が起きてもおかしくない。むしろ苦労の先に良いことが待ち受けていることもある。諦めたらそこで終わりだぞ。

 と、疲れた体を腰を下ろして癒してから、すぐさま――されどゆるりと出発しようとした矢先でした。

 

「ゴブ!」

 

 何やら人ではない奇声がどこからか響きました。

 

「ゴブゴブーッ!!」

「ひっ!?」

 

 思わず悲鳴を上げてしまいます。

 パニックになりながら周囲を慌てて見渡すと、赤い帽子をかぶった化生の類が私を遠巻きに囲んできているではありませんか。

 この手のモンスター、どうやらゴブリンの集団に眼を付けられてしまった様子。

 か弱い私に取れる手はどんなことでしょうか。

 殴る。蹴る。逃げる。神様に祈って何とかしてもらう。

 どれも現実的に厳しい選択肢です。最後のはただの現実逃避ですし。

 

「ゴブーッ!!」

 

 散開していたゴブリンの群れが一斉に私に襲い掛かってきました。

 あー、もう駄目だ!

 

(神様……!)

 

 次に襲ってくる悲劇を予感しながら、私は身を縮こませて眼をつぶります。

 しかし――何も起こりません。

 私は恐る恐る眼を開き、眼前に迫っているはずのゴブリンの姿を幻視しましたが、そこにいたのは。

 

「もう恐れることはありませんよ、お嬢さん」

 

 閉じた傘を横に振り、ゴブリンの群れに立ち塞がる金髪の女性の後ろ姿でした。

 そこから始まった戦闘は一方的でした。

 女性が放つ黒魔法?がゴブリンをなぎ倒し、光弾?がまた別のゴブリンを打ちのめします。

 大勢いたゴブリンはどんどんと数を減らし、もはや立っているものは数匹だけ。

 そこまで追い詰められて、ようやくゴブリンは不利を悟ったのか。

 

「ゴブゴブーッ!!」

 

 と、来た時と同じ奇声を上げて千々となって逃げ出していきました。

 

「大丈夫?」

 

 女性はしゃがみ込む私に手を差し出して、その手で私の手を取りました。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 立ち上がり、私は彼女に礼を言います。

 

「野営中は火を焚くことね。人間なら物怖じしないでしょうけど、人外の魔物は案外と恐れて近付いてこないものよ」

「で、でも、私、火をつけるモノなんて持ってなくて」

「見れば分かるわ。着の身着のままの冒険なんて、危なっかしいことこの上ないわよ。はい」

 

 そう言って女性が懐に手を入れます。取り出したのは。

 

「マッチ……ですか?」

「そうよ。使い方は分かるわよね? 側面の火薬に発火性の棒をこするだけ」

「そんなことは言われなくても分かります」

 

 ブスッ、と唇を尖らせて心外だとばかりに私は返します。

 

「お姉さんはどなたなんですか? 八卦の道士服を見る限り、陰陽師の方だとお見受けしますが」

「あら?」

 

 陰陽師(らしき)のお姉さんは私の背後を覗き込んで。

 

「あれは何かしら?」

「えっ?」

 

 私もお姉さんに続いて後ろを見ます。

 ですが見えるのは、太陽が沈んで暗がりになった平原と石灰岩の地平ばかり。

 勿論、ひとけもありません。

 

「別に何もありませんが……、って、あれ?」

 

 振り返って目の前にいたはずの女性は、雲霞のように跡形もなく姿が消えていました。

 残ったのは、足元に置かれた布のずた袋だけで。

 

「何だったのかなぁ。あの人」

 

 そこまで思索して、私は自分の不作法に気付きました。

 

「そうだ。名前を名乗るのも、聞くのも忘れてた」

 

 とりあえず、足元のずた袋を開いてみます。中には干し肉だとか、ランタンだとか、とにかく冒険に役立つようなものが色々と入っていました。

 さっきの女性が置いていったのかな?

 

「干し肉は嬉しいなあ。何日ぶりだろ、まともな食べ物が食べられるのって」

 

 独り言をぶつぶつ言いながら、私はついつい表情をほころばせます。

 結局彼女は何者だったのか。もしかしたら本当に神様だったのかも? 窮地の私に祝福してくれた御使いだったとしたら、私は神様を本気で信じようかと思います。

 グレバドス教会が崇める聖アジョラに感謝いたします。

 さっそく火を起こそうとしてマッチに火をつけてから、私は気付きました。

 

(焚き火の起こし方が分からない……)

 

 他に何かないか、布袋の中身を改めるといくつかの松ぼっくりが入っていました。

 ああ、なるほど。

 着火剤にはこれを使えばいいんだ。

 思い立ったが吉日。

 私はその辺から手ごろな石を拾い集め、囲いを作って即席の暖炉を作りました。

 暖炉の中に松ぼっくりを放り込んで、それにマッチで火をつけます。

 松ぼっくりが小さく火を灯し、だんだんと大きくなって。

 袋に(なぜか)入っていたトングで干し肉を掴んで、火で炙ります。

 

 数分も待ったら、干し肉はジュージューと音を立てて脂が滴り、肉独特の美味しそうな香りが周囲に広がります。

 袋に(これまたなぜか)入っていた紙皿に割りばしで焼き肉をよこして。

 

「いただきまーす」

 

 口にします。

 久しぶりに食した焼き肉は、本当にもう表現しがたいほど美味で、もうタレも何もなくても充分、その美味しさを何度も噛み締めました。

 ああ、ありがとう。名も知らないお姉さん。

 今度会う機会があれば、きちんと名乗りますし、お姉さんのお名前も覚えます。

 そう心の中に強く決めて、私は久しぶりの食事を堪能するのでした。

 

 

 

 

 

side:四季映姫・ヤマザナドゥ

 

「四季様、ご要望通り、かの少女を助けてきましたわ」

「ありがとうございます、八雲紫。こんなことを頼めるのは貴女だけでしたので」

「ところで、彼女は何者でしたの?」

 

 かの八雲紫でも分からないことはあるのか、と心の隅っこで呟く。

 

「シミュレーションRPGの登場人物ですよ。ちょっと憑依に失敗しましたが……、まさか彼女の身の上がここまで悲劇的だったとは。私も自戒しなくてはいけませんね」

 

 ゲームの端役の一人……しかも悲劇のヒロインの一人か、と。

 八雲紫は懸念する。この方でも失敗することもあるんだな。

 そう彼女は思っているだろう。

 彼女が次に何を言うかは何となく予想できた。

 

「ゲームの登場人物ねぇ。叶うなら私も参加したいものですわね」

 

 八雲紫の言葉を私は即座に否定する。

 

「なりません。今回のようなことは特例中の特例。八雲紫ほどの大物でもそんな勝手は許しませんよ」

「あら、四季様は私の能力をお疑いで?」

「虚と実の境界をいじるような真似をすれば私が即刻、地獄に落とします。境界など弄れない無間地獄へお送りしましょう」

「まあ怖い。四季様がそこまで仰るのならさすがに私も自重しますか」

 

 おどけた様子の八雲紫にこれ以上、言うことはないとばかりに告げる。

 

「貴女へのお願いはここまでです。感謝の言葉は与えても、褒賞を授けるわけにはいきません。幻想郷の賢者と楽園の閻魔が癒着していると周囲に思われるのは心外ですので」

 

 「退出を」と、私は言葉を切った。その様子を見た八雲紫はやれやれといった様子で。

 

「またお願いがあればお聞きしますわ。それこそ、賢者と閻魔の癒着などないよう尽力しましょう」

 

 そう言い残して、八雲紫は空間を裂いてその中に潜り込み、消え去った。

 私は手を顎の支えに思索する。

 

「……予定とはだいぶ違っていますが、ティータさんには色々と手助けが必要ですね。ゆくゆく彼女が独り立ちできるようになるまでは……。まったく、私の失敗とはいえ彼女は稀に見るいい子でしたから」

 

 私はフン、と鼻息も荒く、業務外の仕事が増えたことを自戒するのだった。

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