【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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女王オヴェリア

side:ティータ・ハイラル

 

 業火にまみれるシグルド邸。

 果たしてシグルドさんは――ラムザさんはご無事でしょうか。

 部屋の隠し通路から、私はオヴェリア様の手を取って必死に走り抜けます。

 シグルドさんの示した裏口は、ランベリー城下町の西に通じていました。

 ここを抜ければ、またガリオンヌ領へと逆戻りすることになります。

 それが正しい選択かどうなのかは……。

 ブンブンと首を振って、私はぴしゃりと自分の頬を張りました。

 正しいとか、そうじゃないとか、そんなことはどうでもいい。

 今は自分の、ひいてはオヴェリア様の命を守ることが絶対です。

 ラムザさんたちもきっと、こちらに来てくれるものだと信じています。

 そうして、町中を走り抜けて。

 私たちはランベリー城下町の西門へと辿り着きました。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私とオヴェリア様は同時に、息をつきます。

 今さらになって肺が爆発しそうなほど呼吸が乱れていました。

 

「ちょっと……、休憩をしましょう……」

「ええ、そうね……。ティータ」

「はい?」

「これから私たち、どうすればいいの……? 貴女には何か展望はある?」

「一応、プランというほどではないのですが。ライオネル領に行ってみようかと思っています」

「ライオネル領……。グレバドス教会のドラクロワ枢機卿を頼ろうということかしら」

「あまり褒められた手ではないのですが」

「どうして?」

「あぁ、いえ。こちらの話です」

 

 そう。私は知っている。

 ドラクロワ枢機卿もまた、オヴェリア様を"利用する者"だと。

 その懐に飛び込むのは文字通り、虎穴に入らざれば、ということです。

 虎児を得る、ということはないのが残念なところですが。

 

「しかし、私たち力もない女ふたりの足でそこまで辿り着くことはまずもって無理でしょう。ラムザさんやウィーグラフさんがいてくれれば、少しは状況も転じてくれるでしょうが」

「彼らを巻き込むことは本意ではない。けれど彼らに頼らないことには状況は好転しない。痛し痒しといったところかしら」

「ええ、それに、きっとドラクロワ枢機卿も……」

「……ティータ?」

「いえ、すみません。私が弱音を吐いてちゃダメですよね。今はラムザさんを待ちましょう。もしも彼らより先に骸旅団や北天騎士団に見つかるようなら、遅かれ早かれ逃亡中にも同じことになりかねません。ラムザさんたちを信じるしかないんです」

「そう……ね」

 

 ふらりと体をよろめかせて、倒れそうになるオヴェリア様。

 慌ててその体を私は支えました。

 こんなになるまで、私はオヴェリア様を無理させてしまったようです。

 アグリアスさんに見つかったらその場で成敗されかねません。

 

「どうしよう……このままじゃ……、って、あっ」

 

 西門から町の方を見やると、こちらに向かって駆け足でやってくる人影が見えました。

 一瞬、骸旅団か北天騎士団の追っ手か、とも思いましたが。

 杞憂だったようです。

 

「ティータ、オヴェリア様!」

「おい平民! 無事か!?」

 

 ラムザさんとシグルドさん。無事にあの鉄火場を乗り切って、無事に合流することが出来ました。

 

「ラムザさん! ミルウーダさんは、あとウィーグラフさんは!?」

「ミルウーダは撃退した。ウィーグラフは……、分からない」

 

 言葉を濁すラムザさんに、ふと違和感を覚えましたが、きっとそれは些細なこと。

 シグルドさんが口汚く罵ってくれます。

 

「平民、おまえの持ってきた案件は相当高くついたな。まさか家を無くすまでなんて考えたこともなかったぞ。この責任、どう取ってくれるつもりだ。ええ?」

「落ち着いてくれ、シグルド」

「落ち着いていられるか! だいたい元はと言えばおまえらが蒔いた種じゃねえか。この借りは高くつくぞ」

「確かに、これは僕らが不用意にきみを巻き込んだせいだ。だからというわけじゃない。少なくとも、僕はきみの命だけは守る。だから、今は堪えてくれないか」

「……チッ。まあ、無くなったものは仕方ねえ。もうここにいられねえのは確かだしな」

 

 とりあえず、ラムザさんの説得でシグルドさんも、今は矛を収めてくれたみたいです。

 と。

 

「オヴェリア様ーッ!!」

 

 町の中からさらにこちらの門へと声が響いてきました。

 

「アグリアス……?」

 

 呆然と、オヴェリア様が呟きます。

 アグリアスさんが私たちの傍まで走り寄って、オヴェリア様へと跪きました。

 

「遅参、ご容赦ください。あの店が焼け落ちているのを見て、何かのっぴきならない事態が発生したことまでは察知できたのですが、南天騎士団や骸旅団の連中が徘徊していて近付くことも出来ず……、申し訳ありません!!」

「いいの、アグリアス。貴女が無事で私も嬉しい」

「オヴェリア様……!」

「私を襲撃したのは、南天騎士団ではないわ。北天騎士団が偽装したものなの。だから、本当の敵は北天騎士団よ」

「北天騎士団が……? ラーグ公側の騎士団が何故、オヴェリア様を弑逆しようなどと……」

「その理由は、ティータがよく知っているわ」

 

 オヴェリア様が私に視線を向けます。

 それに対して私はコクリと頷きました。

 

「詳しいことは省きますが、ラーグ公、ひいてはダイスダーグ卿がオリナス王子を王家の正統な後継者として担ぎ上げるべく、オヴェリア様の命を狙っています。王家もそれを承知の上です。つまりオヴェリア様はガリオンヌ、ルザリアの両勢力から命を狙われている状況だということです」

「何故おまえにそんなことが分かる?」

 

 私に凄まじい気を発しながら、アグリアスさんが詰問します。

 下手なことを言えば、その場で首が飛びそうなくらい。

 まあオヴェリア様がいるし、そんなことになりそうもないのが救いです。

 

「可能性の話です。現に、オヴェリア様の居場所を察知した北天騎士団が私たちを襲撃してきました。これで私たちはもうここにはいられません。なので、一旦ライオネル領に雲隠れしようという算段なのです」

「……大方の事情は把握した」

 

 さすが、オヴェリア様の近衛騎士アグリアスさん。

 オヴェリア様のためなら火中の栗を拾いに行く覚悟で、彼女を守ってくれる。

 アグリアスさんが一緒なら、たとえ私が命を失おうとオヴェリア様を守ってくれる。そんな安心感があります。

 

「ラムザさん、アグリアスさん。お願いがあります。私たち、3人をどうかライオネル領まで護衛していただけないでしょうか」

「3人、ってことは、オレのことも含まれているんだよな」

「当然ですよ。こんな所でシグルドさんだけポイっと捨てるなんて出来るわけないじゃないですか」

「今はそれしかないってことか……。貸しひとつにしておくぜ、平民」

 

 私とシグルドさんの言い合いが途切れたところで、アグリアスさん、立ち上がって。

 

「承知した。オヴェリア様のことはもちろんのこと、諸君らも騎士としての栄誉の下、命を懸けて守ることを誓おう」

「ありがとうございます、アグリアスさん」

 

 対する私は深々とお辞儀しました。

 ラムザさんとアグリアスさん。非戦闘員の私たち3人。

 やや不安ではありますが、なんとかパーティとしては形になりました。

 ここからだとライオネル領はだいぶハードな道のりになるでしょうが、何とかなる。そう信じていくしかない。

 

「逃走ルートは? もう決めてあるのか?」

 

 ラムザさんの問いに、私は頷きます。

 

「敵には既に場所も知られています。ならここから身を隠しながらゆるりと進むのは愚策。正規の道を通って、最短のルートで城塞都市ザランダを目指しましょう」

 

 私の発言を皆、納得してくれたのか。

 反論されることは無く、一様に首肯してくれました。

 にわかに降り始めてきた通り雨が、私たちの行方を案じさせるように、希望の灯を打ち消していくようでした。

 

 

 

 

 

side:ディリータ・ハイラル

 

 ゼルテニア城。

 先の五十年戦争では、オルダリーアとの国境に接しているという土地故か、ガリオンヌのイグーロス城や王都ルザリアとは違い、武骨な城塞都市としての側面が強い趣を見せる城。

 その領主はダグスマルダ・ゴルターナ公。

 オレはその、領主の面前に跪いていた。

 ゴルターナ公が口を開く。

 

「貴公か……、オヴェリア王女を救出したというのは……」

「グリムス男爵配下の黒羊騎士団、副官ハイラル。名をディリータ。グリムス男爵の密命により王女を救出するために身分を偽り出兵。任務を果たし、帰還いたしました」

 

 そう、偽りの身分を名乗り、偽りの役割を述べる。

 

「……ハイラルだと? 聞かぬ名だ」

 

 ぼそりと呟いたのは、公の側近でもあるグルワンヌ大臣。

 おまえの出番はもう少し後だ。

 ゴルターナ公が口を開く。

 

「男爵は先月、亮目団との戦いで戦死し黒羊騎士団も全滅したはず」

「それ故、急ぎ帰還いたしました」

「王女は?」

 

 それに応えたのは、側近のひとりであるカンバベリフ司教。

 

「長旅の疲れのためか、死んだように眠っておいでです。ただ……」

「ただ?」

「緊張のためか、ひどく気が病んでおられるのか。一言も口を開かないのです。私たちとの対話も、微かに頷くばかりで……」

「まあ良い。後で私からも様子を見舞うとしよう」

 

 誰もアンタなんかの顔なんざ見たくないだろうよ。

 そう口に出そうになりながら、じっと機を待つ。

 

「……捕虜を連れてきたと聞いたが?」

 

 口にしたのは、公の側近中の側近、シドルファス・オルランドゥ伯。

 話が早くて助かる。

 オレは立ち上がり、背後に向かって叫ぶ。

 

「捕虜を連れてこい!」

 

 その言葉に応じるように、ガチャリと謁見の間の扉が開き、南天騎士団の騎士のひとりが、両手を後ろに縛られた捕虜を連れて入室してきた。

 オレがその捕虜に向けて口を開く。

 ここからが芝居のしどころだ。

 

「何故、王女を誘拐した?」

 

 ぐったりとした態度で、その捕虜は応える。

 

「ゴルターナ公に嫌疑をかけることで王都ルザリアへの上洛を妨げ、摂政の位を与えぬためだ……」

「誰がおまえに命じた? ラーグ公か?」

「……ラーグ公に取り入ろうとするゴルターナ公の側近の一人だ。

 

 それを聞いたグルワンヌ大臣が憤激した。

 

「バカな! そのような不忠者がおるはずもない!」

 

 いるさ。目の前にな。

 

「ええい、その痴れ者の口を閉じさせよ!」

「かまわぬ、聞け」

 

 ゴルターナ公がグルワンヌ大臣を制して、まあ文字通り口を閉じさせた。

 オレは改めて、捕虜に向けて口を開く。

 

「……それは誰だ?」

 

 捕虜が沈黙する。

 

「言えッ、言うんだッ!」

「オレの命は助けてくれるんだろうな?」

「約束しよう。言えッ、誰だッ!!」

 

 つと、捕虜が視線を移した。

 ゴルターナ公の傍に侍る、グルワンヌ大臣に向けて。

 

「……そこにいるグルワンヌ大臣だ」

 

 大臣が狼狽する。

 

「なんだと! ウソを申すな! わしはおまえなど知らぬ!!」

 

 予定通りだ。

 しれッとした態度で、しかし気迫を込めてオレは大臣へと体を向ける。

 

「誰にそそのかされた? 王妃か?」

「ばかなッ、わしには関係ないッ!」

「主君を裏切った罪は重いぞ、大臣殿!」

 

 そう叫び、オレは剣を抜いた。

 場が一触即発の事態に轟く。

 

「知らぬッ! わしは知らぬッ!!」

 

 背中を向けてその場を逃げ出そうとする、大臣の背中を追って。

 

 ザンッ!!

 

 一閃の下に大臣を斬り伏せた。

 野太い声を上げて、大臣が倒れ伏す。

 剣を仕舞い、オレはゴルターナ公へ跪き、叫んだ。

 

「僭越ながら申し上げます! 今すぐ南天騎士団を率いて上洛されるべし!」

 

 越権行為も承知の上で、オレは続ける。

 

「さもなくば、大臣の謀り事の責任を公爵閣下にとらせようと言い出す輩が出て参りましょう。その前に、速やかにオリナス王子と王妃を排斥し、オヴェリア様を御位に!!」

 

 オレは跪きながら、暗い笑みを浮かべるのを必死で堪えていた。

 

 

 

「カンバベリフ司教、オヴェリア様は息災ですか」

「ハイラル副官。王女様は健康そのものです。ただ……」

「……気が病んでいると、申しておりましたな」

「心身が消耗しているのか、何も口になさろうとはしません。お見舞いの折はまた次の機会にしていただければ、と」

「いえ、私もオヴェリア様が心配です」

 

 心配することなど、何もない。

 むしろ、よくやっている。やっている方だ。

 後はオレのコントロール下に置かなければ。

 

「カンバベリフ司教、席を外していただけますか」

「副官が国家を背負う殿下に拝謁を? 越権にも程がありますぞ」

「お願いします。今回だけ、お目こぼしを」

 

 そう言って、オレは頭を下げた。

 数秒を置いて、司教がふう、と息をつく。

 

「……此度だけですぞ」

 

 言い残し、司教は部屋を後にした。

 残されたのは、オレと

 ベッドに横たわる、オヴェリア王女を名乗るひとりの少女のみ。

 

「……おい、もう口を利いていいぞ」

 

 言われて、王女の替え玉――ティータが顔を上げた。

 オレの顔を見て、ひどく怯えた様子で体を震わせる。

 

「これで晴れておまえは王家の後継者だ。排斥された貴族なんかよりよっぽどマシな生活が出来るぞ。良かったな」

「ディリータさん……、貴方は私をどうしたいのですか」

「何もしなくていい。おまえはただ"女王"として振る舞えばそれでいい」

 

 ティータが手を差し出した。

 オレは、それが助けを求める手で、オレにとっては何の意味もないと分かっていながら握り返してやった。

 

「怖い……。ディリータさん、お願いです。私を見捨てないでください」

「気にするな。おまえがティータであり、そして女王オヴェリアである限りは守ってやる」

「それが、私の役目……なのですね」

「そうだ。それがおまえという人間の役割で、オレの行動原理だ」

 

 彼女の手を、オレは両手で包み込むように優しく握ってやる。

 

「この腐った貴族社会を根本から変えてやる。オレはそのためなら、鬼にも悪魔にでもなってやる。だから、おまえもオレに協力しろ。ティータ」

 

 ティータ。

 奇しくもオレの妹と同じ名の少女。

 オレは彼女に、何もしてやれなかった。

 こいつには、何かしてやれるのか?

 いや。

 オレは、オレだ。

 こいつがティータだろうとオヴェリアだろうと、関係ない。

 利用できるものなら、何でも利用する。

 そうしてオレはこの国に復讐するのだ。

 だから。

 ティータ、おまえは安心していい。

 おまえという存在がある限り、オレはおまえを守ってやる。

 何故なら、おまえはオレの道具なのだから。

 そう、オレは気付いていなかった。

 ティータという名のこの少女に、少しずつ情が湧いてきていることに。

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