side:ティータ・ハイラル
ザランダの展望台。
展望台といっても、元展望台といった風情でしょうか。
石造りの壁が所どころ欠けていますし、無造作に樹木も生えています。誰も手入れなんかしてないのでしょう。
私たちはそこから、彼方にあるライオネル城の方角を見ていました。
「ねえ、シグルドさん」
「なんだ平民」
「この戦争、いつになったら終わるのでしょうか」
「オレが知るわけないだろ」
と。
「今この戦争はゴルターナ公が擁する偽りの女王オヴェリア様と、ラーグ公が後見するオリナス王子とで国をふたつに割って争っている。どちらかの陣営が敗北を認めない限り、止まることは知らないだろう」
にわかにアグリアスさんが私の背中から声をかけました。
オヴェリア様を連れ立って。
私は彼女に声をかけます。
「もうオヴェリア様だけでは、戦争は止まらないのですね」
「いいえ」
オヴェリア様が口を開きます。
「まだ私には価値があるもの。王女の血筋を引く者としての価値が。ドラクロワ枢機卿なら、それにきっと気付いてくれるわ」
「と、仰いますと?」
「私を正当な後継者として、偽物の女王を弾劾する。その間隙を縫って教会が両陣営を仲介する。それで少なくとも、国をふたつに分けるような争いはきっと止まるはず」
それを聞いて、私は、ほえ~っと感嘆しました。
言い方は失礼ですが、オヴェリア様はこんなにも頭の巡りが良い方だったんですね。
ただ、補足するなら。
「枢機卿様はオヴェリア様のことを信じてくださいますでしょうか」
「こればかりは、お会いしてみないことには始まらないわ。でも王家の近衛騎士が一緒なんだもの。説得力はあるでしょう」
「確かに、そうでしょうけれども」
「ティータには、まだ心配事があるの?」
「……いいえ、なんでもありません」
「貴女は嘘が下手ね」
言われて、黙りこくってしまう私です。
「構わないわ。私のすべきことは既に定まっている。貴女なんかに利用なんてされないんだから」
「私はオヴェリア様を利用しようとしたことなど、一度もありません」
「でも隠し事はある。そうでしょう?」
「……かないませんね、オヴェリア様には」
「これだけ長く貴女の友達でいれば、それくらいは分かるわ」
そう言われて、なおさら私はしゅん、とするだけでした。
side:ラムザ・ベオルブ
僕はそんなティータたちの様子を隠れて見ていた。
修道院だけで暮らしていて、ラーグ公、ゴルターナ公らにいいように転がされて。
それを阻止したティータに市井へと連れ出されて。
僭越ながら、オヴェリア様はとても聡くなられたと思う。
「どうした? ラムザ」
覗いていたところに急に話しかけられて、産毛がぶわっと立ち上がった。
びっくりし過ぎだとは思うが。
慌ててそちらに向かうと、ムスタディオが立っている。
「こんな所で何やってるんだ?」
「静かに、ムスタディオ」
「はっは~ん。さてはオフィーリアたちの世間話が気になってたんだろ」
「そんな下心は……。それに、シグルドもいるし」
「気にすんなって。まあでも気にはなるよな。なんで市井の娘たちに混ざって貴族の騎士様がご一緒なのか、とか」
「別にそんなことは気にしていないよ」
「それは自分が事情通だって言っているのと同じことだぜ。……まあオレにはわからない何やかんやがあるのは事実だろうが」
言ってムスタディオも、僕に倣うように壁に張り付いてオヴェリア様たちの様子を覗く。
「なあラムザ」
「なんだ」
「あのオフィーリアって子は何者なんだ? 達観しているようで、でも世間知らずな面も見える。一体どこの何者かってのは気になるだろ? どこかの貴族のご令嬢か?」
「それは、僕の口からは言えないな。きみだってどうして枢機卿にお会いしたいのか、理由を話してくれないだろう?」
「お互いスネに傷を持つ者同士ってことか。ならオレも詮索できないな」
そこに。
「おい」
僕らの後ろからまたも声がかけられる。
ふたりで見やると、そこにはウィーグラフが立っていた。
「何をしている。いい加減に出発したらどうだ。物見遊山でわざわざライオネル領に来ているわけではないのだろう」
「……おまえの言う通りだな。時間をかけ過ぎているのは間違いない」
僕は壁から外へと出て、オヴェリア様たちに向けて。
「みんな、そろそろ出発しよう」
皆が僕に注目しながら、アグリアスさんが僕の方に一歩踏み出る。
「騎士団の追撃、それに骸旅団の動きもないのだろうな。背後から急襲されてはかなわんぞ」
「大丈夫だと思います。骸旅団も、ライオネル領に入ってからは静かなものですし、もし現れても僕らで何とかします」
「私の実力も当てにしてもらって構わないのだがな」
「アグリアスさんはティータたちを守っていてください。守るのは近衛騎士の領分だと思いますし、積極的な荒事は僕ら傭兵の方が向いています」
「そこまで言うのなら頼りにさせてもらおう」
「任せてください」
その様子を見ていたウィーグラフに、僕は視線を移した。
業腹だが、出発の号令はコイツに譲っておく。
「2、3日だ。少しばかり強行軍になるが、それで丘を越えればライオネル城は目の前だ。途中でばてることのないようにな」
そう言って、クルリと僕らに背を向けてウィーグラフは去っていった。
僕らの返答を待つまでもなく、さっさと出発したいらしい。
知己がいる、と言っていた。
奴には奴の思惑があるとでもいうことか……?
一抹の不安を抱きながら、僕らもまた奴に倣って出発する準備を整え始めた。
side:ティータ・ハイラル
城塞都市ザランダを後にして、私たちはライオネル城へと向けて出発しました。
どうか厄介事がこれ以上増えませんように。
特に、骸旅団だとか。
まあそれに関してはこちらにウィーグラフさんがいる以上、簡単にはその牙城を崩せはしないでしょうけれど。
それはともかくとして、私はザランダの南に位置するバリアスの丘を越えるさなか、ウィーグラフさんに耳打ちしました。
「ウィーグラフさん」
「なんだ」
「ムスタディオさんにウィーグラフさんの持つ聖石を見せてあげてくれませんか」
「何がしたい」
「やってくれればわかります。少なくとも、表面上は」
ウィーグラフさんは顎に手をやり、少し思索に耽った様子。
その返答は。
「まあよかろう。ティータたっての頼みだ」
「やたっ、ありがとうございます」
ウィーグラフさんがムスタディオさんの方へと向かっていきます。
私も急いでそっちへと向かって。
「おい、ムスタディオ」
「なんだい、ウィーグラフさん」
「これを見ろ」
言って、ウィーグラフさんが懐から聖石を取り出し、ムスタディオさんの視界へと掲げました。
ムスタディオさんは眼をパチクリとさせて、途端にさーっと顔色を青くします。
「ア、アンタ。それをどこで……?」
「とある神殿騎士から受け取ったモノだ。ティータなら、これがおまえの顔色を変える一助となると確信を持って言っていた」
そこまでは言っていませんけれども。
さて、ここでムスタディオさん。どう反応するのやら……。
「……スマン。ラムザたちには黙っておいてくれ。確かにオレはその石のことを知っている」
「おまえは機工都市ゴーグ出身の機工士だと言っていたな」
「……ああ」
「察するに、これと同じモノをそこで見つけたのではないか」
ムスタディオさんは俯きながら、小声でぼそぼそと話します。
「ゴーグの地下には壊れて動かない機械がたくさん埋まっている……。でも、この石を近づけると死んでいるはずの機械がうなり始めるんだ……」
「おまえが追われているのはこの石の為だな?」
「この石にどんな力があるのか、オレにはわからない……。しかし、ルードヴィッヒはこの石の力を解明して兵器にしようとしている……」
「バート商会が狙っているのはその聖石だな?」
「親父は、聖石を渡してはならないと言っていた……。だから、親父はやつらに……」
「ふん」
言って、ウィーグラフさんは聖石を懐にしまいました。
「時期を見計らって、ラムザかアグリアスにでも伝えておけ。ふたりともあの性分だ。決しておまえを見捨てはしないだろう」
「恩に着る。だけど……」
「まだ何かあるのか?」
「いや……、アンタに聞くより、本人に聞いた方が早いかもしれないんだが……」
ムスタディオさんが、怪訝そうな顔つきで私を見止めます。
その視線は非常に懐疑的で、喉元に剣先を突き付けるような、そんな眼をしていました。
「ティータ……。アンタ、一体……本当に何者なんだ……?」
私のことは誰にも理解できない。
当然でしょう。
私だって、本当の私というものが何なのか、確信を持って答えることなど出来ないのですから。
だから。
「私はティータ・ハイラル。そう呼ばれるただの平民の娘です。ただちょっと変わっているだけの、それだけの娘です」
微笑みを浮かべながら私はそう言い切りました。
もう私を疑わない者など、誰もいないのですから。
そらっとぼける返事くらいしか、私自身を語れる口を持っていないのです。
ウィーグラフさんが、そんな私に。
「まあ、こんな娘だ。気にするなとは私には言えん。だが下心はあろうと、悪意は無いだろうことは私が保証しよう」
頼もしいフォローをしてくれました。
聖石による悪魔の力を手にしてまで、人類の仲間としていてくれる。
なんてお強い方なのでしょう、この人は。
でもちょっと態度が高圧的で、上っ面の優しさはどこかにやっちゃったみたいですが。
「ホントにスマン。オレにはアンタのこと、本気で信じることが出来ないかもしれない。だけど、オレはアンタが善意で動いてくれていることは信じる。それでいいか?」
「もちろん構いません。ありがとうございます、ムスタディオさん」
そんなやり取りがあった中、私たちはバリアスの丘を越えてよどみなくライオネル城を目指して行きました。
side:オヴェリア・アトカーシャ
丘を越え、山も越えて。
都市から城へとつながる一本の石畳の道。
途中にある集落の宿を利用しながらも、私たちの旅路は歩みを進めていた。
2、3日。
ウィーグラフが言っていた、いわゆる強行軍だったけれど、そこまで急いていた訳ではない。
何しろ寝床が取れるのだから、これ以上もの申すのは贅沢というもの。
ただ、私たちの後ろで、ティータが何かしらやっているのは気にかかっていた。
今度はムスタディオに何か吹き込んでいるみたいだ。
それ以来、彼の顔色が見て分かるくらいに青くなっている。
まったく、また私に隠れてこそこそと何をやっているのだか。
「ねえシグルド」
「なんだ、オフィーリア」
「貴方はティータのこと、どう見てる?」
「いまさらそんな質問か? おまえこそ、あいつをどう見てるんだ」
「得体の知れない女の子、ってところかしら」
こんな直接的な物言いが出来るのは、私にとってはシグルドくらいだ。
アグリアスは口が堅そうだけど、疑問を持てば過剰なほど敵意を向ける傾向がある。
彼女には言えない。
ウィーグラフも、ティータには懇意にしているようだけど、生半可なことは聞けない。
なんだか彼にとって、ティータは特別な存在であるみたいだ。
それに。
今の彼のことは単純に、私自身が信用していない。
ラムザならどうだろう。
彼なら何も言わず、ただ単純に私の言うことを信用してくれるだろうか。
いや、そんなに甘くない。
彼にだって大切なものがある。
触れて欲しくないものほど、大事に丁寧に扱おうとする。
ティータは、彼にとってのそれだろう。
結局、帰結したところで、消去法でシグルドくらいしかいないのだ。
彼なら色々な要素のバイアス抜きで、彼女の事を聞くことが出来る。
ただ、聞くことが出来る。それだけなのだけれど。
彼だって、私程度にしかティータのことを知りはしないのだ。
だから、この質問は結局、世間話のタネ程度にしか過ぎない。
彼に話してから気が付いた。
ああ、私は今ヒマをしているのだな、と。
「得体の知れない小娘だから何だというんだ。今から信用するのをやめるか?」
シグルドから容赦のない物言いが飛び掛かってくる。
それを受け止めて、私は軽く返した。
「そうね。元々、私と出会った時から今まで、彼女のことを信用したことはなかったと思うのだけれど」
「意外だな。おまえらはもっと仲がイイものだと思っていたが」
「仲がイイ、というのは、私にとっては本当のことよ。でもどこか信用してないことも確かなの」
「それで、結局なにが言いたい」
何が言いたい、か。
世間話を打ち切るにはちょうどいいところだ。
「信用はしていなくても、信頼はしているというのが本音かしらね。彼女が私に重大な隠し事をしていても、それはそれで別に彼女を嫌う必要はないのだから」
シグルドはそれを聞いて、ふんと鼻息荒くそっぽを向いた。
「結局おまえらはそういう仲なんだろ。それならそれで別に構わんだろうが。何が言いたいのかさっぱり分からん」
「そうね……」
言って、私は結んだ。
「私にもさっぱり分からないわ」
山を三つほど越えたところで、ライオネル城の城壁が見えてきた。
壁の外には城下町が広がっている。
今まで往来にもまばらに人が歩いてはいたが、皆どこか不安げな顔をしていた。
戦争のために食い詰めて盗賊や強盗に堕した者が絶えないというのは、どうやらどこも同じなようだ。
ここ、ライオネル領でも。
私がこの戦争を止める一助となる。
それにはライオネル領を治める、ドラクロワ枢機卿の協力を得るしかない。
ムスタディオのことは不安要素だったけど、立ち止まるわけにはいかない。
今、この戦争に介入できるのは私だけなのだから。