【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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決別の涙

side:ラムザ・ベオルブ

 

 機工都市ゴーグ。

 僕にとっては噂話としてしか聞いたことのない都市。

 所々に工場から突き出すような煙突が見え、あらゆる場所から煙が噴き出ている。

 道も複雑で、町の間から間を突き抜けるようなアーチ状の橋が架かっていて、自分の居場所すらもわからなくなりそうだ。

 なんというか、奇天烈な町だ。

 

「ここが……、機工都市ゴーグ」

「ああ、そうだ。上方出のラムザには馴染みのない町だろう」

 

 ムスタディオとアーチを渡る。

 町はあちらこちらで活気を見せ、商人や職人があちらこちらへと急ぎ足で駆けていく。

 どことなく騒がしくも、平穏な町並みだ。

 不自然なほどに。

 

「バート商会のやつらの姿は見えないな……。とはいえ、ライオネル騎士団と争ったようにも思えない……。何か様子がヘンだぞ……?」

 

 そこだ。

 騒乱の気配が微塵もしない。

 ライオネル騎士団がバート商会と争っていたなら、こんなに平穏無事ではいられないだろう。

 ムスタディオが僕の方を向いて。

 

「ちょっと探りを入れてくる。あとで落ち合おう」

「落ち合うってどこで?」

 

 僕の言葉を聞いて、ムスタディオが東の方へと指差す。

 

「あっち側がスラム街だ。あそこなら目立たないだろう」

 

 僕は頷いた。

 

「わかった。気を付けろよ」

「ああ、まかせておけって」

 

 言い交わして、僕らは別れて行動することにした。

 嫌な予感がするが、なんとかなる。

 とりあえず、そう信じることにした。

 

 

 

 

 

side:ティータ・ハイラル

 

「あの~」

 

 私の間延びした声が、室内に広がりました。

 

「なに、ティータ」

「どうして私がオヴェリア様のお茶汲みをしているのでしょうか」

 

 私はお仕着せられたメイド衣装の姿で、紅茶をオヴェリア様にお運びします。

 

「貴女が私の専属メイドになったのだもの。当然でしょう」

「そりゃまあ、そうですけど」

 

 言いながら、同じ卓を囲むシグルドさんとアグリアスさんに眼を向けます。

 それに気付いたシグルドさんが。

 

「おまえは平民、オレたちは貴族だ。役割としては真っ当だろうが。だからその不躾な視線はやめろ」

「すまない、ティータ。本来なら貴女も私が守らねばならない人なのだが……」

 

 シグルドさんは不満げに肘を突いてそっぽを向き、アグリアスさんは申し訳なさそうにひとつ、頭を下げました。

 そこまでしてもらう必要はないんだけどなー。

 枢機卿の策謀にハメられた翌日、私たちはライオネル城内にある天塔の一室に隔離されてしまいました。

 塔の入り口には頑丈な鍵が掛けられ、なおかつ城の騎士が寝ずの番で見張っています。

 ただ、薄暗かった城内とは打って変わって塔内はよくお天道様の光が差し込んでおり、陰鬱な気配をいい具合に振り払ってくれています。

 部屋の中も清潔で、そこかしこに見える内装の調度品も贅を尽くしたものばかり。

 虜囚の身としてはこれ以上ないほどの待遇を受けているのではないでしょうか。

 ただ塔には専用の食堂とキッチンがあり、何故かそこは無人。

 従って、私が皆さんの世話係として働かねばいけないという仕儀と相成ったわけです。

 と。

 

 コンコン。

 

 部屋の外からノックの音がします。

 

「はい、ただいま」

 

 私が部屋の扉を開くと。

 まあ大体、予想した方がお目見えされました。

 

「お邪魔しますよ。オヴェリア様」

 

 がたっと席を立ち、剣の柄に手をかけるアグリアスさん。

 気持ちは分かりますが、少し堪えてください。

 

「ご機嫌よう、枢機卿様。貴方も紅茶はいかが?」

「ホホホホ……、オヴェリア様は冗談もお好きなご様子で」

「王家の者としては不躾ながら、市井で身に付けましたから」

 

 ドラクロワ枢機卿。

 私たちを罠にハメた張本人です。

 どうやらオヴェリア様を使って何か策略を練っているようですが、この世界線には私も覚えがありません。

 だってゲーム中ではあり得ないことの連続ですもの。

 

「少し入りますよ。紹介したい方が到着されましたのでな」

「紹介?」

 

 枢機卿の後に続いて、部屋に入ってきたのは。

 

「ッ! ガフガリオン……!?」

 

 威嚇するような声音で、アグリアスさんがうめきました。

 

「よう、久しぶりだな」

 

 部屋に入ってきた黒い鎧兜の剣士が、気軽に私たちへ声を掛けてきます。

 

「どういうことだ……? ラーグ公の謀略は戦争が始まって、白紙になったはず。今さら貴様が私たちに何の用があると?」

「抑えろよアグリアス。オレが用があるのはおまえじゃねえ。そっちのお姫様だ」

「オヴェリア様に、だと?」

「おう」

 

 言って、ガフガリオンさんがオヴェリア様へと視線を移します。

 

「ラーグ公が王女の身柄を要求している。とりあえず今は伝言だけだ」

「ラーグ公が……?」

「大方、ゴルターナ公が擁するオヴェリア女王は偽物だと難付けくせて、王家の正当性を得るとか、まあそんなところだろう」

 

 案外と、機密的な事項をペラペラと喋ってくれます。

 さて、当人のオヴェリア様はというと。

 

「そんなことは出来ません。ラーグ公が為さろうとしていることはこの戦乱をさらに泥沼化させること。王家の血筋として、断固として拒否します」

「あンた、自分の立場わかっているのか? 何のためにこんな場所に閉じ込められているンだよ」

「出来ないことは出来ません。私の存在が、民にさらなる血を流させることとなるならば、ここで自害することにも躊躇いはありません」

「ご立派なお姫様だよ、あンた」

 

 ガフガリオンさんの挑発を受けて、アグリアスさんが一歩前へ出ました。

 オヴェリア様を庇うように、ガフガリオンさんの前に立ち塞がります。

 

「そこまでだ。これ以上オヴェリア様に心労をかけるというのであれば、まずは私が相手となる。覚悟は出来ているのだろうな?」

「おお、怖え怖え」

 

 会話の応酬。

 そこに、唐突に人影が差しました。

 

「……! 貴方は……」

 

 私は思わず、その姿を見て怯みました。

 黄金の鎧に、紫のサーコートを身に付けた壮年の騎士。

 

「その娘がオヴェリアか……」

 

 暗く、染み渡るような低い声音が響きます。

 

「いらしましたか、ヴォルマルフ殿」

「うむ……」

 

 ヴォルマルフ・ティンジェル。

 グレバドス教会所属の神殿騎士筆頭であり、陰謀の黒幕。

 そこまでが、私が知る知識です。

 しかし、この方がこのタイミングで、この場に現れたということは……。

 

「本来ならこのような客室ではなく、応接室にお通しするべきなのでしょうが、どうもアグリアス殿が望まれないようでしてな」

「フン、王女の身代わりの娘には十分すぎるぐらいだ」

 

 その言葉に、文字通り殴られたかのように、オヴェリア様はハッキリと衝撃を受けて眼を見開きました。

 

「ホホホホ……。ヴォルマルフ殿、この娘はまだ知らないのです」

「そうか……。哀れな娘よ」

 

 オヴェリア様がテーブルに手を突いて、体を支えながらもなんとかテーブルに備え付けられた椅子を頼りに、腰を浮かせます。

 

「それは、どういうことなの……?」

 

 ヴォルマルフさんが、ふうとひとつ息を漏らして。

 

「いいか、よく聞け」

 

 言っては、ならない言葉を。

 

「おまえはオヴェリアではない」

 

 静寂が辺りを満たしました。

 戸惑うオヴェリア様が眼を白黒とさせ、ヴォルマルフさんが続けます。

 

「本物の王女はとうの昔に死んでいる。おまえはその身代わりなのだ」

「そんな! ウソよッ!!」

 

 叫ぶオヴェリア様に、アグリアスさんが抜刀してヴォルマルフさんの前に立ち塞がりました。

 

「貴様! オヴェリア様を愚弄するか!!」

 

 しかし、ヴォルマルフさんは意にも介さず。

 

「嘘ではない。おまえはオヴェリアではないのだ」

 

 言葉の上っ面で、オヴェリア様の存在を斬り刻んでいく。

 なんて、残酷。

 

「ルーヴェリア王妃をよく思わぬ元老院のじじいどもがおまえを作り出した……。いつの日か、王位を継がせるために身代わりを用意したのだ。邪魔な王妃を追い出すためにな」

 

 ヴォルマルフさんは続ける。

 

「やつらのやり口は実に周到だったよ。上の二人の王子を病死に見せかけて暗殺し、おまえを王家に入れた。病弱なオムドリアに新たな王子ができるとは思えなかったのでな、自動的に王位はおまえのものだ」

 

 続ける。

 

「ところがオリナス王子が誕生した。……いや、未だに王子がオムドリアの子であるかどうかなどわからん。ラーグ公が実妹を王の母にするために外から"種"を用意したのかもしれん……。いずれにしても、元老院のじじいどもの計画は台無しになったのだ」

 

 続ける。

 いや、もう聞きたくない。

 オヴェリア様がかき消すように。

 

「ウソよッ! 絶対にウソだわ! 私には信じられない!」

 

 そう、叫びました。

 語気の強さとは裏腹に、吹いて消えるような事実に。

 

「どう思おうとおまえの勝手だ。我々にとってもおまえが王女であるかどうかなどどうでもいいこと。我々は『王女』という強力なカードを手に入れた。それで十分だ」

「……あなたたちは私をどうするつもり? いったい何をさせたいの?」

「何もしなくていい。今のまま『王女』でいてくれればよい」

 

 オヴェリア様のことを、どうでもいいといった風情で、ヴォルマルフさんはオヴェリア様の叫びを切って捨てます。

 

「私はアトカーシャ家の血を引く者! 誰にも命令されたりはしないッ!」

 

 憤慨するオヴェリア様の様子を見て、ヴォルマルフさんはやれやれと肩をすくめました。

 枢機卿がヴォルマルフさんに。

 

「ヴォルマルフ殿、王女様にはもう少し頭を冷やしてもらいましょう」

「うむ、そうだな……」

 

 そう言って、クルリと私たちにヴォルマルフさんは背を見せました。

 

「行くぞ、枢機卿」

 

 私たちを残して、ふたりの闖入者は揃って部屋を出ていきます。

 後に残された、私たちは。

 

「……教えて、ティータ」

「はい……」

 

 縋るように、オヴェリア様は私に話しかけます。

 

「私は……、仮初めの王女だった。貴女はこのことを、知っていたの……?」

 

 迷いながら、しかし、この場では嘘は許されない。

 そんな空気の中、私は。

 

「……はい」

 

 そう一言だけ、唱えました。

 

「……嘘つき」

 

 オヴェリア様は俯いていた顔をゆるりと上げ、私の眼に視線を移します。

 その形相は、今まで見たこともないほど、怒りも、悲しみも、全てがない交ぜになった真っ赤な顔色でした。

 

「卑怯者ッ!! 嘘つき、嘘つき、嘘つきッ……!!」

 

 怒りのままに、オヴェリア様は私を弾劾します。

 対する私は、怨嗟の言葉を投げかけるオヴェリア様に向ける顔もないまま、ただ受け止めるだけでした。

 アグリアスさんが今までに見たことのないオヴェリア様の様子を見て、宥めます。

 

「オヴェリア様、落ち着きください! きっと、ティータにも何か理由が……!」

 

 でもその言葉はオヴェリア様の怒りに油を注ぐだけでした。

 

「だから何だというの!! 私、貴女のことを……ティータのことを信じていた! 確かに貴女を信用しきれてなかったかもしれないけれど、それでも友達だと信じていた!! なのに、どうして隠していたの……!!」

「オヴェリア様……」

 

 私は呆然と、怒れるオヴェリア様から眼を逸らさず。

 逆に言えば、逸らすことも出来ないまま釘付けにされていました。

 

「落ち着け、オヴェリア!!」

 

 オヴェリア様の怒りが支配する室内に響いたのは。

 

「王女じゃないから何だっていうんだ!! おまえはおまえだろうが!! 王家の血筋じゃなかったら、おまえは生きていけないっていうのか!? なら今ここで死んでみせろ!!」

「……ッ!」

「ティータを信用できないって言ったのは他でもないおまえだろう!! だがそれでも信頼できると、オレにも言っただろう!! あんなヤクザ騎士に唆されただけで、おまえらの絆は壊れちまうモンだったのか!? オフィーリアのツラをしたおまえはどこに行っちまったんだ!! 市井での生活は楽しかった、そうじゃないのか!?」

 

 他でもないシグルドさんがオヴェリア様へと説得の叫びを浴びせかけていました。

 まさか反論されるとは思っていなかったのか、オヴェリア様がみるみるうちに怒りのボルテージを下げていくのが見て取れます。

 だからと言って、私には返す言葉もありませんでした。

 それが、私にとっての真実。

 

「……頭を冷やせ。バカ野郎」

 

 ケッと、周りに聞こえるよう露骨に舌打ちして、シグルドさんは押し黙りました。

 

「……ごめんなさい、シグルド」

「謝る相手が違うだろうが……、この、バカ」

「いいえ」

 

 オヴェリア様はすっくと立ち上がり、私に視線を合わせて、即座に背けます。

 そして、宣言するかのように言い渡しました。

 

「ラーグ公の元に参ります。アグリアス、ガフガリオン、供をなさい」

「いいのか?」

「戦争を止めるためです。ラーグ公も教会も、『王女』である私を無視することは出来ないでしょう」

「チッ、こンな形でダイスダーグの元に戻ることになるとはな。……まあこれもヤツの計画の内だろうが」

「いざとなったら貴方たちが守ってくれるのでしょう」

「まあな」

 

 俯く私の横を、オヴェリア様が通り抜けます。

 アグリアスさんたちも、私を気にかけたのか視線だけ私にくれました。

 可哀そうに。

 そう、嘆くかのようで。

 

「ティータ」

 

 部屋の扉の前で、オヴェリア様が私の名前を呼びます。

 

「……さようなら」

 

 バタン。

 

 扉が閉まり、私とシグルドさんだけが部屋に残されました。

 最後にかけられたオヴェリア様の言葉。

 文字通り、もう二度と私の前には現れないという意思表示だったのでしょうか。

 当の私は。

 

「……うッ、く、ううぅぅ……ッ」

 

 堪えきれずに。

 涙が頬を伝いました。

 その場にしゃがみ込んで、流れ続ける涙と漏れる嗚咽を我慢し続けて。

 シグルドさんが私の肩に手を回して、もう片方の手で私の頭を撫でました。

 それで、私はもう抑えきれなくなって。

 

「う、うわああぁぁ……ッ!!」

 

 泣き続けるしかありませんでした。

 それは、私の大切な友達を失くした一幕でした。

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