【迷伝】ティータが見る獅子戦争   作:12club

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そういう存在

side:ラムザ・ベオルブ

 

 ゴーグのスラム街。

 活気にあふれていた町を横切り、裏手に入ればそこはまったく別の顔を持っていた。

 家屋からは人の気配が失せ、工場は廃棄されて黒くくすんでいる。

 なるほど、人気をはばかって待ち合わせるには丁度いい場所だ。

 しかし。

 

「遅い……、遅すぎる……」

 

 僕も遊んでいたわけではない。

 昼以降、夕刻まで町中で情報集めをしていた。

 結果は……、何も得られなかった。

 いや、何事もなかったという情報くらいしか得られなかったのだが。

 日が落ちる頃を見計らって、僕はスラム街に向かった。

 そこに、ムスタディオの姿はなかった。

 

「ムスタディオのヤツ……、捕まったんじゃないのか……?」

 

 しとしとと、雨が降り始めてくる。

 この辺りではあまり珍しくないのだろうか、夜半になって降り始める雨というのは、少なくともガリオンヌでは見なかった。

 大抵、雨は昼から降り始めて、そうしてようやく夜闇を濡らすものだった。

 雨は……、あまり好きじゃない。

 理由は特にないが、気分を無理にでも落ち込ませるような陰鬱な気配を感じる。

 そして。

 その理由はともかく、理屈は当たった。

 

「おまえがムスタディオの仲間か?」

 

 野太い男の声。

 僕はその方向にばっと振り向いた。

 恰幅の良い、人相の悪い男がそこにいた。

 

「誰だッ!」

 

 僕の叫びに応えることはなく、その男が明後日の方向に向いて、手で何かを合図する。

 

「連れてこい!」

 

 その声に応えて、男の手下らしき男が姿を現した。

 さらに連れられてきたのは。

 

「す、すまない、ラムザ」

「大丈夫か、ムスタディオ!!」

 

 慌ててそちらの方へと走り出そうとする僕を、男が制する。

 

「おっと、そこまでだ。それ以上、動くんじゃねぇ!」

「おまえがルードヴィッヒかッ!! ムスタディオを離せッ!!」

「おとなしく『聖石』を渡せばこの小僧を離してやろう」

 

 言って、男――ルードヴィッヒがムスタディオへと向き直った。

 

「さあ、言えッ! どこに隠したッ! 白状するんだッ!」

 

 ルードヴィッヒの恫喝に、ムスタディオは沈黙を続ける。

 

「だんまりか? だが、これを見てもそう黙っていられるかな?」

 

 さらに手で合図を送る。

 ムスタディオの後ろから、ガラの悪い男に連れられる壮年の男性が姿を見せた。

 どこか、ムスタディオに似た面影がある。

 

「親父ッ! 大丈夫かッ!!」

 

 彼がムスタディオの父親か……。

 足を怪我しているのか、それとも元々あまり良くないのか、その足取りは不安定だ。

 

「わしは……大丈夫だ……。『聖石』を渡してはならん……」

 

 ムスタディオの父親が、かすれ声でムスタディオに声を掛ける。

 

「中へ放り込めッ!」

 

 ルードヴィッヒの命令に、男が彼を家屋の中に放り投げた。

 ムスタディオが人質を取られた格好だ。

 このままでは……。

 

「どうだ、おとなしく白状する気になったか?」

 

 ルードヴィッヒが脅迫を続ける。

 沈黙を貫いてきたムスタディオは、やがて。

 顔を地面に伏せて、静かに呟いた。

 

「煙突の中だ……。ラムザの足下の……」

 

 それを聞いて、ルードヴィッヒが僕の方へ振り向いて。

 

「よし、貴様が拾え! こいつの命を助けたいならな!!」

 

 そう恫喝した。

 ムスタディオたちを人質に取られて、成す術もなくなった僕はそれに従うしかなかった。

 ルードヴィッヒの勝ち誇ったニヤケ面がさらに醜く歪む。

 足元の煙突、そのくぼんだ穴の中に宝石の光のようなものが煌めいた。

 

「これか……?」

 

 『聖石』。ゾディアックストーン。

 そこにはタウロスの星座宮が刻み込まれている。

 間違いない、聖石だ。

 拾い上げて、ルードヴィッヒへと振り向く。

 

「二人を離せッ!!」

「その前に『聖石』をよこせ!」

「二人が先だッ!!」

「『聖石』をこちらへ投げろ! そうしたら二人を解放しよう!」

 

 僕は聖石をルードヴィッヒに向かって投げ付けた。

 吸い込まれるように、聖石がルードヴィッヒの手に納まる。

 

「これぞまさしくゾディアックストーン! ようやく手に入れたぞ! 枢機卿様も喜ばれることだろう!」

 

 これでもう用なしとばかりに、奴は僕に背後を見せた。

 どかどかと、後から後からヤツの手下らしき連中が姿を現す。

 

「ご苦労だったな。おまえたちは用済みだ! あとはおまえたちが片づけろ。生かしておくな!」

 

 そう叫んで、ルードヴィッヒは僕らの前から立ち去った。

 雨の中、あまり想像したくなかった嫌な予感が現実となって。

 

「枢機卿もグルだったのか……!!」

 

 ルードヴィッヒの手下たちが、駆けて一斉に僕らへと襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

side:ティータ・ハイラル

 

 ラムザさんたちと別れて、オヴェリア様と物別れに終わって。

 私とシグルドさんはライオネル城に囚われの身となったまま、数日を跨ごうとしていました。

 

「ティータ、昼の時間帯だ。お茶を用意してくれ」

 

 私に向けてそう言ったのは、ウィーグラフさんです。

 私たちと共にライオネル城に残っていたのは、囚われた私たちだけでなく、ウィーグラフさん。それと。

 

「シグルドはパスタでも作ってくれ。私と枢機卿、ヴォルマルフ殿と三人分だ」

 

 そう。

 私たちを捕らえた張本人である首魁の三人です。

 オヴェリア様が私たちの元を去ってその後、私たちは天塔から解放されて城内の応接室に通されました。

 結局、そこでやらされているのが。

 

「……紅茶、三名様いただきました。店長はお昼ご飯の用意をお願いします」

「店長と呼ぶな。忌々しい」

 

 お客様の給仕でした。

 チッとシグルドさんが露骨に舌打ちしながら、それでも逆らうわけにもいかず厨房に向かいます。

 私もそれに倣って後を追いました。

 気分は……、最悪です。

 もはや勝手知ったるライオネル城の内部を進みながら、私はシグルドさんに話しかけます。

 

「すみません、シグルドさん……。私の不徳でこんな目に遭わせてしまって……」

「黙ってろ平民。おまえの不徳は今さらのことだろうが。隠し事ばかりしやがって」

 

 やっぱり、そうなりますよね……。

 しゅんとうなだれて、私は顔を床に向けました。

 

「それともおまえなら、今のこの状態を何とかする方法でも考えがあるのか。少しは建設的な意見はないのかよ」

「ごめんなさい、何も思いつきません」

「……ったく、肝心なところで役立たずなんだなおまえは」

 

 そう罵るシグルドさんも、なんだか威勢に欠けます。

 やはり彼もまた己の無力を嘆いているのでしょうか。

 ですが、悪いニュースだけでもありません。

 

「でもまあ、私たち程度なんか放逐しても排除しても良さそうなところを、わざわざ給仕にするのを見る限り、何とか無事でいられるんじゃないでしょうか」

「オレたちはな。だが、オヴェリア王女とラムザはどうなる? 心配じゃないのか?」

「あのふたりなら心配ありませんよ」

 

 その辺りは自信を持って、私には言えます。

 特にラムザさんならきっと、ここに戻ってくることは確信出来ますし。

 それに。

 

「ラムザはともかくとして、オヴェリアはどうなんだ。無事でいられる保証が一番ないヤツだろうが」

「アグリアスさんたちが一緒ですし、きっと万一もないですよ」

 

 アグリアスさんとガフガリオンさん。

 よもやあのおふたりに限っては頼りにしてし過ぎるということはないでしょう。

 ならオヴェリア様はというと。

 

「オヴェリア様だってきっと無事です。何も考えなしなら今頃、私たちと一緒にここで独房入りでしょうけど、あの方はあの方で何かしらの考えがあるはずです」

「変なところでアイツを信頼しているんだな、おまえは」

「友達ですから」

「元、が付くと思うがな。あの様子を見る限りじゃ」

 

 言われて、やはり私はしゅんとしてしまいました。

 次いで、シグルドさんは続けます。

 

「まあアレを見たところ、アイツもただ意固地になってるだけにも見えるがな。ラーグ公の元に行くなんて言ったのは、少しの間だけでもおまえから離れたかったからだろ」

 

 私はシグルドさんの言葉を受けて、顔を上げました。

 

「アイツは地頭がいい。そのうち自分の中で決着をつけるだろ。その時におまえはヘコんだまま、アイツと顔を合わせるつもりか?」

 

 そう言って、シグルドさんはちらりと私の方を向きます。

 

「おまえも自分で考えて、アイツに会った時に言う言葉を考えろ。無駄に裏打ちされた空元気でも出せ」

「店長……」

 

 シグルドさんは顔を背けて、ケッと相変わらずの口癖の悪さを見せました。

 

「今は店長と呼ぶな。むしゃくしゃする」

 

 私とシグルドさんは言い合いながら、厨房へと向かうのでした。

 決着、か……。

 何を思ってオヴェリア様がラーグ公と会うことにしたのか、その理由は分かりません。

 ですが、やっぱり下を向いてばかりじゃダメですよね。

 無駄な元気さだけが、私の取り柄なんですから。

 そんなことを思い出させてくれる、なんだかんだ言って優しいシグルドさんとの一幕でした。

 

 

 

 

 

「シグルドさん、配膳は済みましたけど」

「持っていけ、オレは一旦休憩する。というか、させろ」

「わかりました」

 

 重かった足取りも少しは軽くなった私は、三人分のお昼ご飯をカートに乗せて来た道を戻ります。

 でもやっぱり、根本的な解決になった訳ではなく、頭の中は重しが乗っかったまま、暗い思考を繰り返すのでした。

 ラムザさんは、きっと来てくれる。

 オヴェリア様は……分からない。

 今はまだ流れに身を任せるしかない。

 そう自分に言い聞かせました。

 そんな折。

 

「ティータさん」

 

 女性の声が私を呼び止めました。

 私は何の警戒もなく、その方へ振り返って。

 

「はい?」

 

 思い返したところ。

 ……誰だっけ、この人。

 そんな感想だけ浮かびました。

 

「私のことをお忘れですか? まあこれだけ時間が経てば無理もありませんが」

 

 そう、何となくですが覚えています。

 既視感、程度のものでしたが。

 本当に誰だったっけ。

 私は記憶を手繰り寄せて、ずっと前まで思い返して。

 ガリランドの町、それも、シグルドさんと出会う前。

 そこまで思い返して、ハッと気づきました。

 私は、この人に会ったことがある。

 

「そうだ……。確か、マンダリア平原で私が黄昏ていたところで会った……」

「ご名答」

 

 言って、彼女はパッと扇子を広げて口元を覆い隠しました。

 陰陽師のような道士服、ゴブリンたちを追い返した術の使い手。

 私に旅の荷物を持たせてくれたご婦人。

 あの人だ。

 でも。

 

「すみません、あの時はお礼もそこそこに言うことも出来ず……」

「私こそ、名乗りもせずに消えて申し訳なく思っていたところですわ。お互い様です」

 

 扇子で隠された口元は笑っているのか、どこかご機嫌な口調で紡がれます。

 

「改めまして、私は八雲(やくも)(ゆかり)。旅の賢者です」

「賢者?」

「自称ですが」

「はあ」

 

 要点を得ない彼女の物言いに、私は戸惑いながら問い返します。

 

「えーと、もしかして、この城のお客様か何かでしょうか。それならお茶を用意しないと」

「いえいえ、ただの侵入者ですわ」

「え?」

 

 ちょっと、何を言っているのかよく分かりません。

 

「どうしてこんな所にいるのか分かりませんが、侵入は良くないですよ……。バレたら叩き出されますよ、文字通り」

「私はティータさん、貴女に会いに来たのです」

「私に?」

「ええ」

 

 頷く彼女に、私は思わず胡乱気な視線で見返しました。不躾にもほどがありますが。

 

「そのお膳をお出ししたら、以前いらした天塔まで来ていただけますか? 貴女に伝えるべきことがあります」

「伝えるべきこと、ですか?」

「あ、虫」

「え?」

 

 思わず背後を振り向きました。が、そこには何もおらず。

 紫さんに向き直ったら。

 

「あれ?」

 

 雲よ霞よと、そこに彼女の姿はありませんでした。

 何だろう。以前もこんな別れ方をしたような……。

 

「何なんだろ」

 

 頭の中がチンプンカンプンになりながらも、私は改めてカートを押していきます。

 まあ今回は逃げられるだけ、ということにはならなそうでしたが。

 そのサマに、私はちょっと不気味なものを感じたのも事実でした。

 

 

 

 

 

「……お邪魔しまーす」

 

 呼びかけもそこそこに、私は天塔の扉を開きました。

 そこにいたのは、やっぱりさっき消えた八雲紫さんです。

 

「どうぞ、お掛けなさいな」

「はい、失礼します」

 

 私は彼女にテーブルの対面の席を勧められ、そちらに腰掛けました。

 

「私に伝えたいことって、何ですか?」

 

 とりあえず、核心から入ります。

 またはぐらかされたままにされたら、疑問だけが残りそうでちょっと気味が悪かったので。

 

「ティータさん」

 

 彼女はニコニコ顔で、テーブルに両肘を突いてたおやかな笑顔を絶やさないまま。

 

「貴女、そろそろ死にますよ」

 

 そう言いました。

 

「……はい?」

「そろそろ死にますよ」

「い、いやいや、それはちゃんと聞きましたよ」

 

 両手を前に突き出してブンブン振りながら、私は慌てて抗弁します。

 

「何がなんだって言うんですか、紫さん! 一から話してください。さもないとこちらも何が何だかわかりませんって!」

「言葉通りの意味です」

 

 さっきもやったように、紫さんは扇子を取り出してパッと開き、口元を隠しました。

 

「安寧と激動、どちらを選ぶか。レミリア・スカーレットはそんな話をしませんでしたか?」

 

 ガツン、と。

 もう何度目かも分からない、頭を石で殴られたような衝撃に眼を白黒させられます。

 

「紫さんも、レミリアさんとお知り合いなんですか?」

「ええ、同じ卓でお酒をたしなむ程度には」

 

 言って、手元のカップを口に運んで中の液体を一口、啜りました。

 あれ、今どこから出したんだあのカップ?

 

「シグルドさんは、一緒にいますね。ラムザさんもきっと近いうち、ここに戻ってくるでしょう」

「紫さんもそうお考えなのですか? っていうか、ラムザさんの事もご存じなんですね」

「ええ」

 

 カップをテーブルに置いて、紫さんは続けます。

 

「合流したら一刻も早く、オヴェリアさんを追いなさい。それが唯一無二の最適解」

「どういうことですか!?」

「貴女には彼女が必要です、それでは」

 

 そう言って、私のまばたきの間に。

 彼女の姿は掻き消えていました。

 

「そんな……」

 

 一人残されて、私は頭の中で先の言葉を反芻します。

 もうすぐ、死ぬ?

 ラムザさんと合流したら、オヴェリア様を追え?

 何が何やら、もう分かりません。

 

「どうしよう……」

 

 頭の中がぐしゃぐしゃにかき乱されたまま、私は天塔の一室に一人、頭を抱えるのでした。

 

 

 

 

 

side:四季映姫・ヤマザナドゥ

 

「やってくれましたね……、八雲紫」

 

 厄介な用件が複雑に絡まり合う中で、さらに八雲紫が引っ掻き回す。

 もうこれ以上、あの娘には事態を変化させる役割はない。

 というより、もう役目を終えて後は最期を迎えるのみという段になって。

 

「何をやった、というのでしょうか? 閻魔様」

 

 にゅるりと、宙から姿を現した八雲紫がニヤついた笑顔で話しかけてくる。

 私は怒りを抑えきれず、青筋を立てて鋭い声をぶつけた。

 

「何をやった、ではないでしょう、八雲紫! 貴女はどれだけ事態を引っ掻き回したら気が済むのですか!?」

「引っ掻き回す、と仰いますと?」

「とぼけるのもいい加減になさい。あの娘に出来ることはこれ以上ありません。そうなった以上、速やかに退場してもらうのが真理というものでしょう」

「私にはその真理、というものが一体何なのか理解しかねますが?」

「彼女を生かして何とします。そう、貴女は時に有情すぎる」

「乱暴な物言いですわね。四季様らしくもない」

「……もう結構です。私も手段は選びません。そろそろ白黒ハッキリ着けようではありませんか」

「そう。それではまた」

 

 言って、八雲紫が再び宙に浮かんで姿を消す。

 歴史が変わる。

 変わっていく。

 ただ、あの娘がひとり生き残るだけで。

 悪を成す。それは判っている。

 ただ時に善は善を良しとするわけではない。

 時には悪を要するもの。

 ならば成して差し上げましょう。

 イヴァリースの秩序を乱すパーツの排除、その悪行を。




 相変わらず胡散臭くて扱いにくい八雲紫……。というのは別として、オヴェリアを追いかける理由が行き詰まったので無理やり作りたかっただけなのです。
 すみません。
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