side:ティータ・ハイラル
応接間に通された私たち――ことティータとシグルドさんと、ムスタディオさん。
ウィーグラフさんに案内させたということは、つまりムスタディオさんなけなしの手札は既にバレていたということでしょう。
今ここにいるのは私たちと、ドラクロワ枢機卿。そして太った怒り顔のおじさん。多分この方がバート商会の会長ルードヴィッヒさんと思われます。
わざわざお出でなさったのは、まあ枢機卿さんの前で先の失態を取り戻すサマを見せたいってところでしょうか。
「わざわざ枢機卿猊下の前までおまえらを連れて来たんだ。用件はわかってるんだろうなムスタディオ」
ドスの利いた声で脅しかけるルードヴィッヒさん。
対するムスタディオさんは、やはりというか意気消沈しているようでした。
結局、偽物の聖石を掴ませておきながら自ら本物を持って竜の顎に頭を突っ込んでしまったのですから、それも仕方ないでしょう。
聖石は彼ら"ルカヴィ"の手に渡る――それが運命だったというのでしょうか。
「黙ってないでなんとか言ったらどうだ。ああ?」
バン、とテーブルを叩いて凄むルードヴィッヒさん。
しかしムスタディオさんは沈黙を貫いて。
やおら口を開いたのは。
「おまえは黙っていなさい、ルードヴィッヒ」
ドラクロワ枢機卿が重々しく、そう言いました。
制止されて、うぐっと振り上げた拳の居所を失ったように、彼もまた黙りこくります。
「機工士ムスタディオ。何も私は貴方の聖石を良からぬことに使おうとは考えてはいません」
ムスタディオさんの沈黙を開くために堀を埋めようというのでしょうか。
とは言うものの、ここまで来たらもはや私たちは断頭台で処刑を待つ囚人と同じ。
何を言おうともドラクロワさんの意思に逆らうことは出来ないのですが。
「聖石は教会が責任を持って管理します。その言葉に嘘はありません。ルードヴィッヒに聖石を預けさせたのはあくまで手段。やり方が乱暴だったのは認めますが、他意はありません」
そこで、身の程知らずな私が口を挟みます。
「教会が聖石を預かることに他意はないのですか?」
ドラクロワさんの視線が私をじろりと向きました。
ちょっと怖い。
「何が言いたいのです?」
「ムスタディオさんは聖石の使い方に、その強大な力を求めていることを懸念していました。教会が求めるのはその強大な軍事力では?」
私の口振りに、ドラクロワさんはホホホホと人の良い――あくまで表面上はですが――笑みを浮かべながら応えます。
「今、このイヴァリースは戦乱を起こし、その仲介を成すべき王家も力を失っています。イヴァリースの東と西に割れたこの混乱を止められるのはいかなる陣営にも属さないグレバドス教会のみ。ならば聖石に秘められた神秘を背景に、"新生ゾディアックブレイブ"の名の下に治めることこそ今、教会に無辜の人々が求める在り方でしょう」
「聖石を象徴としたハリボテのえせ騎士団に力を預けることが、最上の策だと? 枢機卿様はそう仰られるのですか?」
私の無礼な言いように、ルードヴィッヒさんが顔を真っ赤にしました。
「小娘、てめえ枢機卿猊下になんてことを言いやがる……!」
「落ち着きなさい、ルードヴィッヒ」
ルードヴィッヒさんがドラクロワさんの顔色をうかがって、そのまま口をつぐみます。
「腹を割って話しましょう。聖石は勇者の偶像であり、それを持つ教会の軍事力は大きな抑止力となります。そして今は民を守るべき王家も、両公爵家も私怨に満ちた争いを続けるばかり。となれば、この争いを諫める者がいるべきではありませんか。それを教会が務めることに何の異議があります」
「その仲介を認めてしまえば、最後の勝利者はグレバドス教会となります。この戦乱の間を縫って教会が暗躍するのを認めてしまえば、教会にとって都合の良い事を強制的に認めさせ、都合の悪いことを臭いモノにはフタ、という事態が避けられなくなるのではありませんか?」
「そのようなありもしない詮議を抱かせるには、いささかこの大地には血が流れ過ぎていると思わないのですか」
「イヴァリースの民が真に求めているのは、"自由"に人生を謳歌することです。教会の下僕となって偽りの"自由"に縛られることではない。そう言いたいのです」
「ペラペラとよく口が回りますな。"自由"など、無辜の人々が抱く幻想のひとつです。真の"自由"など、ただのワガママな小娘の幻想だと思いませんか」
「口が回るのは、枢機卿様も同じでしょうに」
別に私はドラクロワさんと口喧嘩をしたいと思っているわけではありません。
それに"自由"など、個々人が抱く幻想でしかないというドラクロワさんの言い分にいささかも間違いがあるなど、思ってもいません。
ですが。
「私の知る人間に、戦乱を踏み台にしてイヴァリースを手に入れようとする邪悪な英雄がいます。私は彼を止めたい。それが私が求める"自由"。グレバドス教会が支配する"自由"を認めてしまえば、彼のレールが最後の駅に導かれるのが必然なのです」
「はてさて……。貴女の"自由"など、私の知ったことではないのですがね」
ドラクロワさんはふう、と一息ついて、鬱陶しい小娘だと言わんばかりに私に応えます。
「もういいでしょう。どうやら私と貴女がたとは意見が水と油のようだ。そんなにも教会に信は置けませんか?」
「信を置く置かないはまったく別の話です。ただ教会が大きな軍事力を持つ、ということに懸念を抱いているだけです」
「そうですな。しかし事実として、私のスコーピオとそこの機工士が持つタウロスがある。そのふたつは私が責任を持って預かりましょう。私にもそれくらいの"自由"があってもいいでしょう?」
「ラムザさんに怒られますよ」
「あの程度の人間に事態を動かす力はありません。世の中は個人ではなく、世論で動いているのですから」
私とドラクロワさんが熱弁を振るっている、そんな時。
ギイッ、と。
応接間の扉が開く音が聞こえました。
振り向くと、そこには。
「ウィーグラフさん……」
「許可も得ず、勝手に入ることは許していませんが」
そんなドラクロワさんの言葉を無視して、ウィーグラフさんは扉の脇の傍に背中を預けました。
「大方の話は聞こえてきた。私のことなど無視して、続けてくれ」
「そうですか……」
ウィーグラフさんもまた静かに、しかし心底が底冷えするような声で牽制してきます。さりとて邪魔をするわけでもなく。
ドラクロワさんもまたそれに対して、先の一言だけ述べました。
「しかしティータ嬢、おまえの話はそれで終わりですか?」
「ええ、言いたいことは言いましたので」
ならばと、私は顔だけは前を向いて、視線だけで『彼』を追いました。
「さっきから聞いてれば、教会だの戦争だの自由だの。やたらとスケールのでかい話ばっかだな。天上人か、おまえらはよ」
シグルドさん。
「だったらオレの"自由"はこうだ。さっさとこの城から退散させてくれ。それさえ聞いてくれれば聖石だの教会の支配だのはどうでもいいことだ」
「それは出来かねます。私はおまえの作るパスタやコーヒーに魅了されているのですよ」
「喫茶のシェフとしちゃ、最高の賛辞として受け取ってやるが、それとこれとは話が違う」
「どうしても否、と言い続けるのですかな」
「ラムザを誘き出す餌になるのはもうたくさんだって言いたいんだよ」
「そんな下らないことのためにおまえたちを置いているわけではありませんがね」
「なら、どういう理屈だ」
「おまえはついで、ですよ。ティータ嬢にはそれだけの価値がある」
ズン、と。
何か重いモノが私の心に落ちた気がしました。
価値? ただの小娘でしかないこの私に、何の価値が?
「こんなヤツにどんな価値があるっていうんだ」
シグルドさんが代弁してくれました。
ドラクロワさんは相変わらずの人のいい笑顔で返します。
「運命……というものでしょうか。ただの直感とも言えますが。ただ、世の中は彼女を中心に描かれ、影響している。そんな気がするだけです」
「笑わせるな、枢機卿様よ」
「この程度で笑ってくれるならいくらでも笑わせてあげますとも」
そうして、ホホホホとまた声を上げて笑いました。
そのサマはどうにも不気味で、これ以上それに執着するのはマズいと、私の直感が騒いでいるようです。
早く、この場から立ち去った方がいい。
けれどそれを、この枢機卿様が許してくれるかどうか。
と、そこで。
「弱い者いじめもその辺りにしておけ、ドラクロワ枢機卿」
ウィーグラフさんが助け舟を出してくれました。
それを見たドラクロワさんが、眼を白黒とさせます。
「どういう意味ですかな、それは」
「言葉通りの意味だ」
「いただけませんな、そういう曖昧な態度は」
「吠えていろ」
「まあ、良いでしょう」
言って、ドラクロワさんは視線をムスタディオさんに向けました。
「ムスタディオ、おまえはタウロスをこちらに渡しなさい。そうすればおまえは私の裁量で自由にしてあげます」
「ぐっ……!」
ムスタディオさんが口惜しげに、顔を下に向けます。
そのサマは真水に泥を吐かせられる魚のような、そんな蒼白な面持ちでした。
しかし。
「ムスタディオ。おまえはその聖石を枢機卿に渡す必要はない」
ウィーグラフさんが、またも私たちに助け舟を出しました。
思わず、私は彼に吸い寄せられるように目線を向けます。
「勘違いするな。枢機卿の邪魔をするつもりはない。刻限は夜までだ。それまでに身の振り方を考えておくのだな」
それだけ言って、ウィーグラフさんは応接間を退室していきました。
本当に、何をしに来たのでしょうか。彼は。
一連の流れを見ていたドラクロワさんは、困ったような笑顔を張り付けて。
「……まあ良いでしょう」
「猊下! みすみす聖石を見逃すというのですか! 私がどれほどの労苦をかけてコイツから聖石を運ばせたのかと……!」
「おまえがしたのは失態だけです。聖石が私の手元に転がってきたのは偶然でしかありません。それに」
ニヤリと、今度こそドラクロワさんは邪悪な笑みを浮かべて続けました。
「まだタウロスは私たちの手の中にあるのですから」
クックックと、喉から笑い声を漏らしながら。
「ルードヴィッヒ。おまえもゴーグに戻りなさい。タウロスがこの手に入った以上、ラムザを追い続けるのは時間と労費の無駄です」
「むぐっ……くそッ!!」
口汚く、そう言い残して、ルードヴィッヒさんも足早に応接間の出口へと向かいました。
ガン、と大きな音を立てて応接間の扉を閉めます。
「……さて、皆さんからのお話は大体聞けました。他に何か言い分はありますか?」
ドラクロワさんの言葉に、私たちは沈黙します。
この人には、これ以上かかわらない方がいい。
私としてはそんな認識だったので、ここは黙って退室したいところです。
「無いようですな。おまえたち、そろそろ部屋に戻りなさい。また夕刻以降に答えを聞きましょう」
「しかし」とドラクロワさんは続けます。
「言い分によっては血を見ずには済まない結果になることをお忘れなきよう」
最後の最後、邪悪な口振りで満足そうに言ってのけました。
「……ってなわけで」
私室に戻った私は皆に向かって、作戦会議といきます。
「まず第一関門ですが、聖石を渡すこと。これに賛成する人はいますか」
シグルドさんは軽く手を挙げました。
「先にも言ったが、オレはさっさと自由な身になりたいんだ。聖石のことなんざどうでもいいことだ」
「シグルド、アンタにはそれでもいいかもしれないが、オレとしちゃ大問題だ。親父を危険に晒してまでここに聖石を持ってきた。アイツらに渡しちゃ本末転倒だ」
「多分、聖石を渡さなかったらおまえが殺されるぞ。ムスタディオ」
「だとしても聖石だけは渡せない。オレに賛成するやつはいるか?」
ムスタディオさんの言葉に、私は挙手します。
「私はムスタディオさんに賛成です。教会にむざむざ軍事力を渡すわけにはいきません。それは私の"自由"に反します」
「ならどうだって言うんだ。ムスタディオに賛成したら皆殺しにされるかもしれないんだぞ」
「せめてラムザさんさえいてくれれば……」
「刻限は夕刻以降だ。それまでにラムザが来れるかは一切分からんしな。大体、アイツひとりが来るだけで何が変わるってことでもないだろう」
「うーん……何か、何でもいいから奇跡の一手でもないものでしょうか」
「相変わらず、都合のいいことばかり追い求める愚か者だな」
「だってだって、こんな命がけの綱渡りをして来たのは今回だけじゃないですし。都合のいい奇跡なんか起こせてもいいじゃないですか」
「そうか、馬鹿だなおまえ」
「とりあえず、第一関門は置いとくとして」
「何も解決してないぞ」
「いいんです。過程が分からないなら結果だけは正解にしておけば自ずと良い方に流れるっておばあちゃんが言ってました」
「ああ、そうかい」
ケッと、唾を吐くように口汚く口先を鳴らすシグルドさん。
「で、第二関門ですけど」
「そっちは分かる。どうやってここから脱出するか、だよな」
「さすがムスタディオさん、話が早くて助かります」
ムスタディオさんの問題提起に関しては、奇跡の一手があります。
起こしてみせます、奇跡を。
「私が囮になります。その間におふたりは脱出してください」
「はあ?」
私の言に、シグルドさんが素っ頓狂な声を上げました。
「何言ってんだおまえ。頭が沸騰してついに壊れたか?」
「一応、根拠はないでもないですよ」
私は無い胸を張って、自信満々に見えるようにエッヘンと続けます。
「ドラクロワさんは言っていました。私だけはこの手に置いておきたいと。要は私だけが必要なんです。そうすればおふたりが逃げたとしてもわざわざ追いかけて連れ戻しに来る労苦は働かないでしょう」
「何言ってるんだ。それじゃ本末転倒だろうが。大体、聖石を渡さない限りオレたちの身柄も危ないんだぞ」
「私が聖石を預かります。おふたりの身柄には引き換えられません。だからといって聖石を渡すつもりはありません」
「馬鹿かおまえは!」
言って、シグルドさんは拳を振り上げて、私の脳天に振り下ろしました。
ゴン、と擬音が鳴るような勢いで頭を小突きます。痛い。
「いいか、馬鹿さ加減もいい加減にしておけよ。おまえだけが犠牲になるとか、オレたちの当て馬に聖石を差し出すとか、変な無茶はよせ。大体、おまえがいなくなったら喫茶店はどうなる」
「別にウェイトレスのひとりやふたり、別に雇えばいいじゃないですか」
ヒリヒリする頭を抱えながら、私は涙声で返します。
それに対して、シグルドさんは。
「オレの茶店で雇われるような物好きはおまえくらいしかいないんだよ。経費も掛からねえウェイトレスなら尚更だ。おまえがいなきゃオレの店は回らないんだ」
そう。
そういうことか。
「私は……、シグルドさんに感謝しています」
「当然だ」
「平民で、行き場のなかった私を拾ってくれたこと、今でも忘れません」
「そうだな」
「だから、ここで恩返しです。私ひとりでおふたりが助かるのなら、私はここに残るべきなんです」
「なんでそうなるんだおまえは!!」
ガタン、と席を立って、シグルドさんは鋭い剣幕で私に眼を合わせました。
でも、私はそれを怖いとは思わない。
だって、店長は店長なんですから。
「いいか、自分で自分を犠牲にとか、そう言うのはやめろ。聖石だって渡してもかまわん。だから、おまえはもっと自分を大事にしろ!」
それが……、シグルドさんの答えなんだ。
ガタン。
扉が開く。
何事かと思ってそちらを見れば。
「面談の刻限を前に、3人で捕らぬ狸の皮算用か」
ウィーグラフさん。
また、この人か。
けれど。
「私のことは気にするな。続けてくれ」
枢機卿さんの息がかかった方を目の前に、悪だくみなんかできるわけないじゃないですか。
そう言おうと思いましたが、何故だか私はそんな気にはなれませんでした。
なんていうか、この人は。
「ウィーグラフさん、ちょっと聞きたいことが」
「なんだ」
「もしかしてウィーグラフさん、枢機卿さんのことお嫌いですか」
「想像に任せる」
そうか。
そうなんだな。
私は何事も慎重に進めてきたつもりでしたが、ティータ・ハイラルに転生してからはどうも、すっぽりと抜け落ちていたようです。
直感。
第六感とでも言うのでしょうか。
どうにも私という刀は鋭かったり、なまくらだったりするみたいで。
でも、今の直感は正しい。
そう感じると、思わずニンマリとした笑みがこぼれるようでした。
即座にシグルドさんから「変な笑みを浮かべるな、気色悪い」とツッコミが飛んできましたが。
さてさて、これからドラクロワさんとの話し合いの再開が近付いています。
だけど私は何も気負わず、勇気と運気を持って臨める。
そんな気がしていました。