side:ティータ・ハイラル
やっっっと辿り着いたー。
マンダリア平原を越えて東へと進むと、やがて大きな町が見えてきました。
イヴァリース全土から士官候補生が集まる士官アカデミーを擁し、イグーロスが治めるガリオンヌ領にありながら永世中立を保つ都市。それがここ、魔法都市ガリランドです。
まあ魔法の勉強をするでもなく、士官候補生になるわけでもない私には無縁な町ですが、ようやく人出がある所に辿り着いたことで一息つけました。
それもこれも旅に必要なモノが色々入っていた布袋をもらったおかげです。謎のお姉さん、ありがとうございます。
さて、と。
ようやく人出がある所に来たということで、やらなければならないことがあります。
それは『お金稼ぎ』。
なんでも出てくる布袋の中に、イヴァリース貨幣は残念ながら入っていませんでした。まあ、ここまでお膳立ていただいた上にお金まで要求するのはさすがに贅沢だというもの。
さしあたって当面の宿代くらいは稼ぎたいところです。
どこかに雇い人募集、日雇いオッケーな仕事はないものでしょうか。
考えつつ、歩きながら店先の貼り紙を見て回ります。
ゲームで見てた時から思ったけど、素敵な町並みだなーと思ってました。
町中での戦闘画面くらいでしか見る機会はなかったけど、石畳の道路に赤レンガの家が立ち並ぶ景色。
そんな中にも武具屋があったり、酒場とか戦士斡旋所とかもあったり。
ちゃんと物騒な店もあるんですよね。
でも、こんな可愛い町なら可愛い店だってあるかも。
焦ったら負けよ。がんばれティータ。
フン、と一息気合を入れて、ぐっと手を握ってみた。
それだけで挑戦心が湧いてきます。
そしてもうしばらく歩いていると、噴水を中心として商店街がそれを囲い込む大きな広場に出ました。
おお。
ここならなかなかオシャレなお店があるかも?
よし、一通り回ってみよう。
花屋。果物屋。氷菓屋(アイスクリームショップ)。
いろんな店があって華やかだけど、どれもパッとしない。ここぞ、という店がないかなあ。
そんなことを考えながら歩いていると、眼の端っこに一軒、お? と感じる店がありました。
小さな店構えながらも、庭に派手な薔薇が飾られ、他にも色とりどりの花たちが顔を覗かせている、一風変わった家屋。
ちょっと見てみようかな。
そんな好奇心から店に近付きます。
小さな喫茶店。されど庭先にざわりと咲く花々が店を大きく見せています。
店先には小さな看板に、ペンキをぶちまけたような乱筆で店名が記されていました。悪口じゃないですよ?
『喫茶シグルド』。
何だかこの小綺麗な町並みからは浮いて見える喫茶店です。
その喫茶店の入口にはこれまた乱雑な文字の貼り紙がしてあります。
『店員募集。適切な家事、計算、掃除。あと簡単な料理が出来ることが条件』。
……こんな募集要項で新しい店員さんなんて来るんでしょうか。
店主さんの本気度が空回って見えます。新しい店員さんどころかお客さんまでかえって遠ざけているようにも思えます。
でも好奇心は猫を殺すと言いますが、町中で浮いているこの店。ちょっと私には惹かれて見えました。
よし、女は度胸だ。
試しに入ってみましょう。
玄関の取っ手を握って引くと、カランカランとベルが鳴りました。
開くと、なんということでしょう。風に舞って埃が立ち昇ります。
「ブッ……、ケホ、ケホ」
思わず口と鼻を抑えて、舞っている埃を手で振り払いました。
まともに掃除もしてないんじゃないでしょうか。
改めて店内を見回すと、テーブル席が二つとカウンター席がいくつか。
カウンターの後ろにはコーヒーカップやドリップポット。棚にお客さん用の小皿、大皿。食器類も揃えてあります。
狭い店内のスペースを意外にきちんと有効配置していました。
お客さんは……悲しいことに誰もいません。
そして、カウンターに座って新聞を読んでいるのは、店主さんでしょうか。
「ああ? 客か?」
妙に若々しい声で、ぞんざいな物言いをしながら振り向く店主さん。
その顔を見て、私は。
「……失礼しましたー」
帰ろうとします。
そんな私に向かって、その年若い店主さんが引き留めます。
「おいおまえ、客だろうが。コーヒーの一杯も頼まずに出ていく気か。冷やかしは許さんぞ」
だって、だって。店主さんの顔。
「えーと、失礼ながらお名前をお伺いしても?」
「本当に失礼なやつだな、おまえ」
新聞をたたんでカウンターに置き、立ち上がる店主さん。
「オレはシグルド・サダルファス。おまえは?」
「あ、ティータ……、ティータ・ハイラルといいます……。ところで、サダルファスさん」
「あん?」
「ご家族にアルガスさんという方はいらっしゃいませんか?」
「なんだおまえ。兄キの知り合いか?」
弟さんでした。アルガスさん、弟さんがいらっしゃったんですね。
よくよく見たらしかめっ面はそっくりですが、眉のあたりはお兄さんを多少柔らかくしたような感じがします。
「まあ座れよ。兄キの知り合いだろおまえ。コーヒーの一杯くらいはタダにしてやるから、兄キの近況くらい聞かせろ」
「はあ……、それではお言葉に甘えまして」
カウンター席に近付き椅子に座ろうとして、席をパンパンとはたきます。埃が舞いました。
「ゲホッ、おいおまえ、椅子を叩くな。埃が舞うだろうが」
「それより掃除もしていない身の程を知ることが先じゃないですか」
「いい度胸してるじゃねえか。平民だろ、おまえ」
「それはお貴族様ならこんな安普請のお店、見もしないでしょうに」
「喧嘩売ってんのか」
「買わなくても結構ですよ。お兄さんのアルガスさんも些細なことでキレていましたけど」
「……まあいい。アイコー用意してやるから待ってろ」
よっこらせっと面倒くさそうな物腰で席を立ち、カウンターの方に向かうシグルドさん。
言った通り、お言葉に甘えましてコーヒーを待ちます。
アイコーってアイスコーヒーのことですよね? レイコーとかと同じニュアンスで。店員さんが使っていい言葉なんでしょうか。
エプロン姿のアルガスさん(似の人)という違和感バリバリの後姿を見ながら、私は思案します。
一体どこからどこまで話せばいいのか。
というのも、私ことティータさん。登場回数が極めて少なくどう振る舞ったらいいのか結構迷います。
ディリータ兄さんと抱擁するシーン。
骸旅団にさらわれるシーン。
その団長ウィーグラフさんと骸旅団が言い争うシーン。
そして、アルガスさんにボウガンで射抜かれるシーン。
あとはゲームで見たとおり、怒り狂ったディリータ兄さんやラムザさんにアルガスさんが倒されるシーン。
ということで今ここにいる私は、『ティータ・ハイラル』という名前をしたオリキャラ風味の少女に過ぎません。
「なんだ、暢気な顔しながらしけたツラしやがって」
ゴトン、とカウンターに出来合いのコーヒーにクラッシュアイスをぶち込んだアイスコーヒーを置くシグルドさん。
この人はアルガスさんじゃないんだ。より慎重な対応が求められます。
「えーと、ですね。お兄さんのアルガスさん、ランベリーからこのガリオンヌに来たことはご存じですか?」
軽くジャブを放ちます。
「正確には従兄だがな。オレは分家の出で、幼い頃からガリオンヌ住まいだ。なんだ兄キのやつ、わざわざランベリーから何の用でこんな所まで来たんだ?」
おっとシグルドさん、あまり事情を知らないご様子。
ここからならマウント取れそうですね。
「兄さんから聞いた話ですけど、エルムドア侯爵様の護衛としてイグーロス城に来たらしいです」
「兄キが護衛、だぁ~?」
シグルドさんが胡散臭げな口調で、口をへの字に曲げながら反復します。
そこから容赦なく。
「面倒ごとばっか引き受けるのはあいつの悪い癖だな。そこまでして手柄が欲しいのかよ。おおかた没落したお家の復権のつもりで立候補して無理矢理ねじ込んだんだろ」
はい、説明セリフご馳走さまです。
すっとぼけながら、私は相槌を打ちます。
「シグルドさんは騎士じゃないんですか? どうして貴族様の身でこの店をお建てに?」
「はぁ? オレは元々騎士じゃねえよ」
言いながら、ガサゴソと懐からパイプを取り出すシグルドさん。そのさまはハッキリ言って似合っていませんが。
私は嫌煙主義ではないのでその辺はうるさく言いません。でもお客の前でその態度なのはどうなのか、とは思いますけどね。
マッチを擦って、中の葉っぱに火を灯して咥えます。
ふーっと紫煙をくゆらせます。口には出しませんが、若い内からタバコはあんまり体に良くないと思いますよ。ええ、口には出しませんが。
「主家が凋落するのを察した親父がなぁ。家財をまとめてここに移り住んで、店を構えたんだ。その時はいい商売だと思ったんだよ。とりあえず平民相手にヘコヘコしとけば勝手に金を落としていってくれるって、その時は思ったんだとさ」
「で、その目論見は見事に外れた、と」
「まったくだ。それで最近になって親父は病没。オレがこの店を切り盛りするわけになったんだが……、まあご覧の有り様ってわけだ」
「お客さん、来てませんものね」
「余計な一言ばっかつけるな。おまえは」
そしてこの店の様相から察するに、これからも来そうにないでしょう。
と。
「おまえ、一人か?」
「え? ええ、独り身ですけど」
まさか結婚してるとか思われたのでしょうか。こんな若い娘捕まえといて。
「そういうこと聞いてるわけじゃねえよ。一人で旅でもしてるんじゃないかと思っただけだ。その荷物を見てな」
言われて、彼の指は私が床面に置いた荷物を指していました。
「そんな有り様じゃ、帰る家も泊まる宿もないんだろうし、おおかたどっかの家の口減らしにでもあったんじゃないか、ってな」
おっと、今度は私がマウントを取られてしまいました。
ほぼビンゴです。正確には違いますが、自分の意志で口減らしに近い扱いを選んだのは正解ですしね。
言ってシグルドさん、してやったりと口の端を上げてカウンターに置いた両腕に顎を乗せながら。
「おまえが良いなら、ここで働かせてやってもいいぜ」
「は?」
寝耳に水をぶっかけられました。
「表の貼り紙は見たんだろ? 新しい風が必要なんだよ、この店は。三食昼寝付きで雇ってやる」
え、ええー?
「で、でも私。今シグルドさんが仰った通り宿無しですし、平民ですよ?」
「平民が平民にヘコヘコして何が悪い。女なら料理も掃除も出来るだろ? あとはその不愛想なしかめっ面だけ直してくれれば上等だ」
何ですか、その「おまえパソコン詳しいだろ。ちょっと直してくれよ」的な乱暴なお誘いは。しかも偏見ばっかりで全然内面見てないじゃないですか。
「寝床はうちの部屋を貸してやる。その分の対価だと思えば充分すぎるだろ」
う、うーん……?
ハッキリ言って余計なお世話どころか絶対お断り案件なんですが、先立つものがないのも事実。
それにちょっと、このシグルドさんにも興味があるかな……?
……なんか違うと思う。
でもここで拒否しても行き倒れるのが関の山だろうし……。
色んな要素を秤にかけて、私が出した答えは。
「それなら……、ちょっとだけお言葉に甘えさせていただきます」
私はゆっくりと首肯していました。
「甘えてもらうだけじゃ困る。精々馬車馬のように働くんだな。オレが監督してやる」
これから毎日、この不躾なお坊ちゃんと顔を合わせるのかと思うと、それだけでクタクタになるのは簡単に予想出来ましたが。
ええい、ここは流れに乗ってやれ。女は度胸だ!
「それではティータ・ハイラル、不束者ですがこれからよろしくお願いします」
「何が不束者だ。身分を弁えろ。貴族が平民に手を出すわけないだろ」
フンスと鼻息も荒く、鼻高々に高慢なセリフで締めくくるシグルドさん。
その点は信頼してますよ。
貴族にとって平民は家畜同然。家畜に欲情するのはよっぽどの変わり者か、変態だけでしょう。
――家畜。
その言葉に思い至った時、少しだけこのシグルドさんに敵意が湧きました。
この方は、アルガスさんとは違うというのに。
私はアルガスさんに対して敵意は持っていません。
ならこれは、ティータの記憶……?
ともすればごちゃごちゃになりそうな頭の中を無理矢理に押し込めて、私はこのシグルドさんと奇妙な共同生活を送ることを決めるのでした。
小さな黒く沸き出す感覚が、心の隅っこにじわりと侵食するのを無意識に感じながら。