今回の前書きを以って生存報告と致しますが、またしばらく離れるかと思います。
あらかじめご了承お願い申し上げます。
喫茶店と珍客
side:ティータ・ハイラル
「客が欲しい」
私ことティータ・ハイラルがシグルド・サダルファスさんの喫茶店に住まうようになってから三日目。
店内の埃をほうきで掃きながら、店長――シグルドさんの独り言を私は聞いていました。
「店長、何度言っても閑古鳥は鳴きやみませんよ」
シグルドさんの顔も見ず、私は作業をこなし続けます。
「と言うか、どういうことなんですか。ここ三日、全然お客さん入ってくる気配すらないじゃないですか。どんな仕組みでこの店、維持してるんです? 何か犯罪的な方法でもとってるんじゃないですか」
「うるさい。黙って働け平民」
そう言うシグルドさんは特に何もしてくれません。
私ことティータ・ハイラルと、アルガスさんのそっくりさんであるシグルドさんの組み合わせは見る人が見れば相当おかしな関係だと感じるでしょうが、幸いにもガリランドの町にはそういう人はいないようです。
もしベオルブ家の関係者に見つかれば夜逃げしなければいけないかもしれません。
ベオルブ家の今の立ち位置について再度、詳しくおさらいしておきましょうか。
つい昨年まで畏国――イヴァリースは、隣国とおよそ五十年に及ぶ戦争を行っていました。ゲームでは五十年戦争と呼ばれていたやつですね。そもそもは畏国が仕掛けた戦でしたが、頓挫して逆に押し込まれてしまいます。王権への信頼が揺らぐ中、各地の騎士団の奮闘で何とか持ちこたえてようやく講和にこぎ着けたばかりなのです。
戦争中には貴族が持つ騎士団だけではなく、市井の人々から結成された義勇軍も活躍しました。『骸騎士団』もその義勇軍の一つです。
しかし戦後、彼らが費やした莫大な戦費を賄うだけの恩賞は与えられませんでした。所詮は平民と侮られたのでしょうか。ろくな手当も無く、骸騎士団を始めとした義勇軍の多くは無情にも切り捨てられたのです。
それに憤慨した骸騎士団は反王家のアナーキスト『骸旅団』という賊徒に成り下がります。
彼らは一部の良心ある騎士を除けば、ほとんどが盗賊ないし殺人も厭わない奸賊に身を堕としました。
これに対し、ベオルブ家率いる北天騎士団や王家に従う様々な武装勢力が駆逐に動き、先日のジークデン砦にて骸旅団は壊滅しました。まあ生き残りがまだ残っているのですが。
そんな中で、可哀そうなティータ・ハイラルはベオルブ家の令嬢と間違えて攫われました。そして、人質としての価値を認められずに敵諸共に殺されたのが、この世界に来てすぐ目にした光景でしたね。
その後はゲームの通りにティータのお兄さん、ディリータ・ハイラルさんたちがその場にいた北天騎士団を殺害。燃えさかる砦の中で私を抱きかかえる彼を突き飛ばしたところで一旦記憶が途切れています。
こうしてお亡くなりになったティータ・ハイラルに、現代社会で女子高生だった私の死を憐れんだ裁判官さんの差配で憑依させてもらったという、謎の現象が起きているのです。
話を戻しましょう。この一連の出来事を一番面白くなく思ったのが当のベオルブ家です。
北天騎士団に楯突いたベオルブ家の末弟、ラムザ・ベオルブさんとディリータ・ハイラルさんが揃って逐電。当時、北天騎士団の与力として働いていたアルガス・サダルファスさん――シグルドさんの従兄は戦いのさなか戦死されました。
この辺がベオルブ家の手落ち、というわけですね。
ディリータ兄さんとティータ・ハイラルの籍はベオルブ家から抹消されているでしょうし、ラムザさんは一旦の家出状態にでもなっているのでしょうか。
とにかくジークデン砦のあれやこれやを無かったことにして、証拠となりそうなものはすべて隠滅。
そのため、図らずも生き残って――いや、生き返ってしまったティータ・ハイラルという生き証人は、ベオルブ家にとって必ず消さねばならない非常にまずい存在なのです。
このようにベオルブ家に援助を求められない私は野垂れ死にするしか道はなかったのですが、数奇な運命に導かれ、『シグルド喫茶』というシグルドさんが経営する喫茶店に居候することになったのでした。
ふんふんふふんふーん。
鼻歌交じりに手際よくガラス窓を水拭きします。
私がこうしていると同級の女子からは「面倒くさくないの?」とよく聞かれるのですが、私にとっては全然苦行じゃありません。
私の手で教室がキレイになってくれると心が弾んで仕方ないのです。
まるで私が教室の支配者になったような気分に……おっと、これ以上言うと裁判官さんからお叱りを受けそうなのでやめておきましょう。
そんなわけで、埃っぽかったシグルド喫茶も私が勤務し始めた翌日にはピッカピカになるのでした。
庭は……正直なところ手の付けようがないですね。
あちこちを彩っているはずの薔薇や色とりどりの花々は、見眼麗しくを通り越してむしろグロテスクに見えます。
剪定しようにもどう手を付けたらいいか分からず、とりあえず「まあいいか」と、少しの間は大目に見ることにしました。
そのうち本屋で綺麗な花の見せ方を勉強しようと思います。
などと考えに耽っていたら。
カランカラン。
「いらっしゃいませー」
お客さんのご来店です。
「おう、らっしゃい」
シグルドさんも渋面で応えます。
愛想良くしましょうよ店長。
私は箒をよそに片付けて、てってけてってけとお客さんの方へと向かいます。
「四名様でしょうか?」
「おう」
「お席にご案内します。どうぞこちらへ」
男性四人のお客様。何気に私の初の接客です。
憑依前にも人と顔を合わせるコンビニバイトをしていたので、大体のお客さんなら捌いてみせましょうとも。
……しっかし、いかつい人たちだなぁ。喫茶店には不似合いなゴロツキ――いや、百戦錬磨の偉丈夫といっても差し支えありません。
「どうぞ、お冷やとおしぼりです。メニューはお決まり次第、お声がけください」
一礼して私はその場からカウンターへと戻りました。
その間、お客さんたちは私に見向きもしませんでした。
「おい、コーヒー。ホットひとつとアイス三つだ」
男性の一人が私に向かって声掛けします。やたらぶっきらぼうな声で威圧感があります。
「はい、ただいま。少々お待ちくださいませ」
店長ー、ホットひとつとアイス三つ、承りましたー。
なんて言葉をカウンターに居座るシグルドさんに向けて伝えます。
早速、シグルドさんがコーヒーをドリップし始めます。この辺りの所作の見事さにはあのアルガスさんにない手際の良さが見て取れました。
「――だから言ったんだ! このままウィーグラフに付いていっても死ぬだけだってな」
「そうなる前に侯爵誘拐の身代金で足を洗う予定だったんだろうが。あのまま"砂ネズミの穴ぐら"に篭ってたら間違いなくお陀仏だったんだぞ」
「これもギュスタヴが機転を利かして先んじて逃げ出せたから無事に済んだんだろうが」
「その通り。オレたちに必要なのは思想じゃない。食うものと寝る所だけだ」
大声でぎゃんぎゃん騒ぎ始めたお客さんたち。なんか物騒な話してますけど……。
「あのー、ホットとアイス三つお持ちしました」
「遅い、そこに置け」
ガラの悪い――いえ、偉丈夫の、ギュスタヴさんと呼ばれた方がむやみに恫喝してきます。
「お砂糖、シロップとミルクはおひとり様おひとつずつでよろしかったでしょうか」
「全員、ひとつずつで構わん。置け」
「はい、ではごゆっくりどうぞ」
一礼してその場を去る私。
なんか怖い人たちだなぁと思いながらカウンターに戻って、ハッと思い当たりました。
確かあのギュスタヴさんという方、骸旅団のサブリーダー的存在じゃなかったっけ? だとすると、ここに来たのはあの強盗殺人集団、骸旅団の方々じゃありませんか?
ですがギュスタヴさんって、確かウィーグラフさんに粛清されたはずじゃあ……。
そんなことより、なんでそんな面々がわざわざこんな喫茶店に……。
カランカラン。
本日二回目のお客さんです。
「いらっしゃいま――」
ガタン、ドタバタ。
「見つけたぞ! ギュスタヴ!!」
「貴様、ウィーグラフ!!」
新規のお客さんを見るや否や、四人のガラの悪いオジサンたちは蜘蛛の子を散らすように「うわぁ」とか喚きながら入口のドアへと殺到します。
あっ! まだ支払い済んでいない!
ひとり逃げ遅れたギュスタヴさんが入口に陣取ったウィーグラフさんと対峙して、腰に佩いていた剣を抜き放ちます。
「ギュスタヴ、いい加減に観念したらどうだ。おまえだけはこの手で粛清しなければと思っていた」
なんでせっかく小綺麗にした喫茶店がその舞台なんでしょうか。
「……貴様の革命など上手くいくものか!」
ギュスタヴさんが颯爽と乱入してきた騎士――ウィーグラフさんに啖呵を切ります。
「オレたちに必要なのは思想じゃない! 食いものや寝る所だ! それも今すぐにな!!」
「おまえは目先のことしか見ていない。大切なのは根本を正すことだ!」
「貴様にそれができるというのか? ……無理だよウィーグラフ。貴様には絶対に!」
ふう、と息をつくウィーグラフさん。
「言いたいことはそれだけか? さよならだ、ギュスタヴ」
そう言って、ウィーグラフさんも剣を抜きました。
「あのー」
私ことティータ・ハイラルはその場面を眺めて、思わず口を挟んでしまいました。
このままではここでギュスタヴさんが殺されてしまう! という殊勝なことを考えたわけでは毛頭なく。
「他のお客様のご迷惑になりますので、刃傷沙汰は外でやっていただけませんか?」
言われて、二人同時に私にギンとにらみを利かせてきました。うわ、超こわい。
「他の客などいないではないか」
「だからといってここに死体を転がされるのはちょっと……ねえ、店長」
言って、シグルドさんの方を見やると、彼は目の前の面倒ごとは御免だとばかりに背を向けて新聞を広げていました。
ギュスタヴさんが口を開きます。
「ほら見ろ、店主の方もこんないざこざに関わりたくないとさ。おまえ、度胸だけは据わってるなガキの分際で」
まあ、ギュスタヴさんにかかれば私なんて未だ未成年のガキンチョですけど。
なんていうか、ギュスタヴさんに殺される心配はしてないんですよね。直感ですが。
「私たちの無礼は侘びよう。だがここはひとつ、私の顔を立てて許諾してはくれないかね。そこの男はアナーキストではない。ただの無頼漢だ」
ウィーグラフさんからしたらそうなのでしょうけどね。
単純に迷惑は御免だというのは店長と同じ心持ちなんですよ、私。
不意に、ギュスタヴさんが動きました。剣を振りかぶり、ウィーグラフさんに斬りかかります。
それを、よそ見していたにもかかわらず、体を横にかわしただけでギュスタヴさんの剣は空を切りました。
そこに、ウィーグラフさんの剣がギュスタヴさんの手元にちょんと当てられます。たったそれだけの動作で、ギュスタヴさんの剣はあらぬ方向に飛んでいきました。
「畜生がッ!!」
ギュスタヴさん、渾身の走り。
ウィーグラフさんの脇を無理矢理駆け抜けて店の入口から外へと逃げ出します。
あ、結局コーヒー代払ってもらってない……
呆然とそんな寸劇を見ていた私に、ウィーグラフさんが跳ね飛ばしたギュスタヴさんの剣を拾い上げます。
「給仕くん、キミには醜いものを見せたね。我々は反貴族を掲げて革命を目指しているのだが、末端にはあのような犯罪者がいるのも確かだ。お詫びと言っては何だが、連中の支払いと、この剣を進呈しよう」
ほっ。
飲み逃げだけは避けられたみたいです。しかも剣まで寄越してくれて。まあ使い道には困るんですが。
「それでは私はこれで。無頼者を成敗しなければならないからな。私もまた貧乏暇なしなのだよ」
それには同情します。
「犯罪者どもを追いかけてこの中に入ってはみたが、なかなか小洒落た店構えではないか。次に来たときは美味しいコーヒーでもいただくとしよう」
いや、来ないでください。
うちの寝床がバレたらベオルブ家の方々が黙っちゃいないと思いますので。
「ではな。次に会う時は互いに健勝であることを祈ろう」
そう言って、代金を支払って悠々と去っていくウィーグラフさん。
カランカラン。
「ありがとうございましたー」
私は去っていくウィーグラフさんの背に向かって、さよならの声掛けをしました。
「……で、店長? 厄介事はもう去りましたけど」
「ウィーグラフって、あのウィーグラフか? 骸旅団のリーダーの」
「ですね」
「もう骸旅団はガタガタだと聞いていたのに」
「空耳じゃないんですか?」
「なんでウチの店にわざわざ面倒ごとが歩いてくるんだ」
「店構えが派手だからじゃないですか?」
「塩、撒いとけ」
「はいはい」
こうして、三日目にして初のお客さんたちは騒動だけ残して去っていきましたとさ。
でもこれもまたジンクスっていうんですかねえ。
まだまだ騒動は始まったばかり。これからまたごたごたが向こうからやってくる不安が絶えませんでした。
そうそう、去り際にもらったこの剣――ミスリルソードは私の私物にしておきます。シグルドさんはあんまり血の気の多い方ではなさそうですので。私もですけど。
骸旅団でお亡くなりになったのはジークデン砦で爆死したゴラグロスさんだけです。
合掌。