「そこで腰に力を入れて、心持ち下げるようにする。そうすることで腰だめに構えた剣に力が入るようになる」
「はい」
私、ティータ・ハイラルは『喫茶シグルド』のウェイトレス。でも今はちょっと事情が違っていて、席を外しております。
喫茶店の中休みってところです。
「腰に力を入れれば入れるほど剣に威力が乗り、また相手の出方を冷静に見ることが出来る。相手の攻撃が見えたならすぐさま腰の力を抜いて後ろに下がれ。隙が見えたら横胴狙いで、踏み込んで剣を横に振るんだ」
言われて、構えた剣を腰に添えながら、目の前の案山子に飛び込んで横に振り払います。
するとどうでしょう。剣がミスリルで出来ているのも差し引いても、案山子は思った以上にするりと通り抜けてその体は横一線に両断されてくずおれました。
「ふむ、キミは筋がいい。もう少し経験を積めば一端の戦士として成長が期待できるだろう」
「なんだか複雑な気持ちですが、ありがとうございます」
ウィーグラフさんの指導を受けて、ジョブ『ディリータの妹』からせめて『見習い戦士』になりたい夢が叶いそうです。腰だめに横に剣を構えて――。
『ためる』! 『ためる』! 『ためる』!
一回の戦闘でこれだけジョブポイントを稼げば前衛職の『ナイト』にジョブチェンジできるのも現実味を帯びてきたのではないでしょうか!
まあ私のことは差し置いて、問題は。
「あの、私のお稽古に付き合っていただくのはありがたいんですけど、ウィーグラフさん、ここにいて大丈夫なんですか? 一応、ここ結構大きな町ですよ?」
「だからわざわざ郊外の空き地を選んだのではないか。それにここは骸旅団にとっても逃げ道の一つ。隠れた獣道などもあるし、犯罪者の取り締まりには打ってつけだろう」
「その犯罪者に含まれている自覚あります貴方?」
そう。困ったことにウィーグラフさんは『喫茶シグルド』を妙に気に入っている節があり、何かと理由をつけて一週間に一度くらいの割合で来訪されるようになったのです。
やれ盗賊団の始末だの、骸旅団の理念に反する者の成敗だの。
「もしウィーグラフさんがお店に居座っていても、騎士団が来たらシグルドさん、絶対に売り払いますよ。懸賞金も掛かってるでしょうし」
「では何故、彼は今までこの状況を見咎めない?」
「えーと、それは……」
やっぱアレですよね。
「ウィーグラフさんを売ったら、残った旅団員を敵に回すから、ですかね」
「そういうことだ。私も安心できる拠点があればもちろん腰も据わるというものだ」
そう言って、彼は得意気に端正な顔立ちを引いて、フフンと微笑んでみせました。
だから安心なのはウィーグラフさんだけであって、私たちには滅法不安なんですってば。
私が剣の稽古なんてしてる理由は、独り立ちの時を見据えてです。その指南役としてウィーグラフさんから直々に稽古を受けてもらえるなんて、値千金の価値があるのではないでしょうか。
まあでも私にはウェイトレスの仕事もありますし、ウィーグラフさんにも骸旅団の残党をこらしめる用事があるので、時間が合わないこともあります。
ですが、それを補って余りあるほど、ウィーグラフさんの稽古には万金の価値があるでしょう。
ティータ・ハイラルは――いえ、死んでしまった私は『ファイナルファンタジータクティクス』愛好家でした。綿密に編まれた伏線、主人公の雄姿、そしてトントン拍子で一人身で下士官から上位の者を排除して思惑通りに奸雄の道を邁進する、ディリータ……兄さん。
生前は気負わず、でもできる限り周囲の級友と馴染み合いながら真っ当な道を選んでいただろうと思う私ですが、そんな私にも憧れの人物がいました。
それが、『ファイナルファンタジータクティクス』のもう一人の主人公、ディリータ・ハイラルです。
正道の人生を歩んでいた私にも、彼の悪徳に憧れるような、そんな側面があったのです。
世界の舞台に鎮座まします権威の一つ、グレバドス教会の武闘派集団、神殿騎士団の工作員から始まり、身分を偽って女王を擁立し、その傍に侍り、やがて起こる戦争の中で重要人物を排除して自分がその後釜に納まる。
彼のそんな姿が、私にはとても魅力的で、蠱惑的に見えたのです。
だからこそ、私は彼の足跡を追っていきたかった。なのにあのポンコツ裁判官さんときたら……。
おっと、天網恢恢疎にして漏らさず。どこから彼女の眼が光っているやもしれないので不遜な考えはこの辺で打ち切っておきましょう。
ともかく、ディリータへの憑依を求めた私がまかり間違って妹のティータに憑依したとき、もうディリータの足跡を追うことは無理だと、無謀だと。
そう諦め――きれませんでした。
戦争が始まるのです。それは約一年後。
ベオルブ家を筆頭とした北天騎士団を擁する白獅子ラーグ公。対するはオルランドゥ伯が統率する南天騎士団を擁する黒獅子ゴルターナ公。
いずれは女王となる一人の少女を巡って、二人の獅子が争い始めるのです。
私は強くならねばならない。
強くなって、戦争を生き残らなければならない。
そうして、少しでもディリータ兄さんの近くにいたいから。
これが私が強さを求める理由。ウィーグラフさんとのお稽古は私にとっては迷惑であっても、渡りに船だったことでもあるのです。
「今日はここまでだ。キミは本当に筋がいい。惜しむらくは、実戦に出るには体躯も経験も出来上がっていないことくらいだ」
「ありがとう……ございます?」
「別に貶してなどはいない。気構えや体つきなど、実戦に出ればすぐに出来上がる」
「って言っても、私ただの町娘ですよ? モンスターなんか相手したくないですし、野盗や強盗でも剣なんて向けたくありませんよ」
ウィーグラフさんがニヤリと口の端を吊り上げました。あ、ヤな予感。
「そう思って酒場で良さそうな仕事を世話してやった。私も同行するから安心するといい。そういうわけで、その日は喫茶シグルドは休業しておきなさい」
「あのシグルドさんが平民の私の言うことなんか聞いてくれますかね?」
「世間でいう大悪党の私が口添えするのだ。二つ返事で頷いてくれるだろうよ」
だろうよ、じゃねえでしょう。傍目から見たら悪党が町娘を拉致して不当な労働に駆り出そうというのと同じですよ、そういうの。
「さて、今日の稽古は終了だ。骸旅団を名乗る盗賊を少しばかりこらしめてやらねばならん。また会う時に先の仕事の斡旋について伝えよう」
あ、今すぐ言うんじゃないんだ。
嫌な予感が二倍膨れ上がった気がします。
「ではまた会おう。シグルド君にもよろしく伝えてくれたまえ」
どうよろしく伝えればいいのか、ちょっと理解に苦しみますね。犯罪者が町娘をかどわかした、とでも伝えておけばいいのでしょうか。
まあ言葉通り伝えれば、シグルドさんも納得してくれるでしょう。
「命があって良かったな。次はないと思えよ」くらいは言ってくれそうです。
カランカラン。
「店長ー、ただいま戻りましたー」
「遅い。だが命があって良かったな平民」
シグルドさんはカウンターでカップを拭いながらそんな言葉で出迎えてくれました。まあ、大体予想通りの返答でした。
あれ?
「店長、お客様ですか?」
カウンター席に一人の女性が突っ伏していました。
ロングのブロンドが流れるままに背中のマントを滑り、両手を枕にカウンターでおねんねしてます。
「客じゃねえよ。紅茶の一つも頼みやがらねえ」
女性の傍らにはワインとウィスキーの空き瓶が並んでいました。
「店長、喫茶店やめて酒屋に鞍替えですか?」
「馬鹿言うな。その女が持ってきたんだよ。大層酔っ払った様子でな」
パタパタと駆け足で私はカウンターに入ります。掃除用具入れの中に、ぞんざいにミスリルソードを押し込んでから、エプロンを身に付けました。
それでもってこのお客さん、放っておくわけにもいかないでしょう。
「あのー、お客様?」
カウンター越しに、私はその女性の眠たそうな顔を覗き見ました。
美人、といって過言ではないのですが、両の眼がキリっと釣り上がって可憐さより先に怖さが立ってます。
まるで賭けでとことん摩った、なんとなく負け犬のような気配がそこにはありました。
「お客様ー、お冷やです。少し落ち着いてくださいな」
そう言って、私はコップに注いだ冷えた水を差し出しました。
それに対して、女性がだみ声で返してきます。
「落ち着け? 落ち着けですって? 充分落ち着いてるわよ、私はーッ」
言いながらもお冷やを乱暴に受け取って、ぐいっと一息に飲み干します。こんな調子で酒瓶も空けてたのでしょうか。
「お客様ー、ここは喫茶店で酒場ではないんですよ。こんな店で酔い潰れられたら困ります」
「うっさい、どうせ他の客なんて一人も入っていないじゃないの。私は客なのよ。私が何をしようと勝手でしょうが」
私は彼女の言い分を聞いてから、シグルドさんに視線を合わせました。シグルドさんはやれやれと首を横に振るばかりです。
「ソイツは何も頼んじゃいねえよ。何が客だ。この平民女が」
「平民……? 平民ですって……?」
シグルドさんの言葉に反応して、がばっと女性が顔を上げました。赤ら顔ですっかり出来上がっているご様子。
「貴族が何だというんだ! 私は平民だけど、人間よ! 貴方たちと同じ人間! 貴方たちと私の何が違うと言うの!? 生まれた家が違うだけじゃない! 私は貴族の家畜じゃないのよ!!」
ガンガンとカウンターのテーブルを叩きながら、一気にまくし立てる彼女。
ってあれ? この人って。
ゲームの知識がスルスルと答え合わせを始めました。
ミルウーダ・フォルズ。
骸旅団団長のウィーグラフさんの実妹にして、練達の女剣士。
シグルドさんが紅茶のカップを磨きながら、冷淡な口調で返します。
「貴族にとっちゃ平民は家畜なんだよ。家畜は主人に仕えなきゃならねえ。おまえら平民は生まれたときから貴族の家畜なんだよ」
ちょ、シグルドさん。貴方それでいいんですか?
「誰が決めた! そんな理不尽なこと、誰が決めた!?」
「それは神様にでも聞くんだな」
「神様? 神が平民を家畜だなんて言うの!? そんな理不尽なこと、神は決して仰らない!!」
「家畜に神はいねえ」
その一言で、ミルウーダさんは完全に凍り付いて。
数秒間の後。
「うああああああん!! そうよ!! どうせ私は家畜なのよ!! もう殺して! いっそ殺してよ!!」
カウンターに突っ伏し、泣き叫び始めました。泣き上戸なのかな?
シグルドさんがチッと舌打ちして、またカップ磨きに戻りました。
一連の流れを見て、私は一言。
「店長、このやり取り何回目ですか?」
「三回、いや四回くらいか。多分」
可哀そうに。
まあでもこんな風にガス抜きでもしないと彼女もやってられないのでしょう。
不意に、彼女はガタンと席を立ち。
「……もう帰りゅ……お釣りはいらにゃい……」
呂律も回らず、足取りも千鳥足でフラフラと出入り口へと向かうミルウーダさん。
彼女の席にはいつの間にか、金貨が一枚置いてありました。ちょっと、これ一枚で三日分くらいは飲み食いに困りませんよ?
空き瓶は置きっぱなしで、片付けといてという強い意志を込めてカウンターに鎮座させられていました。
片付け代としてこれだけの儲けなら上等ですよ。
「ねえ、店長」
「なんだ、平民」
「なんで骸旅団関係者ばっかりこの店には来るんですか?」
「知らねえよ。平民のおまえが呼び込んでるんじゃねえのか」
「そんなオーラ出てます?」
「ああ、出してる。すっげえみすぼらしい町娘の雰囲気が店に充満してる」
「またまたそんなこと言ってー」
「塩撒いとけ」
「結局効かなかったじゃないですかそれ」
この日はミルウーダさんだけで他にお客さんは来ませんでした。
近いうちにはウィーグラフさんがまたやってくるだろうし。このさき大丈夫かな、ホント。
喫茶店の出入り口に下げてあるボードを『CLOSE』に引っくり返し、私は店内の掃除に移るのでした。