side:ティータ・ハイラル
火吹き山。
とは言うものの今はすでに休火山となっており、噴火の心配はない模様。
何が問題かというと、噴火の心配はしなくて良くてもめちゃくちゃ暑いことには変わりないということです。
私たちはそんな場所――グルグ旧火山を訪れていました。
過去、この火山には一人の少女が転落し、火山の灰となってしまったという悲しい逸話がありました。私もウィーグラフさんから聞いて初めて知りました。
こういう場所ひとつひとつにこんな逸話があるのも『ファイナルファンタジータクティクス』の奥深いところです。
で、なんでこんな所に私やウィーグラフさんが来ているかというと。
「火山に落ちた少女の亡霊が今なお彷徨っているという話がある。その少女の親族があまりにも痛々し気な様子でな。付近の住民からお祓いをしたらどうかと勧められたそうだ。それで神職を火山に連れて行き祓わせようということになった」
「はあ。それってとっても危険なんじゃ」
「そこで我々の出番というわけだ」
ウィーグラフさんがコーヒーを片手に、カウンター越しの私に話します。
「斡旋されていたのはその護衛。なに、そんなに危険な仕事ではない。付近の住民にとっては何の価値もない場所だ。不埒な荒くれ共もそんな場所には立ち寄らない。少しばかり、モンスターが居付いている程度のものだ」
それを聞いて、私はじっとりと冷や汗が一筋たれるのを感じました。ヤな予感的中。
あれだけモンスターと戦うのなんて嫌だと言ったのにー。
「安心したまえ。モンスターの討伐は私が担当しよう。きみは実戦の空気を感じ取ればいい。本当に危なくなったら逃げたまえ」
「いや、逃げたまえ……って、ウィーグラフさんの支援なしで私がどう逃げるっていうんですか」
コーヒーを一口すすり、ウィーグラフさんは手の指を三本おっ立てました。
「一つ、来た道を真っ直ぐ反対方向へ向かって走る。来た道のモンスターは私が露払いしているだろうから危険は少ないだろう。帰り道さえ覚えていればな」
指を一本降ろして、ウィーグラフさんは続けます。
「二つ、私が所用を済ませるまで私から離れないこと。一人で逃げるよりかは幾分か安全だろう」
もう一本降ろして。
「三つ、お祓いを中止して神職の者と一緒に退散だ。この場合は任務失敗となるからお勧めできんがね」
私はカウンターに突っ伏し、ハァーと息をつきました。
「結局ウィーグラフさんと一緒にいるのが一番安全だってことじゃないですか。途中で見捨てないでくださいね」
「安心したまえ。私は悪党だが義賊の類だと自認している。義侠にもとるマネはしないつもりだ」
「それを聞いてほんの少し安心しました。ほんの少しだけですけど」
相変わらず他にお客さんの見えない『喫茶シグルド』の中で、私たちの会話が途切れると、途端にカッチコッチと耳を叩く音が柱時計が振り子と共に鳴り出します。時刻的には、この世界での朝10時頃。
その音に誘われるように私はウィーグラフさんに口を尖らせて聞きました。
「ところでその神職の人っていつ来るんですか? 今日ここに集合って聞きましたけど、正確な時刻は聞いてませんよ」
「案ずるな。彼女にも準備がいるだろうし、それが終わればすぐにでも来る、時間はかけないと確約してくれた」
「彼女? 女の人なんですか?」
「ああ、神職の女性と言うよりも、巫女といった方が分かりやすかったかね」
そうウィーグラフさんが言った途端。
バンッ!!
店のドアが勢い良く蹴り開けられました。
「い、いらっしゃいませ!」
私は慌てて立ち上がり、お客さんに向けて来客の挨拶をしました。あんまりにも乱暴なキックだったので、すわまたしても骸旅団の刺客かと身構えもしました。
でしたが、当のウィーグラフさんが何も気にせずコーヒーを啜っているので、とりあえず身の危険はないと判断することは出来ました。
「あーもう! この国の町は建物が分かりにくいのよ!!」
入ってきたのは両手いっぱいに大風呂敷の荷物を抱えた、女の子でした。
カウンターまで寄ってきて、荷物を椅子に雑に置いて、本人はその隣に座ります。
「貴女、店員さん? 緑茶ちょうだい。玉露がいいわ」
見てみればその子は私よりひとつかふたつ下くらいの、可愛らしい女の子。赤い大きなリボンを付け、装いも紅白の巫女装束らしい感じです。何となく巫女さんというには脇を出してたりおへそが見えそうだったり、ちょっと独特な格好です。
それに。
なんだか日本人っぽいなー。イヴァリースの人とは違うのかな。
「んで? アンタが依頼主?」
ジト目でウィーグラフさんを睨みつけながら問い詰めます。うわーなんか知らないけど、怖いもの知らず過ぎて怖いよこの子。
「ああ、正確には依頼を受けたきみを護衛する任務を請け負った者だ。私はウィーグラフ・フォルズ。賞金首だが、義賊として名を売っている」
「ふーん、そう。依頼よりアンタを突き出した方がお賽銭がっぽり貯まりそうね」
ちょっとちょっと。怖いもの知らずにも程がありますって。
と。そんな彼女が不意に私の方に視線を移して。
バン、とカウンターを叩きました。
「ちょっと! お茶出してって言ってるでしょ! 緑茶ないの緑茶は!」
「ひっ、す、すみません! 紅茶はありますけど緑茶はちょっと……」
「じゃあ紅茶でいいわよ。さっさと出して」
「は、はいー……」
店長のシグルドさんに声掛けようとしましたが、彼、いつもこういう時に限って私たちに背中向けて新聞ひらいているんですよね。
鬱陶しいから声掛けするな、ってオーラがにじみ出ています。客商売に徹底的に向いてませんねこの人。まあ仕事自体は嫌っていないみたいなので、そこそこやっていけてるんでしょう。
仕方なく私はカップに適温まで温めた紅茶を注いで差し出しました。
それを一口飲んで、彼女は一言。
「ん。味はイマイチだけどこんな店ならこんなもんよね。でもまあいいわ」
彼女はそう言って、カップを大きく傾けて一息に飲み干しました。ちょっとくらい味わってくれても。くすん。
「さて、きみが依頼人に紹介された神職の者――巫女でいいのかね。随分若いが」
「仕事に若いも可愛いもないでしょ。で、いつ行くの?」
どうもこの子はせわしないタチらしい。
「その前にきみの名前を教えてくれないかね。彼女はティータ・ハイラル。私は先ほど名乗った通り、ウィーグラフ・フォルズだ。きみの名は?」
紅茶を飲み干して一息ついたら、彼女は幾分か落ち着いたようで。
「私は、博麗霊夢――レイム・ハクレイよ」
そう名乗りました。名前も日本人みたいだなぁ。
そうしてグルグ旧火山に到着したのがだいたいお昼12時頃。さらに山を登り始めて数十分ほど経っています。
旧火山とはいえさすが火山と言いますか、登るにつれてじりじりと気温が上昇していて、じっとりと汗ばんできて気持ち悪いです。
ウィーグラフさんはそんな暑さには意にも介さず。霊夢さんはといいますと、これまた彼女も全然こたえてないようで重たい荷物を背負いながらのんびりと後を付いていきます。
道中のモンスターは先刻ウィーグラフさんが仰った通り、苦も無くあしらっていきます。
私も動きやすい服装で帯剣までしているのですが、ウィーグラフさんのそれを見ているのが精一杯。
「ちょっと、本気で山の頂上まで行く気? さすがに歩いていくのはヘバるんだけど」
「何も火孔まで行くつもりはないさ。山の頂上が適度に見える位置で拝んでくれればそれでいい。要は依頼人を納得させるだけの論証なり証拠があればいいわけだ」
「はあ?」
途端に口をへの字に曲げて抗弁し出す霊夢さん。
「じゃあなに? わざわざここまで来なくても、それこそさっきの茶店でそれっぽいもの用意してくれればそれで終わりじゃないの。こんな所まで呼び立てといて何よそれ」
「ここでしか手に入らない物証を得るためだよ。それというのも――ッ!」
唐突に、私の耳元をウィーグラフさんの剣が貫き通します。耳は無事でしたが、その事実にぶわっと産毛が逆立ちました。
振り返ってみると、そこには顔面が炎に覆われたようなモンスター――ボムが一匹、額を打ち抜かれて息絶えています。
「チッ、囲まれたか」
へ?
何にと言わずとも分かります。私たちの背後と左右はいつの間にかボムが集団で囲われていました。
「走るぞ、付いてこい」
え、いやその。走るって。こんな急勾配な山道をですか!?
置いていかれたらゲームオーバーじゃないですかそれ!?
「まったく……」
ガリガリと頭を掻いて仏頂面になる霊夢さん。そうですよね、いくら何でもこれはあんまりな展開ですよね?
「ティータ、って言ったっけ? ほら、荷物の上でいいから乗りなさい」
え?
「早くッ!!」
勢いに呑まれるがまま、霊夢さんが背負っている風呂敷包みの上に覆いかぶさるように私は掴み上がりました。
こんなの、霊夢さん潰れちゃうじゃないですか……、って、いや、もしかして……?
ドンッ!
霊夢さんは私を背負ったのを確認してから、猛ダッシュで駆け始めました。いやいやあんまりでしょうこれは!
「うわっ、ちょ、ちょっと加減してくださいーッ!!」
「うっさいわねえ。死んだり舌嚙んだりしたくなかったら黙って掴まってなさい!」
10分も走り続けたでしょうか。霊夢さんは息ひとつ切らすことなくウィーグラフさんの後を追います。
前方を見ると、ウィーグラフさんがボムの小勢を蹴散らしているところでした。
彼もこちらに気付いたようで、最後の一匹にとどめを刺しがてら霊夢さんへ声を掛けます。
「驚いたな。大した怪力と健脚ではないか。てっきりティータを置いてきたものかと冷や冷やしたものだ」
「巫女やってると色々あんのよ」
言いながら、霊夢さんは私ごと荷物をその辺に投げ捨てます。痛い。
頭にコブをこしらえながらその痛みに耐えていると、その間に霊夢さんは荷物をガサゴソ弄り始めました。
って、そんな場合じゃありません。
火山も中腹に至って、ボムが集まってきています。
これにはさすがのウィーグラフさんも――。
「さあ、初めての実戦訓練だぞティータ。強くなりたいなら実際に戦うのが一番だ。さっそく抜刀してその辺のボムを叩き切ってみなさい」
ハッハッハとやたら爽やかな笑い声で私を鼓舞してくれます。心配するだけ損でした。
むしろ心配されるべきなのは私の方で、もう何が何だか、ただキャーキャー悲鳴を上げながら剣を振り回すだけです。
トスッ。
あ。
振り回していた剣がボムの一匹にさっくりと刺さりました。そのボムの表情が怒ったと思ったら徐々に膨れ上がり……。
「……いかん、伏せろ!」
「きゃあッ!!」
気付くや否や、ウィーグラフさんが私の背中に全身で覆いかぶさり、むりやり私を押し倒しました。
形容しがたい爆発音。それに独特な、濁った灰の匂い。
思わずつむっていた眼を開くと、辺りは炎の赤と煙の灰色に染まっていました。
「大丈夫か?」
「は、はい。おかげさまで」
「いや、それよりも目的の物は手に入れた。すぐ撤収するぞ」
「目的の、物……?」
「ボムのかけらだ。これがあれば依頼人も納得するだろう」
ウィーグラフさんの掌の上を、小さな炎が線香花火のようにチラチラとその火を弾いていました。
物証というのはこれのことだったのですね。
「……そうだ、霊夢さんは!?」
周囲を見やると、すぐに見つかりました。私が大慌てで駆け寄ると、霊夢さんはさも何事もなかったかのようにお祓い棒をばっさばっさと振りながら、何かしらの祝詞を上げています。
お祓い棒を降ろし、ふぅと息をつく霊夢さん。その目の前には簡素で小さな祭壇が組まれていました。おそらく風呂敷包みの中身はこれだったのでしょう。
「はい、おしまい。アンタたちも無事みたいね」
パンパンと袴――というかスカート? をはたきながら、のん気な声音で言ってくれました。
あれだけ周りでドンパチやってたのに無事で済むなんてすごい強運。
「さ、帰るわよ。ナイトさん、帰り道もよろしくね」
「承った。行くぞティータ」
「あ、は、はい」
ボムのかけら――いつの間に瓶詰めしたのか――を手で弄びながらウィーグラフさんは私に近寄りながら歩き出しました。
「初めての実戦はどうだ? 自爆したとはいえ、ボムを一匹倒しただろう?」
「いえ、その……なんて言えばいいのか」
無我夢中だったとはいえ、私の心中は穏やかならざるここちでした。
怖かったとはいえ、それ以上に。
剣が生き物を貫く、あの感触。
「殺生って、やっぱりすごく怖いです。モンスター相手でも。相手が盗賊だったとしても、人を斬り殺すなんて、到底出来そうにありません」
「そうか」
くしゃりと、私の頭をなでてウィーグラフさんが応えます。
「モンスター退治とはこんなものだ。戦争はもっと怖いぞ。それでも強くなりたいか?」
それに関しては、私の答えは決まっていました。
「はい……、強く、なりたい、です……ッ」
答えとは裏腹に、私の頭の中はぐちゃぐちゃで、眼から涙が零れ落ちるのが止まりませんでした。
ひっくひっくと、呼吸が苦しくなるほどの泣き声交じりで、私は必死に応えていました。
そんな私の頭を、ウィーグラフさんは優しくクシャクシャと撫で回してくれました。
「ちょっとー、アンタたち。内輪で雑談なんてしてないでさっさと帰るわよー」
先頭を行きながら、霊夢さんがこちらに顔を向けて声を掛けてきました。
言いながら、火山の山道の木々にペタリペタリと何かの紙を貼り付けていきます。
「その札は何だね? さっきから気になってはいたんだが」
「ああこれ?」
ぴっと一枚取り出して、またそれを木に貼り付けます。
「こうやっておけば、ご親族の方もお参りに迷わないで済むでしょ。退魔効果もあるし。だいたい幽霊が出るってのも眉唾物なんだから」
「そんなものなのかね?」
「そんなもんよ。死人は生者のためにあるの。幽霊もくすぶる灰煙を見間違えたか何かでしょ、きっと」
そうして後はほとんど会話もなく、私たちはグルグ旧火山を後にしました。時間はもう、太陽が地平線から下へと見えなくなっていく頃です。
「じゃあ私はここで。報酬だけ受け取ったらそのまま帰るから。ここでさよならね」
「ああ、神職の者がきみで助かった。また縁があれば会おう」
「ないわよ、そんなの」
肩越しに見た彼女は、もう姿を消していました。唐突に嵐のように現れて、夕立のように過ぎ去っていく。そんな人。
なんだか不思議な方でした。
「ウィーグラフさん」
「何かな」
私は思わず、彼のマントを握りしめて体を震わせていました。ぶんぶんと頭を振って掴んだ手をぎゅっと握り、震えを無理矢理に押し込めて。
「強くなります。絶対に」
「焦りは殺すぞ。人も、自分さえも」
「それでも、です」
モンスターは怖い。戦争は、もっと怖いという。
でも私は戦争を回避できない。きっと。
それが私が歩もうと決めている道だろうから。
「私たちも今日はこれで解散だ。報酬は後日、きみの所に持っていくよ」
「ウィーグラフさん」
「ん?」
私は俯きながら、小声で、それでも伝わるように言います。何の意味もないと知りつつも。
「お気を付けて」
顔を上げた私の眼には、怪訝そうなウィーグラフさんの表情がありました。
「気を付けるさ。生きるためにはね」
言って、彼もまた暗くなった町並みへと去っていきました。
残された私は、いずれ一人にならなければならない。でも今は、まだ足りない。
だから。
カランカラン。
「店長、いま戻りました」
カウンターの内側でカップを磨いていたシグルドさんが私を見止めて。
「遅かったな。だが無事に済んで良かったな」
ちょっと一人きりになるのはまだ先のことにしよう。
明日の風は、明日吹く。
そう信じて。