side:ティータ・ハイラル
「おらぁッ! コイツの命が惜しけりゃ金と食いモン持ってこいやぁッ!!」
魔法都市ガリランドの広場に響く怒鳴り声。
民衆は遠巻きにそれを眺めて、警吏の人たちは人質がいるために一旦膠着状態に。
大声で周囲を威圧するのは骸旅団の残党。というか、正規の騎士団がわざわざ出向こうともしないような木っ端の盗賊たち。
そんな連中の人質になってダガーを喉元に当てられてるのは。
そう、私ことティータ・ハイラルです。
「身代金と引き換えだ! コイツの命があるうちに1万ギル用意しろ!! でなきゃ人質を殺すぞ!!」
陳腐な脅し文句ですが、人質の私は気が気でないです。
誰がこんなしょぼくれた平民娘のために身代金を用意しようってんですか。頭沸いているんじゃないですか?
事の起こりは私が『喫茶シグルド』からお使いを頼まれてからでした。
「おい平民。コイツを町の酒場に持っていけ」
相も変わらずシグルドさんはアルガスくん似の仏頂面で私にお使いを命じました。
住まわせてもらってる身としては逆らうわけにもいかないので。
「何のお使いです? これ」
「紅茶の茶葉と調理酒、あと一部の客用の洋酒だ。買ってこい。駄賃くらいはくれてやるから中休みに外の店で買い物でもして休んでこい」
おお、貴族のシグルドさんからそんなご褒美をいただくとは。
「ありがとうございます! 店長!」
「無駄に頭下げてないでさっさと行ってこい」
へこへこ頭を下げている私を急かして、シグルドさんはまたカウンターの奥で新聞を広げました。お客さんがいないときはいつもこんな感じです。
「じゃ、行ってきまーす」
そうして無事に酒場に小金を渡して、残りをお駄賃にしろということでしょうか。
近くのパン屋で甘いブレッドを買って、もう見慣れた町の広場でささっと広げます。
パクリ。
「んーっ!」
このイヴァリースでスイーツは貴重な逸品。パンには蜂蜜が練り込んであり、甘くて上品な美味。
結構なお値段ですけど、残ったお駄賃はまだ余るほどで、一緒にミルクも頼んでしまいました。
そんなこんなで中休みを満喫していると、ちょっと変な気配に気づきました。
ざわついているというか、そんな感じです。
その真ん中にいるのは武装した4、5人の集団。冒険者っぽくはありますが、どの人もなんだか強面でこれから何をしようとしているのか、それを察せずにみんな小さく騒いでいるのでしょう。
察せなかったのは私も同じだったのですが。
街の広場の真ん中のベンチで座っていたのが間違いだったようです。
何やらその集団――ゴロツキさんとでも言っときますが、彼らが耳打ちしてこっちの方に指を差したりしてますし。
今度は残った人たちが周囲の眼を意にも介さず、樽を引っくり返して壊したり、家屋の柵を乱暴に引き抜いたりして簡素なバリケードを設置し出しました。
ヤな予感。
私はベンチを立って、すかさず喫茶シグルドに逃げ込もうとしたのですが、集団から数人が私に走り寄ってきました。
やっぱりこうなるのーっ!
女の子の脚力では到底敵わず取り押さえられ、猿ぐつわを噛まされました。そのままゴロツキさんたちに引きずられていきます。
嗚呼、無情。
昨今のイヴァリースはどこも危険地帯。略奪や強盗が日常茶飯事だということを忘れていました。まさか町中でこんな目に遭おうとは。
その結果、騎士団はわざわざこんな小事に出張ってなど来ず、警吏の方々が面倒くさそうな問答をゴロツキさんたちと延々と繰り返して事態は小康状態。
やれ身代金渡せだの、やれ人質を解放しろだの。お互い歩み寄る選択肢も与えあえず、ただひたすらに私の寿命を縮め続けるばかりなのでした。
――ん?
「だからオレは言ってやったんだよ。オレたちに必要なのは理想でも思想でもない、食いモンと寝る所だってな。おまえはそうは思わないのか、ええ?」
「確かに兄さんは甘かったけどね。足元も見ずに貴族に戦争を吹っかけて。でも私たちに必要だったのはスポンサー。貴方みたいな軽々に略奪へ走るのとはわけが違うのよ」
ざわつく広場を気にしないような声音で、ぶちぶち言い合いながら闊歩してくる二人の男女。
広場の騒ぎに気付いたのか、男の方が周りの人々に声を掛けます。
「なんだこの騒ぎは。町の往来で強盗騒ぎか?」
女の方もそれに気付いたようで、繰り返し聞き返します。
「あれが身代金目当てのゴロツキで、見るからにしょぼくれた女の子が人質ってことね。なるほど」
そう言って、男の方を肘で小突きます。やっぱり相当しょぼくれてるんでしょうか私って。
「ほらギュスタヴ、見なさい。貴方が軍紀を乱すから骸騎士団崩れのあんなゴロツキが勝手するのよ」
「オレのせいにする気かミルウーダ? だいたい、ウィーグラフの野郎が何の準備もなしに貴族に楯突いた時点で、あんなのが湧いてくるのは時間の問題だったんだ」
「兄さんのせいにする気!?」
「他に誰がいるってんだよ!!」
ぎゃんぎゃんとゴロツキさんとざわつく民衆の間で、それらを無視しながら口論し合う二人。ゴロツキさんの方が先に根を上げました。
「おい、貴様ら。コイツがどうなってもいいのか! 状況が理解できたなら大人しく――」
「黙ってろカスども」
その言葉一つで、ゴロツキさんたちはウッ、と黙り込んでしまいました。気迫に圧されたって感じでしょうか。
二人組の男の方がぴっと親指を路地の裏手に差し、女の方がそれに頷いて路地裏へと消えていきました。
顔を怒らせながらゴロツキさんたちに近付いてくる男の人。
私の無事はどうなるのー、と思っていましたが、ゴロツキさんは男の気迫に呑まれて私のことなど忘れてしまった模様。
男がガンッとバリケードに足をかけて、顔を寄せながら面倒くさそうに声を怒らせます。
「こんだけの騒ぎ起こしといて、たかが平民の娘ひとりと引き換えに身代金を寄越せ、だぁ? そんな小金稼いで何に使うんだ? メシか? 宿か? 狙うならもっと大物を狙って相応の稼ぎを要求しろ」
「あ、アンタはギュスタヴ……!」
「狙うんならオレみたいに裏で準備してからエルムドア侯爵くらいの大物を狙うんだな。まあ失敗した挙句、ウィーグラフに粛清されかけているオレが言うのも何だが」
「し、仕方ねえだろ! アンタだってわかってるはずだ……。オレたちは革命に興味はないんだ! だが骸旅団に属している以上、簡単に足を洗えるわけもねえ。やり方を選んでる場合じゃねえんだよ!!」
「へえ、そうかい」
言うや否や、男の方――ギュスタヴさんが目の前のゴロツキさんを殴り倒しました。綺麗に顎を打ち抜いたので多分、ゴロツキさん気絶しています。
残ったゴロツキの皆さんはバリケードから後退して、うわぁとか叫びながら逃散し始めました。
そこに。
ガンッ! ドガッ! バキッ! パカン!
裏から回り込んだ女の人が、鮮やかに残り数人のゴロツキさんを一人残らず、鞘越しの剣で叩きのめしていました。
全員、気を失ったのを見て、私に近付いてきます。
「大丈夫?」
屈んで、私の猿ぐつわを外してくれました。
「けほっ、けほっ、あ、ありがとうございます」
「災難だったわね、骸騎士団崩れのゴロツキに襲われるなんて。とりあえずは安心していいわ」
「すみません、本当にありがとうございました!」
「そう……? ……貴女、どこかで会ったことなかったかしら」
思い出しました。この人、こないだ喫茶シグルドで酔い潰れていたあのミルウーダさんです。
「おい、ミルウーダ。何をしている。さっさとここから逃げるぞ。警吏の奴らに見咎められたら厄介だ」
「もう遅いと思うけどね……。そうだ、貴女あそこの喫茶店の店員さんよね?」
あれだけ酔っててよくご存じで。
「あのゴロツキどもは警吏の人間が片付けてくれるだろうし、その間だけでも私たちを貴女の店で匿ってもらえないかしら」
「あの店? どこの店だ?」
近付いてきたギュスタヴさんがミルウーダさんに尋ねます。
「あそこよ。あそこ喫茶シグルド」
広場を囲う店のひとつを指差します。
それを聞いて、ギュスタヴさんが露骨に眉をひそめました。
「マジかよ……オレも行ったが、あそこでウィーグラフに粛清されかけたばかりだぞ」
「今回は人助けもしたんだし、私が口添えしてあげるわ。さあ、とっとと行くわよ」
否やも言わせず――いや、とても言える雰囲気じゃありませんが、私に拒否権はなさそうです。
「お客さん二名ご案内よ」
カランカラン。
「やっと戻ったか。と、らっしゃい」
相変わらずお客さんのいないカウンターの奥で新聞を広げていたシグルドさんでしたが、私が連れ立ってきた二人を見止めて来客の挨拶をします。
「おい、注文取ってこい」
「はーい」
私はさっそくエプロンを身に付けて、二人がかけたテーブル席に取りに行きます。
「ご注文はお決まりですか?」
「私は紅茶。濃くて熱いのをね」
「オレはパフェだ。このバナナパフェってのを頼む」
「パフェー?」
ミルウーダさん、微妙に口の端を吊り上げながらギュスタヴさんに胡乱気な視線を投げかけます。
「なんだ」
「いい年して可愛いモノ頼むじゃないの。この四十歳児」
「オレはまだ36だ!」
「同じようなものよ」
けけけ、と人の悪い笑みを浮かべるミルウーダさん。喧嘩にならなければいいけど。
「はい、ホットティーとバナナパフェですね。ご注文、承りましたー」
店長ーと声を掛け、取りに行った注文を届けます。
バナナパフェかよ、オヤジが食うもんじゃねえだろ、とぶつくさ言いながら、店長はパフェを作り始めます。私はまだまだ店員見習いなので、簡単なものしか用意できないのです。
「そうだ。店長、お使いの時に洋酒買いましたよね? お出ししてはいかがです?」
「あ、馬鹿!」
言うが早いか、しかしそれももはや遅く、聞いた二人はギンと眼光を光らせてこちらに眼を向けます。
「お酒あるの!? さっきの紅茶取り消し! グラスでいいから!」
「オレもパフェはなしだ! 銘柄もどこだって構わん。酒にしろ!」
……私、やっちゃいましたかね?
シグルドさんも顔を手で覆って息をつくばかりです。
「……この馬鹿平民。注文変更だ。ワインをグラスで二杯な」
その時、私は気付いていなかったのです。数日前のあの惨劇を。
「だーかーらーだな! オレは北天騎士団を左遷させられたんじゃなくて、骸騎士団の目付け役として栄転したんだっての!!」
「あら、北天騎士団には戦勝地での略奪をお認めになる風習でもあるのかしら? 私たちからしたら栄転どころか、貴族様の体のいい押し付けだったんですけどーッ!」
「阿呆が! どこのどいつが平民の騎士団なんぞの子守り役なんて買って出るんだ! オレをやっかんだ北天騎士団がわざわざ骸騎士団に押し付けたんだよ!!」
「貴方の言うそれはお貴族様が戦後に私たちを着の身着のまま追いやったっていう現実があるからじゃないの! それに巻き込まれた貴方にはいい迷惑だったでしょうね!!」
「オレは元貴族として革命なんぞにハナから興味はないんだ!! 食事にも困らなくて雨風が防げる寝床! そのためにダイスダーグの奸計に乗っかって何が悪い!!」
「結局失敗してこうして見捨てられてるんでしょうが!! 私が先に言ってるのはその真逆! 兄さんには理想の前にスポンサーが必要だったのよ! 私たちが安心して貴族と戦う足場を用意してくれるスポンサーが!!」
「それすらも失敗してるおまえの兄キには革命なんて無理だったんだよ!! なぜそれが分からない!!」
「わかってるわよ! 兄さんのやり方が甘いのも、アンタが手段を選ばない卑劣漢だってこともね!!」
「何を!!」
「何よ!!」
ぎゃんぎゃんと口論し続ける二人に、私は注文されたお酒を運んでいきます。
「あの、お客様、ワイン5杯目」
『そこに置け!!』
二人してハモって私に命令します。さて、そろそろでしょうか。
「だいたい、平民風情が貴族の戦場に立てたこと自体が充分に栄誉なことなんだろうが!!」
「平民風情……平民風情ですって……!?」
怒りに燃えるやと思いきや、ミルウーダさん、その眼に涙をためて。
グラスのワインを一口で呷って、がばっとテーブルに顔を突っ伏します。
「うわあああああん!! そうよ! 私は所詮平民よ! 貴族の家畜よ! もういっそ殺してーッ!!」
「お、おい……誰もそこまで言ってやしないだろうが」
前回と同じくミルウーダさん、全開の泣き上戸。
そこへ。
カランカラン。
「いらっしゃいま……せー」
来店してきたのは。
「ウィーグラフさん!?」
「ウィーグラフだと!?」
ウィーグラフさんはたおやかな笑みを浮かべながら、眼光だけで人を殺せそうな眼でギュスタヴさんを睨みつけます。
「気紛れに寄ってみれば、騒がしいなここは。口論が外まで響いてきたぞ」
「貴様……!」
ギュスタヴさん、立ち上がろうとしますが酒気が回っているのか、足元もおぼつかなく、座っていた椅子を引っくり返して無様に倒れてしまいました。
ウィーグラフさんが剣を抜きます。それをギュスタヴさんの鼻先に突き付けて。
「おまえにも理はあると思うが、その信念は我が骸騎士団に必要ない。腐った根は元から絶っておかねばな」
「ぐっ……」
この二人のベクトルは平行線どころか互いに明後日の方向に向いていて、とても仲良しこよしでいられそうにはありません。
本当なら、この場でどちらの方が強いか。その強者が理念を成し遂げるのでしょう。
ですが。
「待ってください、ウィーグラフさん!」
「何かね」
ギュスタヴさんから眼を逸らさず、冷淡な口調で私へ端的に聞き返します。
「私、危ないところをこの二人に助けられたんです! なんとか今回だけはお目こぼしを!」
「ギュスタヴが? ティータを?」
「それにそこに突っ伏しているミルウーダさんも私を助けてくれました! 何卒、何卒!!」
「ミルウーダ、だと?」
どうやら言われて初めて、ギュスタヴさんの向かいに座っていたのがミルウーダさんだと気付いたようです。顔面を突っ伏しているので察しようがありません。
「ふむ」
一息ついて、ウィーグラフさんは剣を鞘に納めました。
「ティータたっての願いだ。今回だけは見逃してやる。だがもうここにはおまえの居場所はない。どこへなりと消えるがいい」
「……チッ、そのうち一泡吹かせてやるからな。覚悟しておけ」
「やれるものならやってみるがいい」
ケッと捨て台詞を残して、ギュスタヴさんは千鳥足で店を後にしました。
残ったウィーグラフさんというと。
「ミルウーダ。無事か? 返事をしろ」
「う、うーん……兄さん……?」
顔を上げたミルウーダさんはやはり酒気が回りまくって赤ら顔でした。
「だから酒は一杯だけにしておけと言っただろう。帰るぞ」
「兄さん……」
「なんだ」
「私たち、平民って……貴族の家畜じゃない……よね?」
「……それをどうにかするのが我々、骸騎士団だ。さあ右腕を寄越せ」
言われるがまま、ミルウーダさんはウィーグラフさんの肩に手を回し、引きずられるように歩いていきます。
「……ああそうそう。我が愚妹たちの迷惑料だ。取っておきたまえ」
言って、袋から5枚の金貨をテーブルに置きました。
いやいやいや、ここまでして貰えるほどの事ですか!?
「貰っとけ平民。貴族サマ、またのお越しを。今度は迷惑料なしでお願いします」
貴族の店長自ら、平民に頭を下げて丁重にお帰り願いました。お金の魔力ってすごい。
ウィーグラフさんたちが出ていって、やおら。
「おい平民」
「はい?」
「また来るんだろうな」
「多分、ウィーグラフさんだけは」
「これで最後になるといいな」
「分かりませんよ。あの人、腕っぷしだけはすごいですから」
「骸旅団、流れのままに崩壊とはいかなさそうだな」
「そうですね」
ウィーグラフさん、ミルウーダさん、ギュスタヴさん。
ここにゴラグロスさんは混ざっていませんけど、骸旅団は健在です。
さて、次はいったいどんな波乱が待ち受けているのやら。
ティータ・ハイラルは気が気でなりませんでした。