side:ティータ・ハイラル
ザーーーッ。
という雨が路面を叩く音が響きます。さっきまで快晴だったんですけどね。
無駄に雨音が響くのは相変わらず『喫茶シグルド』にお客さんがいないせいです。
「客よ来い」
「そんな神様にお祈りいたしましても、こんな雨足じゃお客さんなんて来ませんよ」
シグルドさんは相変わらずカウンターの裏で新聞を読みながら悪態をつきます。
私は食器洗いです。使われていない食器でも定期的に洗わないと埃がたまりますからね。
「誰も来なくても平和でいいじゃないですか」
「最近じゃトラブル起こすような連中しか来てないじゃねえか。主におまえ関連で」
む、とちょっとだけイラっときました。
「そのトラブルのおかげで破格のお金が手に入ってるから、結果的にはいいでしょ」
「本末転倒というんだそれは。オレはなるたけ楽で安全な仕事で儲けたいんだよ」
「まったく……これだから普通に働けない貴族サマは」
「何か言ったか?」
「いーえ、別に何でも」
声をドスのように尖らせて言う彼に対して、私は知らんぷりを決め込みました。
揉め事は避けたいですし、どっちかというとこの雨のせいでお互い気が昂っているような気がしないでもありません。
「そもそも表の薔薇飾りがやたら目立って逆に入りにくいんですよ。初見さんお断りというか」
「ならどうしろっていうんだ」
「暇をいただければ私がうんと可愛くアレンジして差し上げますよ」
「おまえにそんな特技があるのか? できないこと言ってんじゃねえぞ平民」
「む……そりゃちょっとは勉強しないといけないですけど」
そんなふうにいつもの調子でぐだぐだ言い合っていると。
カランカラン。
どなたかがお客さんが入ってきました。
「いらっしゃいませー……って」
「らっしゃい。またアンタか」
さも迷惑だと言わんばかりにカウンター裏から腰を上げるシグルドさん。
「すまないな。急に降られたものだから。何か拭くものを貸しては貰えないかね」
入ってきたウィーグラフさんが、もはや定位置となったカウンター席につきます。
私は店の奥からバスタオルを一枚持ってきて渡しました。
「ご注文は?」
「ブレンドコーヒー。ブラックでいい」
「たまには軽食でも頼めよ賞金首」
「私を売り飛ばせばこんな小さな店でなくて大店にまで大成することができるぞ。勿論、ミルウーダたち骸騎士団が黙ってはいないだろうけどね」
「はっ、どうだか」
「試してみるかい? それにはまず私をコテンパンにこらしめるだけの武勇が必要になるぞ?」
「……ブレンドコーヒー、お持ちします」
シグルドさん、完全に言い負けてしょぼくれたままコーヒーをドリップし始めました。お金の魔力もそうですが、暴力はもっと怖い。
ウィーグラフさんがピンと一枚の硬貨をカウンターに弾きます。
コーヒー代、銅貨一枚。毎度ありがとうございまーす。
「今日は仕事を斡旋されたのですか?」
「いや、年がら年中、私も雇われ仕事をしているわけではないのでね。かと言って骸騎士団から湧いて出た賊どもを打ち払いに来たのでもない」
「あれ、清廉潔白を自称するウィーグラフさんにしては珍しいですね」
「雨の日は証拠が残りやすいからだよ。周囲はほとんど無音だから打ち壊しでもすればすぐに異変が伝わる。それに路面、街道、獣道。どこにでも足跡が残りやすい。何かあればすぐにばれる。それを分かってるからあえて雨の日は賊どもも隠れてばかり、ということさ」
「なるほど。だからウィーグラフさんも隠れ場所としてこの店を選んだ、と」
「腰を落ち着けられるとはいいことだ。ここなら警吏の者も近付かないし、なぜか悪意を持った骸騎士団の残党がやってくる」
「それに可愛い娘もいますからね。一石三鳥ってわけですか」
「そんな軽口を言える悪党は私くらいしかいないぞ。平民の娘よ」
長々と会話している間に、いつの間にかコーヒーを注ぎ終えたようです。
シグルドさん、私の前にわざわざ持ってきて。
「おい平民ども。喋ってばかりいないでコーヒー持ってけ。それではごゆっくりどうぞ」
さっさと帰れオーラを滲ませながらまた新聞を広げて奥の椅子に座るのでした。
私は気にせずウィーグラフさんにコーヒーをお持ちします。
その途端。
カランカラン。
珍しくもう一人のお客さんがやって参りました。
「いらっしゃいませー」
「おう、らっしゃい」
私はててててと店の奥に駆け込み、バスタオルをもう一枚持ってきました。
「お客様、折からの雨でお冷えでしょう。どうぞお拭きください」
「ああ、ありがとう」
その長身の男性は立派な鎧を身に付け、その上から青いサーコートのようなものを羽織っています。
鎧と羽織を軽く拭いて、私に返してくれました。
それだけの所作で、ああこの人はいい人だなと感じるくらいには、私の倫理観は狂っていました。
だって来る人来る人ゴロツキだらけなんだもん。くすん。
それにしても、滑らかな金色を発する甲冑にサーコートを羽織ったこの人。どこかで見たような……。って、ああ!
そこで私は口をつぐみました。
長身の男性は躊躇なく、ウィーグラフさんの隣に座ります。
「……何か用かね?」
ウィーグラフさん、疑念を押し殺しながら問いかけます。
私はその人の正体を知っています。初対面にもかかわらず。
あのゲーム『ファイナルファンタジータクティクス』の中で。
「自己紹介しましょう。私は神殿騎士団のローファル・ウォドリング。ウィーグラフ殿、貴方に会いに来ました」
ローファルさんの言葉に、ウィーグラフさんはハッキリと警戒態勢に入ります。
「その神殿騎士団の方が、私に何の用だ。まさか私と茶を飲むために来たわけではあるまい」
ウィーグラフさん、カウンターに立て掛けていた剣に手を伸ばします。ちょっとー刃傷沙汰は止してくださいよー。
ウィーグラフさんの剣呑な雰囲気を察してか、果たして怖いもの知らずか、どちらともつかない軽口のような声音で。
「まあ落ち着いてください。私も食い道楽でしてね。まずは軽く腹ごなしでもさせてください。そこの給仕くん」
「は、はい。ご注文でしょうか?」
ちょっと上ずった声で、私はローファルさんの注文を取ります。
「変わったメニューがあるな。変化球かな?」
「はい?」
「このいちご納豆あずきあんみつパフェをひとつ」
え、えー。頼んじゃうんですかそれ? ギュスタヴさんと同じくらいの年齢に見えますが。
「自費で頼むのは勿体無いじゃないか。経費で落とすから安心してくれ。……復唱が必要かね?」
「し、失礼しました!」
私はペコリと頭を下げて、カウンターの奥にいるシグルドさんに声を掛けます。
「店長! い、いちご納豆あずきあんみつパフェ、入りました!」
思わず「いちご納豆あずきあんみつパフェ」の部分だけ裏声で叫んでいました。
「はあ? マジかよ……頼むやついるんだなこんなモンでも」
「じゃあなんでメニューにあるんですか!?」
「メニューにスパイスの利いた一品があった方が含蓄あるっぽいだろ。いま作るから待ってろ」
「……だそうです! えーと、領収書はどちらへ?」
言うと、ローファルさんが懐から名刺を一枚取り出します。
「グレバドス教会所属の神殿騎士ヴォルマルフに付けておいてくれたまえ」
それを聞いて、私は吹き出しそうになりました。だけど吹き出している場合じゃありません。給仕として、平常心、平常心。
「は、はい! 承りました!」
しかして届いた一品は、グラスの底にシリアルましましでその間にあずき、いちごが順繰りに乗ってその上から納豆とあんみつをぶっかけた代物でしたとさ。
ローファルさん、それを眺めて一言。
「ウィーグラフ殿、貴方に差し上げましょう。私にはバナナパフェをひとつ。大丈夫、これも経費で落とすから」
またパフェ派のおじさんが。
しかもローファルさん、地味にけち臭い……。
「店長、バナナパフェひとつ!」
シグルドさん、眉をひそめて。
「一日に何回パフェ作らせるんだよ。はいよ、少々お待ちを」
しばらくして、今度は真っ当なバナナパフェがカウンターに置かれました。早速、私はローファルさんの席に届けます。
「ありがとう。いただきます」
礼儀正しく、バナナパフェにスプーンを沈めるローファルさん。
パクリと一口して、ウィーグラフさんに一言。
「食べないのですか。まあ私も食べたいとは思わないですが」
「……用件は何だ」
ウィーグラフさん、そっと目の前の異物パフェを横にずらし、ちょっとシリアスな声音で再度たずねます。
言われてもどこ吹く風と言わんばかりにバナナパフェをつつくローファルさん。
パフェを空にして「ごちそうさま」と食後の挨拶をきちんとした後、懐に手を入れました。
取り出したるは、大きなクリスタル。
「それは……?」
「聖石……ゾディアックストーン」
「ッ!!」
ウィーグラフさんがガタンと席を揺らして立ち上がりました。その拍子にかけていた椅子を蹴倒してしまいます。
「単刀直入に言いましょう。貴方を神殿騎士団……いえ、ゾディアックブレイブの一員として迎え入れたい」
「馬鹿な……骸騎士団――いや、もはや骸旅団という賊徒の頭目である私に何を期待して……!」
「それを今から説明します」
ローファルさんは両肘をカウンターに突いて、ウィーグラフさんの方を見もせずに語り始めました。
「貴方がた骸騎士団は先の戦争の末期、正規の騎士団と違わぬ働きをしてみせた。それはきっと雷神シドや天騎士バルバネスらも認めざるを得ない活躍だったといいます」
私は魅入られるように、ローファルさんの一言一句を頭に刻み込んでいました。
「しかし骸騎士団は平民から成る騎士団。戦争後、力を失った王家は報酬を払うこともせず、諸兄らを着の身着のまま社会へと放逐した。骸騎士団はやがて骸旅団と呼ばれる賊と成り果て……今はこの有り様です」
そこでローファルさん、視線をチラリとウィーグラフさんに向けます。
「私たち、グレバドス教会は義賊として鳴らした貴方に期待しているのですよ。ゾディアックブレイブの一員として、腐った王家を討滅する聖なる騎士団として、戦っていただける、とね」
「私に、そんな大それた力は……」
「貴方は自分を過小評価し過ぎです。今、教会は力を欲しています。貴方のような清廉で、未来ある少年少女たちの道を拓ける力が。我々大人たちが大きな波を引き起こし、子どもたちに辛い思いをさせないためにも」
ローファルさんの演説を聞いた私の頭の端っこが警戒アラームを発しています。
そして、思わず叫んでいました。
「いけません! ウィーグラフさん!!」
ウィーグラフさんはポカンとした表情で、ローファルさんは鬱陶しそうな顔を私に向けます。
「ダメです……聞いちゃ、ダメです。そんな話……聞いたらダメです」
「ティータ……?」
ふぅ、とローファルさんがため息をつきました。
「きみはウィーグラフ殿の何だというのかね。これは彼の問題だ。無関係な人間が割って入っていいことではない」
「神殿騎士が何だっていうんですか! 貴方たちはウィーグラフさんを篭絡して、利用しようとしているだけです!! 全然、無関係じゃありません!!」
ローファルさんが面倒くさそうに腰を上げて、席から立ち上がります。
「それでは彼に決めてもらおうではないか。果たして我々の大義と、きみの我が侭のどちらが正しいか」
彼は腰に佩いていた剣をウィーグラフさんに渡して。
「今この場で斬るといいでしょう。貴方いかに決断するか決まっているはず。私か、その娘か。どちらかをお斬りなさい」
「わ、私は……」
「斬りやすくして差し上げましょう」
そう言って、スラリと剣から鞘を抜き取りました。独特の白刃がその場に閃きます。
「さあ、私かその娘か。今ここでお斬りください。どのような結末であれ、私は貴方を恨みはしません」
瞬間。
ウィーグラフさんの剣が空を切りました。……いや。
はらりと落ちたのは、ローファルさんのサーコートの切れ端でした。
「……それが答えなのですね、ウィーグラフ殿」
「すまない。私は私の信念で私の道を行かねばならんのだ。そこに教会の権威の居場所はない」
「そうですか……。まあ、いいでしょう」
ローファルさんは剣を受け取り、鞘に納めて腰に佩き直しました。
「その聖石は貴方に預けておきましょう。どちらを選択しても恨みはしないという約束、その証明としてです」
もはやそれまでとばかりに、ローファルさんは茶店の出入り口に向かいました。
「神殿騎士団の門戸はいつでも開いております。そして、いつ貴方が来られても歓迎いたします」
それでは、とローファルさんは茶店を後にしました。
ローファルさんが出てしばし沈黙してから、私はその場にへなへなと座り込んでしまいました。
怖い。
もしかしたら斬られるのは私の首だったかもしれないのですから。
「あの……ありがとうございます。ウィーグラフさん」
「いや、礼を言うのは私の方だ」
へ?
キョトンとした表情で、私はウィーグラフさんを見据えます。
「私を利用しようとしている。それが彼らの目論見だったのだろう。だが私は私の力で道を拓きたい。そこに私以外の力は必要ないのだ」
「それじゃ、その聖石は……」
「貰っておけるものは貰っておこう。もしかしたら何かの役に立つかもしれないからな」
言って、ウィーグラフさんは改めて席を立て直して座りました。
「シグルドくん。コーヒーのお代わりを。うんと濃くて熱いのを頼む」
「はいよ」
珍しく、さっきの修羅場をきっちり見ていたシグルドさん。
早速コーヒーのドリップを始めました。
「なあ、平民」
「何ですか? 店長」
「おまえよくあんな鉄火場に口出し出来たな。ウィーグラフが連れていかれて困ることでもあんのか?」
「それは乙女の秘密ということで」
「家畜に乙女はない」
うわ、それは酷い。
私は熱々のコーヒーをウィーグラフさんの前に置きます。
それを一口含んで、彼は言いました。
「ティータ、シグルドくん。今日はこれで失礼するよ。もう会うこともないだろうがな」
「え、どうしたんですか急に」
ちょっとびっくり。
てっきりこのガリオンヌの骸旅団征伐のために奔走するかと思ってたのに。
「私は旅に出る。私の理想に追従し、殉死した者たちのためにも、私はまだまだ戦い続けねばならない」
「自分の道のため、ですか……」
「そうだ。私の剣の振り方を教えてくれたのはティータ、きみだ」
そんな急に持ち上げられても。
ウィーグラフさんはくいっと、熱々のコーヒーを一息に飲み干します。
「なあ、ウィーグラフさんよ」
「なんだね、貴族のシグルドくん」
「旅に出るのはいい。だがたまには帰ってこい。こっちの平民が寂しがるからな」
そうだ。もうウィーグラフさんは骸旅団の後始末のために戦うんじゃない。理想と信念を達成するために戦うんだ。
私から言えるのは……。
「頑張ってください! ウィーグラフさん! 私いつまでも応援してますから!」
ウィーグラフさんはそんな私のエールに応えてか、ちょっと照れ臭そうにしていました。無言で背中を向ける彼に対して、私は叫びます。
「さよなら、ウィーグラフさん!」
これで、お別れなんですね。
喫茶シグルドはいつでも待ってます。私が言うのも何ですけど!
そして近付くのは国を二分に分かつ戦争。その頃、彼は。そして私はどうしているのか。
きっと答えは近くにある。そうですよね、ウィーグラフさん。
「あ」
「……? どうかしました、店長?」
「あの野郎、今回は金貨を置いていかなかった」
……台無しです、シグルドさん。
戦争は間近。私もいずれは旅立たないといけない。
その時はきっと、ウィーグラフさんのように立派に戦うことは出来ないかもしれない。
でもその戦争の先に、貴方がいるから。
そう……兄さん――ディリータ・ハイラルが。