【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
シャ・ルルド・ゴールの艦内は重苦しい雰囲気に包まれていた。連邦軍第二艦隊を急襲したシン機を回収して休むことを知らない突貫修理を行いつつソロモン後方に退いたが、その時には既に連邦軍の大攻勢が始まり防御は崩れ始めている。総司令官ドズル・ザビ中将はソロモン決戦に切り替えながら、一部戦力は先んじてアクシズへの退避を命じた。その戦力の中に彼のシャ・ルルド・ゴール並びにケルゲレンも含まれる。アクシズへの退避は高貴なるお客様を乗せた都合で残存艦隊を無視してまで素早く行われた。したがって、シンが再びソロモンで舞うことは叶わなかった。
単なる上官とは言えない、人生の親友だったドズル・ザビを置いていき。
「ゼナ様」
「お願いです。どうか謝らないでください。私の夫ドズル・ザビは自ら進んで選びました。その選択は尊重しなければなりません。そして、夫も私もミネバをシン・マツナガ少佐、あなたに託すことを決めました。今更変えることはあり得ませんよ。これでよいのです」
「…(苦悶の表情)」
漢の頼みを引き受けて遂行するためとは言え、シンは置き去りにしたことを悔やんでも悔やみきれなかった。しかし、それは彼が悔やんでも全く意味がない。なぜなら、ドズル・ザビが愛したゼナ・ザビは一切の他意をなくシン・マツナガを許した。厳密には許すも何もない。むしろ、心から賞賛すべきであった。単騎で連邦軍の大艦隊に突っ込み、白い悪魔と死闘を繰り広げて中破しながらも敵軍司令官ティアンムを討ち取ったのだぞ。彼の戦いぶりには何処にも卒がなかった。
誰が彼を責められようか。いいや、誰も責められないであろう。
「ラコック曰くアクシズでは受け入れの体勢が急速に整えられていると聞きます。マハラジャを表向きの摂政としますが、実際のミネバの身の回りにの世話ついてはシン少佐に」
「わ、私にですか。いえ、任せて頂けるのであれば命を賭してでも」
「はい、そのようにしてください。私としてもミネバを守ることが出来るのはシン少佐しかいないと思っています。マハラジャは政治家として優秀でしょう。ラコックも軍人として優秀でしょう。しかし、それは職務における話なのです。階級など関係なく、一人の人間として頼れるのは貴方しかいませんから」
ゼナ様の柔和な笑みを受け身体の硬直を余儀なくされる。予め幾度となく面談していたが、ジオンにおける最高の方々であるザビ家から絶対の信頼を与えられ、将来を担うお方を全面的に預けられては硬直してもやむを得なかった。
彼らが向かう小惑星アクシズはジオンが建造した軍事要塞である。前々から小惑星の内部をくり抜いては大工場を建設したり居住区を整備したり等して環境を整えた。また、秘密裏に練られた計画によって拡張工事が続き、アステロイド帯から追加の小惑星を持ってくるなど大規模工事は終わらない。 これは言わずもがなだった。ソロモン陥落に伴い移動する残存兵力の受け入れとミネバ・ラオ・ザビ様を立てるためでしかない。アクシズを統制する政治系のマハラジャ・カーンが優れた手腕を発揮して拡張を急いだ。撤退したソロモン軍が到着するなり、アクシズの実権は例外なくミネバ・ザビに明け渡すが、あくまでも建前である。マハラジャはミネバ様の摂政として引き続きアクシズを統制する予定だった。
アクシズの軍についてはドズル・ザビ副官のラコック大佐が臨時的に率いた。ドズル不在時には艦隊を任せられるだけの能力を有するため適任で臨時的なトップとしては十分な人物だろう。行く行くは総合的な能力や結果を勘案した選出された人物に変わる予定が組まれた。それが誰になるかは分からない。
「アクシズまでの道のり。どうか頼みますね」
ソロモン宙域から離脱したシャ・ルルド・ゴールとケルゲレン、その他護衛艦はアクシズを目指した。彼らの後方には遅れて撤退を始めた残存艦隊がおり、数日から一週間以上を費やして到着する見込みとされる。連邦軍の追撃を逃れるため迂回していた。燃料はソロモンの備蓄を詰めるだけ詰め込み余裕があり、大損害を受けた連邦軍の追撃から逃げ切れる。その後続と合流して大軍勢となることでゼナ様とミネバ様をお守りする考えもあったが、時間を浪費することになって連邦軍艦隊に捕捉される危険性が跳ね上がった。護衛は数隻の艦艇とソロモンの白狼を擁する少数精鋭の質で勝負すればよい。
「もちろんでございます。ようやく私のザクの修理が完了しました。いつ連邦軍の魔の手が来ても、その手を切り落とす自信があります」
「やはり貴方は頼もしいです」
そう言いながらも、お優しいゼナ様はシンを労わって緊急時でなければと条件を課し出撃を禁じた。常識外れな戦闘を行った彼を心配する配下は多く、顔馴染みの者は総じて出撃を阻んだ。援護射撃に期待できなかった彼は素直に退うて緊急時に備えながら休息を経た。彼にはゼナ様専属の軍医が付いて下手を許さない。
「特に負傷や病状も見られません。過労のオーバーワークです。ゼナ様が出撃を禁じたことは大正解だと断言します」
「オーバーホールを頼みたい。まだ戦わなければ」
「少佐は機械じゃないんですよ。オーバーホールなど機械的な言葉は謹んでください。人間は機械じゃありません。下手に壊れたら治りません」
あの後、半ば強制的に私は医務室に連行され隣に何故かアイナ様が追加された。よく分からないが監視役で送り込まれたらしい。確かに彼女は私の交友関係の中でも特段に深く、相互に持ちつ持たれつの協力関係にある。その監視下で軍医殿が私の診察を行い「過労」の診断を下した。
たかだか一戦闘で過労になるとは情けない。このように思う者がいたら忽ちジオンの鉄槌が下されよう。一戦闘がどれだけ濃厚だったか想像を絶する。敵軍主戦力に単騎で突撃し直掩機ジム9機を撃墜し、サラミス級巡洋艦1隻と艦隊旗艦マゼラン級戦艦タイタンを撃沈と言う誰も否定できない大戦果を収めた。そして、何と言ってもマグネットコーティングを施された進化したガンダムとタイマン勝負を行い、敢えて身を切らせる戦術を用いて躱し敵将を討ち取っている。
その本人は極度の緊張状態の中で驚異的な集中力を維持し続け、一手誤れば散る戦いを生き抜いた。アドレナリンが分泌されて戦闘中は疲労を感じさせなかったが、帰投して安全な艦内に戻れば安心が強まるとアドレナリン働きを失する。瞬時にドッと疲労感が襲い掛かり常人では倒れかねなかった。それでも鍛え抜かれた根気で耐えて、ゼナ様との会談では見せまいと奮闘するが見透かされてしまった。
「点滴を打ちましょうか。そうすれば否が応でも動けませんから、きちんと安静が保たれます」
「それは名案ですね。ぜひお願いします」
(私の承諾は関係ないと)
軍医が強制的に安静を保たせる手段として点滴を提示した。点滴は寝ていることが前提で動くと痛い目に遭う。疲労回復のための点滴自体はさほど効果を出さなくとも間接的に動くことを許さないことが重要である。なお、本件についてシン・マツナガ本人の承諾が端折られたことは特筆に値しなかった。ゼナ様の命を無視することは考えにくいが、予防措置を講じておいて損は無い。意思表示の代理をした人物がアイナ・サハリン女史であることは触れずにおこう。
(ミネバ様を首領に置いたとしても、まだ若すぎる故に我々はアクシズで数年間は潜伏を余儀なくされた。戦力の回復と拡充、新型機の開発、紛争の回避等々やるべきことが多くある。長く我慢の毎日が続くな)
アクシズ到着後の短期間の予測から長期間の予測まで思考を巡らせる。
(無駄なことをするなよ…シャアにデラーズよ)
続く
これからはアクシズの話が続きます。