【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
あれから1ヶ月ほど経つと、私は本国から大尉への昇進を知らされた。別に昇進するような戦果をあげているとは思わないが、エースたちは優先的に昇進させられるらしい。軍の事情は深くまでは存じ上げないが、おそらく緒戦でベテラン兵を多く失ったことが効いている。叩き上げのエースを士官に引っ張り上げて態勢を整えたいのだろう。
本来であれば大尉昇進に伴って本国で士官の研修を受けなければならないが、戦時中の特例か何なのか私はソロモンに残留が決められる。ソロモンにて簡単な研修を受けた。これも後で聞いた話であるが、ソロモン防衛にとって絶対の戦力、シン・マツナガを短期間でも引っこ抜かれると困ると司令官が拒んだようである。確かに一会戦で複数隻を撃沈するエースが不在になると不安なのは理解できた。本国もあっさりと特例を認めてくれた。
まぁ、私にはどうでもよいことだったがね。ただ、新しく与えられた軍服は白基調に階級章が少し豪華になっているため誇らしい気分を抱いた。エースに許される特別な服装は周りの兵士の士気を上げる。勇敢なエースが居るだけで戦意が向上することは過去の歴史が証明した。
「シンさん。大尉への昇進。おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
「こんなご時世なので花は用意できませんでしたが、大尉に一番似合うプレゼントをご用意させていただきました!」
(察しはついてるけどね)
大尉の昇進を祝ってくれたのはジェイ君だった。事務的な付き合いを除いて私的に仲が良いのは彼だけである。大尉に昇進したことを祝ってくれたのも彼だけなのは言うまでもなかった。お祝いの品も忘れてくれなかったことは素直に嬉しい。こういった時は花が適するが戦争中である。とても、そんな品は用意できなかった。しかし、エースには最も適する品が代わりに用意されてある。
ジェイ君と楽しく話しながら移動すること数分、連れて来られたMS格納庫には大事そうに固定されたザクがあった。
「仕事が早い。見事な腕前だ」
「いえいえ、これぐらいはさせてくださいよ。モビルスーツを弄るしか取り柄がないんで」
「ジェイの働きのおかげで俺は戦えている。エースの機体を存分に弄れるんだから胸を張れよ」
2人の先に鎮座するザクは普通のザクではない。大まかな見た目はザクⅡであるが背部のバックパックは大型化し、脚部にスラスターが増設され、その他補助スラスターが設置された。全体的に推進力が強化されたのだが、機体制御は著しく難しくなったためエース向けにしか作られていない。また、各エースの戦闘スタイルに合わせた独自のチューンアップが施されており、白く塗装されたシン・マツナガ機は格闘戦に特化させてある。
「軽くですが説明しますね。大尉の注文通り機動性に重点を置いた格闘戦特化型で速力から機動力まで全部がFS型を圧倒します。ただ、推進剤の消費量が馬鹿にならないので、切り離し式の増槽を付けて稼働時間を伸ばしました。元のタンクもカートリッジ式に変えることで交換作業を大幅に簡略化し、頑張れば戦闘中でも補給作業が可能です」
「私は特段気にならんが各地を移動して戦う部隊には足を引っ張られる要素だと見える。技術屋はそこらを考えて欲しいものだ」
「確かに大尉はソロモン防衛の局地戦を担うインターセプターなので気になりませんが、宇宙を動き回る部隊には大変ですね。逐一空母や補給艦が付いているわけではなく戦闘時間は短くなった」
高機動型ザクはザクと呼ぶには不適切な程に高い性能を誇った。しかし、代償があまりにも大きいのは考え物である。性能が高すぎるため推進剤をあっという間に食らいつくした。性能向上を図った隊長向けS型も同様の問題を有するが、R型はそれ以上の燃費の悪さのため大変なことになる。
今回受け取ったシン・マツナガはソロモン防衛の要としてインターセプターを務めた。インターセプターは局地的な戦いを担うため航続距離が短くても運用で補える。後方にソロモンが控えて迅速に補給を受けられ、補給作業自体を簡便化する工夫でどうにかした。しかし、これが宇宙を動き回る部隊だと補給は細くなり、味方から支援を受けられないため運用は困難だった。技術屋にはパイロット達の意見を聞いてほしいものである。
「まぁ、R型は宇宙機のコンペに負けたので大丈夫ですよ。ドムを宇宙仕様に設計し直したリックドムが主力です」
「リックドムか。重装甲突撃型MSだな」
「はい。R型と違ってコストが低く、既存の生産ラインを流用できるので何かと負担が少ないので」
「ジオンの国力からすれば合理的な選択だ。なに、異議を言えるような立場じゃない」
R型は次の宇宙機に採用されることを狙ったが、競争相手のリックドムに敗北を喫して僅かしか生産されない。リックドムはドムの宇宙機でありR型よりも低コストで生産性にも優れるため、国力の都合でリックドムが採用されたことは至極当然と言えよう。
何も異議を訴えるつもりは無かったが、ジェイは笑って言った。
「本気になればドズル閣下を経由して突き上げできるんじゃないですか。本国に抜かれることは閣下が強く拒んだらしいので」
「ドズル中将がか。大変なご迷惑をおかけしてしまった」
「閣下はシン・マツナガ大尉を最も信頼しています。ソロモンは大尉がいるから守れているのであって、それを本国に短期間と言えども引き抜かれたら忽ち落とされると気概に反する言葉を残したようです」
「過大評価が過ぎる。方便だろう」
そう、私の背後にはドズル・ザビ中将がいた。ザビ家屈指の武闘派でソロモンの司令官である。ドズル・ザビとシン・マツナガは単なる上下関係には収まらず、両者の間には確固たる絆が存在した。
誰がこの絆を切れようか。
「そうはいってもドズル・ザビ閣下ですから、間違いなく本音ですよ」
「う~ん…なんともなぁ」
エースとして信頼しているとしても、ソロモンには彼以外のエースは存在し、ドズル閣下の兵士に広げれば更に多くいた。多数いる中で彼が選ばれることは冗談に聞こるかもしれないが、実際にドズル・ザビはシン・マツナガを絶対視している。それは彼の人柄が大きかった。
シン・マツナガは質実剛健な武人たるエースだが、基本的にエースは一癖二癖三癖あるのが通例であった。色々なエースを見て貰えればご理解いただけると思う。シン・マツナガは豪放で細かなことを気にせず、清冽な気性は軍人としても珍しい。下位の兵士が相手でも変なプライドを持たずに接し、感謝すべきときは素直に感謝する姿勢は驚かれた。普段は寡黙であるため恐れられがちだが、実際はとても心優しく、実直で理不尽を嫌い必ず筋を通す人間である。更に、フラットな思考の持ち主であり、大局を左右する際は一切の私情を挟まずに自己を犠牲にすることを厭わなかった。
そんな若くして大成した彼が絶対の信頼を得ることは何ら間違っていない。
なお、ドズル・ザビからの絶対の信頼は後に思わぬ形で彼を英雄へのし上げた。
「そう言えば、大尉は隊を持つことを蹴ったんですよね?どうしてですか?」
「隊を持つメリットが無く、下手をすればソロモンに迷惑がかかるからだ。知っての通り私は政治一家から唯一軍人となりエースと呼ばれるに至った。そして、背後にはドズル・ザビ中将がおり階級以上の力がある。そんな人物が隊を持てばあらぬ疑いをかけられ、内部に不和が生じてもおかしくなかった。ならば、今まで通り孤独に戦わせてもらいたい。ただし、本音は私に追従できるパイロットがいないからだが」
「流石です。ソロモンの白狼は」
続く
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