【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
思っているだけです。
ホンコンシティは地球の大都市だった。現地の自治政府が強権を持つだけはあるが、それ故に内戦には中立を宣言して触らぬ神に祟りなしを示している。ティターンズもエゥーゴもどっちもどっちで関わらないと表明したが、実際は商会がビジネスで一定の支援を行った。国際空港に鎮座する超大型輸送機の姿がその証拠である。
それはさておき、ホンコンの夜は市場が開かれて屋台通りが形成された。
「アクシズは間もなく地球圏に突入します。この戦いに不干渉を掲げながら介入するかと」
「まさに漁夫の利。ティターンズとエゥーゴが消耗し切った時を狙い澄ました自由ジオンが介入し、自治権を頑なに主張して地球連邦の譲歩を引き出すだろう。だが、その手段がコロニー落としとはデラーズ・フリートと変わらんぞ」
「それが戦争。少尉がよく理解していることです」
「まぁ…な」
屋台で小籠包をつまみにしてホンコンビールを流し込む成人男性が2人並んだ。流石はホンコンで屋台料理はどれも絶品である。リーズナブルな価格で夕食とお酒を楽しめるのは最高だが、この場は秘密の話し合いを行う会場と化した。秘密なのに人でごった返す夜市が会場とは不適応甚だしいと思われたが、逆に人が多すぎてターゲットを絞り切れずガヤガヤが会話を打ち消す。現地の市民からお金持ちの観光客と人も声も多すぎた。戦いが宇宙中心のためか意外と地球は一時の安寧を享受している。
「韮王鮮蝦腸が美味いな。ビールが進む」
「今ぐらいは美味い料理と酒を楽しんでも罰は当たりません。ティターンズは中立宣言都市に攻撃を加えることが出来ません。しかし、あの悲惨な事件を起こした連中だと考えるとホンコンに無差別攻撃を」
「冗談では済まされない。補給が完了して直ちに発進しなければならないか」
屋台に座るのはサカイとジオン工作員だった。ジオンは反連邦組織を支援する見返りにスパイ活動を求め、世界中にジオンに情報を流す工作員を散りばめている。中立宣言都市にも経済界へ送り込んだ。ホンコンの一人は大胆にも会場を屋台に指定してサカイ少尉と落ち合うに至る。
工作員はアクシズの動向や宇宙の情勢を伝えた。受け取ったサカイは一定の理解を示したが苦々しい表情を隠せない。それを和らげるため美味い料理とビールを流し入れる。
「私は工作員ですが、正々堂々とした戦争は幻影だと断じることが出来ます。誰にも咎められない正攻法で戦うのは自ら負けに行くことであり、勝つためならば手段を選ばず恨まれること承知で立ち向かう。承知どころか胸を張るべきとも思います」
「耳が痛い話であるよ。すまないが、小籠包を追加で」
遣る瀬無さを感じ、食欲を満たすため店主に英語で追加をお願いした。簡単な英語は喋れるため注文はスムーズに進んだ。熱々を頬張りビールを流す彼の心を覗くと葛藤が多くある。
本来の姿としてはコロニー落としの同じ轍を踏むことは避けたかった。コロニー落としが「成功」又は「失敗」のどちらに該当するかは激論を生むが、この場では総合的に勘案して「失敗」と判断させていただく。再びのコロニー攻撃は忌むべきでも、工作員が断じた通りで「勝たなければ意味がない」のである。どれだけ正論を振りかざしても負けては敗者の言い訳にしかならず、勝者の詭弁が正当性を有し受け継がれた。
過去の歴史が証明していることである。
「少尉、今日あなたを直に呼んだのはアクシズの作戦が原因ではありません」
「なんだ?酔いが回り切る前に頼む」
「日本の極秘研究所に動きがあります」
「分かった…聞こう」
これには彼も食らい付いた。既にビールを飲んで酔いが来ているが瞬時に切り替える。工作員が長々と語った内容を聞き漏らさぬよう集中し、同時並行して脳内で参照を行いフル回転させた。工作員が入手した恐ろしい情報は対面するエースを考え込ませるに十分過ぎる。
「春雨が動き始め襲撃を画策している」
「はい。春雨はジオンのサイコミュを参考にし独自の統制及び制御システムを構築しました。しかし、あまりにも肥大化したため器を巨大にして対応しています。大きさ相応に高い火力と防御力を誇り、単騎で一都市を焼き尽くす大量破壊兵器です」
「名前は判明しているのか?」
「不確かで信憑性に欠けますが、恐らくサイコガンダム。伝説となったガンダムの名を冠したサイコミュ兵器を」
「どうにか春雨を潰さねば…」
春雨、春雨と麻婆やお鍋で美味しい食材が繰り返されたが、これが何を意味しているのかは両者でしか分からない。事情通ならば何となくで察せた。そう「春雨」は「ムラサメ」を意味しており、更に解きほぐしていけば「ムラサメ研究所」になった。
何とも言えない安直な隠語であるが触れずに置く。
このムラサメ研究所は地球連邦軍の秘密研究所だった。専らニュータイプ研究に励んでいる。前の戦争で怪物ニュータイプを目の当たりにした連邦軍は圧倒的な力を求め、日本に秘密研究所を設置してはサイコミュ兵器の研究開発に注力した。叡智を集結させ数年がかりで何とかサイコミュシステムを取り敢えずの形にはしたが、初期の未成熟な技術によりシステムは肥大化してしまう。先駆者ジオンでさえ初期は大型化を免れなかったことから、サイコミュの肥大化は完成までの通過点と言えた。
したがって、ムラサメ研究所はサイコミュの無理な小型化は慎んで研究を継続させ、今ある装置を最大限に活用できる大型兵器の建造に入った。中身が大きいなら外側を大きくすればよく、ちょうど構想が固まったモビルフォートレス計画を取り入れる。各要塞を防衛する大型機動兵器にサイコミュと言うスパイスを加え、常人では扱えない兵装の管理を可能とした。圧倒的な火力の次には圧倒的な防御力であり、自機を守るため重装甲は当たり前で実弾を無効化し、更にIフィールドを展開してビームを悉く弾き返す。
サイコガンダムについて断片的な情報しか手に入っていないが、全体像は容易に想像出来てしまうことが極めて恐ろしかった。
「エゥーゴとしてやりますか?」
「どうだろうな。エゥーゴは春雨の鬼が出るか蛇が出るかの拠点は攻めたくない」
ムラサメ研究所の動向は工作員がフル稼働して辛うじて手に入れた情報である。内部の構造や何が開発されているか等は全くの不明だった。良く言えば黄金が詰まった宝物庫だが、悪く言えば災厄が解き放たれるパンドラの箱と思われる。危険以外に表現のしようがないムラサメ研究所をエゥーゴが攻撃することは考えられなかった。研究所よりも他に叩くべき基地はたくさんあるため、敢えてここを攻撃する博打を打てるわけがない。
「もっとも、やる気に満ちた者が現れれば話は変わるが」
ただ、場合によっては変わる可能性は否めないのである。
続く