【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
「いやぁ…お見事です」
「何を言うのですか。私の攻撃を全て躱しておいて」
「一時も気を抜かないで甘えた立ち回りを慎み、徹底的に射撃で追い込み格闘を仕掛けるのは冷や汗が出ますから。アイナ嬢の向上心の賜物です」
私は冗談抜きで冷や汗を浮かべていた。ソロモンから程近い訓練域を借り一対一のMS模擬戦を行ったが、お相手は言わずもがなアイナ・サハリン様が操るザクⅡ高機動試験機だった。近接戦闘の格闘戦を得意とする私に対して、彼女は射撃戦と格闘戦を織り交ぜる複合戦術を用いる。二兎を追う者は一兎をも得ずと格言が残っているが、それは必ずしも万事に通ずるわけではなかった。射撃の腕が極めて優れていながら、近づいての格闘戦も隙が無くて全く卒が無い。相手に付け入る所をを与えない戦闘術は私が知っている中ではダントツのトップだった。
「ソロモンの白狼と讃えられるシン大尉と互角に渡り合えるだけで大収穫です。私の知っている限りでは地上の状況は芳しくなく、最終的には宇宙で私も戦うことになりましょう。僅かでも腕を磨かねばなりません」
「そうはさせないと胸を張って言いたいところですが、残念ながらご指摘の通りとなっています。お恥ずかしい話です」
柔らかなアイナ様とお堅いシンの構図は周囲からは快く受け止められている。サハリン家のお嬢様ながら温和で優しいアイナ様と無骨で武人たるシン大尉の組み合わせは悪くなかった。しかし、両者の語り合いは戦況についてだった。
もう0079年11月中旬に突入している現在では地球連邦軍の大反攻が始まっている。資源採掘でジオンの戦争遂行能力を支えたオデッサは連邦軍の大攻勢及び死神と等しいガンダムによって陥落した。地上の一大拠点を失ったことから段々とドミノ倒しの形式で陥落又は撤退が連鎖すると予想される。これを見越してか全てを統べる元帥は宇宙軍の補給を優先する方針を定め、宇宙の軍備増強が猛スピードで図られた。とは言え、、資源や国力が足を引っ張り新型機配備も全然進まずである。ましてや、ソロモンには増援と言えるような戦力も機体も送れず。
なんとも厳しい状況。
模擬戦を終えて談議をしながらソロモンに戻ると、否が応でも2人は周囲から注目を浴びざるを得なかった。別の訓練用フィールドで腕を磨いていた者達が会話を止めて此方を見つめることは日常茶飯事である。
(くだらないことだ。人間は噂を立ててはありもしない話をでっち上げる)
「シン大尉、アイナさん!」
「どうされました?」
「今お時間を頂戴しても大丈夫ですか?高機動型のチューンで相談があって」
試験隊回収任務にも同行したジェイ君が急いで寄り、2人の機体のチューンについて相談があるらしかった。
「構わない」
「私もです」
「では場所を移しましょうか」
彼の一言には頷きが含まれており、私は瞬時に彼の気遣いに気づいき感謝した。ジェイ君は私とアイナ様の旗色が悪いことを知り、素早く救出に動いてくれた。チューンの相談と言うのは本当らしく聞こえるが、既に私のR型も彼女の高機動試験機も独自改造が加えられてあった。気遣いの利く彼に連れられた先は整備兵が使う簡易的な休憩所らしい。奥の方に位置するため人気は無く実質的に貸し切りとなって人の目から逃れられる。
「嫌な者ばっかりですよね。本当に」
「面倒をかけてしまって申し訳ない。どうも私は要らぬ目を寄せ付けてしまった」
「それは私にも責があります故、自分を責めないでくださいね」
ジオンの政治名家でありながら唯一の軍人となり、その実力と結果を以ってエースに駆け上がったシン・マツナガ大尉と名家だが没落が見えるサハリン家のお嬢様が着実に実力を上げたアイナ・サハリン様の両名を揚げている。まだ両者は戦友として戦っているだけであるため無用な圧力が鬱陶しかった。
「はい、この話はここまでにしましょう。ここは僕たちしかいませんので。それで大尉とアイナ様にご報告があって」
「どうした?」
「僕の同期から貰った情報なんですが、次世代主力機ゲルググの先行生産型がキマイラ隊に恣意的に支給されたらしいです。また、統合整備計画と呼ばれるMS計画に伴ってザクの最終生産型やリックドムの改良型と言った多種多様な機体の開発が始まりました。そこでお二人用の機体を用意することが出来るかもしれないと思って」
「なるほど…私たちに」
ジオンは早期からMSの統合を目指した統合整備計画が提案され、ザクに次ぐ新型機開発も数多く進められていたのは周知の話である。それが半年以上経って何とか実現されそうだった。前者の統合整備計画ではザクⅡの最終生産型のZ型、リックドムの改良型のリックドムⅡの開発が進められる。後者はビーム兵器を前提とされたザクⅡの後継機として開発は始まっていたが、MSが携行可能なビーム兵器開発の大遅延及び各メーカーの対立が重なって進まなかった。やっと先行生産型が開発されて一部隊に支給されたようであるが、よりにもよってキマイラ隊だったのは色々と推察したくなる。
「まったくもって、こうも見事に派閥が分かれるとつまらない。変に気を利かせて何かしらを頂戴しようとしなくていい。私は今のR型で満足しているが…強いて言えば」
「言えば?」
「MMP社の新型サブマシンガンを使いたい」
「MMP-80ですね。物自体は完成していると聞くのでMSとセットではなく、マシンガン単品なら簡単に仕入れられます」
「既存のM-120A1(標準モデルのザクマシンガン)では不服なのは分かります。威力はありますが射撃速度が遅く、且つ砲弾初速も遅いため対MSの格闘戦で足りないことが多々ありました」
ザクを意味すると言っても差し支えない武器は口径120mmのザクマシンガンだった。上部にドラム式マガジンを使う構造が特徴的である。120mmと大口径の砲弾を発射でき緒戦では対艦戦闘に活躍し、地上戦では戦車を撃滅した。しかし、時代が進み連邦軍もMSを投入してくると優位性は埋められる。
当初は優れた武器だった120mmマシンガンは旧式化が進んだ。致命的な欠点として砲弾の初速が遅いヘロヘロ弾のため貫徹力が低い。戦闘機や戦車ならば容易に撃破できたが驚異的な性能を誇るガンダムには全く通用せず、連邦の生み出した超合金は120mmを受け付けなかったことは軍に衝撃を走らせた。したがって、威力が減じても貫徹力が高い新型マシンガンの開発が行われる。実弾兵器の経験が豊富なMMP社が口径90mmのサブマシンガンを作り、統合整備計画に伴って正式に採用されるに至る。
90mmのMMP-80は小型化され取り回しが向上し、初速の向上と貫徹力強化が達成されており、対MS戦闘を主眼に置いた設計だった。激しい格闘戦を行うシンとアイナ様共に新型サブマシンガンを欲して当然である。近接の格闘戦が多い両者には低連射と低初速のザクマシンガンは使いづらさが否めなかった。
「ないものねだりは止め、あるもの探しで戦うしかないでしょうな。近々戦場は宇宙に移ります。そして、ここソロモンが戦場になることは間違いありません。本国に増援を要請しているようですが良い回答は得られていません」
「そうなりますと…アプサラス計画が」
「はい」
本国で大遅延しながら建造が進むビグ・ザムか、ソロモンで計画が進み超特急で生産が待たれるアプサラスか。
次なる戦場はソロモンになることは自明の理のため登場が待たれた。新型機ゲルググは送られず、追加の兵も艦も来ないソロモンを果たして守り切れるのだろうか。
それは司令官が一番わかっていた。だから、司令官は己が公私問わず絶対の信頼を寄せ、誰よりも任せるべき戦友にジオンの将来を託す。
続く