【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
今日の私は今までの比ではない緊張に襲われた。と言うのも、私は直上の上司にしてソロモン総司令官であるドズル・ザビ中将から呼び出しを受けたのである。単に前と同じく直で命令を下す等であれば軍人として慣れているが、今日は軍とか関係なく漢として頼みたいことがあるらしい。
非公式な場であるが正装でビシッと決めなければならず、私専用の白を基調とした服に袖を通した。エースとして周囲の士気向上を図るため戦闘時のスーツから普段の服までもが特注品だ。司令官の執務室に向かう道中ですれ違った兵は誰もが目を奪われる。白はとても目立ってしまうが我慢した。
さて、重厚な扉の前に立って深呼吸を挟む。
気持ちを落ち着かせてから到着を告げた。
「シン・マツナガ召喚に応じ、只今参りました」
「おう、入れ」
扉をゆっくり開けて中に入ると深々と頭を下げて一礼する。ジェスチャーで招かれたため軽く会釈してから大きな椅子に座るTHE武闘派な人物の前に立った。此方から用を聞こうと思って口を開きかけた瞬間に謝られた。
「シン、色々と迷惑をかけてすまなかったな」
「いえ、私はジオンの軍人です。命とあらば遂行するだけですので、お気になさらないでください」
「そう言われても俺が困るぞ。まぁ、お前は変わらなくて安心できる。だからこそ、俺の懐刀として戦うお前にしか頼めない事があった。仕事でも命令でもなく、俺がする漢の頼みだ」
「漢の頼み…」
いつもはハキハキしているドズル閣下は妙に神妙であった。何かを覚悟しているような様子が窺える。そして、語られた「漢の頼み」とは彼の相当の想いが込められているようだった。おそらく、この姿を他者に見せることは絶対にあり得ない。旧知の友として戦ってくれ、自身の懐刀と称される実質的な副官シン・マツナガにしか見せない姿と言えよう。
「率直に簡潔に言うぞ。聞き逃すな」
「はっ」
音が聞こえる程に分かり易く息を吸うドズル閣下は本当に簡単に言い放つ。
「俺の娘、ミネバをお前に託す」
「は、はい?み、ミネバ様を私にですと!?」
「あぁ、その通りの意味だから理解には苦しまんだろ」
感情を表に出さない人間である私ですら大きな動揺を隠せなかった。とんでもない爆弾を放り投げられたのだから至極当然の反応と思いたい。なんせドズル・ザビのご息女、ミネバ・ラオ・ザビ様を託されるなんて冗談では済まされなかった。ミネバ様はザビ家の跡取りとしてジオンを引っ張られる方のため、単なるMSパイロットのエースが預かってはならない。
とてもだが、とてもだが、とてもだが。頭の中が動乱で渦を巻いている。
シンに対するドズル閣下は本気だった。佇まいから冗談なんてしょうもないことに費やす姿は全く見えない。何とか体勢を立て直したシンは下手に質問をせずに閣下からの説明を待った。
「俺とゼナの間にミネバが生まれたことは知っているな」
「はい、よく存じております」
「平常時だったら俺が父親として責任を持って、ザビ家とか関係なく育て上げる覚悟だった。だが、この戦争の中ではとても果たせそうにないんだ」
「か、閣下!」
「分かっている!俺が一番分かっているんだ!」
「うっ…」
「だから、俺はせめて父親の立場でミネバを守るため、俺が漢として最も信頼できるシン・マツナガに託す。この戦いは俺達ジオンが巻き返せるような状況じゃないことを理解している」
「…」
表向きは武闘派で如何なる状況でも闘志を滾らせ、敵軍撃滅を叫ぶ猛将軍は実際の姿こそ冷静な戦略家だった。頂に立つ者が消えぬ闘志だけで戦っては務まらないだろうて。時には闘志を引っ込めて冷静に俯瞰して考えなければならない。そうして冷静に考えた結果として、単なる部下とは言えない旧知の友に家族を預ける選択を採った。
「本国に一機でも多く新型機をよこせと言わない。ザクでいいから増援を送るように頼み込んだが、連中はうんともすんとも返してこなかった。どうやら、ソロモンの俺達は捨て駒にされたに等しい」
「まだ、まだ、やりようはあるはずです。ソロモンは必ずや守り…」
「お前に虚勢を張らせたくない。確かにソロモンは簡単に落とさせない戦力が揃っている。だがな、連邦軍の物量は俺たちを嘲笑う程に揃った。それに加えて例の木馬とガンダムも健在だから切り札で投入してくるはずことに違いない。対抗馬になるシャアはキシリアに乗り換えて頼りにならない。もはやソロモンは孤立無援になった」
そんな馬鹿なと言いたくなるが事実だった。地球上の戦いは終わりを迎えており、ジオン軍は撤退を重ねる。若干の誤差によって温存出来た戦力(アイナ様の隊)もあるにはあるが、残念ながら焼け石に水が否めなかった。元帥が宇宙優先の方針を固めた以上は本国からの増援に期待したい。新型機も開発されて統合整備計画が進められている。一機でも多くのMSと人員を欲しい。しかし、本国は何にも答えてくれなかった。沈黙を以て「ソロモンに送る戦力は無い」と答えたのである。今の戦力で地球連邦軍の大戦力を迎え撃てるかと聞かれれば、表の舞台では撃滅できると豪語しただろうが今は裏の舞台にいる。
「俺はこれでも未来を見通せる人間だぞ。間違いなく俺はここで、ソロモンで散る運命を辿るだろう」
「そ、そんなことは」
「そうするとどうなる?中身がない空虚な力を持つミネバは都合のいい人形になっちまう。だから、お前に託す。俺が生きていれば近寄る不埒を一捻りしてやるがな」
幼い権力者が摂政に良いように扱われることは数多もの実例が存在した。それを父親が許すはずがなく、万が一に備えて幼い娘に懐刀を張り付けておく。よく切れる刀がブンブン振られていれば容易に近づけなかった。
「シン・マツナガと言う漢にミネバを守ってほしい。お前にしか頼めない。どうか、この通りだ」
ドズル閣下は徐に椅子から立つと深々と頭を下げた。司令官に収まらずザビ家の人間が下っ端パイロットに頭を下げることは言語道断であるが、ドズル・ザビは自分が漢として頼み込む時は階位の上下は関係ない。本気で頼む時は誠心誠意を見せる信念があった。
普通だったら慌てて頭を上げることを促すだろう。しかし、シン・マツナガは武人の漢だった。大きく息を吸って吐いてから答える。
「承知いたしました。シン・マツナガ、万物より堅き漢の約束を結び、ミネバ・ラオ・ザビ様をお守りします」
「おう、受けてくれるか。お前には数えきれない数の重責を担わせてしまう。その代わり、俺とゼナで可能な限りやれる手は打っておいた。2人で公的な書類にサインしてあるから、馬鹿野郎が近づいてきた際に堂々と見せつけてやれよ。俺とゼナが認めていれば誰も文句は言えないからな。そして、まだ先だがお前にはミネバの軍事顧問になってもらうぞ」
「軍事顧問でありますか」
「そうだ。建前は幼いミネバに軍事を教える立場で後見人のような感じになる。だが、本音は有象無象共に有無を言わさない武人の盾だ。ジオンの中でも異質な質実剛健を体現した、武人シン・マツナガが立ちふさがれば誰も手を出せん」
ドズル・ザビの腹心と呼ばれる部下はパイロットから司令官まで多数存在する。過去形なのは一名離れていったからだが、それでも腹心の部下は多数残存した。数多くいる中でシン・マツナガが選ばれるのは客観的に見れば異例としか表現のしようがない。酷いと気が狂ったのかと悪口を吐かれるかもしれなかった。だが、所詮は客観なんてものである。無責任な他者がガヤガヤ騒ぐだけに尽きる。
ドズル閣下の主観では自分の部下を並べて見定める必要も無く即座にシンが算出された。理由は言うまでもない。
「閣下、私から注文を付けさせてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。要望があれば全面的に沿う」
「閣下がソロモンに散ると覚悟していることは最大限尊重いたします。しかし、まだ分からないとも思います。したがって、最後の最後まで抗ってください。私も総力をぶつけますので閣下もどうか」
「分かった。まだ先の自分の散ることを今に決めてしまうことも変なことだったか。俺も抗い続けて生きてみるよ…」
「是非、お願いいたします」
「あぁ。シン…頼んだぞ」
続く