【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
ソロモン防衛の準備は急ピッチで進められた。人員の数は左程変わらずとも宇宙要塞として内部に巨大工場を抱えるため、数多もの兵器が生産されては各所に配備されていく。どうせ本国から増援は期待できないのだから、自前で全部をどうにかするしかなかった。ただ、誤差範囲に収まってしまうが地球から撤退して来た一部の軍がソロモン防衛に転じてくれたことがある。彼らは気休めにはなってくれるだろう。
どこもかしこも忙しいソロモン内部で最も巨大な格納庫は大盛況だった。作業に従事する兵士は下手な区画の数倍もおり、何やら重大な計画が進められていることを理解できた。それだけの規模になれば観覧者も必然的に集まってしまうのは言うまでもない。
「おや、奇遇なことですな」
「あぁ、ノリス大佐。地球から宇宙に戻ってきましたがお身体の調子はよろしいですか」
「大尉のご心配には及びません。私は体の頑丈さに定評がありますので。それより、アイナ様を救出していただいたことに改めて感謝申し上げます」
「それこそお気になさらず。私は命に従っただけであり、何も特別なことはしておりませんから。して、アプサラスⅣは順調に建造が進んでいるようですね」
動き回る整備兵やメカニックを前にシンはノリス・パッカード大佐と会った。ジオン軍人の高級クラスでは極めて珍しく最前線で戦い、遣える主に絶対の忠誠を誓い命を捨てることを厭わない強者である。彼はシンが「非の打ち所がない」と絶賛する人物だ。昔から今もサハリン家の副官としてアイナ様とギニアス少将の2人を長らく支える。もちろん、これからもだった。
ノリス大佐は数か月前にギニアス少将と潜伏していたアジア方面ラサ基地からソロモンに帰って来た。地上軍全体が地球からの撤退を開始したことに合わせた形であるが、実際はソロモンのドズル・ザビ中将に身を寄せる。ジャブロー攻撃用超弩級MAのアプサラス計画は初期案を修正して宇宙要塞防衛用に転用されたことを理由にしたが、実際のところ、ラサ基地自爆からのソロモン撤退は単純に保護を欲したからだ。
ラサ基地司令の妹がソロモン総司令の懐刀に救出されたことを契機とし、お互いに代理を通じて連絡を取り合い、最終的にラサ基地軍はドズル中将のソロモン軍に吸収されることで合意した。そして、持って行けるだけの機材と兵士、各種データを詰め込んだザンジバル級でソロモンに戻る。ソロモンに戻れば直ちにアプサラスの建造を始めさせた。まだ数か月程度しか経過していないのにも関わらず、あっという間に組み上げられたことは驚くことしか反応できなかった。元々ビグ・ザム用に色々と確保されてあって、天才技師が直接指揮を執ったことが強く働いたかもしれない。
「はい。使える部分に既存の小型MA及びMSの部品を流用しているのでコスト削減と期間短縮を図っています。ビグ・ザムと違って要求した性能を抑え、現実性を選んだことが正解でした」
「流石はギニアス少将です。私のような戦闘屋とは次元が違います」
「ギニアス様は天才が最も似合う方ですから。そして、アイナ様は大尉が気になる様子ですぞ。大尉も憎めない方で安心しました」
「恐れ入ります…」
ノリス大佐は笑っている。悪意や敵意の全くない、親しみのある笑みだった。
しかし、父親代わりのノリス大佐に把握されていることは恥ずかしい話である。私とアイナ様は名家出身の兵のため上手く釣り合っており、模擬戦は専ら2人で行って技量と関係を深めつつあった。アイナ様は部下など問わず誰からも慕われる人物だが、彼女が自ら興味を持つに至って特に親しく接する人物は僅かとなる。僅かの中にはノリス大佐が含まれるため、厳密にはシン・マツナガただ一人と言っても差し支えなかった。その張本人はつい先日アイナ様に良い方に捕まったことを思い出して恐縮する。
いつも使う自動販売機と机が置かれただけの質素な休憩所でジャンキーなフードを食べていた。今日は訓練を終えてジェイ君との打ち合わせも済ませて、後はフリーで好きな時間を過ごせたが腹を満たさずしてどうすると言うのか。
そうして軽食を摂取している時だった。
「シン大尉?」
「あ」
「それは何ですか?」
「スゥ~ッ」
見つかってしまった。アイナ様は私のことを気にかけてくれるのだが、健康面について規律厳しい彼女である。こうしてジャンクフードを摂っていると笑顔で私を突き刺した。一応はジオン軍の誇るエースのためつまらない事で体調を崩されては困る。しかし、彼は孤高のエースが祟って誰も統制しなかったことが彼を不健康に陥らせようとした。
幸いにも、行くところまで堕落する前に彼を統制する者が現れた。色々と触れ辛い彼をお構いなしに縛れる者のアイナ・サハリン嬢様が彼の前に塞がる。戦場では鬼神の如き戦いを見せる白狼はアイナ様の前にはワンちゃんになった。
「この時期ですからお身体を大切にしなければなりませんよ。ましてや、激しい訓練を終えて疲労が蓄積しているのに」
「その…私も男児でありますので、こういった食べ物が好みと言いますか。はい」
「聞こえませんでした。何かおっしゃりましたか?」
(あ、これはですね。詰みですね。はい)
「さて、それでは疲労回復のため共に参りましょうか」
白狼が連行される様子は機密とされたらしい。
「アイナ様なりに大尉を大切に思っているようですから、どうか裏切らないようにお願い致します」
「御冗談を。私なんぞがです。それより、ノリス大佐は宇宙軍の復帰に伴いリック・ドムを受領したとお聞きしましたが」
「大佐と階級だけ高い以上は昔使っていたザクを貰うわけにはいかず、やむなく貴重なリック・ドムを頂戴しました」
「いえいえ、大佐には高性能な機体が似合います」
当然だが地上向けのザクⅡJC型やドムは宇宙では使えなかった。宇宙仕様のザクⅡ型やリック・ドムに転換せざるを得ない。ノリス大佐はギニアス少将からラサ基地軍の指揮を委譲された指揮官のため、ただのザクを与えられるわけがなかった。したがって、現在宇宙で主力のリック・ドムのカスタム機が送られた。
ちょっと待ってもらいたい。大佐だったらゲルググ先行生産型を送っても悪くないのに、送ったのはリック・ドムとは何事だろうか。目立ちこそしなかったが腕前はエース級であるノリス大佐がリック・ドムなんて馬鹿げた話である。今すぐにでもゲルググを寄越せと声を大にして叫びたかったが自制心で抑え込んだ。まぁ、リック・ドムもドムを宇宙仕様に手直した機体にしては悪くない機体のため妥協すべきか。ちゃんとノリス大佐向けにチューンも施されるため我慢しよう。ただ、言わせてもらえば内部の派閥分裂で負けるようなことがあれば至極くだらない。
「間もなく連邦軍が来るはずです。地球の戦いは終わりを告げ始めると同時に宇宙の戦いは激しさを増していると聞きました。新造された宇宙艦と量産型MSをぶつけ、自慢の物量で満遍なくすり潰す。巨人の常套手段が繰り出される」
「ギニアス様のアプサラスⅣが間に合えば敵艦隊を撃破できると信じます。ビグ・ザムが間に合わない様子なのでどうにか」
「数個艦隊を破壊するビグ・ザムは本国に近いア・バオア・クーに置き、ソロモンは連邦軍の宇宙戦力を漸減する捨て駒となりました。今度の戦いは厳しいものになりましょう」
悲痛な予測を共有する両名は現在進行形で組み上げられるアプサラスⅣを眺めているだけだった。
続く