【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
サイド共栄圏
それは「スペースノイドのスペースノイドによるスペースノイドのための政治・経済体制」を意味する。分かり易く砕いて説明すれば、いわゆる中世前半の『ブロック経済』だった。現在の経済は宇宙に集中して地球は切り離されているに等しい。したがって、スペースノイドで大結託して地球連邦を締め出し、且つスペースノイドに限定した大規模な経済圏を構築したくなる。
ティターンズの暴挙に次ぐ暴挙を地球連邦議会が追認し続けた。その事実は遺恨を生じさせスペースノイドの反アースノイド的な感情を昂らせる。同時期に清廉潔白なミネバ・ザビを首領に自由ジオンがスペースノイドの希望と化した。
遂にジオンを主とした経済圏である『サイド共栄圏』が歴史に現れる。
「全会一致でサイド共栄圏法案を可決する!」
ジオン本国に存在する議会が大いに湧いた。提出されたサイド共栄圏法案は出席した議員の全員賛成で可決される。ミネバ・ザビと摂政ハマーンに対して割れんばかりの拍手が送られる。熱気は議会の枠を超えて歴史的な法案可決を固唾を飲んで見守っていたジオン市民や親ジオン派コロニーで喝采が叫ばれた。
事務的な手続きが完了すると、ミネバを代理してハマーンが演説を行う。
「ジオンは全てのスペースノイドのために総力戦体制に移る!我々は手を取り合い、歪んだ思想により虐げられて来た者を救うのだ!」
流石のカリスマ性である。ハマーンの演説は聞く者を圧倒し引き込んだ。中継を見て聞いている地球連邦の面々は複雑だろう。ただし、元はと言えば、自分達が創設したティターンズの暴挙が原因なのだ。
「全宇宙の民は自由を享受しなければならない!我らの自由は止まることを知らぬ!」
「ジーク、ミネバ!」
「ジーク、ミネバ!」
「ジーク、ミネバ!」
同じ頃に中継を眺めている者が一人いる。それはソロモンへの出張で高速戦艦ドズルの艦橋で立つシン・マツナガ大佐だった。本来はミネバ様の後方に仁王立ちする。しかし、議会は軍人と切り離された独立が保障されるべきであり、政治と軍人が密接に関係すると碌な事にならなかった。
シンは正式な手続きを経て招待された以外で議会に入ることは許されない。
「これで地球連邦は大義名分を得た。今までの平穏は休戦に過ぎず、ジオンは力を蓄えていたことが明るみになる。件のロンドベル隊も勢力を拡大させるだろうな」
「地球連邦が対応できますでしょうか。内部の反乱騒ぎや南洋同盟追撃もありますが…」
「馬鹿げた国力を舐めない方がいいよ。地球の底力は図れるもんじゃない」
グレミーの問いにはイリアが答えたが、グレミーの指摘は間違っていない。
地球連邦はニューディサイズの反乱や南洋同盟の追撃に忙殺された。先の戦いで傷ついた箇所の修復は遅延して復興も滞りを余儀なくされる。このタイミングでサイド共栄圏を仕掛けるのは巧妙に尽きた。
しかし、地球連邦の底力を侮ってもいけない。一年戦争時にはギリギリまで追い詰められた末にガンダムを繰り出した。短期間の内に圧倒的な物量を用意すると、容赦なくぶつけて勝利を収めている。
更に、シンの読みは綺麗な程に的中してしまった。今回のサイド共栄圏法案の可決で地球連邦は大義名分を得ている。特にロンドベル隊は宇宙の平和を守るなど適当な理由を付けて独立した行動が可能となる。地球連邦軍内部にもロンドベル隊が諸刃の剣と認識しながら、やむを得ない事情が生じたとして、ティターンズの中古品から新造品への転換を図る者が現れた。
その名はジョン・バウアーである。彼は戦闘屋よりも後方の補給屋という軍人だが世の中を客観的に観察することに優れた。己が補給屋であることを最大限活用して上層部には独断でロンドベル隊の強化を買って出る。エゥーゴが地球連邦への復帰で残した『アーガマ』を点検と称し、ロンドベル隊のブライト・ノア司令兼艦長に与えた。また、アナハイム社と交渉してアーガマに代わる大宇宙戦艦の建造を取り付ける。MSについてもジムⅢの更なる改修を急がせたり、新型量産機計画を前倒ししたり、最新のガンダムをどうにかして強奪しようとしたり、彼の尽力はとても語り尽くせなかった。
「とはいえ、地球連邦も感情に任せる真似はしない。暫くは現状維持が継続される。すまないが、先遣隊の首尾を確認したい」
「マシュマーが指揮する先遣隊はサイド1で活動しています。道中でムーア同胞団とニアミスすることがありましたが、お互いに見ざる・聞かざる・言わざるで特に何もなく終わったそうです。その後も各コロニーで情報収集に努めましたが、荒れ果てた環境で成果らしい成果は得られていません」
「仕方ないことだ。あそこは混迷を極める」
「一旦はサイド1を脱して補給艦との邂逅を待ち、その後は地球連邦軍の出方次第で変えると」
「私的には引きあげさせたい。サイド1は地球連邦の力が強くマシュマーが下手を冒さなくても、地球連邦の方から仕掛けてくる可能性は否定しきない」
「偶発的な衝突から正面衝突に至る」
若いと雖も優秀な士官に嘘偽りなく、微妙なニュアンスを汲み取った。情報収集に努める先遣隊は各地に展開している。その中でも、サイド1のマシュマー隊は最も危険な状況に陥った。サイド1は地球連邦軍の演習場が置かれたことより、親地球の色が濃いのは周知の事実である。そして、コロニー自体が荒廃しているのも有名だった。ジオンと地球連邦の緊張が急速に高まっているにもかかわらず、ここに長居していると、望まない偶発的衝突に巻き込まれる可能性は跳ね上がる。
「中世の世界大戦も偶発的な出来事から発生した。もはや、宇宙全体が盛大な火薬庫なのかもしれない」
サイド共栄圏はスペースノイドには待望でも巨大な火花を為した。
絶妙なタイミングでゴーサインを出したからと言って、万事上手く行くとは限らない。
「ただ、私は所詮ジオンの軍人に過ぎず、これ以上の論議は控えてソロモンに急行する。ラコック司令がヤキモキしている」
「承知いたしました」
ソロモン出張を急ぐため高速戦艦の名に恥じない速力で急行した。おそらく、ソロモン司令官ラコックは一刻も早くの到着を待ち望んでいる。ソロモンの白狼と勇名を轟かせた母地に駐留してくれる以上の安心要素は存在しなかった。
「マシュマー様、ジャンク屋から有力な情報を入手しました」
「ほう、それはなんだ」
「信憑性に欠けることを前提に、伝えられたことそのまま申し上げます。地球連邦はサイド1の演習場にて新型ガンダムの試験を行う計画がありました。サイド1付近で活動中のジオン艦をけん制するため、ロンドベル隊を動員して威力を以て警戒にあたらせるとまで」
マシュマー先遣隊はサイド1から離脱した代わりに工作員を送り込んだ。現地でジャンク屋など情報を握る者へ金品を渡す。もっとも、ムーア同胞団とのニアミスから規模を縮小させているが有力な情報を掴んだ。
「地球連邦が戦争の準備を開始したと見るべきか否か。私には判断しかねる…」
「本国に問い合わせますか?」
「いや、秘匿性が高い長距離通信でも傍受されかねん」
マシュマーは珍しく悩んだ。普段は高貴な士官らしくハマーンひいてはジオンのために働く。しかし、今回は情勢が情勢だけに行動し辛いことこの上ない。本国と通信を図るだけでも十分な博打となる。
「ひとまず、キャラ隊と合流してはいかがでしょう。ロンドベル隊が到着するのは今すぐにではありませんし」
「よし、後続のキャラ隊と合流してから、見極めることにしよう」
ここは味方と合流することを優先した。
しかし、本当に歴史はわからないものであり、ひょんなことから狂い始める。
続く