【復刻】ソロモンの白狼になって宙を駆ける 作:5の名のつくもの
月のグラナダ市着陸は特殊工作部隊の誘導に従い、且つアナハイム社の協力を得て滞りなく完了した。高度な自治権を有する月面都市に入られると地球連邦軍も手出し出来なくなる。ただでさえ、ティターンズの暴挙に伴い親ジオンの色染めが続く状況では尚更と言えた。
しばらくの間をグラナダにて身を隠すシン、マシュマー、キャラの3隊は各々で情報収集に努める。月は地球や各コロニーと航路が結ばれており、ヒト・モノ・カネの動きが常時激しかった。情報も流れに乗っては漂着し是が非でも拾い上げたい。ここは長きにわたり商売を展開するアナハイム社を頼るのが一番だろう。
関係者の中でも、片手で数えられる人数しか入れないVIPルームに通された。
「遠方から遥々と刃も研いで来られて、まったくご苦労様です」
「急でしたが快く受け入れていただき、誠にありがとうございます」
ビジネス的な入りは程々に収め本題に入る。いかにも真面目な話が進められそうな雰囲気でも、腹を割るべき場のためか、大きな机には高級な酒類が配置された。ワインに始まりウィスキーや焼酎など、生涯お目にかかれなさそうな銘柄が置かれる。
「恥ずかしながら、こういった場は初めてなので、何卒ご容赦ください」
「そんな、つまらないことは止めましょう。ここはプライベートな場ですから」
性質が商談であろうと堅苦しいビジネスは疲れる。お互いに崩しに崩した。シンも高位の軍人にまで登り詰めたが、元々はどこにもでいるMSパイロットであり、このような商談やVIP対応は慣れていない。相手のアナハイム社グラナダ工場の人間も「無駄に疲れるのは御免だ」と言わんばかりで良い意味で無礼講だった。
「いきなりですが、ジオンを代表してお聞きします。アナハイム社はどうなさいますか」
「なるほど、しかと受け止めました。結論から申し上げますと、自社の方針は『局外中立』です。地球連邦、ジオン、南洋同盟、その他の勢力を問いません。全てに対して、公平で中立を宣言しています。我々は所詮民間企業なので」
「存じております。しかし、物事には必ず例外が存在し、原則から外れることがあります」
「おっしゃる通り。フォン・ブラウン工場は自社の管理下に置いていますが、コネクションと資金を出されては民間企業として靡きましょう」
アナハイム社は民間企業であることに留意しなければならない。彼らは『死の商人』と言って差し支えないが、民間企業の看板を掲げている以上は局外中立を貫いて当たり前だ。しかし、同時にお金を稼いで勢力を拡大するためなら手段を問わなくもある。
「地球連邦軍は軍の再編という名で拡充を急いでいる。その中に新型量産機もありましょう」
「流石に鋭いですな。えぇ、フォン・ブラウン工場が開発と生産を担当し、ジムⅢに代わる次世代型量産機を来年中にロールアウトさせます。種明かししますと、連邦軍のジム系統に旧エゥーゴのネモやネロを融合させました」
「ジオンには出来ない芸当です。お見事としか言いようがありません」
まったく、案の定である。
アナハイム社は地球連邦軍から命じられて新型量産機の開発を始めた。宇宙世紀から推測するに『ジェガン』であることは間違いない。地球連邦軍の量産機としてはジムと並ぶ傑作機と評した。基本性能の高さから時代の移り変わりに合わせ、適宜改良を加えて活躍している。地味な量産機かもしれなくても、汎用性の高さに合理性は性能以上に重要なコスト面でジオンを圧倒した。
もっとも、ジオンはジオンで仕方のない事情がある。限られた工業力と少ない資源で最大の戦果を挙げるという、無理難題には局地的な機体を開発して対応せざるを得なかった。地球連邦は莫大な資源と国力を有するが故に可能な汎用機の大量生産だろう。
ワインを飲み干すと秘書らしき方に注いでもらい感謝を述べた。グラナダ工場としては地球連邦軍からの受注が不満であることを伝えられる。彼らの視点から地球連邦軍はティターンズを生み出し、月を壊滅させようと試み、MS産業からアナハイム社の排他を図った。
フォンブラウン工場が地球連邦軍に媚を売るのを快く思わないことは十分に理解できる。
お互いに美酒の酔いが回り始めると本音が出始めた。
「開発中の機体を流すことは不可能です。しかし、ジオンに適合した汎用機をお売りすることは可能です。モビルスーツの歴史を紡ぐのは連邦ではなく、あなた方ジオンでしょうに」
「よろしいのですか?」
「いいですか、シン・マツナガ大佐。私達はビジネスマンであるのと同時にスペースノイドです。ビジネスというのは外付けに過ぎない。根幹はスペースノイドで構成されている。儲けることが最優先でも、根幹を忘れてはいません」
どれだけ巨大な組織でも一枚岩なことは滅多にあり得なかった。彼らはビジネスに従事する者だが、人間の根幹となる部分を忘れることなく、時には企業から離れて自らの意思に従い行動しても別段悪くない。
グラナダ工場は独自にジオンへ次世代型量産機を提供する用意があるようだ。
「では、具体的なお話を伺いましょう」
「大佐の所見をお訪ねさせていただきたく、存じ上げます」
「シーマ様、面倒なことになりました」
「どうした」
「連邦軍のモビルスーツ空母が降りてきたんですが、どうも様子がおかしくて」
グラナダ市を拠点にシーマ率いる特殊工作部隊は以前よりも派手に舞う。一年戦争から(否が応でも)特殊作戦に従事した経験が活きて、皮肉なことにグレーラインとレッドラインを反復横跳びすることに長けた。もちろん、本国からは相応に補給が届く上に彼女が築いたネットワークから様々な供給を受けられる。
今回も友軍艦を誘導して連邦軍に介入する隙を与えなかった。しかし、全面衝突に突入した以上は地球連邦軍も多少強引な手段を採用してくる。アナハイム社の営業社員という偽装を纏わせた斥候兵が普段とは異なる動きを捉えた。
「グラナダに降りる様子は無いですが、タイミングが良すぎやしませんか。どうも、味方を狙うんじゃないかと思いまして」
「そうねぇ…この時に来るってのは都合が良すぎる。かと言って、月面でドンパチするのは連邦軍も本望じゃない」
斥候兵の報告からして、連邦軍のMS空母はグラナダに降りた友軍の追撃部隊と思われる。ここでの空母とは巡洋艦や戦艦の類ではなく、一年戦争から活躍しているコロンブス級補給艦を改造した空母を指した。単艦の戦闘能力は最低だが補給艦譲りで30機以上のMSを運用できる。また運用数を減らす代わりに設備を充実化させて大型機などの特殊なMSも運用した。巡洋艦と戦艦がMSの運用を前提に設計されて大量建造されても、コロンブス級を基にした空母は各地で活躍を続ける。
「はぁ、どうしますか。速やかに脱出させますか」
「いいや、サイド共栄圏法は月の保護国化も想定している。ここでいい塩梅に争わせて、月の行政と市民を一気に引き込んだら、面白いじゃないか」
「連邦軍の追撃を逆手に取り、プロパガンダにしちまうってわけですか」
「そういうことさ」
シーマは連邦軍の追撃部隊と置いた上で、月面で友軍と戦闘を行わせたい。月面戦闘を盛大なプロパガンダに放映させることを考えた。地球連邦軍は中立地域であろうとお構いなしであることを強調する。静観を貫く月の市民を触発させるのだ。
ジオンのサイド共栄圏法には月も含まれている。よって、この際に一挙に掌握してしまおうという魂胆だった。しかし、問題はその追撃部隊と見たMS空母が想像以上に厄介なことが挙げられる。
続く