第4話
タバサの冒険
群青の狩人姫 (中編)
ハイパークローン怪獣 ネオザルス 登場!
「シャルロット、起きろシャルロット」
深い眠りの中から、自分の名を呼び覚ます優しい声。シャルロットは、父と母といっしょに屋敷で幸せに暮らしていたころの夢の中から、まぶたに染み入ってくるまぶしい光に引き上げられるように、現の世界に帰ってきた。
「う……ん……おかあさま?」
「ん、なに寝ぼけてるんだよ。あたしだよ、しゃきっとしな!」
半目を開けていたところを、両ほほをはさみこむようにはたかれて、シャルロットは痛みでびっくりすると同時に、一気に思考を覚醒させた。
「はっ! ジ、ジル?」
「そうだよ、もうとっくに朝だよ。ふふ……それにしても、あたしをお母さんと間違えるなんて、よほどいい夢を見ていたんだね」
水筒を手渡されたシャルロットは、ただ赤くなって、ごまかすように無言で水を飲み干した。
あたりはすっかり夜が明けて、樹上の隙間から朝日が木漏れ日となって差し込んでくる。シャルロットは、目が覚めて昨日のことを思い出していったが、完全に燃え尽きた焚き火の跡がそこにあるだけで、昨日の男の姿はどこにも見えなかった。
「あの人は……どこ?」
「うん? いや、あたしが目が覚めたときにはもう誰もいなかったよ」
「そう」
多分、夜のうちに立ち去ったのだろう。いろいろ聞きたいこともあったが、それよりも一言お礼を言いたかったのにと、シャルロットは残念そうにうつむいた。
「何者かは知らないけど、おかげで命拾いしたようだね。さあ、朝食をとったら出かけるよ」
「出かけるって、どこへ?」
「キメラ狩り、ほかに何があるんだい」
すでに荷物を片付けて、武器に磨きをかけているジルは、道具袋の中に残っていた乾パンと干し肉を二つにちぎって、半分ずつをシャルロットに渡した。
粉っぽさと、しょっぱさが強いこの味も、もうすっかりと慣れていた。父が殺されたのは、ちょうど十二歳の誕生日の日だったけれど、母が用意してくれていたドラゴンケーキは結局一口も食べられなかった。
ドラゴンケーキの代わりに、こんな森の奥でキメラドラゴン退治をやっている自分の境遇が、いまだに信じられないからあんな夢を見てしまうのだろう。できれば、ずっと目が覚めずにいてほしかった。
「ねえ、ジル」
「うん?」
「ジルのお父さんやお母さんは……?」
「……」
答えがないことが答えだった。
二人は、それから押し黙ったまま残りの食物を胃袋に放り込んで、水で口の中をゆすいでしまうと、それぞれ弓と杖を持って立ち上がった。
「じゃあ行くか、今日こそキメラドラゴンのやつを見つけ出さないとな」
「うん!」
それから二人は、昨日わき目も振らずに逃げ回った跡をたどりながら、遭遇した何体かのキメラを倒していった。
二人とも一晩ぐっすりと休んだおかげか、体調は万全で、小型のキメラならば罠を張らずに仕留められるようになっていたが、それにはシャルロットの成長が著しかったのが大きい。
唯一の攻撃技だった『氷の矢』は大木を貫通できるくらいにまで大きく鋭くなり、『ウィンディ・アイシクル』を使えるようになったのをきっかけに、本来の彼女の系統である風の基本スペル『ウィンド・ブレイク』『エア・カッター』なども、不器用ながらも使用ができるようになっていた。また、『フライ』での飛行速度と機動力も鳥に迫るのではないかと思うくらいに上達し、ジルを驚かせた。
元々持っていた才能が、命を懸けた実戦の中で目覚しいまでの速さで開花していくのには、戦い方を教えているつもりのジルが、今では舌を巻くくらいのものがあったのだ。
そして、シャルロットの『ウィンディ・アイシクル』で、全身を蜂の巣にされて大木に磔にされた大熊のキメラを見上げて、ジルはこれはもう自分が教えることは何もないんじゃないかと、軽く苦笑するのだった。
「さすがだね。やっぱ、王家の血筋ってものは伊達じゃないか」
「ううん、わたしはこれまで、どんなに練習してもこんなに魔法が使えるようにはならなかった。家庭教師の先生が言ってたけど、同じ系統でもメイジによって移動や治癒、観察や操作とか得意分野ができるんだって。だから、わたしはきっと『攻撃』が得意なタイプのメイジなんだと思う」
「ふーん、なるほどね。メイジにも、得手不得手があるわけか」
ジルは、なんとなくだがメイジにも個性というものがあるということだけは理解した。
だが、シャルロットは自分の才能がすごい速さで開花していっているというのに、まったくうれしそうな顔をしないので、ジルは怪訝な顔をして尋ねた。
「どうしたんだい? うかない顔して、こんなすごい魔法が使えるようになって、うれしくないのかい?」
「こんな魔法があっても、お母さまを助けられない。もっと強力な治癒の力があったらよかったのに……」
「そうか……でもな、その力があれば、いつかあんたの母さんを力づくで奪い返すときに、役に立つだろうよ。そう思えばいいんじゃないか?」
すると、シャルロットは静かに首を振り、初めて『氷の矢』を覚えて、喜んで母にほめてもらおうとしたときに、厳しく教えられた言葉を繰り返した。
”いい? シャルロット、どんなに優れていても、どんなに華麗に見えても、『人殺しの技術』というものは、決して自慢するべきものではありませんよ。自分の持つ力が人間に向けられたときにどんな結果が起きるのかを、考えることもできなくなったものは、必ずいつか人を不幸にしてしまいますからね”
「だから、わたしはうれしくても喜ばない。喜んだら、わたしは魔法で母の心を狂わせたあいつらと、いっしょになってしまう」
「そうか……そうかもな」
ジルは、シャルロットの言葉を否定はしなかった。どんなに突き詰めても、『殺し』の技術は相手を不幸にする技術には違いない。それを忘れて、戦いの華麗さにのみ目を奪われた人間が、平気で戦争などを起こすのだろう。
けれど、ジルにも命を奪って生きていく狩人として、殺しの技術が単なる嫌悪の対象で終わることは、許容できなかった。
「でもなシャルロット、戦わなければ自分や自分の大切なものが不幸になってしまうこともあるってことは、お前もわかるだろう?」
「うん」
「生きるってことは、誰かの命を奪うっていうこと。おかげで、狩人の本分を久々に思い出したよ。これまでも、そしてこれからもね」
「うん……だからわたしも、いつか生きるために、伯父を……殺す」
それは、シャルロットが初めて冷たい復讐の感情を、表に表した瞬間だった。
伯父と父のあいだに何があったかは知らない。おそらく伯父にも、言い分はあるだろうが、それで納得することはできない。父を殺し、母を狂わせた憎い男、今は無理でも、いつか必ず。
しかし、そのためにこんな強力な魔法の力が与えられたのだとしたら、なんと悲しいことなのだろうとも、彼女は思う。復讐の意思に呼応して目覚めた殺しの技。自分はいったいなんなのだろう。
「わたし、こんな思いをするくらいなら、魔法の力なんていらなかった」
「持って生まれたものは、自分じゃどうにもできないさ。だからといって、泣き言を言っていたって始まらない。行くよ、あんたがこれから何になるにせよ、答えは前にしかないんだからね」
「うん」
涙を拭いて、シャルロットはジルに続いて、森の木の根っこを飛び越していった。
ただ、実はシャルロットがうかない理由はもう一つあった。
”空気が……違う”
風の系統に本格的に目覚めてきたからか、シャルロットの五感は敏感に森の空気の変化を感じ取っていた。
言葉には言い表せないが、とにかく昨日と今日では空気が違う。まるで、森ごと別の場所に移ってしまったかのようだ。
けれども、そうした違和感を感じつつも、シャルロットはジルとともに、遭遇したキメラを次々と撃破していった。どうやら、連日の狩りで大型のキメラはほぼ狩りつくしてしまったらしく、猿、犬、蛇、どれももはや二人の敵ではなかった。
だが、調子に乗りかけていた二人の前に、突如森が開けて恐ろしい光景が飛び込んできた。
「うっ!」
「ぐっ! ひ、ひでえ」
森の木々が幅数メイルに渡ってなぎ倒され、巨大な道ができたところに、無数の生き物の死骸が散乱していた。キメラだけではなく、普通の狼や熊などの動物もいる。しかも、それらのほとんどは体のほとんどを食いちぎられ、引き裂かれて原型をとどめていない。
あまりに凄惨な光景に、シャルロットはたまらず嘔吐しそうになった。
「キメラドラゴンだ。こんな真似をするやつは、ほかにはいない」
これが……キメラドラゴンの仕業? シャルロットは話から想像していたが、目の前の光景は、少女の乏しい想像力の範囲をはるかに超えていた。
「死骸の状態から見て、通り過ぎたのは三、四時間前か……とうとう見つけたよ」
この森で倒すべき、最後の大物の尻尾をつかんだことに、ジルの目が鋭く輝く。けれども、延々と続く屍で舗装された道に、シャルロットは震えて動けないでいた。
「シャルロット、あんたはもうここまででいい、すぐに帰りな。そして、お偉いさんには自分が倒しましたと報告すればいい。奴は、あたしが刺し違えてでも倒す」
「そんな! 一人でだなんて無茶だよ」
「無茶でもなんでも、あたしはこの森のキメラを全滅させるまで、森を出ないって決めてるんだ。そして、これが最後なんだよ!」
ジルの様子がいつもと違った。冷静沈着で、常に計算づくで動く彼女が、なにかに責め立てられているかのように焦っている。ただの意地やこだわりではない、もっと切羽詰った何か。
そういえば、ジルはキメラドラゴンを倒したいと昨日も言っていた。しかし、あれはどう考えても普通の人間が太刀打ちできる相手ではない。実際、ジルもこれまでは遠巻きに見ているだけだった、それなのに。
「教えて、キメラドラゴンとのあいだになにがあったの?」
するとジルは搾り出すように言った。
「あいつは、あたしの家族の仇なんだ」
「えっ!?」
「三年前、あたしの家族はこの森で狩りをして生計を立てていた。貴族の研究所があるっていうんで、仲間の猟師も誰も寄り付かなかったから、獲物には不自由しなかったからね。けれど、世の中はどこかで帳尻が合うようにできてるらしい。ある日、外から帰ってきたあたしがこの森にあった屋敷に帰ってきたとき……屋敷は跡形もなく破壊されて、あとには家族だった”モノ”が転がっていた」
冷たい声で、淡々とジルは続けた。
「まったく、いいように食い荒らしてくれてたよ。父は下半身がなかった。母は内臓を食われてからっぽだった。妹は、手が一本しか残っていなかった」
シャルロットはめまいがして倒れそうになり、ジルに肩を支えられてなんとか立っていた。
現実と思いたくなかった。そんな残酷な光景、想像することもできない。
「それを、キメラドラゴンが?」
「ああ、壊れた屋敷に残されていた巨大な爪痕、あんな馬鹿でかいのはほかに考えられない。それに、いくらふいを打たれたって、父も母も手だれの猟師だ。それが手もなく倒されるなんて、それほどのキメラはほかにいないさ!」
今のジルの目は、憎しみのどす黒い炎が燃え滾っているように思えて、シャルロットは身震いした。
「ふん、そりゃあこっちだって食うために動物を狩ってたんだ。お互い様といっちゃあそれまでだけど、そんなんで納得なんてできるわけないだろ」
「だから、ずっと敵討ちの戦いを」
「そうさ、たった一個残ってた妹の手は、弓を握ってた。あんとき、あの子はまだ十歳だった。生きてたら、あんたより一個年上だね。とても弓なんか引ける力があるわけはない。なのに、戦おうとしてたんだ」
使い込まれた弓を握って話すジルの手は小刻みに震えていた。三年前、ということはジルは三年ものあいだ、この薄暗く殺意に満ちた森で、たった一人で戦い続けていたのだろうか。
「ジル……」
「そして、あたしはみんなの仇のキメラどもを皆殺しにしてやろうと、この森にこもって戦ってきた。妹が撃てなかった矢を、キメラドラゴンの心臓に突きたててやるために」
そのとき、シャルロットはジルの顔に懐かしさにふれたようにほころびが浮かんだのを見て、はっとした。
「もしかして、わたしを助けてくれたのは、妹さんの……」
「違う、といえば嘘になるな。最初助けたのは偶然だったけど、面倒みてるうちにいつのまにか、妹が生き返ったように思えてきたのさ……本当に助けられてたのは、あたしだったんだよ」
ジルの目には、それまで抑えていた感情が大粒の涙になって零れ落ちていた。
三年ものあいだ、この殺意に満ちた森でたった一人きり、復讐の二文字のために押さえ込んでいた孤独感が決壊したとき、ジルもまた一人の少女に戻っていた。
「けれども、あたしには勇気がなかった。出会ったら殺してやるつもりだったけど、あいつの恐ろしい姿を見たら、怖くてどうしても近づけなかった。だから、別のキメラを代わりに殺して、三年も自分をごまかし続けてた……でも、もうあたしは逃げない!」
「だめだよ! 二人でだって敵うかわからないのに、死んじゃうよ」
「大丈夫、あたしだって自殺するつもりはない。いつか使おうと思って、用意してた切り札がある」
ジルは、背負った矢壷の内側を破って、一本の小ぶりな矢を取り出した。矢じりが、氷の塊のように青白い輝きを放っている。
「”凍矢”(アイス・アロー)っていうんだ。金貨二十枚もしたマジックアイテムだけど、命中したらどんな大きな相手でも氷の塊にできる。ただ、万一外してしまうのが怖くて、これまで使わなかったけれども、あんたのおかげで勇気が出た」
「わたしの……?」
「そうさ、あんたがあの怪物に踏み潰されそうになったとき、あたしは久しぶりに自分の命を省みずに動くことができた。自分以外の誰かのために、そんな気持ち、ずっと忘れてたのに。だからキメラドラゴンはあたしが倒す。あんたはこれ以上、危ない橋を渡っちゃいけない」
「そんな! だめ、絶対だめ」
「……ありがとう、そうして誰かに心配してもらえるなんて、本当に久しぶりだ。でも、だからこそ何も姉らしいことをできなかったあの子のためにも、あんたのためにあたしの命を使わせてくれ」
「でも、でも……」
「勘違いするなよ。あたしはうれしいんだ。あたしの私怨が、あんたを助けることにつながる。じゃあ、元気でな、シャルロット」
「え?」
問い返す暇もなく、ジルのこぶしが当て身となってみぞおちに食い込み、全身の力が抜けたシャルロットは枯れ葉の上に崩れ落ちた。
「生きて帰れよ。そして、いつかお母さんの心を必ず取り返すんだ!」
「待って、待ってジル!」
慌てて追いかけようとしても、体がしびれて起き上がることすらできないでいるうちに、すでにジルの姿は森の奥へと消えてしまっていた。
恐らく、ジルは本気でキメラドラゴンと刺し違えるつもりだ。そして、そんな悲壮な決意をさせてしまったのは自分なのだ。絶対に止めなくてはならない。ジルを犠牲にしてキメラドラゴンに勝てたとしても、父も母も決して自分を許すことはないだろう。
やっと落ち着いてきた呼吸で、大きく肺の中に酸素を吸い込み、シャルロットは杖にすがってようやく立ち上がった。
「止めなきゃ……」
震える足で、一歩、一歩とジルの後を追って、シャルロットは歩き始めたが、みぞおちへの一撃は大の大人でも昏倒させるか、悪ければ死んでしまうほどの人体の急所である。そんなすぐには回復できないし、もとよりシャルロットの脚力では追いつくことはできなかった。
「だめ……こうなったら、飛んで」
ジルから、精神力を節約するために『フライ』の使用は極力抑えるように言われていたが、今はそれどころではない。幸い、キメラドラゴンのたどった道ははっきりとしており、見失うことはないだろう。シャルロットは、杖をかまえて『フライ』の詠唱を始めようとした。
が、そのとき背後の茂みが大きく揺らぎ、続いて大きな影がシャルロットに覆いかぶさってきた。
一方……その少し前、昨日の研究所跡の瓦礫の山。
そこは相変わらず砕けた大岩の破片が散らばり、昨日と同じ殺風景な風景が続いていた。
唯一違うのは、瓦礫の山の上に立つ人影があったことである。
「ふん……自然循環補助システムの、第一号機の建設が開始されるというから、わざわざカナダまでやってきてはみたが、どうやらそれどころではないらしいな」
年のころは二十代前半というところ。無造作に伸ばした黒髪を持ったその青年はラフな洋服に身を包み、小さなリュックを唯一の荷物に、無表情に瓦礫を踏みしめ、残骸の中を検分するかのように見回しながら、廃墟の中をゆっくりと歩いていく。
しかし、ジルとタバサでさえここまで来るのには、何体ものキメラと戦わなければならなかったというのに、その青年はほとんど非武装にも関わらず、着衣にまったく乱れが見られなかった。
「……この森の植物、動物も明らかに地球のものではない。G.U.A.R.D.の連中はまだ気づいていないようだが、これだけの量の外来生物が一度に入り込んだら、カナダの自然環境は目茶目茶に破壊されるぞ」
その眼光は冷たくて、若々しさよりはむしろ老齢な印象すら、どこかにあった。
「しかし、この残骸……自然石の中に鉄筋を組み込んである。こんな建築法、地球の技術では不可能だ。やはり宇宙から送り込まれたものか……だが、散乱している機械は、地球のレベルでできている。どういうことだ……」
彼は残骸の中から、建物の破片や機械の残骸を学者のように一つずつ検証していった。
やがて、崩れた壁の下に古く黒ずんだノートが下敷きになっているのを見つけると、彼はすきまに手を突っ込んで取り出し、ほこりを払ってページを開いた。
「日記か……」
それは、日本語で書かれた手書きの日記帳で、彼は最初のページから読み進めていった。
『*月*日、もうこの世界にやってきてかなり経つ……私は、いまだに自分の境遇が信じられない。あまりに非常識な状況に、ときたま気が狂いそうになるくらいだ。それはそうだろう、地球からまったく違う異世界に飛ばされてきたなどと、狂人と思われても仕方がないものだ。
そのため、私は正気を保つために、これまでのことを書き記しておくことに決めた。
思い返せば、あの日……生物学会を追われた私は太平洋上のザリーナポイントに建設した秘密研究所で、長年の研究の最終段階に入っていた。
人間の役に立つ怪獣を作る。それが私の研究だ。
クローニング技術を使い、そのときすでに私はシルドロン、シルバゴンをはじめ、いくつかの怪獣の複製に成功していた。
だが、研究完成を目前にして、SUPER GUTSに研究所をかぎつけられてしまい、私は研究所ごと死んだ……はずだった。
気がついたら、私はこの明らかに地球とは違う異世界にいた。
この世界は、文明レベルは中世ヨーロッパと非常に酷似しているが、住人の一部は地球人にはない超能力を持っていて、ここをハルケギニアのガリア国だと言っていた。
私が転移した原因は、ザリーナポイントが持つ特異な電磁界の影響かと推測してみたが、確証が持てるものはない。
しかし、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、私の持っていた生物学の知識に彼らは深い関心を持ち、保護する代償として、私に改造生物を作る手助けをしろと要求してきた。
どうやら、彼らは生体改造を施した強化生物を使って、クーデターをもくろんでいるようだ。まったくどこの世界も根本は同じようなものらしいが、思う存分研究ができるというのであれば是非もない。
幸い、私といっしょに破壊された研究所の地下部分も転移してきたので、施設には苦労せず、彼らの超能力をもってすれば、研究所の拡張も研究素材の調達も楽なものである。
だが、私は私の目的を忘れてはいない。奴らに手を貸すのは仕方ないとして、私の悲願である、私の意のままに動く究極のクローン怪獣を今度こそ完成させて、私の存在を思い知らせてやる』
そこからは、研究の日々の内容が連ねられていて、彼は流し読みすると、最後のページを開いた。
『ついに、ついに長年の研究が実を結ぶ日がやってきた。研究所の奥深くに残していた、私のクローン技術の最高傑作、最強のクローン怪獣ネオザルスのDNAデータから、とうとうその全体を復元することに成功したのだ。すでにシルドロンの再生にも成功し、予備実験は充分だ。
唯一の懸念であった知的遺伝子の欠如も、この世界の、人語を理解し、人間に絶対服従する生物どもから組み込むことができた。これが起動すれば、やつらに作ってやったキメラドラゴンなどという出来損ないとは次元が違う、まさに芸術品とも呼べる、私の最高傑作が蘇るのだ。
そうすれば、もはやこんな世界に用はない。奴らは気づいていないが、私は極秘裏に魔神エノメナの持っていた次元移動の原理を応用し、地球へと帰還するための装置の製造にも成功している。
まず目的は、私をこんな目にあわせたSUPER GUTSの小僧ども、そして生物工学研究委員会を襲撃して、私の研究の正しさを認めさせることだ。
ああ、明日が待ち遠しい。明日より、私の輝かしい栄光の日が始まるのだ』
日記の残りのページは、ひたすら空白で埋められていた。
彼は日記を閉じると、つばでも吐き捨てるかのようにつぶやいた。
「愚か者の、幼稚な幻想だな」
日記を書いた当人が聞いたら激怒しそうな感想を無表情に述べると、投げ捨てられた日記が砂の上に落ちる乾いた音が続いた。
「破滅招来体の仕業かと勘ぐったが……考えすぎだったか。それにしても、これは地球のものであって、この地球のものではない。多次元宇宙論か、別の世界に別の地球、ひいてはもう一人の自分がいるかもしれない……量子物理学を専攻していたあいつが聞いたら喜びそうな現象だな。しかし、地球にこの場所が有害であることは変わりない。後始末はしておくか」
やがて、彼は残骸の中に張り巡らされていたコードやパイプが、ある一定の法則に従ってつながっていることを突き止めて、その収束した場所から瓦礫にうずもれていた地下への入り口を見つけると、その奥にいまだ健在な姿を保っている機械群を発見した。
「これが例の時空移動システムか。確か我夢の奴が草案を作っていたことがあったな。しかし、こいつはずいぶんと中途半端なシステムだ」
機械の外側を見ただけで、これだけのことがわかるとは、彼が口先だけでなく、並々ならぬ知識を有していることがうかがえた。
彼は装置の概要を調べて、これがエネルギー切れに陥っていることを突き止めると、スイッチを現在の位相の逆に合わせて、右手にまいているブレスレットのクリスタルから青い光を装置に照射した。
”……エネルギーチャージ完了、位相固定……これより、空間転移フィールドを展開します。転移まで千八百秒、カウント開始”
「これで、三十分後にはこの森は元の時空に戻る。それで終わりだ」
機械の正常作動を確認すると、彼は即座に立ち去ろうとした。だが、その前に足元から心臓の脈動のような振動が伝わってくると、監視モニターの一つに映った地下格納庫の映像を見た。
そこで動き始めていたのは、シャルロットの見た、あの異世界の怪獣図鑑の最後のページに、その創造主が自ら写真を貼り付けていた大怪獣。
「エネルギー補給の余波で、ついでに眠り姫もお目覚めか。しかし今更起きたところで、お前を地球には残さん」
つまらなさそうにつぶやくと、彼は自分も時空転移に巻き込まれないために、地下室を出て足早に森のほうへと歩き始めた。
絹を引き裂くような絶叫が、森の奥から響いてきたのはそのときであった。
「きゃあぁぁーっ!」
森の枝葉を揺り動かすような悲鳴をあげて、シャルロットは背中から腐葉土の上に倒れこんだ。
青い美しい髪が泥に汚れ、毛むくじゃらの虫が体を這い上がってくるが、そんなものにかまう余裕はない。
かろうじて杖だけは握り締めたまま、震える手で背泳ぎをするかのように木の葉を掻き分けて後ずさりする彼女に、巨大な異形がうなり声をあげて迫ってくる。
「キ、キメラドラゴン!?」
凍りつきそうな喉から、やっと搾り出した声が最悪の状況をシャルロットに再認識させた。
間違いない。あのノートにあったとおりに、全身を赤黒いうろこで覆った火竜の体に、キメラの証である無数の他の生物のパーツがついたその体。しかもつき方が尋常ではない。
奴の体から生えていたのは無数の”首”だったのだ。
馬の首、豚の首、羊の首。
豹、熊、狼などの猛獣の首。
キメラのものと思われる複数の動物の混ざった首。
そして、人間の首とおぼしきもの。
”キメラドラゴンは、捕食した生物の特性を吸収する”
ノートに書いてあったキメラドラゴンの特性はそれで、研究者たちは、もし成功したら食えば食うほど強くなる究極の戦闘生物となるであろうそれに、未来の栄光を夢見ていたに違いない。
けれども、生き物を都合よく作り出そうと考えた愚か者たちの思惑は失敗し、こうして食った相手の頭を無差別に生やす、ただの化け物と化したものこそがキメラドラゴンであった。
「そんな、なんでここに!?」
キメラドラゴンはジルが追跡していったはず、こんな場所にいるはずがない。けれど、恐らくは研究所の家畜や実験動物、さらには研究員や仲間のキメラまで食い散らかして、もはや自然界の摂理から完全にすべりおちた異形を、間違えるはずがない。
信じられないほどのおぞましさに、シャルロットは戦うことさえ忘れて逃げようとするが、すぐに背中が木にぶつかって逃げられなくなってしまった。
「た、戦わなくちゃ……」
逃げられないと悟ると、シャルロットは必死で杖をキメラドラゴンに向けた。しかし、奴の全身に生えた数十の首から、冥府から響いてくるような亡者のオペラが自分に向けられると、喉は凍り付いて一言のスペルも刻むことはできない。
キメラドラゴンは、唯一残ったドラゴンらしい部分、巨大な牙の生えたあごを開くと、唾液をこぼしながら口腔をシャルロットに向けた。
”助けて……助けて”
夢なら覚めてくれと祈りながら、シャルロットは自分に向けられてくる死神の牙を見つめた。
だが、キメラドラゴンはその牙を少女に突き立てる前に、突如何の前触れもなく爆発して、轟音とともに粉々に砕け散った。
「うあぁーっ!」
降り注いでくる肉片から必死で身を守りながら、シャルロットはなにが起こったのかもわからないまま、しばらく固く目を閉じて震えていた。その数十秒後、おそるおそる目を開けて、かすむ視界の中に映ってきたものは、バラバラの破片になったキメラドラゴンと、その後ろに立つ一人の男の姿であった。
「あの人……!」
悠然と、あるいは冷然と立つその男に、シャルロットは見覚えがあった。昨晩の、傷ついたジルや自分を助けてくれた人。あのときは顔は見えなかったが、服装や背格好には確かに見覚えがある。
彼は、粉々になったキメラドラゴンを軽く一瞥すると、あとは無感情にこれを無視して、へたりこんでいるシャルロットのすぐそばまでやってきて彼女を見下ろした。
「あ、ありがとう……ございます」
返事はなかったが、シャルロットは助けてもらったお礼を言うと、いまだに悲鳴をあげている足を叱咤して立ち上がり、男の姿を見つめた。
”なにか、怖そうな人……でも、助けてくれたし、悪い人じゃないのかも”
今まで会ったことのない不思議な感じを、シャルロットは感じていた。
これまで出会った貴族や平民の誰にも当てはまらず、ジルのような狩人とも違う、なにか神秘的な近寄りがたさを、その青年は持っていた。
それに、こんな危険な場所にいるというのに武器らしい武器は何も持っていないのも不思議だった。今起きたことから考えても、キメラドラゴンを倒したのは彼のはずだが、どんな方法を使ったのか見当もつかず、彼は特になにをするでもなくシャルロットを見返していた。
”わからない……けど、きっとこの人も……強いんだ”
いまや、生死の境を何度もくぐってきたシャルロットには、感覚的にそれがわかった。
彼の冷たい視線に冷まされたように、次第に気持ちを落ち着けていったシャルロットは、息を整えると破片となったキメラドラゴンの死骸に視線を移した。
”なぜ、こんなところにキメラドラゴンが……?”
キメラドラゴンは一匹しかおらず、一度獲物を食った場所には当分寄り付かないと聞いていたシャルロットは、話に合わない実情に、持ち前の明敏な頭脳と、やはりジルに叩き込まれた『獲物の考えを読め』という教えに従って考えた。
ランダムに動き回っているうちに戻ってきたのか? いや、改造されても動物としての本能は健在のキメラドラゴンが、そんな間抜けなことをするはずがない。
ならば、なにかの理由で戻ってきた? いや、それならジルと真っ先に出くわすはず。
別個体? なにをバカな、キメラドラゴンは一匹しか……
その瞬間、シャルロットの頭の中で、バラバラだったパズルのピースが、瞬時に一つの形になって組み合わさった。
すなわち、冷静になって思い返せば、図鑑で見たキメラドラゴンの全長は十メイル以上あるのに、このキメラドラゴンはいいところ五メイル程度。
さらに、キメラドラゴンは食った獲物一体ごとに頭を生やすのに、あのキメラドラゴンから生えていた頭の数はせいぜい十個ぐらいだった。
極端に小さな体格と、キメラとしては未成熟な体質……それから導き出される最悪の結論に、シャルロットの全身の血液が凍りつき、理性が否定しようとする。だが、冷静な部分がそう考えれば、キメラドラゴンが一ヶ月ものあいだ、森のどこを探しても見つからなかった理由になると警告してくる。
”いけない! もしそうだとしたら、ジルに勝ち目はない!”
予感ではなく、絶対に避けがたいジルの死を狩人の血が感じ取って、シャルロットはジルの消えていった先の道を見つめた。しかし、自分が行ってどうなる? この一匹にすら太刀打ちできなかった自分が行っても死ぬだけだと、心の中からもう一人の自分が呼びかけてくる。
「お願い、助けて! この先にわたしの友達がいるの、このままじゃ殺されちゃう」
自分の力ではどうしようもないと思ったシャルロットは、すがるようにして青年に助けを求めた。
だが、少女の悲痛な願いは彼には届くことはなかった。
「……」
「え?」
「……」
何を言い返されたのかわからなかった。最初は聞き損じたのか、聞き取れなかったのかと思ったが、さらに二言三言彼の言葉を聞くうちに、疑問は絶望へと変わった。
「言葉が、通じてない……」
青年の話している言葉は、ハルケギニアの公用語のガリア語でも、シャルロットの習ったトリステインやアルビオンのいずれの言語ともまったく違っていた。
これでは、意思を彼に伝えることはできないと、シャルロットの視界が黒く染まりそうになる。
それでも、ジルを放っておけないシャルロットは、おもちゃをねだる子供のように彼の袖を引っ張った。しかし、彼は無造作に振り払うと、あちらも言葉が通じないことを理解したのか、さっさと出て行けといわんばかりに森の外のほうへと指を指して見せた。
”だめ……これじゃ、間に合わない”
助けを求めることもできず、がっくりとシャルロットは肩を落とした。
いったいどうすればいいのか、このまま一人だけで助けに向かっても、二人とも死ぬ。かといって、ほっておいてもジルは確実に殺される。
どうすれば、どうすれば……自問自答が何十回もシャルロットの中で繰り返され、どうしても答えが出せなかったシャルロットが、ふと顔を上げたとき、彼はまだそこにいた。
青年は、シャルロットに何を語るでもなく、何をしてくれるでもなく、ただそこにいて彼女を観察するようにじっと見下ろしていて、その見定めるような冷たい視線が、彼女に決意を促した。
”ジル……待ってて!”
彼が何を考えていたのかシャルロットにはわからない。しかし、彼女にはあの目が、守りたいものを本気で守りたいのかと、自分のちっぽけな心をせせら笑われているように見えて、そう思ったときには自然と走り出していた。
そして、駆け去っていくシャルロットの姿を無表情に見送った後、青年はシャルロットにはわからない言葉で、憮然としてつぶやいた。
「せっかく拾った命を、わざわざ自分から捨てに行くとはな」
それから、時間にして数分後……シャルロットが見たのは、洞窟を背後にしたキメラドラゴンと、襲い掛かってくるキメラドラゴンに向かって”凍矢”を放って仕留めたジルの姿であった。
「やった……」
完全に氷漬けになり、絶命したキメラドラゴンの前でほっとしてへたり込んだジルに向かってシャルロットは大急ぎで駆けつけた。
「ジルーっ!」
「シャルロット……見たか! あたし、やったよ!」
勝利の喜びに手を振ってくるジルの笑顔も、今のシャルロットの目には映らない。その視線はまっすぐにジルが倒したキメラドラゴンの死骸に向けられている。
”やっぱり、あのキメラドラゴンも五メイル程度しかない。ジルは興奮してて気づいてないんだ!”
仮説は確証に変わり、迫り来る死神の鎌からジルを逃がそうと、シャルロットはフライで飛んだらスペルのせいでまともにしゃべれないので全力で走った。
しかし、シャルロットがあと十メイルほどに駆け寄ったとき、ジルの背後の洞窟の闇の中で、瞳孔のない血走った数十の目が輝き、不気味なうなり声が響いた。
「ジルー! 後ろーっ!」
「えっ!?」
ほんのコンマ数秒のうちに暗転は起こった。
シャルロットの声に反応して後ろを振り返ったジルに向かって、鋭い斬撃が振り下ろされ、反射的に飛びのいたジルのいた場所で、真っ赤な血しぶきがあがった。
「うぁっ……」
「ジル、大丈夫!?」
倒れこんだジルにシャルロットは駆け寄って抱き起こした。
「シャルロット……うあっ!」
荒い息をつき、顔中に脂汗を浮かばせたジルはシャルロットの姿を認めると、地面に手を突いて立ち上がろうとしたが、左足に走った激痛に再び地面に崩れ落ちた。
「ジル……あ、足が」
シャルロットの引きつった顔と、いつもあるはずのものがないことに、ジルは自分の身に何が起こったのかを理解した。ジルの左足は、ひざの部分から寸断されて、滝のように血が流れ出している。
そして、鋭い爪の一撃で自分の足を切り落とし、それをうまそうに喰らっている相手の姿を確認したとき、ジルの顔は絶望に彩られていた。
「キメラドラゴン!? ば、馬鹿な……あいつは、あたしが……ああっ!?」
そこにいたのは、倒したはずのキメラドラゴン……しかも目を疑うことに一匹ではない。洞窟の奥から三匹、四匹と、違う頭を生やしたキメラドラゴンが続々と出てくるではないか。
「あいつは、身を隠していたあいだに、子供を作ってたんだよ」
「なに!? でも、動物がつがいもなしで、子供を作れるはずが……」
「ううん、いるの。動物の中には、自分だけで子供を作れる生き物が」
読書好きのシャルロットは、生き物について書いてあった本の一節を思い出して語った。
無性生殖……普通の生き物はオスとメスが交尾をして子供を作るが、原始的な生き物の中には自分の体を分裂させるなどして繁殖できるものが存在する。ヒトデを真っ二つに切るとそれぞれが再生して二匹になったり、細菌が細胞分裂の要領で増えていくのがその例だ。
ただ、普通ある程度以上高等な生物は無性生殖はしないのだが、このキメラドラゴンには捕食した獲物の一部をコピーする機能が備わっている。すなわち、もしも生物として種の保存という本能に駆り立てられたキメラドラゴンのその機能が、食った獲物の代わりに、自分の分身を体から生やすといった繁殖方法を会得したと、考えられなくはないだろうか。
「なんてこった……それじゃ、あたしが倒したのは奴の分身にすぎないってのか」
「残念だけど、それよりも早く逃げよう」
あのときシャルロットが危機を知らせたおかげで、ジルはかろうじて体への直撃だけは免れていたが、左足を失ってはもう走れない。シャルロットは氷の魔法でジルの傷口を凍結させて止血を施すと、抱えてフライの魔法を唱えようとした。けれども、天を舞う白鳥も地に枷がつけられては這うようにしか飛べず、ジルの足を奪い合って食っていたキメラドラゴンの幼生体たちは、もっと大きな獲物へと我先にと襲い掛かってきた。
「シャルロット、もういい、あたしを置いて逃げろ、あんた一人なら逃げ切れる!」
「そんなことできるわけないよ!」
「バカ! 二人とも死ぬ気か。どのみち、もうあたしにはもう仇をとる力はない! あんたは違う」
「違わない! わたしも生きてる、ジルも生きてる! だから死んじゃだめなの!」
叫んだとたん、キメラドラゴンの爪が背中をかすめて、二人は地面の上に投げ出された。
さらに、奴らは多少は知恵が回ると見え、ちょこまか逃げる獲物を逃がすまいと、四方を取り囲んで退路を断つと、よだれを垂らしながら包囲陣を狭めてくる。
「負ける……もんか」
動けなくなったジルをかばいながら、シャルロットは渾身の力を込めて『ウィンディ・アイシクル』を放った。だが無数の氷弾がキメラドラゴンを襲っても、分厚い皮膚にさえぎられてダメージになっていない。続けてためした『エア・ハンマー』『エア・カッター』もだめだった。
キメラドラゴンたちは、こそばゆい攻撃に喉を鳴らして笑いながら、じわじわと迫ってくる。
”もう、だめなの……”
持てる力は全て出し切った。最後まであきらめずに戦い抜いた。それでもだめだった悲嘆が涙となってシャルロットのほおを流れ落ちてくる。こんなとき、幼少の頃母に読んでもらった『イーヴァルディの勇者』の物語なら、正義の勇者が助けに来てくれるのに。
「誰かぁ! 助けてーっ!」
そのとき、森の奥から冷たく二人を見つめていたあの青年が、意を決したように右腕のブレスレットを胸の前にかざした。すると、収納されていたブレードが左右に開いて回転し、中央の青いクリスタルからまばゆい輝きがあふれ出して彼を包み込んだのである!
群青の光芒、それは生命ある星を包み込む大海……アグルの光。
数秒後、絶叫して死を覚悟し、ゆっくりと自分に向かってくるキメラドラゴンの牙を見つめていたシャルロットの瞳の中に、水晶のように美しく輝く美しい玉が映った。
刹那……光の玉がキメラドラゴンの体に吸い込まれていったかと思うと、そのキメラドラゴンは粉々の肉片になって飛び散った。
『リキデイター!』
青い光球は次々と飛来し、ジルとシャルロットを取り囲んでいたキメラドラゴンたちを容赦なく粉砕していく。
「シャルロット……あんた、なにを?」
「わたしじゃない、わたしじゃないよ……」
圧倒的……威容を誇っていた怪物どもが、なすすべもなく爆死していく信じられない光景を、二人は魂を抜かれたように見つめた。
そして、その光景をもたらし、悠然と……しかしケタ違いの存在感を持って生き残りのキメラドラゴンを睥睨する一人の戦士が森の奥から現れたとき、彼女たちはその姿を生涯の記憶に焼き付けていったのだった。
続く