ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第29話  嵐の前夜祭

 第29話

 嵐の前夜祭

 

 ゾンビ怪人 シルバック星人 登場!

 

 

 地球で言えば十一月に相当するギューフの月、トリステインは最大の活気に包まれていた。

「トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下、万歳!」

「アルビオン万歳! ウェールズ新国王に乾杯!」

 首都トリスタニアには着飾った人々であふれ、街並みの窓にはトリステインとアルビオンの旗が雄雄しくはためいている。

 この日、トリステイン王国のアンリエッタ王女と、再建なったアルビオン王国の若き国王ウェールズ一世との婚礼の儀、その前夜祭がとうとう始まろうとしていた。

 国内のあらゆる行事や祭事も中止となり、当然魔法学院もその期間は完全休校。生徒たちも貴族としての責務を果たすために、総出で式典に参列することになっている。

 ルイズも、カトレアに力を借りてようやく完成させた詔と始祖の祈祷書を持っておっとり刀で駆けつける。

 目指すは、トリステインとアルビオンの玄関口、港町ラ・ロシェールである。魔法学院の生徒たちはトリステイン代表の一員として、明日アルビオンからやってくるウェールズ国王のお召し艦を出迎えるという大役を預かっているのだ。

 ほかの生徒たちとともに、ルイズは学院がチャーターした馬車で三日をかけてラ・ロシェールについた。そこでルイズたちは、すでに街中を包んでいる喧騒に目を丸くして馬車を降りたのである。

「うわぁ、もうこんなに人が集まってるなんて!」

 街並みを一見しただけで、とてつもない数の人が集まってきているのが見て取れた。以前訪れたときの、ひなびた港町という印象はすっかり失せて、街中に世界各国から集まってきた観光客や、商売をもくろんでやってきた商人たちがごった返している。

「いやあ、これは平時のトリスタニア以上じゃないかな」

「ざっと二、三万人はいるんじゃないか。おれ、こんなに人間が集まってるの見るの初めてだ」

 後続の馬車から降りてきたギーシュたちも、ラ・ロシェールのあまりの賑わいぶりには圧倒されている。

 岩山を切り抜いて、平時は三百人くらいしか住民がいない殺風景な街並みの様子はどこにもない。今では、もとからある建物にはすべて人が入り、廃屋だった場所もなんらかの商店へと生まれ変わっている。また、街の外には街道を縫うようにして旅籠や土産物屋が急造されて軒を連ねている。商人のほかにも芸人や見世物屋台、旅の説法師などがよりどりみどり。それでもあぶれた人々はテントを張ったり、小屋を建てたりして、まるでラ・ロシェールの街が十倍に膨れ上がったかのようなとてつもない賑わいだった。

 馬車駅に全員の馬車が到着すると、引率の教師たちは生徒たちに告げた。

「では皆さん。ここでいったん解散にします。夕食の時間までは自由行動としますが、魔法学院の生徒としての自覚をもって行動するように、以上!」

 あっけにとられながらも、生徒たちは馬車駅から街中にあるホテルへ向かうために歩き始めた。でも、ごったがえしている街中では、貴族であろうと道を譲られることはほとんどない。やってきた生徒たちはあっという間にバラバラになって、ルイズと才人たちも、ギーシュやキュルケなど見知った面々とだけいっしょになって、人々をかきわけて進んでいく。

 

 そうして街中へと歩を進めていくと、才人にとって、もはや懐かしくも耳に染み付いた声が呼びかけてきた。

「おーいサイト! サイトじゃないか」

「あっ、ミシェルさ……姉さん!」

 振り返ったとたんに手を握り締めてきた義姉に、才人も満面の笑みで応えた。

「久しぶりだな。元気だったか?」

「おかげさまで、毎日ルイズの雑用しながら楽しく過ごしてますよ。姉さんも、お元気そうで」

 才人が答えると、姉さんと呼ばれたことでミシェルはうれしそうに笑った。見ると、警備任務の途中だったと見えて、後ろには見知った銃士隊の人たちもついている。彼女たちは、才人の姿を認めると、自分たちは目配せをしあって一歩下がった。その様子に、才人は王宮での姉弟三人で胴上げされたときのことを思い出す。二人とも、前に比べて少し髪が伸びていた。

「わたしも、あれ以来このとおり、元気にやってるさ。ところで、お前またミシェル”さん”と言いかけたろ?」

「あ、やっぱりバレてました? ごめんなさい」

「いいさ、習慣ってものはなかなか変えられないものだ。わたしも、変わるまでにはずいぶん遠回りをしてしまったことだし……とにかく、会えてうれしいぞ」

 苦笑いしながらごまかした才人と、笑ってそれを許したミシェル。そんな彼女の笑顔に、才人も胸の奥から充足感が湧いてくるのを感じた。以前の、目を離したらどこかに消えてしまいそうな儚さに代わって、春の野花のような明るさと力強さに満ちている。この笑顔を取り戻すために自分の力が役に立ったのだ。

 そうして才人とミシェルが親しく話していると、後ろからキュルケやギーシュたちも出てきた。みんな、才人が「姉さん」と呼んだことに注目している。

「サイト、きみいつのまにそんなきれいな姉を得たんだい?」

 ギーシュの疑問ももっともであった。というより、才人とミシェルの関係を推理することができる者がいるとしたら、それは現世の者ではあるまい。才人は、ハルケギニアでの身分の後見人として、ミランという名字をもらったことを簡潔に説明した。

「なるほど、そういえば先日銃士隊のアニエス隊長がやってきたとき、コルベール先生とそんな話をしてたなあ」

 そのとき、才人は偶然学院を留守にしていたのであいまいにうなずいておいた。ミシェルは、ギーシュやキュルケたちを見て「お前たちも久しぶりだな」と話しかけている。その気さくで陽気な様子に、キュルケやタバサはともかく、王宮で会って以来のギーシュなどは本当に同じ人かととまどったほどだ。

「ところで、姉さんがいるということは、アニエス姉さんもここに?」

 まだ、「姉さん」という呼称には照れくささがあるものの、そう聞くとミシェルはそのとおりだとうなずいた。

「ああ、銃士隊もここの警備に狩りだされてな。姉さんは、いや、隊長は港の本部で指揮をとっている」

「へえ、大任ですね」

「陸戦に限っては、銃士隊はもうトリステイン最強と誇ってもよいからな。それだけじゃないぞ、上を見てみろ」

 言われたとおり、首を上に向けてみると、空にはぽつぽつと、ごまをふったような黒点がいくつも旋回しているのが確認できる。

「ようやく再建がなった各魔法衛士隊の幻獣たちだ。これだけの式典だ、どこから何者の妨害が入っても対応できるように万全の布陣を敷いている。それに、入場者のチェックにも魔法だけでなく、貴族に対しても身体検査や犬を使った確認まで徹底しているのさ……アルビオンの轍を、踏むわけにはいかないからな」

 最後の部分を小声に変えたミシェルの言外に匂わせた意味に、才人だけでなく、ルイズやキュルケやタバサ、あのときアルビオンにいた者たちは一様につばを呑んだ。

 アルビオン王国の深部が蚕食され、ウェールズまでもが傀儡に変えられていた事実は記憶に新しい。むろん、このことは公にはされていないけれども、トリステイン、アルビオン両国ともに過敏になっていて当然のことであった。ミシェルも、以前ワルドに刺された古傷を、苦笑いしながらなでている。

 港も今日は船の入出港はなく、関係者以外の立ち入りは厳禁されている。周辺の空域にも、トリステイン空軍の艦艇や、手だれの竜騎士やグリフォン、マンティコア隊が配置され、万一の事態に備えて蟻一匹見逃さぬ、厳重な警戒網を敷いていた。

「ただのお祭り騒ぎじゃ、ないってことか」

「当然よ。祭典や式典のときっていうのは、暗殺者にとって絶好の機会ですもの、いくら警戒厳重にしてもしすぎるってことはないでしょう」

 うかれ気分に冷や水をかけられたような才人にルイズが釘を刺した。レコン・キスタや不平貴族の残党、その他国内の混乱をもくろむ者たちにとって、トリステインの要と同盟国の元首を同時に抹殺できるこの機会は二度とないだろう。

 実を言えば、魔法学院の生徒たちがウェールズ国王を船から出迎えるということにも、護衛の意味合いが込められている。少年少女ばかりとはいえ、メイジが数百人もいるところを襲うような無謀な暗殺者はまずいない。恐れるとなれば、生還を期さずに死なばもろともと自爆を試みるやからだが、そうして心配していてはきりがない。

 いきなり、責任重大だということを自覚させられたギーシュは身震いした。

「ううむ。も、もしものときはトリステインの貴族として、この身を盾にして陛下をお守りせねば」

「せいぜい頑張ってね。首は無理だけど、手や足なら千切れてもくっつけてあげるから」

 から元気を張るギーシュをモンモランシーが冷やかして、ギーシュが「そ、そんなぁ」とへこむのも、今では見慣れた光景であった。

 すると、情けなさそうにしているギーシュの肩をキュルケがぽんと叩いた。

「まあ安心しなさいよ。いざとなったら三年生もいるし、あたしやタバサが助けてあげるからさ」

「ちぇ、トライアングルは余裕があっていいねえ。君たち、もう少し男性を立ててくれないかね?」

「そういうことは、ミスタ・ジャン・コルベールくらいになってから言いなさい。ああ、あのとき危険を省みずに飛び込んできた勇姿といったら! いままで見過ごしていた自分が恥ずかしいわ」

 祈るようなポーズで天をあおぐキュルケに、ルイズとモンモランシーは呆れた調子で顔を見合わせた。

「また始まったみたいね」

「しかも今度はミスタ・コルベール。前にふられた男たちに同情するわ」

 キュルケの”微熱”という二つ名を思い出した二人は、ついていけないわねと同調した。

 一方で才人も、ガンダールヴではなくなってるので昔ほどの働きは望めないけれど、いざとなったら頑張りますと胸を張る。

 しかし、そうしてまかせてくれと意気をまく才人たちに、ミシェルたちは複雑な笑みを見せた。

「気持ちは受け取っておこう。だが、本当に万一のときには我々本職に任せて、お前たちはとりあえず自分を守ることを考えろ」

「そんな! 平民を守るのがきぞ」

 真っ先に反論しようとしたルイズの口元にミシェルの手が伸びて、その先の言葉を押しとどめた。そして、同じように納得できないと顔をしかめているギーシュやキュルケなどの顔も見回すと、教え諭すように語った。

「わたしも、銃士隊の副長、それ以前にもいろんな人間の死と向き合ってきた。いちいち数えてはいないが、目の前で死体になった人間の数は三桁を下るまい。貴族は国のために命を賭し、貴族は平民を守る。魔法を使えるお前たちが、使えないわたしたちより役に立つのは確かだろう。しかしな、この世の中にはもう一つ、『死ぬのは歳の順』というきまりがあるんだ」

「歳の、順?」

「ああ、お前たちと会う前のことだが、うちに一人、お前たちと同じくらいの隊員がいた。わたしなんかよりずっと明るくて器量がよくて、剣士としても才能があった……でも、そんなやつも初陣のオーク退治であっさりと死んでしまった……生きていたら、わたしなどより副長にふさわしかったかもしれん」

 憂えげに独白するミシェルの悲しげな横顔は、ルイズたちから覇気をもぎとっていた。

「覚えておいてくれ。誇りや使命のために命を賭けるのも間違いなく尊いことだ。でも、年上の人間にとって、年下の仲間が自分より早く死んでいくことほど悲しいことはないんだ」

 多くの死を目の当たりにしてきた者であるからこそ、彼女の言葉には重みがあった。時には部下にむかって「死ね」と同義語の命令を下さなければならない立場だからこそ、無益な犠牲は何より嫌う。同時に、若い人間から先に死んでいくことから、戦争というものがいかに愚劣な行為かがわかるだろう。

 もちろん、”万が一”という事態が起きたときに一番危険なのはアニエスやミシェルたち銃士隊なので、才人は心配そうにミシェルを見た。

「ええっと……無理は、しないでくださいね」

「おいおい、無理をするのが我々軍人の仕事なんだ。あまり無茶はいわないでくれ。でも、お前のことだ、わたしや姉さんだけでなく、銃士隊の誰が戦死したって号泣してくれるんだろう。そんなんじゃあ、気が気じゃなくておちおち死んでられないさ。なあ、お前たち」

 ミシェルが振り返ると、彼女についてきていた二人の隊員も気恥ずかしそうにうなずいた。

 戦いの中で死ぬ覚悟をつける、というのは軍人として特に珍しいことではない。が、そんな覚悟とは別件に生きる欲求……いや、生きる義務感が芽生えてくるのはなぜなのか? 例えるのは難しいが、幼子を持つ親が、どんなに過酷であろうとも仕事を投げ出さないようなもであろうか?

「やれやれ、柄にもなく説教臭いことをしてしまったな。こういうことは大方隊長に押し付けたいのだが」

「アニエス姉さんなら、「ひよっこは下がってろ!」の一喝だと思いますよ」

「かもな」

 二人は顔を見合わせて大いに笑った。気を張る必要がなくなったからか、ミシェルは本当に明るくなった。そういえば、ルイズやアニエスも出会ったばかりのころはほとんど笑わなかった。やっぱり、女の子は笑っているときが一番美しい。そういえば、なんだかんだ言っても面倒見のいいところは、姉のアニエスに似てきているかもしれない。

 ミシェルはそうしてギーシュたちに、「まあそういうことだ。急がなくても死に場所なんてものはめぐってくるときはくる。焦らずに出番は年長者に譲っておけ」と切り上げた。それ以上話すこともできたけれど、若者は長話は聞かない。心の隅に軽く止めておいてもらうだけでも、今はそれでよかった。

 それよりも、ミシェルには話したいこと、話したい相手が目の前にいるのだから。

「話を戻すが、警備は我々軍が責任を持ってするから、お前たちは気兼ねなく楽しむといい。ただし、騒ぎを起こしたらお前たちでも容赦なくしょっぴくぞ」

「はい、気をつけます」

「よし。それでまあ、固い話はおいておくとしてだ……な」

 そこで、ミシェルは軽く間をおくと才人の目の前でじっと彼の目を見つめてきた。

 才人は、はてなと頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような怪訝な表情をする。

 なんだろう? おれなにかしたかな? と、才人は思い当たる節がない。だが、ミシェルは才人にいきなり抱きつき、才人の頭を脇の下に入れて、がっちりとヘッドロックの姿勢に持っていった!

「お前ってやつは! 学院に帰ってから今日まで一度も会いに来てくれないじゃないか! わたしがどれだけ寂しかったと思ってるんだ!」

「あいててて! ちょ、ギブ! すいません! おれにもいろいろ事情があって」

「うるさい! 私は仕事を抜けられなくて、待つしかなかったというのに。それに、このあいだは学院が三連休に入るっていうからもしかしたらと期待して、信じてたのに! お前はなにか? 釣った魚にはエサはやらないって奴なのか!?」

 と、それまで我慢していたうっぷんが爆発したミシェルは思いっきり才人を締め上げた。才人にも一応、ルイズの詔をいっしょに考えなきゃなかったりと言い分はあるのだが、女心に理屈が通じると思う奴はバカの一言で片がつく。

「すみません! 会いに行かなかったことは謝りますから、許してください」

「そうはいくか! ここで会ったが百年目だ。それに、お前はまだそんな他人行儀なしゃべり方で! よーし、謝る気があるんなら、今日は一日手伝ってもらおうか」

「ええっ!? で、でも……」

「なんだ、姉さんが苦労してるときに黙ってるなんて薄情な弟だな、お前は」

 才人としても、銃士隊の手伝いができることはやぶさかではない。ガンダールヴの力はなくなってるので、警備の役には立たなくても、猫の手も借りたい状態では雑用でもなんでもあるだろう。また、ミシェルの言うとおりに、ろくに会いにもいかずに寂しがらせてしまった罪悪感もある。「好きだよ」と言ってもらったあの日のこと、その思いは重々承知していたはずなのに……

 ギーシュたちが唖然としてる前で、気持ちが定まらない才人はズルズルと引きずられていった。

 が! 才人がこういう状況になって、そのままただですんだことはない。そう、こんな状況を見てルイズが黙ってるはずはないのだ。才人の手をつかんで、力の限りに引っ張りあげる。

「この! 離しなさいよ! あんたはなに人のものに勝手に手を出してるの!」

「姉が弟を連れて行ってなにか悪いのか? 貴女こそ、家族の触れ合いに手を出さないでもらえるか?」

 ミシェルも一歩も引かずに、ルイズの頭に一気に血が上る。

 家族ぅ!? 冗談じゃない、才人を家族に入れるのは自分のほうだ!

「調子に乗るのもそのへんにしておきなさいよ。久しぶりだっていうから大目に見てあげてたら。いいこと! サイトは頭のてっぺんから足の爪の先までわたしのものなのよ!」

 久しぶりに、ルイズのやきもちが燃えた。才人と恋人宣言をしてからこれまで、才人とのあいだに入ってくる女のことを意識しなかった分、反動とばかりにすごい腕力が発揮される。男の才人の力でも、全然敵うものではない。

 

 それを見ていた友人たちは、三角関係と呼んでいいのか適切ではないかもしれないが、だいたいの事情を理解すると、それぞれらしい反応を見せた。

 ギーシュは、「サイトも隅におけないなあ」などと、まるで不肖の弟子を見るようにうなずいた。

 モンモランシーは、才人のどこにあれだけ好かれる要素があるのかと首をかしげる。

 キュルケは、「情熱ねぇ」と感心し、タバサはいつもどおりそ知らぬ顔。

 総じて、じっくりと観察している。

 

 だが、見世物にされているほうはたまったものではない。

「ぐぁぁっ!?」

 ほぼ大岡越前状態である。違うのは引っ張っている二人とも離すつもりがないということだけ。ギーシュなどは「うらやましいものだ」と口を滑らせてモンモランシーに足を踏まれているけど、当の本人はそれどころではない。

「お、おい! おれを殺す気かあ!」

「なに言ってるの、大事なあなたを死なせるわけないじゃない。でもね、わたしのものはわたしのもの、だからあんたはわたしのものなの」

 独占欲丸出しでムキになるルイズ。

「日中サイトを独占してるくせに、少しはこっちに還元しても罰は当たらないんじゃないかな? サイトだって、たまには息抜きも必要だろうに」

 ミシェルのほうも負けてはおらずに、今日こそ才人をと執念を見せる。なお、ミシェルの部下の隊員たちは、止めるどころか「がんばれ副長!」と応援している。こういう方面では、学院の女子も銃士隊もなんらの差もありはしないようだ。

 レオとアストラに袋叩きにされているアトランタ星人のように、才人はルイズとミシェルの二人に挟まれて、右に左にと引っ張りまくられた。しまいには、ミシェルが才人の頭を抱きかかえて、ルイズが才人の足をねじ上げるせいで逆エビ固めのポーズとなり、才人の背骨がミシミシと軋み声をあげる。

 そんな才人を見ても、誰一人仲裁にも入らないのは見慣れた光景であるからだけではない。いや、むしろ止めたら才人に悪いと思っているからで、それは。

「死ぬ死ぬ! 死ぬって! でも、ちょっといいかも……」

 よーく観察したら、ホールドされている位置関係で、ミシェルの胸が才人の顔にもろに押し付けられていた。窒息寸前だというのに本能というものは悲しいものである。ようやく解放されたときには、才人は十回近く咳き込んだ後でルイズに蹴り飛ばされるはめになってしまった。

「まったく、このエロバカ!」

「そうはいっても、これは男の不可抗力といったところで」

 抗弁してもルイズに聞く耳がないのはいつものことである。まるで簡単にへし折れるギャンゴの回る耳のようだ。イカルス星人とまではいかなくても、フック星人くらいの耳はあってほしいと才人は思った。

 むろん、ルイズの怒りは才人だけにとどまらない。ミシェルにも、当然ながら食って掛かった。

「あんた! 調子に乗るのもいいかげんにしなさいよ! サイトに助けられて、その気持ちもわかるわ。でも、恩義を傘に人のものに手を出そうだなんて最低よ。サイトはね、わたしを好きだって言ったんだから」

「知っているさ。けれど、人を好きになる権利は誰にでもある。貴族のお前が平民のサイトを好きになったように、私もサイトのことが好きだ。今なら胸をはって、心から愛していると言える。お前のほうこそ、サイトの気持ちを知っているなら、なぜもう少し親密にしてやれない? お前にはまだどこかサイトのことを、主人と従者、あるいは自分の持ち物のように扱う風があるように見える」

 ミシェルの指摘に、ルイズはぐっとなって一瞬言葉を詰まらせた。

「それは……貴族には、それなりの体裁を整えなきゃいけないことも多いのよ!」

「体裁か、私も元は貴族……いや、今は貴族に戻ったか。だからわかるが、私の父と母は、家にいるときは貴族など関係なく明るく優しかった。今の仲間たちとなんら変わらないようにな。それに、お前の友達は少しも体裁など気にせずサイトとつきあっているようだが?」

 ルイズはぐぅの音も出なかった。そのとおりだ、今では才人の貴族の友人で、貴族らしく肩を張っている人間など一人もいない。一番近いところにいながら、一番才人を遠ざける態度をとっているのは他ならぬ自分自身なのだ。

 むろん、ルイズももっと素直になれたらいいと思っている。一度だけだが、才人に好きだとも言った。しかし、長年積み重ねてきたプライドや、身に染み付いた貴族の慣習はすぐには変われない。変わりたいと思っても、その度にそれらが出てきて邪魔をしてしまう。そんな葛藤が顔に出たのか、ミシェルは今度は穏やかな声色でルイズに言った。

「それがお前のやり方だというなら、それもいいんだろう。サイトも、そんなところが好きなようだしな?」

「え!? おれ? いや、そりゃまあ……」

 唐突に視線をぶつけられた才人はとまどったが、まんざらでもないような様子にミシェルは笑った。

「本当に、一番にサイトに会えなかったのが悔しいよ。ミス・ヴァリエール、わかってると思うが、こんな物好きな男、手を離したら二度と現れないぞ」

「わ、わかってるわよ、それくらい!」

「なら、もっと努力することだ。サイトの優しさに甘えているようじゃ、いつか後悔することになる。もしも、お前がサイトを不幸な目に合わせるようなことがあれば、私は決して許さない。力づくでも、私はサイトを奪っていく」

 ミシェルの目は、冗談でもなんでもなく本気だった。ルイズは、その気迫に息を呑み、彼女の本気には自分も本気で向き合わないとだめだと思った。

「あ、あんたなんかにとやかく言われる筋合いはないわ! サイトと、こ、こここ……恋人になったのはわたしのほうなんだから! だから、サイトに手を出すなら、わたしが許さないんだから!」

 それが、ルイズのミシェルからの宣戦布告に対する回答だった。そばで聞いていたギーシュやモンモランシーは、あのルイズがここまで!? と、仰天し、当の才人はルイズが恋人と呼んでくれたことに正直に感激して涙を流していた。

 そして、ミシェルはビシッと自分を指差しているルイズを見返すと、なぜか満足げに微笑んで。

「それはだめだな。サイトよりいい男なんてそうはいないよ。私をあきらめさせたかったら、さっさと結婚まで持っていくことだ。それにな……」

 と、ミシェルはルイズの耳元に唇をよせると短くつぶやいた。

「姉として、弟に悪い虫がつかないように見張らなきゃいけないからな」

「このっ!?」

 抗議しようとするルイズをよそに、ミシェルは悠々と背を向けて去っていく。でも、単純なルイズが怒ったように、ミシェルに二人の恋路を邪魔しようとかいう悪意はない。むしろ、気を抜くなと発破をかけているのである。表面上は順調なように見えても、大貴族と平民、まだまだ二人の先にふさがるであろう障害は多いに違いない。しかし、こうして人を気遣う余裕も、少し前の彼女ならとてもなかったであろう。

 内心の切なさを表情には出ないようにしながら、ミシェルは人生最大の恩人であり思い人の顔を見て思った。

”サイト、今でも大好きだよ。でも、やっぱりお前はミス・ヴァリエールといるほうが楽しそうだな。寂しいが、私はお前の姉で充分だよ……”

 好きな人がそばにいるから、それだけで満足だ。恋人でなくてもいい。ただ、あなたのそばにいられるだけで、私は幸せなのだよ。

「副長、そろそろ……」

「おっと、そうだな。じゃあサイト、非番になったら遊びにいくからな」

 ミシェルはそう言うと、部下を引き連れて任務に戻っていった。才人は手を振って見送り、ルイズは「来なくてけっこう!」と、塩をまきそうな剣幕だ。

 

 さて、早々に親しい顔と対面して意気を大きくあげた才人だったが、その後は少々怖い眼差しを送ってくるルイズのおかげで、祭りの雰囲気を楽しむどころではなくなっていた。ギーシュたちは痴話げんかの巻き添えはごめんだと、いつの間にか人ごみの中に消えてしまっている。

 薄情者たちめ! 心の中で叫んでも、結局才人のテレパシーは誰にも届くことはなかった。

 

 その後、ほかの生徒たちは学院で予約したホテルにまずは直行し、荷物を置いた。馬車旅はけっこう揺られるので思ったよりも疲れるものだ。一方、ルイズはその前に港に向かうと、国の役人に始祖の祈祷書と完成した詔を提出した。

「それでは、よろしくお願いします」

「承りました。それでは詔のほうは実行委員会のほうへ送付いたしますので、ヴァリエール嬢の詔も審議され、選ばれた巫女はトリスタニアでの式典開始の際に発表されます」

 これで、後は運を天にまかせるのみである。ルイズは、ほかの巫女候補がどんな詔を考えたかは知らないけれど、ちぃ姉さまといっしょに考えた詔が落選するはずはないと心に強く祈った。

 けれど、それで立ち去ろうとしたところ、役人に呼び止められたルイズは始祖の祈祷書を返されて告げられた。

「お待ちを、始祖の祈祷書のほうはそのままお持ちください。祈祷書はラ・ロシェールから途中の町々で人々に祝福を与え、巫女候補の者たちによって運ばれていくことになっておりますので、ヴァリエール嬢にはその最初の一人になっていただきます」

「わかりました。喜んで承ります。神のしもべとして、立派に大役をはたしてごらんにいれますわ」

 思わぬ大役をおおせつかったルイズだったが、一切の躊躇なく一礼して拝命した。

 才人は、そういうルイズの『貴族の責務』というところをまだ完全に受け入れられたわけではないけれど、今回はせいぜい聖火リレーのランナーのようなものだろうと軽く考えて、特に文句はつけなかった。

 

 さて、一足遅れでホテルにチェックインした二人はとりあえず荷物を下ろして人心地ついた。

 敏腕秘書のロングビルが結婚式の予定が立ってすぐに予約をとっていてくれただけはあり、部屋を取れていない生徒は全校生徒の中で一人もいなかったのはたいしたものである。

 二人が一夜を過ごすことになったのは、それらのホテルの中で一番立派な『女神の杵』亭だった。もっとも、上等な部屋は最上級生にとられてしまっていたので、二人が泊まるのはルイズの部屋とあまり差のない個室だった。

「はふう」

 ベッドの上に祈祷書の入ったカバンを置くと、ルイズはごろりと横になって息をついた。同時に、才人も二人分の着替えを詰めたバッグを床に置く。以前の旅の経験があるので、今回は必要最低限も最低限に抑えられていて、バッグひとつですんでいた。

「ご苦労さん。これでひとまず、今日やることは終了よ」

「そりゃ助かる。じゃ、とりあえずおれらも下に降りてメシにしようぜ」

「はぁ、あんたはほんとに物言いがはしたないところは治らないわねえ。いい、紳士淑女というものは……」

 と、ルイズがご高説を述べようとしたところで、彼女のおなかがきゅううとかわいい音を立てた。

「……遅れたから、もうみんな引き上げて食堂はすいてるでしょう。いくわよ」

「G・I・G」

 実を言うと、ルイズも空腹を我慢していたのだった。

 『女神の杵』亭の食堂は、貴族が使うだけあって広々としてなかなか立派なものであった。テーブルには純白のクロスがかけられ、食器は銀製である。その中で小さめの席をとった二人は、向かい合って少し遅めの昼食をとった。

 しかし、日本にいたころも外食といえばせいぜいファミレス程度の才人には高級ホテルのマナーなどはさっぱりわからない。そのため、食事を始めて早々に、才人はルイズ直伝のテーブルマナー講座を受けることになった。

「サイト、ワインを飲む前には口を拭きなさいよ。それから、食器に音を立てさせたらだめよ」

「はいはい、わかりましたよお嬢様」

 ルイズの講習は、さすがに母親があれなのでとても厳しいものだった。おかげで、せっかくのご馳走だというのに思うように食べられない。

「おい、そんなに細かくやってたら冷めてしまうぞ」

「だったら一度で覚えなさいよ。今日は二人だからいいけど、そのうちなにかのパーティなんかに出たときに無作法で恥をかくのはわたしと、ひいてはヴァリエール家になるのよ。いい機会だから、この際基礎はみっちり教えておいてあげるわ。それとも、二人そろってお母さまのレッスン受ける勇気があるの?」

「ご教授、お願いいたします……」

 エレオノールの二の舞はまっぴらなので、才人はぶつくさ言いながらも従った。

 でも、正直をいえばルイズは才人といっしょに二人きりで外で食事する機会などは最近なかったから、内心うれしくてしょうがなかった。なにせここには普段邪魔するうるさいのが一人もいないのだ。ナプキンでさりげなく隠しても、ついつい口元がにやけてしまう。

 しばらくすると、才人のテーブルマナーも一応は見れるようになってきた。肉をナイフで切り刻み、フォークで口元まで運ぶのは地球となんら変わらない。やがてそこそこ腹も膨れてきた二人は、自然と結婚式のことに話題が向いていった。

「ところでルイズ、慌しく出て来たけど、この結婚式はこれからどうなるんだ?」

「なんだあんた、そんなことも知らずについてきてたわけ? 相変わらずのんきというか。しょうがないわね、じゃあこのわたしが、優しく! 親切に! わかりやすく! 説明してあげるから感謝しなさい」

「遠まわしにバカと言われているような気がするが、まあいいや。よろしく頼む」

 才人からの気のない拍手を受けて、ルイズは得意げに胸をはって解説をはじめた。

 式のざっとした予定は、ラ・ロシェールからトリスタニアへのパレード。次にトリスタニアでの婚礼式典と、三日間におよぶ各種行事、それから両夫婦によるアルビオンまでのパレードと、ロンディニウムでの祭りとなり、実に一月近くをかけた壮大な結婚式となるわけだ。

 それらの予定を説明された才人は改めて感心すると同時に、両国がこの式典にかけている意気込みを知って、その凄みに身震いさえ覚えた。

「金かけてるなあ」

「まあね。ヴァリエール家もかなり出資したそうよ。でも、ヤプールの襲来以来、トリステインにはいつまた襲ってくるかわからない超獣に対する恐怖心が巣食ってるし、アルビオンは内乱からようやく国を立て直したばかり。ここは、国庫を圧迫してでも国民の不安感をぬぐわないといけないのよ」

「……おれには政治はわからねえが、自分の結婚式まで利用しなきゃいけないなんて、姫さまも気の毒だな」

「そうね。王族の責務とはいえ、つらいわよね。でも、ずっと願い続けたウェールズさまとのご結婚だもの、姫さまが不幸なわけはないじゃない。みんなで喜んであげなくちゃ」

「そうか……そういや、そうだよな!」

 少し陰鬱になっていた才人は、ルイズの言葉に心の中のもやを祓われたような気がした。こんなとき、いつでも前向きなルイズのはげましは大きく力になる。第一、これは祭りなのだから楽しまなくては損だ。大きく息を吸い込み、背伸びをした才人はルイズにこれからの予定を尋ねた。

「今日は前夜祭だから、ホテルにチェックインしたらあとは特に予定はないわね。さあてと、ところでサイト、あなたの世界ではお祭りがあったらどうするの?」

「なあルイズ、街を歩いてたらさ、パイやソーセージの屋台があったんだけど、お前もう満腹か?」

 そう言うと、才人は横目でルイズの横顔を見つめた。するとルイズも、視線だけをこちらに返してきて、二人は同時にニヤリと笑った。

「か、勘違いしないでよね。これはあくまでお祝い、遠慮したら姫さまに対して無礼になるわ。貴族たるもの、いついかなる場合においても、礼節をわきまえ、平民の模範になるように心がけないといけないわ」

「よし、じゃあ明日までホテルで休んでるか?」

「サイトぉ……」

「冗談だよ。じゃ! 今日は夕食をキャンセルして楽しむか?」

「わかってるじゃない!」

 祭りの魅力に抗することのできる子供は少ない。普段何かと意見の食い違いの多い二人も、このときばかりは完全な意見の一致をみた。

 学院のクラスメイトたち、キュルケとタバサ、ギーシュとモンモランシーはとうの昔にどこぞに遊びに出かけていって影も形もない。見えはしなくてもほかの生徒も同様であろう。第一、ここでじっとしたら後々一生後悔するという、確信めいた予感があった。

 

 季節は冬に入り、あっという間に日は落ちて真っ暗になる。だが、ラ・ロシュール近郊は大量の明かりで埋め尽くされて、不夜城のようにその夜君臨し続けていた。その明かりの中で、生徒たちだけでなく教師たちも、日頃の垢を存分に落として楽しんだ。

 見世物や菓子の屋台、踊りや歌のステージ。生徒たちはただの子供になって、その中ではしゃいでいる。

 さらに、中にはもっと楽しいところもないではなかった。

 が、それらの内容については彼ら自身の名誉にも触れる恐れがあったと見え、なにをしてきたかについては大半の者が口を閉ざした。が、深夜になっても帰ってこない生徒を教師が探し回ったり、なぜかパンツ一丁でホテルに戻ってきた馬鹿者が怒鳴りつけられたあげく、貴族らしからぬ鉄拳制裁を受けさせられた光景もちらほら見かけられたことから、目撃者は大体の想像はついたようである。

 才人もルイズに無理に飲まされた酒のせいで警備の衛士に捕まりそうになり、危うくミシェルに助けられたりした。さらに、その後は今度は酔いつぶれたルイズに引きずりまわされて、気がついたら二人揃って銃士隊隊舎のベッドで寝かされていたりした。当然、その間自分が何をしていたかの記憶は一切残っておらず、運んできた銃士隊員たちも口を閉ざしていた。

 悲喜こもごも、楽しい思い出もろくでもない思い出も一緒くたに、一生残る記憶を築き上げていく。そういうものも祭りの風物詩といえばそうである。

 

 

 しかし、平和と幸福を祈る祭典の陰で、騒乱と悲嘆を望むものの目論見は着々と進行しつつあった。

 

 夜もふけ、月も隠れた漆黒の闇の中を、ガリアからトリステインへと向かう空中船が一隻あった。

 船の名は『シャルル・オルレアン』号。ガリア空軍の主力である両用艦隊の旗艦であり、全長百五十メイルの巨体と、二百四十門もの大砲を備えた威容は、ハルケギニア最強の戦闘艦の称号を欲しい侭にしている。

 しかし、その巨艦の体内は、いまや惨劇の場と化していた。

「うわぁっ!? な、なんだお前たちは!」

「ば、バケモノ!」

「ミ、ミイラだ! ひええ」

 船内のあちこちに突然何の前触れもなく異形の者達が出没し始めた。そいつらは、干からびた茶色い皮膚をし、まるで生きているとは思えない生気のない姿で、うめくような声をあげながら船内をさまよう。そして、生きた人間を見つけると、口から灰色の怪光線を放って襲い掛かり、それを浴びた人間は蝋人形のように体色を失って倒れていった。

 船内は逃げ惑う人間でパニックになり、追い詰められた者は容赦なく餌食にされていく。そんな中でも、軍人として鍛えられた船員たちの中には、手に手に槍や杖を持って立ち向かっていった勇敢な者もいた。

 だが……

「こ、こいつら不死身なのか!」

「ま、魔法が効かない。そんな」

「よ、寄ってくるな。助けてくれぇ」

 ミイラたちはあらゆる攻撃を受け付けず、逆に手向かってきた兵たちをことごとく餌食にしていった。

 船内は阿鼻叫喚のちまたと化し、絶叫と怒号は船の隅々まで響き渡っている。

 そんな地獄の叫びを、シェフィールドがマストの頂上に立って冷たく聞き流していた。

「チャリジャめ、得体の知れない奴だが、確かにあいつの持ってくるものは役に立つわね。魂を吸い取る、屍の亜人の軍勢とは恐れ入るわ」

 感心したようなシェフィールドのつぶやきが、惨劇のすべてを物語っていた。船員たちを襲っているミイラは、シェフィールドが運んできてばらまいたものだったのである。屍の元の名はシルバック星人、元々は外宇宙のシルバック星に住む理知的な宇宙人であったが、彼らは宇宙船で移動中に”ある事故”に会って全滅し、その屍だけが人を襲う怪物に変化してしまった者たちだった。

 シェフィールドは、船内から響いてくる悲鳴を、耳を塞ぎもせずにそのまま聞き、口元に薄笑いを浮かべた。

「この船のクルーたちには、かわいそうなことをしたと思うけれど、まあ運がなかったと思って諦めなさい。ジョゼフさまのゲームの駒としてこの船は役立つんでね。ジョゼフさまの大望の捨て石になれることを栄誉として、エサになりなさい」

 すべてはジョゼフのため。主に喜んでもらうためなら、シェフィールドにとってこんな船の一隻や二隻、惜しくなどはなかった。

 船内からの悲鳴はしだいに乏しくなり、魔法の炸裂する振動も伝わらなくなってきた。『シャルル・オルレアン』は、その威容をそのままにして、所有者を生者から死者へと変えたのである。不気味な沈黙が甲板を支配し、唯一の生者となったシェフィールドは、マントをひるがえすと空を見上げた。

「さて、じゃあそろそろ逃げないとわたしも危ないね」

 ぽつりとつぶやき、シェフィールドはエイ型のガーゴイルを呼び寄せて飛び乗った。黒色のガーゴイルに乗った黒衣のシェフィールドの姿は、闇に溶け込んで、闇夜のカラスかコウモリを思わせる。

 そうして、五千メイルばかり『シャルル・オルレアン』号から距離をとったシェフィールドは、いったんガーゴイルを止めて振り返った。『シャルル・オルレアン』は、内部であんな惨劇が起きているとは思えない姿で、舵のおもむくままにゆっくりと航行を続けている。

 ふと、舷側から一艘のボートが切り離され、次いでふわりと浮き上がって母船から離れていくのをシェフィールドは見た。生き残った船員が、救命ボートに命からがら乗り移って脱出したのだろう。

 だが、シェフィールドは追いもせずに、むしろ哀れむようにそのボートを見た。そしてその数秒後、ボートの上空、雲の中から怪光線が照射されて、浴びたボートは木の葉のようにまっ逆さまに墜落していった。

「終わったね……いえ、これが始まりかしら……トリステインにアルビオン、ジョゼフさまと私からの黒い花束、確かにお贈りいたしましたわよ」

 

 『シャルル・オルレアン』号に向かって、巨大な影がゆっくりと降下していき、包み込んでいった。

 

 

 続く

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