ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第38話  シルフィだって怪獣は退治できるのね! (前編)

 第38話

 シルフィだって怪獣は退治できるのね! (前編)

 

 バリヤー怪獣 ガギ 登場!

 

 

 アボラス・バニラの二大怪獣との激闘の翌日、ルイズたちはようやく魔法学院で朝を迎えていた。

「ふわぁーっ、なんだもう朝か」

「なんか、このベッドもずいぶん久しぶりな気がするわね」

 カーテンを開けると、太陽はすっかり高く昇っていた。あくびをかみ殺して互いの姿を見ると、昨日の着の身着のままで、顔や頭もぐちゃぐちゃで思わず笑ってしまった。そういえば、昨日、おとといと大変なことが続いて、昨日この部屋に帰ってきてからの記憶がない。二人とも疲れ果てていたから十時間くらいは寝ただろう。普段はめったにしない早寝遅起きに、かえって寝疲れたようにさえ思える。

 ともかく、このままではみっともないことこの上ないので二人とも着替えると、髪をといて顔を拭いた。すると、それを見計らったかのように部屋の扉がノックされ、開けると見慣れた赤い髪と青い髪がいっしょになってやってきていた。

「はぁいルイズにサイト、よく寝てたみたいね。おはよう、昨日は大変だったみたいね」

 まずはキュルケが軽い様子で入ってきた。衣装も昨日までの式典用のものではなく、学院の制服に戻っていてなんとなくほっとした気がする。でも、人の苦労を笑い飛ばすような言動にはルイズが少しカチンときた。

「ほんと、こっちは死にそうな目にあったってのにあんたはお気楽でいいことね。肝心なときに役に立たないんだから」

「ごめんごめん、緊張を解いてあげようかと思ったんだけど、どうもこういうのは苦手ね。男の子だったら簡単に落とせるんだけど」

「さりげにツェルプストーの自慢してるんじゃないわよ。ケンカ売りに来たの?」

「あら、またまた失言。悪気はなかったの、これは本心だから許して。でも、わたしたちも知らせを聞いて慌てて飛んできたんだから、ほんとに心配してたのよ。ねっ」

 両手を合わせて、キュルケは拝むようなポーズでウィンクしてみせた。その、色っぽくもどこか子供っぽい仕草に、ルイズも毒気を抜かれて「わかったわよ」と、怒る気がうせてしまった。それに、キュルケの後ろで神妙そうにしているタバサを見ると、それ以上怒るに怒れなくなってしまう。

「やっぱり、無理しても残ればよかった。ごめん」

「……いいわよ、もう。あんなことが起こるなんて予測、もしできてたら神様以外の何者でもないわ。むしろ、わたしのほうこそあなたにいっぱい借りがあるんだから」

 こちらはこちらで闘争心をまるごと削ぐオーラを出していたので、ルイズのかんしゃくは完全に行き場を失って空中分解してしまった。

 まあともかく、二人とも学院にいてくれているということは、式典を放り出しても自分たちのためにやってきてくれたのは間違いない。いくら口であれこれ言おうとも、そのくらいのことを察せないほどルイズも馬鹿ではない。苦笑すると、今度はキュルケに向かって先制攻撃をかけた。のだが。

「ったく、こっちは虚無の謎がこんがらがって猫の手も借りたいのよ。これから忙しくなるから。キュルケ、秘密を知っちゃった以上、あんたは特に馬車馬のようにこき使ってあげるからね」

「あーら、ヴァリエールのおねんねさんに可愛がられるほど、このキュルケさまは落ちてはいないわよ。虚無に『胸を大きくする魔法』とか、『ファッションセンスが身につく魔法』とかがあれば、ちょうど対等になれるから探すの手伝ってあげてもいいけどね」

「な……な、ん、で、すってぇ」

 あっさりと、ルイズの攻撃はキュルケの見事な切り返しにあった。相手の弱点を的確に突く舌鋒に、ルイズの顔がみるみる赤くなる。才人はあーあと思いながらも、とばっちりを受けるのが怖いので口を出さない。そして、ルイズが反撃の台詞を探しているうちに、キュルケはとどめの一言をぶっつけてきた。

「うんうん、あと、『目じりに縦じわがよらなくなる魔法』なんてのも必要ね。いやあ伝説の虚無だもの、きっと見つかるからがんばりましょうね」

「あるわけないでしょうが! オスマン学院長じゃあるまいし、そんな魔法始祖ブリミルがなにに使うっていうの!」

 おほほほと、勝ち誇って笑うキュルケにルイズは怒鳴ったけれども、勝敗は誰の目から見ても明らかだった。

 そもそも、キュルケ相手にルイズが口で勝とうとすること自体が無謀なのである。学院で出会ってからこのかた、ルイズがキュルケに勝てたことは皆無。しかしまあ、才人もよく思うのだけども、『胸が小さい』とか毎度同じネタでよく怒れるものだ。

”小さい胸も悪くないんだけどなあ。レモンとメロンじゃおいしさが違うし、女の子はどうしてそれがわかんないんだろう”

 と、ルイズに聞かれたら張り倒されそうなことを真面目に考える才人も、思考レベルは実際のところルイズと大差はなかった。

 低次元な言い争いを続けるルイズとキュルケ、傍観する才人。それを見てタバサは「いつもどおり」と、小さくつぶやいた。

 本人たちはまだ気づいていないけれど、虚無など関係なく、彼らの仲に変わったところは一つもなかった。所詮、伝説の力などは口げんかのタネくらいにしかならないらしい。

 延々と続くかと思われたルイズとキュルケの口論は、ルイズのおなかが前触れなくかわいい音を立てたことで、キュルケの優勢勝ちで幕を閉じた。赤面したルイズに、タバサはタオルを投げるようにつぶやく。

「もうすぐお昼。食堂へ行こう」

 タバサの助け舟に全員が乗ったのは、それから二秒後のことである。

 

 食堂は、生徒たちがいなくなって閑散としていたが、コックたちは居残っていた。いやむしろ、式典に興味のないリュリュが、授業がないこの時期に修行にはげんでいたおかげで、ルイズたちは思いもかけない豪華なメニューにありつくことができた。

「どうぞ! 今日は皆さんの貸し切りです。よく存じませんが、お勤め大変だったみたいですね。厨房のみなさんとアイデアを出し合って作った新メニューです。腕によりをかけたので、いっぱい食べてください」

 自信たっぷりに宣言したリュリュの前には、テーブルせましと見たこともない料理が積まれている。普通の昼食を想像していたルイズは、「晩餐会じゃあるまいし、こんなに食べられないわよ」と、下げさせようと思ったけれど、鼻腔を料理の芳醇な香りがくすぐり、一瞬にして誘惑に堕ちた。

「ま、まあ食べ物を粗末にはできないから仕方ないわよね。じゃあ、偉大なる始祖ブリミルと……」

 祈りの言葉もそこそこに、一同はすいた腹に料理を送り始めた。さすが、リュリュの自信作というだけあって、どれもうまくて手が止まらない。特にタバサなどは、どこにそれだけ入るかと思うペースで食べる食べる。

 ルイズは、食べながら虚無のことを話し合おうと思ってはいた。だけど、昨日からなにも食べてないのも重なって、ナイフとフォークを動かすのに精一杯でしゃべる余裕がない。当然、才人も似たようなもの。

 結局、食べるだけ食べたらあとは眠くなってしまって、虚無のことはまた後回しになってしまった。

 部屋に帰るのも面倒なので、みんな食堂の椅子を並べた即席ベッドに横たわって寝息を立て始める。ルイズははしたない光景と自分でも思うけれど、食堂の中はあったかいし、なにか自分が学院で一番偉くなったみたいで気持ちよく、そのまままぶたを閉じていった。

 

 しかし、そんな和やかなムードも、昼過ぎて学院に駆け込んできた馬車によって粉々に打ち砕かれた。

「ルイズーっ! ちびルイズーっ! いるんでしょ、出てきなさーい!!」

「ひぃぃっ!」

 ルイズが多分、一生かかっても勝てそうもない怒鳴り声の主は、顔を確認するまでもなく全員が一発で理解した。

 いや、来るのはアンリエッタから話を聞いていたときからとっくにわかっていた。けれど、脳が考えるのを本能的に回避しようと自己防衛機能を働かせていたのだ。

「ルイズ! この私がわざわざ来てあげたってのに、出てこないとはいい度胸ね。いいわ、かくれんぼしたいならお姉さんらしく付き合ってあげようじゃない」

 生徒がいなくなって、婿探しのための猫をかむる必要がなくなったエレオノールは存分に地声を張り上げてルイズを呼ぶ。ルイズは、エレオノールの声が、なぜか普段にも増してすごく不機嫌そうな響きを帯びているので、怖くて出るに出られない。才人はいうに及ばず、キュルケもヴァリエールに背を向けることになるというのに傍観モードに切り替えた。死は恐れない、けれど死ぬより怖いものは人生意外といっぱいあるものである。

 ともあれ、狭い学院のこと、逃げ切れるわけもなくルイズは捕まった。

「ちびルイズ、話は全部姫さまから聞きました。あなたって子は、困ったことが起きたらまず姉を頼るのが筋ってものでしょ!」

 その後、ルイズは機嫌最悪のエレオノールの前で、正座させられてお説教を受けるはめになる。その中で、自分の境遇を顧みて、「虚無なんかいらないわよ」と、ルイズが内心で始祖ブリミルを呪ったのは無理からぬところだろう。

 もっとも、エレオノールの来訪はルイズにとってマイナスばかりではなかった。

「まあいいわ。私も不測の事態の連続で気が立ってたから少し落ち着いたし……しかし、怪我の功名というべきかしらね……まさか、あのカプセルの碑文の続きにあんなものがあったとは……このタイミングで……これも始祖ブリミルのお導きかもね」

「エレオノール姉さま?」

「ま、いいわ。ともかくこれからルイズ、あなたは私が直接管理することにします。考えてみたら、伝説の魔法なんて、研究材料としてはまたとない素材ですからね」

「ひぃぃぃ」

 実験ネズミとまではいかなくても、充分に手のひらの中の小動物を見る目のエレオノールであった。

 ルイズたちが、これから始まるエレオノールとの共同生活に、あらためてルイズに虚無を授けた始祖ブリミルを呪ったのはいうまでもない。

 

 

 さて、そんな騒動を傍からのんきそうに見ていたのが一人、いや正確には一匹いたりした。

「人間は大変なのね。虚無だかなんだか知らないけど、生き物はみんな大いなる意思の中で生きてるんだから、逆らわずになるようにまかせたらいいのにね」

 学院の尖塔の上にちょこんと座って、あくびまじりにつぶやいたのはシルフィードであった。彼女は見下ろしたところでおこなわれているルイズたちの騒動を、興味なさそうに一瞥すると学院の中庭のほうへと下りていく。そこには、シルフィードの友達が待っていた。

”よお、青いの”

 一番に声をかけてきたのは、尻尾の先に炎を灯した火トカゲ。キュルケの使い魔のサラマンダーのフレイムであった。シルフィードは、人間には低いうなり声にしか聞こえない発音で、行儀よくあいさつを返す。

”こんにちはなのね。やっぱりみんなここにいたのね。しばらくぶりなのね”

”ご丁寧にありがとう。君はご主人が忙しいからいつも大変だね。ま、ゆっくりしていきたまえ”

 やや老成した口調で、シルフィードに柔らかい草の上をすすめたのはジャイアントモールのヴェルダンデ。ギーシュの使い魔の大モグラである。

 すすめられるままに草の上に座ったシルフィードは、周りを見渡してほっとため息をついた。そこにはフレイムやヴェルダンデのほかにも、いろんな種類の使い魔が日向ぼっこをしたり、談笑したりして楽しそうに過ごしている。ここ、ヴェストリの広場は日当たりがよく、学院の城壁が北風をさえぎってくれるので、最近使い魔たちの溜まり場になっていた。

 談笑の輪に加わったシルフィードは、使い魔たちにしかわからない言語でおしゃべりを楽しんだ。話題はもっぱら彼らの主人のことや、最近の使い魔生活のことである。

”ふー、いまごろギーシュさまはラ・ロシェールとやらで大役を果たされてるんだろうなあ。この目で見届けたかったよ”

”モグラよ。あんたなんかけっこういいほうだぜ。土を掘る速さは馬並みだから、いざとなったらすぐにご主人のとこへ駆けつけられるだろ。ぼくはこのとおり、動きが鈍くて体の大きさが中途半端だから、キュルケさまが出かけるときもほとんどが留守番さ。青いの、お前さんはいいよな。立派な身なりで空も飛べるから、どこでもご主人とともに行ける。まさに君は、ぼくたち使い魔のホープだよ”

”えへへ、それほどでもあるのね”

 褒められたシルフィードは前足で頭をかいて照れた。彼ら使い魔のほとんどは、シルフィードのような一部の例外を除いて学院に居残りを強いられている。理由は、使い魔はサラマンダーやスキュラのような幻獣や、大グモや大ムカデなど昆虫型のものもいるために、群集に恐怖心を与えてしまうからである。

 しかし、見た目はどうあれ、ここにいる使い魔たちに人間への悪意はない。シルフィードは、両手を人間のようにひらひらと広げて見せながら、久しぶりの仲間たちとの会話を楽しんでいた。

”わたしも、竜の巣にいたころは絶対外に出るなって言われてたから、召喚してもらったことは感謝してるわ。でも、うちのお姉さまは竜つかいが荒いから大変なのね”

”それだけ、君を信頼してくれているということだろう。でもまあ、動きが鈍いのも考えようだね。どこにもいけないおかげで、ぼくはこの学院でずっとのんびりできる。ドラゴンたちがえばってる火竜山脈に比べたらここは天国さ。頼まれたってやめる気はないね”

 フレイムの言葉は、ほとんどの使い魔たちの意見の代弁だった。それは多少の自由は制限されるけれど、食料には不自由しないし、なにより安全である。厳しい大自然の中で毎日を命がけで生きるのにくらべたら、貴族の使い魔というのは悪いものではなかった。

 もっとも、どんな集団にも異端児はいるもので、自然に戻りたいと考えているものもいないではないようだ。

”お前らはすっかり飼われた犬になっちまってるな。俺は使い魔なんて、退屈でしょうがねえぜ”

 そう言ったのは、全長二メイルはありそうな巨大なカマキリであった。全身は毒々しいオレンジ色に染まっていて、森の中で鉢合わせしたとしたら誰でも悲鳴をあげそうな恐ろしい容姿をしている。もちろん使い魔の契約をされているので、人間に危害を加えるようなことはしないが、彼は刺激に飢えているというふうにぶつぶつとつぶやいた。

”まったく、ここは寒いし人間は多いしろくなものじゃねえ。召喚なんざされるんじゃなかったぜ。はぁ、帰りてえな”

”そうか、君は南の離れ小島からここに召喚されてしまったんだったね。体が合わなくて大変だろう”

”それもあるけど故郷が心配なのさ。俺は三匹の兄弟と暮らしてたんだけど、島にいきなり来た人間たちが島のあちこちに変な塔を建てはじめてな。脅しにいったら銃で撃たれて、その帰り道に変な鏡に突っ込んだらこのありさまだよ”

 帰れるものならすぐに帰りたいのに違いない。彼の故郷が今どうなっているのかわからないけど、シルフィードやヴェルダンデは彼の境遇に同情して、うんうんとうなづいた。いつもどこでも、人間は彼らのいるところに勝手にやってきては荒らしていくのである。

”まあ、君たちはそんな立派な武器を持ってるんだし大丈夫だろ。いつか帰る方法も見つかるさ”

”ありがとよサラマンダーのだんな。ああ、でもあんたを見てたら島で楽しみにとっといたごちそうを思い出すよ”

”おいおい、ぼくはおいしくないよ”

”わかってるさ。あんたのご主人に黒焦げにされたくないしな。それにしても惜しかったな。もうすぐ掘り出してみんなで食おうって約束してたのに。谷間のボスさえいなけりゃ、あの島は天国だったのになあ”

 大カマキリは、学院に来たばかりの才人のように肩を落とした様子で去っていった。彼の自慢の右腕の鋭い槍も、左腕の鋭利な鎌もここでは活かす機会がほとんどなく、まるでさびてしまったように思える。

 彼を見送ると、シルフィードたちはまた元の雑談を再開した。特にシルフィードがタバサとくぐってきた北花壇騎士の任務の話は盛況で、活躍譚はヴェルダンデとフレイムばかりでなく、娯楽に飢えていた他の使い魔たちも聞き入った。

”いやはや、君の話はいつ聞いてもおもしろいね。どんな危機でも、主従力を合わせて乗り越える。二心同体とはまさに君たちのようなものたちをいうのだろうね”

”えへへ、そんなに褒められると照れるのね。でも、最近ちょっと不安なことがあるのね”

”ん? なんだいそれは”

 はあと息を吐いてシルフィードは困った仕草を見せた。その見るからに悩みを聞いて欲しいという態度に、ヴェルダンデが気を利かせて、さりげなく話すようにうながすと、シルフィードはよくぞ聞いてくれたと悩みを吐露した。

”実は、シルフィが本当に役に立ってるのかどうか確信が持てないのね。いつも、怪物をやっつけたり問題を解決するのはお姉さまで、シルフィはお姉さまを背に乗せて飛ぶだけ。お姉さまはシルフィが来る前からそんなことはやってたのよ”

”なるほど、君のご主人様は特別に強いからなあ。韻竜の眷属でもかすんでしまうところもあろうなあ。でも、使い魔を召喚する魔法とやらは、その人間にもっともふさわしいものを呼び出すのは知っているだろう? 君が君の主人の使い魔としてふさわしいのは、君のご主人がちゃんと証明しているではないか”

 ヴェルダンデの言うことはもっともだった。シルフィード自身も、タバサ以外の人間に自分を呼ぶ資格などあるはずないという自負はある。だからこそ、ただの風竜にでもできるような運び屋ばかりしか役に立てないのは、彼女の自尊心を大きく傷つけるものとなっていた。

”シルフィもそこまで子供じゃないから、シルフィに戦う力や知恵が足りないのはわかってるのね。でも、いつもギリギリまでがんばってるお姉さまの、なんでもいいからほかに役に立ちたいと思うのはいけないのかね? お姉さまに、なにかやることはないかねって聞いても、「ない」のつぶてしか帰ってこないし。ねえ、モグラ”

”むずかしい問題だね。赤いの、なにかいい考えはないかい?”

”ふうむ、今日明日で強くなれれば誰も苦労はしないからねえ……そうだ! 食べ物を差し入れてみるってのはどうだい? ちょっと失礼なことを言わせてもらえば、君のご主人様は大食だからね。食べ物は喜ばれると思うよ”

 フレイムがぽっぽと炎を吐き出しながら言うと、ヴェルダンデも鼻をふごふごとさせて賛同した。

”それはいい考えだ。特に甘いものなんかは頭がさえて疲れがとれるというからね。いや、君のご主人は苦めのが好みだったかな?”

”そうなのね。ハシバミ草とかムラサキヨモギとか、みんなが嫌がるものばかり好物なのね。あ、でも好き嫌いはないのね”

”なら、試してみることをお勧めするよ。主人の健康に気を遣うのは、使い魔の立派な仕事だろう”

 自身ありげに推薦するヴェルダンデに、シルフィードは彼らの提案を考えてみた。確かに言われてみたら、タバサの大食はあの小さな体に似合わず相当なものだ。読書と並んでタバサの数少ない趣味と呼んでいい。始終無表情なので喜んだ顔は想像できないが、差し入れたものを残さず食べてくれるのは違いあるまい。

”うーん……ようし、やってみるのね!”

 一大決心したシルフィードは、ぽんとひざを叩くと勇ましく立ち上がった。善は急げ、ちょうど今ならタバサたちはエレオノールに捕まっているので急ぐことはないだろう。それに、最近は北花壇騎士の任務もあまりないので、呼ばれる心配はまずあるまい。

 しかし、いったいどんなものを差し入れればいいだろうか? タバサの好物のハシバミ草やムラサキヨモギは旬を過ぎてしまっているし、野草や野生の果実類の知識などはシルフィードにはない。が、そこは仲間たちが大勢いるのだから、よい情報を持っているやつは見つかった。フクロウの使い魔が、耳寄りなことを教えてくれたのである。

”この学院から少し離れた山の奥に、ちょっとした原っぱがあるんだけどね。一週間くらい前かな。その上を飛んだときに、蛙苺っていう野いちごが群生してるのを見かけたんだよ。そのときはまだ青かったから、今ごろは食べごろに熟してるんじゃないかな”

”ありがとなのね! よーし、じゃあさっそくでかけてくるのねーっ!”

 大空高く舞い上がり、あっという間にシルフィードは教えられた山の方角へと飛んでいった。

 残った使い魔たちは、「気をつけなよ」と見送って、またひなたぼっこと雑談に興じ始める。

 

 

 目的の原っぱは、フクロウに教えられたとおりの場所にすぐに見つかった。人里から少し離れた山中の、日当たりのいいゆるやかな斜面に、青々とした緑の草原が見えてきたのだ。

「おっ! きっとあそこに間違いないのね。よーし、着陸なのね」

 翼を羽ばたかせてホバリングしながら、シルフィードは嬉々として草原に着陸した。

 降り立つと、そこは聞いたとおりの一面の野いちご畑だった。緑色のつるに数え切れないほどの蛙苺が、熟した証拠にあざやかに色づいて、見渡す限りに続いている。

「すごいのね! これだけあったらお姉さまが百人いたって食べきれないのね!」

 タバサの喜ぶ顔……といっても、見たことはなかったのですぐ想像をあきらめて、シルフィードは野いちご摘みをさっそく始めた。

 なにせヴェストリの広場のおおよそ三倍はありそうな草原であるから、ほぼ無尽蔵に採り放題といっていい。持ち帰るために、途中の山小屋から拝借してきた籠は、スイカだったら十個くらい入りそうな大きさがあったので、使い魔仲間たちにおすそわけしても足りなくなることはないはずだ。

 しかし、野いちご摘みを始めて数分後、シルフィードは思ってもみなかった困難にぶちあたってしまった。

「う、うーん……困ったのね。このままじゃ、うまく掴めないのね」

 まいったことに、野いちごは数が多いけど粒が小さいので、ドラゴンであるシルフィードの前足では手づかみできなかった。器用さには自信があったのだけれど、つるから実を外そうとするとほとんど力の加減を間違えてつぶしてしまう。それでなくとも鍵爪はものを掴むようにはできていないので、シルフィードの手のひらは、いつの間にかつぶした実の果汁でおかしな色に染まってしまっていた。

「まずいのね。意気込んで出てきた手前、手ぶらで帰ったら赤っ恥なのね……こ、こうなったら、奥の手なのね!」

 進退窮まったシルフィードは、普段はタバサから禁じられている韻竜の秘術を使うことにした。きょろきょろとあたりを見渡して、誰も近くにいないことを確認すると、こほんと咳払いして呪文を唱え始める。

「我をまとう風よ。我の姿を変えよ」

 風がシルフィードにまとわりつき、青い渦となる。やがて渦は光り輝いたかと思うと、唐突に消滅した。

 後にはシルフィードの姿はなく、その代わりに二十歳くらいの青い髪の女性がそこに立っていた。

「きゅい! よっし、成功なのね!」

 青髪の女性は、自分の手足と体を確認するとうれしそうに飛び跳ねた。まあそれよりも、彼女がシルフィードの変身した姿であるということは、一連を見ていたら誰にでもすぐにわかるだろう。これが、風韻竜のような特別な種族にしか使えない高等な先住魔法『変化』の威力であった。

「うーん、やっぱり人間の体っていまいち動きにくいのね。おっとっと、しばらく化けてなかったから、ちょっとふらつくのね」

 生まれたての小鹿のようにふらふらしながら、シルフィードは竜の姿とはまったく違う人間の体にとまどっていた。いつもは羽根や尻尾でバランスをとるものだけど、人間にはそんなものは当然ない。また、彼女自身は言ったとおりに、人間の姿になるのはあまり好きではないために、タバサにいわれたとき以外はめったに『変化』は使わないから勘が鈍っていた。

 ただ、そうして行動は不自然なものの変身そのものは完璧だった。青い髪や顔つきはタバサをモデルにしたのか、大人びているところを除けば形がよく似ている。体つきはどちらかといえばキュルケに似ているけど、タバサがあと五年もすればこうなるのでは? という生きた見本がそこにあった。

「よしよし。だんだん慣れてきたのね。お姉さまはよくこんな扱いにくい体で飛んだり跳ねたりできるものね。でも、これなら野いちご摘みもらっくらくなのね」

 人間の体に変わったシルフィードは、手をわきわきさせながら蛙苺に突貫していった。大きな鍵爪と違って、人間の手ならつるから野いちごを外すのもわけはない。楽しくなってきたシルフィードは、るんるんと鼻歌を唱えながら籠に野いちごを放り込んでいった。

「ふんふんふーん。はっはー! 苺のつるなんか今のシルフィにはあってなきがごとしなのね」

 籠の底が苺の色で染まったのを見たシルフィードは、仇の首をあげたように苺のつるを頭上高く掲げた。

 ぶつくさ文句を言っていたわりには、人間の体になったのは大正解だったようで収穫は面白いように進んでいく。妙齢の女性がはしゃぎながら苺摘みをしている風景は、少々異様であったものの本人は気にしていない。

 しかし、苺摘みにすっかり夢中になっていたシルフィードは、いつの間にか自分のそばにやってきた人影に気づかなかった。

「おねえちゃん、苺摘みしてるの?」

「わひゃあっ!?」

 突然声をかけられたシルフィードは、仰天して思わず飛び上がった。いつもならそのまま羽ばたいて空の上まで逃げるのだけれど、変化してることをすっかり忘れていた彼女は当然おっこちてしりもちをついた。

「あいててて、なのね」

「だ、大丈夫! おねえちゃん」

「このくらい。シルフィは大人だからがまんできるのね」

 やせがまんをしながらシルフィードが振り向くと、そこには五歳くらいの小さな女の子が立っていた。

 身なりから、近所の村の子供らしく、手には小さな籠を持っている。彼女はきょとんとしてるシルフィードをじっと見て、その手に握られていた苺のつるを指差した。

「イチゴ泥棒だー!」

「えーっ!? ち、ちちち違うのね! シ、シルフィはそんな、泥棒なんかじゃないのね!」

 ズバッと指摘されたシルフィードは目を白黒させて、不正を教師に見つかった学生のように慌てた。もちろん、盗みなどを働いているつもりは毛頭ないのだけど、泥棒という直球そのものの宣告の前に、誇り高き風韻竜のプライドもどこかに飛んでいた。必死に弁明しようとするのだけれど、少女の「じゃあその籠はなーんだ。やっぱり泥棒だ」という指摘に、返す言葉がなくなってしまう。

”ああどうしよう。シルフィは罪人になっちゃったのね。こんな不名誉、お姉さまにあわせる顔がないのね。お父さま、お母さま、シルフィはいったいどうしたらいいのね”

 このときのシルフィードには、自分の半分の背丈もない少女が地獄の閻魔のように見えたに違いない。

 ところが、小さな閻魔大王は地獄行きの判決の代わりに、半泣きになっているシルフィードに一転して笑顔を見せた。

「ばー、うっそだよ! あはは、山は誰のものでもないからなにを採っても自由なのよ」

「へ……?」

「むふふ、でもニナの秘密のイチゴ畑を荒らした罰なの。おねえちゃんよその人でしょ。ひっかかったひっかかった、わーい」

「は、はー、なのね」

 小さな体を飛び上がらせて喜ぶ少女に、シルフィードは全身の力を抜かせてへたり込んでしまった。

 なんとまあ、見事にだまされてしまったものである。いや、少し考えたらこんな山の中の、しかも野いちごなどにいちいち所有者がいるはずもない。そこらの川原に生えているつくしを採って帰って食べても、誰も文句を言ったりしないだろう。

 シルフィードはだまされたことに気づくと、この生意気な子供をとっちめてやろうと一瞬思った。でも、少女はシルフィードが怒声をあげるより早く、自分の持っている籠を前に出して言ったのである。

「おねえちゃん、蛙苺好き?」

「えっ? す、好きなのね」

「そうなんだ。ニナも好きだよ。じゃ、特別にニナの秘密のイチゴ畑の仲間に入れてあげる。いい、おねえちゃんとわたしだけの秘密だよ」

「秘密?」

「そう、秘密」

 怒る隙を与えずに、一気にまくしたてた少女に、シルフィードは面食らって毒気を抜かれてしまった。小指を出して、指きりげんまんよという少女に、なんとなく自分も小指を出してしまう。しかし、怒りをおさめてみると無邪気な少女と、ささやかな秘密を共有するということに、冒険じみたワクワクがわいてきた。

”ちょっと変わった子だけど、悪い子じゃないみたい”

 それからシルフィードは少女からいろいろと話を聞いた。名前は自分で何度も言ったとおりニナといって、この近隣の村の子らしい。といっても、その村からここまでは人間の足で一時間はゆうにかかる。一人でやってくるとは、健脚もさることながら奔放な子だとシルフィードは感心した。

 ニナはひととおり自分のことをしゃべると、今度はシルフィードにどこから来たのとかを尋ねた。もちろん、自分の正体やらなんやらを正直に話すわけにはいかないので、そのへんはタバサと任務を果たしているときに、いざというときにごまかすための文句として教えられている単語をならべた。

「へー、おねえちゃんって、ガリア王国の騎士の従者なんだ。かっこいい!」

 五歳のニナには当然意味はわからないのだけれど、無邪気に喜ばれるとシルフィードも気分がよかった。それからもペラペラと、元々おしゃべり好きのシルフィードは、話したらまずいことまでを調子に乗って語った。

 しかし、それまで素直に話を聞いていたニナが、ちょっと待ってと手を上げた。そして、彼女からなぜか恐る恐るといった様子である質問をぶつけられた。

「あの、最初から気になってたんだけど、おねえちゃん……どうして、裸なの?」

「きゅい?」

 一瞬、質問の意味がわからなくてとぼけた声を出したシルフィードだったが、自分の体をあらためて見直してはっとした。

 シルフィードは全裸であった。頭のてっぺんからつま先まで、それこそ乳房から秘部まで惜しげもなくさらして、一糸まとわぬという表現がそのままのあられもない格好である。

「あっ、しまった! 服を着るの忘れてたのね!」

 やっと気がついたシルフィードは慌てたけれど、とっくに後の祭りだった。

 先住の大魔法『変化』は、唱えたものを完全に望んだものに変身させられるが服までは再現できない。その上で、シルフィードはドラゴンなので、普段から服を着る習慣などないためにうっかりとそのことを忘れていた。さらにいえば、羞恥心もないために人に見られているというのに、体を隠すこともせずにあたふたとしている。

 これにはさすがに五歳のニナも、「普通、服を着るのを忘れるかなあ? ちょっと変な人」と、奇異の目で見てしまった。

 さて、やっと人間では裸はまずいと気づいたシルフィードだったが、着替えの持ち合わせなどあるはずもない。だが幸いなことに、森の中に差し渡し三メイルほどの大きな葉っぱをつけた草があったので、それの真ん中に穴を開けて、ポンチョのようにしてかぶり、つたで腰をしばって服の代わりにできた。

「ようし、これで大丈夫なのね」

「わあ! おねえちゃん、森の妖精さんみたい」

 普通、全然大丈夫でない格好だったが、ニナには気に入られたようであった。

 

 大人にはとても見せられないような珍事も、子供にとっては些事である。それから二人、正確には一匹と一人は何事もなかったように、仲良くイチゴ摘みを楽しんだ。

 時間があっというまに過ぎ、シルフィードの籠の三分の一ほどが苺で埋まる。しかし、まだいっぱいにはほど遠い。

「弱ったのね。これっぽっちじゃ、みんなに分けたらお姉さまのぶんはたいして残らないのね」

 野いちごは小さいので思ったように量が集まらない。甘く見積もっていたと、シルフィードは後悔したもののどうしようもなかった。

 けれど、困った様子のシルフィードを見て、ニナは含み笑いをしながら驚くべきことを語った。

「ふふふ、お困りのようだねおねえちゃん。しょーがないなあ。じゃ、とっておきのとっておき、秘密の秘密の場所に案内してあげる」

 そう言うとニナは、「こっちこっち」とシルフィードをうながして駆け出した。

「あっ! まっ、待ってなのね」

 ぴょんぴょんと、ニナはウサギのように野いちごのつたの隙間を駆けていく。人間の姿で走りなれてないシルフィードは、三倍くらい体格が違うというのに、置いていかれないようにするのでやっとだった。

 そうして、二人は森の中の獣道に入って、森のさらに奥へと進んでいく。どこへ向かっているのかとシルフィードが尋ねると、ニナは待ってましたとばかりに教えてくれた。

「んふふ、実はね。さっきのとこよりすごいイチゴ畑があるんだ。びっくりした?」

「あのイチゴ畑より!? そ、それはほんとにすごいのね」

 飛び上がらんばかりに驚いたシルフィードに、ニナは胸をそらせて誇らしげに語った。

「すごいでしょ。前に探検してて見つけたんだ。ほんとは、おかあさんが行っちゃいけませんってところにある場所だから、村の誰も知らない、ニナだけの秘密なんだよ」

「それはすごいことなのね。でも、行っちゃいけませんって、どういうことなのね?」

 シルフィードが怪訝な表情を見せると、ニナは物知りなふうに人差し指を空に向けた。

「この山を越えた先はね。オーク鬼っていう怖い怪物のすみかなんだってさ」

「オ、オーク鬼!? そ、それはまずいのね! すぐ引き返すのね!」

 仰天したシルフィードは、ずんずんと進んでいくニナの肩を慌てて掴んだ。彼女が恐れるのも無理はない。オーク鬼は、ハルケギニアに生息する凶暴な亜人の一種で、二メイル以上の体格と強靭な力を持ち、猿以上の知能も併せ持つ豚の怪物である。人間の子供が大好物というやっかいな嗜好もあり、鼻が利くために自分たちなんか絶好の獲物にされてしまうだろう。

 なのにニナは臆した様子もなく、前に進もうとする。

「大丈夫だよ。おとうさんが言ってたんだ。「オーク鬼が繁殖の時期に入って、人里にエサを求めてやってくるかもしれないから警戒してたのに、今年は一匹も現れない。やつら、どこか別の土地に移住しちまったのかな」って。だから心配ないよ」

「ふーん。確かにオーク鬼は子育ての時期にはなりふりかまわずエサを探し回るのに、変なものなのね。だったら、大丈夫かもね」

 あまり深く考えるようにはできていないシルフィードは、なんとなくニナの説明に納得した。オーク鬼がいないのなら、ニナの言うもっとすごいイチゴ畑はすごく魅力がある。万一のことがあっても、ニナをつれて飛んで逃げればいいやと軽く考えた。

 だが、五歳のニナと人間でいえば十歳くらいしかないシルフィードは、問題の根幹の不自然さには気づいていなかった。繁殖期という大事な時期を迎えたオークたちが、群れごと大移動するという暴挙に出るのだろうかということに。

 

「わぁ、これはほんとにすごいのね!」

 山を越えて、たどりついた先にあったのはシルフィードの想像を超えた光景だった。日当たりのいい広い草原と、豊かな土壌に育まれた蛙苺の原っぱ。どの実も普通の倍近い大きさがあり、どれも宝石のように熟している。

「すっごいでしょ。これ全部採り放題なんだよ!」

「感謝するのね。これでお姉さまもみんなも大喜びなのね!」

 宝の山を目にした二人は、おおはしゃぎで籠を蛙苺で埋めていった。我慢できずにいくつかついばんでみると、熟し方が最高で、口の中にほどよいすっぱさと、後から来る甘みがじわっと広がってくる。

「おいしー!」

「でしょでしょ。このすっぱさが、ニナも大好きなの」

 夢中になって、二人は蛙苺を集めた。

 しかし、二人が時間を忘れているそのとき、地中から先の尖った柱のようなものが現れて、その先端から空に向かって光が放たれた。

 光は上空数百メイルで拡散すると、シルフィードたちのいる草原を中心にドーム状に形をなし、空気に溶け込むように消えた。

 やがて、シルフィードとニナは籠に蛙苺をいっぱいに入れて帰途につこうとした。

「すごいのね。あっというまに籠がいっぱいになっちゃったのね」

「よかったねおねえちゃん。でも、他の人に教えちゃだめだよ」

「わかってるのね。シルフィとニナのだけの秘密なのよね。騎士は、約束は必ず守るのね」

 胸を張って誓ったシルフィードに、ニナは「騎士さまかっこいいー」と手を叩いて喜んだ。

「さ、じゃあ暗くならないうちに帰るのね。お父さんやお母さんが心配するといけないのね」

「うん!」

 元気よく答えたニナの手を引きながら、おねえさんぶってシルフィードは意気揚々と歩き始めた。

 しかし、山を越えるための獣道に差し掛かろうとしたときだった。ドンっと、二人は行く手をさえぎるようにして現れた、目に見えない壁に当たってはじかれてしまったのだ。

「あいてて、なんなのね。鼻をうっちゃったのね」

「これ……壁? 透明な、ガラスみたいな壁が道を塞いじゃってるよ!」

「え!? ほ、ほんとなのね。なんで? 来るときはこんなのなかったのね!」

「これじゃ帰れないよ! おねえちゃん、どうしよう!?」

 焦った二人は、パントマイムのようにしながら見えない壁に切れ目がないかどうかを探した。しかし、壁はまるで果てがなく、石を投げてみても簡単に跳ね返されるだけで割れる気配はない。

 いったいどうして……? わけのわからない事態に、二人は本格的に焦り始めた。明らかにただごとではなく、いくらまだ子供のシルフィードにしても、これが危険な兆候だということは今までの経験から推測することができた。

 そして、シルフィードの予感は完全な的中を見せた。

 森の一角から土煙が上がり、地響きとともに地底から現れる巨大怪獣。

「あ、あの怪獣は……あのときの!」

 シルフィードは、その怪獣に見覚えがあった。鋭い鍵爪と鞭のような触手を持つ凶悪なシルエット。

 以前、エギンハイム村でムザン星人の手先として現れ、後に魔法学院での決戦で、ヤプールが呼び出した怪獣軍団の中の一匹。

 ウルトラマンヒカリにへし折られたはずの角の跡も記憶と合致する。間違いなく、バリヤー怪獣ガギがシルフィードの前に三度目となる姿を見せていた。

「あ、あいつ。まだ生きてたのね」

 乱戦の最中に逃亡し、受けたダメージから恐らくはもう死んでいると思っていたシルフィードは愕然とした。

 だが、驚いている暇はない。タバサがいない今、自分に戦う力はないのだ。シルフィードはニナの手を引いて駆け出した。

「ニナちゃん、逃げるのね!」

 あいつは自分たちを狙っている。シルフィードはニナが痛がるのもかまわずに必死で走った。しかし、ガギの腕から伸びる触手がニナの体に絡み付いて、彼女をシルフィードの手から奪い取ってしまった。

「ニナちゃん!」

「おねえちゃん!」

 ヒカリによって切断されていたはずの触手は完全に再生を果たしていた。ガギは、ニナを捕らえるとそのまま地底へと潜っていく。触手に捕まったまま、ニナはガギの巣へと続く穴の中へと引きづりこまれていった。

「おねえちゃん! 助けて! 助けてーっ!」

「ニナちゃーん!」

 必死に伸ばした手もむなしく、地底へと続く穴はニナを飲み込むと土が盛り上がって閉じた。

 後に残されたシルフィードは、狂ったように土をかくものの、当然ながらなにも掘り当てることはできない。

 そのとき、ニナの持っていた籠が空っぽになってシルフィードの前に転がってきた。

「ニナちゃん……きゅーい! きゅーいぃーーっ!」

 シルフィードの悲痛な叫びが、空気を切り、バリヤーもすり抜けてはるかな空へと消えていった。

 

 

 続く

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